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2019.03.03 (Sun)

三島由紀夫を裏切った人たち  ホンモノとニセモノの違い

本稿は、

ドナルド・キーンは本当に「日本文学と日本文化研究の第一人者」なのか?
http://sokokuwanihon.blog.fc2.com/blog-entry-1315.html

の続編。

まず、西さんのコメントを参照したい。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

http://sokokuwanihon.blog.fc2.com/blog-entry-1315.html#comment1930

三島の自決が理解できなかった時点で

川端康成、安部公房らは三島の自決をそれなりに「総括」していたようなところがありましたが、ドナルド・キーンには、「三島の自決が理解できなかった」というような趣旨の発言をしていたようで、それならば、氏の長年の三島らとの交流は何だったのか、これで日本文学の第一人者だったと言えるのか、と思うところがありましたね(文学者では無いですが、三島と交流のあった中曽根康弘も保守と言われていましたが、三島の自決に関してはコメントを避けていたところがあった為、馬脚を現した感じがありましたね)。

外国人でありながら日本の文学に通じていた人物としては、明治期の「ギリシャ生まれの日本育ちの小泉八雲(パトリック・ラフカディオ・ハーン)」がいますが(氏は夏目漱石らと交流があったようです)、それを除けば、ドナルド・キーンくらいしか知られていませんでしたが、その中でも「ノーベル文学賞」というのは、日本の「文学界」というのが、外国人から見た場合にどれ程の地位にあり、そしてどれ程の「レベル」に達していたのか、という一種の指標でしたが、こういった事情を鑑みると、文学として十分評価されていた人物であったとしても、何らかの「政治的力」が働いて、「除け者」にされてきたのだろうな、と悲観したくなりますね。

一体、それならばいつになったら「戦後レジーム」を終わらせられるのだろうか、三島由紀夫ですら「理不尽」な扱いを受け続けた(嫌がらせ、奴隷的な差別主義に近い)のだから、並大抵のものではないのだろうな、と思いますね。

米国の対日エージェントと目される、ドナルド・キーンが死去したと言っても、戦後支配を続ける、次の「対日エージェント」が何らかの形で定まっているのでしょうね。

それが続く限り、我々は「戦後レジーム」を脱却するのは困難であると見た方が良いと思います。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

中曽根は、三島の自決後、掌返しした。


当時、中曽根康弘は防衛大臣。中曽根大臣と三島由紀夫は親交があったことが知られている。
こういう指摘がある。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

「田母神「自衛隊問答」 国防の「壁」を打ち破る!」(田母神 俊雄、拳骨拓史)

120頁
三島事件で抱いた猪木校長や中曽根さんへの違和感

拳骨
三島事件が起きたとき、中曽根康弘さんが猪木さんに「三島を否定しろ」という指示を出したともいわれます。それまで中曽根さんも三島由紀夫を仲が良かったのに、いきなり手のひらを返した。それに対し、「何で手のひらを返すんだ」とクレームをつける人もいたけれど、自身はそんなことは気にしなかったと、中曽根さんは回顧録で誇らしげに語っています。

田母神
まあ、あの人は自分が何をやったかもわかっていない人ですから。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

三島由紀夫生前時は、愛国者を装い、防衛大臣ポストを得た。掌を返す意味おわかりであろう。防衛大臣になるために、、、
そして、中曽根が政界で今も影響力を行使し続ける理由、ロッキード事件等を含め政治的に無傷であり続けたのはなぜであろうか?中曽根は、アメリカの意図に敏感に反応し、キッシンジャーに忠実に従った可能性はないのか?



「新参者」さんからも情報提供をいただいた。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

http://melma.com/backnumber_45206_6792560/

(読者の声1)三島文学のよき理解者ドナルド・キーン先生が亡くなりました。96歳、この享年は、木内信胤、中河與一先生等と同じでした。
随分とテレビは好意的に扱っています。とくに晩年は新潟に転居され、日本人に帰化されたほどでした。宮崎正弘先生もおつきあいがあったと思われますのでご感想を聞かせていただけると幸いです。
   (HD生、新潟県燕市)


(宮崎正弘のコメント)お目にかかったことは数回しかなく、ですからコメントする立場にはありません。作品のなかでは徳岡孝夫氏との『悼友紀行』を印象深く覚えています。三島さんゆかりの地を二人で旅行して、おりおりに対談された記録です。
 キーンさんの発言では「日本のオリジナリティのないムラカミハルキには興味がない」とした評価には賛同します。
小生がキーンさんを担当した作品では、村松剛先生と日本文化論の対談を二度ほどやっていただきました。45年ほど前の雑誌『浪漫』に掲載されたのですが、単行本未収録です。
三島憂国忌のおりは控え室には来られましたが、何回かお願いしても演壇には立たれませんでした。
 小生が思いますに、三島さんの思い入れが強かったわりに、キーン氏は、一方で安部公房、大江健三郎を称える人、つまり「文壇政治」と心得た人だった。サイデンステッカー先生がいつぞや呟いておられましたが、キーンさんが展開していることは『政治ですよ』という一言で、殆どが了解できます。
それはともかく日本文学を世界に広めていただいた功績は大きく、日本は大いに顕彰するべき人です。合掌。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||


三島は、小説界から裏切られ(裏切りの主犯は、ドナルド・キーン?)、政界からも裏切られたということ。(裏切りの主犯は中曽根首相?、当時の防衛大臣)


見方を変えて、三島由紀夫が取り組んだ文学的テーマに関する記事を参照したい。

―― 参考情報 ――――――――――

『生きている大日本帝国』第一章 日本人とヒトラー
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/55802706.html

―――――――――――――――――

当代きっての小説家なら、しかるべき歴史家なら、当然見えている話であろう。


田中英道は「日本国史」にて、三島由紀夫の自決について、こう述べている。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

296~297頁

三島由紀夫の死と日本人のあるべき生き方

谷崎潤一郎や川端と比べると、三島由紀夫の小説には、濃密な日本の伝統文化の社会が描かれていません。戦後は特にそうした過去が否定される時代でもありました。三島由紀夫には、自分の小説でそれに代わる新たな世界を構築することは不可能と感じられたのです。そのことが小説家をつづけられないという絶望につながったはずです。その絶望がなければ、これだけの小説家が死を選ぶはずはないのです。
もう一ついえば、戦後の天皇が、人間宣言により神としてではなく一人の人間として見られるようになったことへの失望があったと思います。天皇の神格化によって支えられていた日本がそれを失ったという絶望感が重なっていたと見ることができます。

あらゆるタイプの小説が書かれてしまって、もはや新たな世界をつくれないという小説家の絶望感は、過去の多くの小説を知る知性的な三島には、切実な問題であったはずです。芸術の形式の成熟と没落は、すべての芸術に共通します。ですから、三島がもう小説の時代ではないと自覚したことは正しかったと思います。その根底には、日本の伝統と文化が失われてしまったという嘆きがあったでしょう。伝統と文化が新しい状況に対応して常に変わっていくということに期待をもてなかったのでしょう。


||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

「もはや新たな世界をつくれないという小説家の絶望感、もう小説の時代ではないと自覚したこと」は、今回ノーベル文学賞受賞機会を逃すと、小説家として名声を得る機会(小説家としての国際的な活動を通じた?日本復活運動?)が失われることを意味する。

それゆえ三島は、ノーベル文学賞受賞を渇望していたはずなのだ。



が、「文壇政治界」の裏切り?により、望みは絶たれ、田中英道の解釈によれば、小説家としての絶望感がより深刻になったしまったゆえに、自ら主導する運動の世界に活路を見出そうとしたのではないか。
三島自決事件は、自身を戯曲の主人公に見立て、準備された筋書き通り実行されたものだったという見方ができる。


ここで、三島と親交があったある外国人が、三島由紀夫の死を悼み、皇国史観派の視点で書かれた本を紹介したい。

タイトルは「高貴なる敗北」。アイヴァン・モリスの淡々とした筆致は、三島文学の背後にある悠久の世界を見事に表現している。著者は、まえがきにて、「三島の霊に捧げる」と書いている。
死者に代わり、代弁しているということ。能のシナリオ本みたいな書きぶりに近い?


それと比較すると、三島と親交があったことがなぜか強調され続ける?、ドナルド・キーンが三島文学の神髄を理解していたとは思えない。彼は、戦時中はGHQの通訳であり、帰化後はキッシンジャーへのご注進係?に過ぎない。(と私はみている)ドナルド・キーンの最晩年の発言は、疑惑を逸らすための言い訳ではないか。

―― 参考情報 ――――――――――

三島由紀夫がノーベル文学賞を逃した理由
http://histori-ai.net/archives/1403

―――――――――――――――――

日本では、ドナルド・キーンの方が有名だ。



が、「高貴なる敗北」という本とドナルド・キーンの書いたもの、どれでもいいので比較いただきたい。
どちらが、日本の古典の真髄を理解し、三島の霊に肉薄していたか。
ホンモノとニセモノくらいの差があるように思う。


確かに、三島は敗北した。(一見敗北したようにみえる)
ドナルド・キーンは、日本の良き理解者であると装い、三島ではなく川端にノーベル文学賞をもたらすという役割を果たした。日本復活を恐れるアメリカ支配層の意向を優先したためであろう。

私は、ドナルド・キーンを全否定するものではないが、トリッキーな言い廻しが多いことに気がつき始めている。特に、最晩年に、数十年前に起きたことについての言い訳みたいなことをすることは、余程後ろめたいことをした証左と解するのである。

三島は、「高貴なる敗北」を選択したことによって、存在は、皇国史観派にとって、通史書にて永遠に語り伝えられるべき小説家となった。トップバッターとして、田中英道が、「日本国史」にて三島由紀夫の自決について述べた。



これで、皇国史観派の歴史家は、三島由紀夫の自決について避けて通れなくなった。



もちろん、皇国史観派の小説家を標榜することは、必然的に三島由紀夫の伝記小説を出すという命題があることを認めることに繋がる。

皇国史観派の真摯な小説家にとって、三島がかつて「もはや新たな世界をつくれないという小説家の絶望感、もう小説の時代ではないと自覚したこと」は、(三島という偉大な存在を意識すればするほど、小説家としての)「生死に係わる命題」となりえるはずである。


すなわち、三島由紀夫というフィルターを通して、時代の流れを眺めていくと
日本文学の良き理解者だと喧伝され続けた、ドナルド・キーンは一流でもなんでもなく
また、売文目的の中途半端な小説家が多すぎるという(直面する劣化社会の)現実が見えてくるのである。


以上

テーマ : このままで、いいのか日本 - ジャンル : 政治・経済

07:10  |  言論人  |  コメント(0)

2019.02.25 (Mon)

ドナルド・キーンは本当に「日本文学と日本文化研究の第一人者」なのか?

Wikipediaには、ドナルド・キーンは「日本文学と日本文化研究の第一人者」と書いてあるが、本稿はそれを否定する目的で出稿したもの。



先日、ドナルド・キーンが死去した。
私は、もともとドナルド・キーンについては好意的なポジションだったが、沖縄でのリベラルな発言を知り、評価を変えた。

―― 参考情報 ――――――――――

アメリカ兵の残虐行為(対日戦)について
http://nihonshitanbou.blog.fc2.com/blog-entry-129.html

―――――――――――――――――

彼は、戦後レジーム維持派の人物であろうとみている。




何冊かドナルド・キーンの本を読んだ結果であるが、ドナルド・キーンは、日本を知る文化人としては一流ではないと思っている。
占領期に仕込んだネタで本を書いたような印象がある。自ら調べ分析したレベルの(専門家としての)深み、独創性を感じないのである。




ドナルド・キーンについて、こういう評価がある。情報として覚えておく価値はあるだろう。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

http://www.asyura2.com/10/bd59/msg/502.html

05. 2011年4月28日 18:41:27: uBx0ZtljjI
このドナルド・キーンというホモ男は、第二次大戦中より、対日諜報工作員として活動し、戦後も一貫してCIAの要員として、今も尚アメリカに情報を垂れ流し続けている、世界白人侵略勢力の一員であることは、既に広く知られている。
ジャニーズがホモ集団で、メディアを使い日本人男子の代表=ひ弱なホモ男として、洗脳してきたのは、米国による、日本フニャフニャ弱体化計画。

ドナルド・キーン=米CIA、ジャニー喜田川=米軍事顧問、共にホモ。日本=ホモであると、日本国内と世界に広めているのは、米政府による、アジア侵略政策による、キチンとした計画によるものであるのも、周知の事実。

彼が今頃になって、わざわざ日本に帰化する目的は、以下である。

①、白人崇拝を維持する為(ノーベル賞と全く同じ、いわば日本人の”ご機嫌取り”)
②、アジア侵略の影響力(痕跡)を残す為(墓を日本に残すことで、白人の影響力を、永世残す企て。米国に墓があれば、何れ忘れ去られるだけである)
③、白人の存在誇示(だがそれは、老いてもうじき死ぬので、放射能など全く怖くないので、人生最後のゴミカス切符を日本で使い切ってしまおうと)

白人による、世界侵略は、今も尚継続中である。

そのカタチの一つが、このキーンのような、帰化=キメラ化である。

今後も”彼ら”は、世界中で、貨幣操作、金融操作、情報操作、紙幣による政府&企業買収を、平然と行い、最終的に戦争を引き起こさせ、悪夢の資本独占支配社会を樹立するだろう。

白人私有資産血縁崇拝=資本主義とは、このような、キチガイ集団なのである。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||



ドナルド・キーンが90歳になって帰化した理由、いろいろ考えたが、上記ならフィットする。




あの山本正の後釜がドナルド・キーンであることはあり得る話だ。

―― 参考情報 ――――――――――

グローバルな悪事とその使者たち(年次改革要望書の場合)
https://nihonnococoro.at.webry.info/201601/article_10.html

―――――――――――――――――



山本正がなくなったのは2012年。ドナルド・キーンが帰化を決断したのは、2011年の東日本大震災直後。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

http://www.jcie.or.jp/japan/tym.html

山 本  正 (1936-2012)

当センター ファウンダーの山本正(2012年4月15日逝去)は、1970年に日本国際交流センターを創設し、日本における国際知的交流の先駆者として、生涯をかけて米国、アジア、ヨーロッパ、アフリカなど、日本と世界の橋渡し役として活躍いたしました。
山本の逝去に際し、各種メディアやブログなどに、長年ともに仕事をしてきた世界中の方々から、追悼の記事が発表されました。いくつかの記事を以下にご紹介させていただきます。

http://www.jcie.or.jp/japan/others/release/2012/release20121204.html

故・山本正日本国際交流センター前理事長に韓国政府が修交勲章を追賞
2012年12月4日
日韓フォーラムをはじめとした故・山本正前理事長による韓国と日本の相互理解と協力関係の促進への貢献を称え、この度韓国政府から修交勲章興仁章(The Order of Diplomatic Service Merit)が贈られました。
伝授式は2012年12月4日、東京の韓国大使館にて行われ、シン・ガクス韓国大使から山本前理事長の三男、山本三郎氏に勲章が伝授されました。


||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

ロックフェラーやキッシンジャーと親しい、山本正が、最晩年、病床にあったと仮定すれば、ドナルド・キーンの帰化は、キッシンジャーに示唆されたものと考えられなくもない。



下記の記事を読むと、キッシンジャーとドナルド・キーンはつながっている可能性大なのである。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

http://www.senju-museum.jp/news/1307/

千住博、NY日本商工会議所の年次晩餐会で 日米特別功労賞を受賞
2018.7.3

米国ニューヨーク日本商工会議所(JCCI)は、本年10月末に開催する第34回年次晩餐会で、日本画家・千住博に日米特別功労賞(イーグル・オン・ザ・ワールド・アワード)を授与することを発表いたしました。本賞は、日米友好に寄与した文化人や財界人、政治家などを対象に、その功績を讃えるもので、同時受賞は、世界的俳優であり、活動家や作家としての顔も持つジョージ・タケイ氏。過去には、エドウィン・ライシャワー元駐日大使、ヘンリー・キッシンジャー氏、中曽根康弘元総理、ドナルド・キーン氏、谷口吉生氏、小澤征爾氏、坂本龍一氏など錚々たる顔ぶれが受賞しています。また、ニューヨークにおける日本食文化の普及に貢献し、今年1月に亡くなった倉岡伸欣氏には特別記念賞が贈られます。(


||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||




また、ドナルド・キーンは三島由紀夫と親交があったとしている。
が、リベラルな沖縄などでのドナルド・キーンの一面を知ると、ドナルド・キーンは、三島由紀夫のノーベル文学賞受賞を妨害した可能性がある。

次の一文を読んでおきたい。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

私自身も他の文学愛好者の多分に漏れず、当時、ノーベル文学賞とは文学にとっての絶対的権威であり、川端康成以来の受賞者が我が国に再び現れることが日本文学の地位を高めるとナイーブに信じていた。個人的には大江の文学に共感することは少なかったが、安部と遠藤の作品については高校時代から熱心な読者であった。そのことはおくとしても、日本国民としてというより文学ファンとして、日本人に文学の絶対権威であるノーベル文学賞が授与されるのではとドキドキした気持ちで発表を待ったものである。だが、その私のノーベル文学賞崇拝を以後ばったりと止める一冊の本があらわれる。古本屋で手に入れた、ドナルド・キーンと徳岡孝夫による三島由紀夫についての追悼の本『悼友紀行』である。
 
 1960年代後半、川端康成と三島由紀夫の二人がノーベル文学賞の受賞を最後まで争い、結局、川端に決するその裏の具体的事情について明かす『悼友紀行』の徳岡の次のような文章を読んで、私はノーベル文学賞への崇拝的な感情がいっぺんに消し飛んだのをよくおぼえている。

  ノーベル文学賞の順番が日本にまわってきたとき、川端康成と三島由紀夫の名前が出た。どちらに与えても不都合はない、という判断だった。ところが、最終的な決定を下すスウェーデンに、日本文学の専門家がいない。いきおい、英訳、独訳から推測するほかない。さいわい、あるいは不幸にも、1957年のペンクラブ大会で日本に来て2週間ほど滞在したスウェーデンの文学者がいた。ほかにエキスパートがいないものだから、彼はノーベル賞委員会に対して重要な助言をする役目を与えられた。もちろん、2週間の日本滞在で、日本の作家の比較や評価ができるはずがなかった。ところが、その人物は、キーンさんが訳した『宴のあと』読んでいた。『宴のあと』は都知事選に取材したもので、登場人物は革新党の候補である。そんなところから『宴のあと』は政治小説で、書いたミシマ・ユキオはきっと「左翼」だろうということになった。
 彼の助言をいれて、ノーベル賞はより穏健で日本的な美を書いた作家、川端康成が受賞することになっ
た。                   
                                      徳岡孝夫・ドナルドキーン『悼友紀行』 
                                          
 

 三島由紀夫を「左翼」と誤認したこともさることながら、選考委員会は一人の選考委員が読んだ『宴のあと』の感想でもって三島という文学者への総合的評価をくだす、という信じがたい短絡を平気でおかしていたのである。

 しかもこの日本文学の専門家は、その『宴のあと』の作品内容さえ誤読している。『宴のあと』はどこをどう読んでも政治小説ではない。確かに『宴のあと』は都知事選の革新陣営の候補だった元外相の有田八郎の妻を主人公にして描いているが、この妻を通して、中年女性の生きる姿、そのいろいろな過去を鮮やかに描きつくした現代小説であって、「政治」はあくまで舞台提供されただけ、この小説は政治小説ではまったくないのである。この『宴のあと』を政治小説と勘違いするのは、よほどの翻訳ミスがない限り、粗筋しか読まない人間に限られると言わなければならない。

 三島はこの有田からプライバシー侵害で訴えられ、有名な憲法訴訟に発展している。「革新陣営の候補」すなわち左翼陣営の怒りを買って訴えられているのだから、三島が「左翼」であるという判断はますます成立しないはずである。しかし当時日本の文学世界を大きく揺るがしたこの事件に関して、ノーベル文学賞選考委員会はまったく無知なのである。徳岡が語るこのエピソードの時期、すでに三島の『宴のあと』訴訟は日本国内で、有名な事件になっているにもかかわらず、である。

 こう考えると、川端へのノーベル賞受賞は、ある意味、「誤謬」といってよい判断だったと言わなければならないであろう。のみならず、私は日本文学自体が何か侮辱されたような憤りさえ感じた。要するにノーベル賞選考委員会は日本にも、日本文学にも、ほとんど無知な人間たちによって構成され、そしてさまざまな決定をしているのだ、と考えなければならない。私はそう思って、以後、ノーベル文学賞に対する関心をまったく喪失したのである。(続く)

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||



どこかで、三島由紀夫がノーベル賞選考に際して、共産主義者であるとする情報(誤報)がばら撒かれたことを読んだことがある。どうやら、その情報の出所が、上記記事にて判明したようである。



また、上記記事から、ドナルド・キーンは、日本文学研究の第一任者とはとても思えない。戦後レジーム維持の視点から、ノーベル文学賞候補を差し替える?情報を提供したのではないか。

その前提で次の記事を読むと、ドナルド・キーンは、過去の経緯をすり替えるべく、見解を表明した可能性がある。

―― 参考情報 ――――――――――

三島由紀夫がノーベル文学賞を逃した理由
http://histori-ai.net/archives/1403

―――――――――――――――――

私は、ドナルド・キーンは、油断ならない人物とみている。

語ることが掌返し過ぎるのだ。
すぐにポジションを変える習性がある、あの石破茂が手口を見習っていると書きたいくらいである。




そして、ドナルド・キーンが、もし山本正の後釜の日本支配代理人であるならば、田母神逮捕事案がもしキッシンジャーの指示であるならば、ドナルド・キーンが田母神に関するもろもろの情報を提供した可能性があると考えなくてはなるまい。

そして、ドナルド・キーン死亡直後に、日本に帰化する?ないし急にテレビ等で注目度が増すアメリカ系の有名人がもしいたら、そのアメリカ人は、山本正、ドナルド・キーンに続く(油断ならない)日本支配代理人として見なければならないのである!

以上

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08:35  |  言論人  |  コメント(5)

2019.01.24 (Thu)

「心構え」が必要なのは「言論人」の方なのではないか

「心構え」ができている人、できていない人に対する評価は、人それぞれ。
私は、私の価値判断を読者に押し付けるつもりはない。


本稿、心構え的に未熟な言論人が増えていることを危惧した、言論人を対象とした「心構え論」
政治に関心を持ち始めた過去十年間の間、味方だと思ってきた言論人から、心構え論的な話ばかり聞かされてきた。本当にウンザリしている。

本稿は、暴論かもしれない。が、心構え的にいい加減な言論人が増えているようなので、書かざるを得ない。
本稿は、特定の言論人を誹謗中傷することを意図していない。あくまで心構えとしてどうか、さんざん聞かされた「心構え論的視点」で論点整理を試みたものである。




■仕事に対するそもそもの心構え

民間企業的発想で言うと、給与とはやりたくない仕事をやったことに対する報酬であると思っている。学者たちは、「学問の自由」という原則論に護られ、やりたくない仕事をした経験がないため、苦労知らずの人が多い。また、学者たちは、法律を知らない。特に知らなすぎるのは、業界法。業界法と許認可実務の関係を知らなすぎると言いたい。
たとえば、本省の課長からのそれなりの企業役員に対する電話通報によって、それなりの企業の役職者が合理的根拠なしに左遷される実態が各業界であったことを知っているのであろうか?これは、官尊民卑の悪しき実態の一例である。
仕事らしい仕事をしていない、文系大学教官たちに、労働力不足対策を(仕事上の義務として)検討させたり、人手不足の介護事業に転職を促すことは国家経済的に必要ではないか。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

http://sokokuwanihon.blog.fc2.com/blog-entry-1266.html

文系学者(特に移民、労働問題を扱う人)も対応に当たらせる

組織構造の見直しなど、移民受け入れを阻止(もしくは制限)する術を講じる必要がある為、ある程度文系学者(労働問題、移民問題を取り扱える人)らにも対応策を考えさせるように、「仕事をさせる」必要があるのではないかと思います。

文系と言っても社会的需要によって「教官ポスト」の「増減」を必要があると思います(特殊な人間にしか分からない上に、需要も少ない分野(文学、芸術など)で、無意味に教官ポストを増員する必要性が無い為)。

役に立たない(学問的な活動をしていない、能力がないと思われる)文系学者の大量リストラを兼ねて、これらの分野の増員を図るわけですね。

西 | 2019.01.17(木) 02:40 | URL |

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

似たようなことは、ジャーナリスト、マスコミ界で仕事をしてきた人たちに当てはまることである。
はっきり書くと、彼らは訓練不足なのかもしれないのである?!




■原稿内容に係わる心構え

櫻井よしこなど、名の知れた言論人の作文は一様に流麗。文章的には素晴らしいものの、内容がない。だから具体的にどうなのか。手段、手順、計画について決して語ることはない。流麗な文章に愛国官邸スタッフが心動かされたにせよ、稟議書として起案するにふさわしいキーワード、シナリオを見出すことは稀だ。

麻生副総理は、新聞を金を払って読む必要がないとしている。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

https://www.jiji.com/jc/article?k=2019011400638&g=pol

麻生氏が新聞批判「読む人の気が知れない」
2019年01月14日19時54分

 麻生太郎副総理兼財務相は14日、福岡県直方市で講演し、4月の同県知事選に関連し「(県内で)伸びているのは福岡市だけ。行政としていかがなものか」と述べ、3選を目指す小川洋知事の県政運営に疑問を呈した。その上で「私の言っていることを新聞記者は(2016年の)衆院福岡6区(補選)の恨みつらみと書いている。その程度の分析力だ。そんな新聞にお金を払って読んでいる人の気が知れない」と述べた。

【点描・永田町】“元悪代官”大島議長の警鐘

 16年10月の福岡6区補選をめぐっては、麻生氏らが支援した候補について小川知事が中立の立場を貫き、応援しなかったことから、両氏の関係が悪化したとみられている。(2019/01/14-19:54)

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

新聞で読む論説記事、そもそも金を払って読むほどの価値がある内容なのか、疑うレベルのものが多い。新聞記事で一番読む必要がないのが、ジャーナリスト・大学教官が書いた論説記事であると思っている。法律を知らず(業界法)、実務を知らない(官界、民間企業)人に、世の中の仕組みを変えるにノウハウがあると思えない。



■批判についての心構え

ある言論人が、家庭内暴力事案で逮捕されるに至った事案があった。この事案について、「他人の不幸は蜜の味」的感覚で、馬鹿丁寧にツイッターで繰返し拡散活動されていた言論人がいた。
私は、この行為のせいで、いまだにこの言論人の言動には、裏があるのではないかと勘ぐっている。
批判するなら、合理的根拠と合理的な理由を示し、客観的に書くべきことだ。執拗な個別批判は、批判した側に跳ね返るということ。



■塾を開催する場合の心構え

塾の名は、間違っても諸外国が使う蔑称を用いてはならない。また、塾を名乗る以上、教えることが、初心者レベルであってはならない。当然の事ながら、あちこちでちょろまかしをやるような人が「日本の心」みたいなことを語る資格はない。




■批判スキルしかない言論人に対する心構え

批判だけし、あるいは問題提起だけしておいて、後始末しない言論人が増えている気がする。
在日特権問題が該当するはずだ。
煽動家と言われないためにも、扱った事案についてねちっこくかつ誠実に扱うべきだ。
こじれつつある日韓の外交関係について、名のある言論人で、具体的制裁措置について言及した人は何人いたのか?
そのうえで、制裁なしで日韓が外交関係維持する場合の条件をどうするのかの言及もないようだ。
私は、あの大統領の弾劾と訴追が、制裁なしとすることの条件とすべきと思う。
とにもかくにも具体的内容が伴わない言論活動には幻滅しつつある。



■大学中退の言論人に対する心構え

どうも言論人の中に、大学中退者が続出している気がする。社会人の評価として、大学中退は、普通一般的には致命的である。地道にコツコツやることを嫌う、我慢が足りない人物と評価される。
大学中退者は、そういう評価とならないために、我慢が必要である。ヤンキー先生は、いい手本となるはずだ。



■職歴が中途半端な人に対する心構え

人生、定年まで勤めあげるべきだとは思わない。70歳を定年とする企業に勤めても、残り少ない老後は抜け殻みたいな人生になってしまう気がする。ただ、職歴において中途半端なことは問題だと思う。仕事上、こんなことをやったという武勇伝の一つや二つは必要なことだ。
もちろん、言論人として、政府委員みたいな仕事を途中で投げ出したりすることは、特に問題視されるべきこと。
悪くとると、我慢が足りない、建前が理解できない、業界法等、法律が理解できない未熟な社会人と思われてしまうからである。



■早口が止まらない言論人に対する心構え

演説の弁士などで登場される有名な方の中に、早口で喋りだすと止まらない方がおられる。政治の世界では早口はご法度。有名な政治家であればあるほど、簡明な言葉でゆっくりと喋る。サッチャーやレーガンの演説は特にそうだった。大嫌いな政治家、石破茂でさえ自民党総裁選ではそう振る舞ったことを参考としたいものである。



■肩書表記に関する心構え

結構な数の歴史書を書いた、渡部昇一は、晩年、歴史書のまえがき、あとがき等において、自身は歴史の素人であるとことわって書いている。あれだけ多量の歴史書を出版している、倉山満でさえ、自身の肩書について、精緻に規定している。

―― 参考情報 ――――――――――

肩書を追加します
https://office-kurayama.co.jp/?p=3515

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歴史家であると自称するなら、この謙虚さを見習うべきだ。




■公私混同についての心構え

肩書を得たならその肩書にふさわしい言動を心がけるべきだ。これは常識である。
代表を務める団体組織の公式HP等において、汚い私語が並んでいるのをみると、この代表者は公私の区別がついているのか、いささか心配になる。要するに、子供っぽい人という評価となる。
そもそも社会に貢献する目的での、公的肩書を得たなら、その団体の活動目的に沿った、「オフィシャルな言葉遣いでの言動」を心がけることは、ビジネス社会の常識と思う。公的肩書を得た以上、言論活動上の持ち場(分野)をコロコロ変えることは、軽薄な人物であることを意味する。その点、日本会議関係者は、余計な言動はしないように見える。



■本を書くにあたっての心構え

本のタイトルは、身の丈にあったものにすべきだ。どの分野であれ、実力も実績もない人が、公的機関がつけるようなタイトルをつけるべきであろうか。普通は、出版社の編集者が著者に咎めることである。
特に、歴史を扱う場合、内容的に、歴史書として扱われるべきなのか小説なのか、はっきりしないのは入り口論的に問題である。小説ならば、タイトルに「小説、、、」とつけるべきだし、エッセイなら、副題にて「、、、に係わる私見」などと付記すべきだろう。
また、諸外国との外交関係悪化に伴い、自国不利となるようなタイトルの本は、どう扱われるべきであろうか。韓国側に非がある事案で韓国政府の各階層が日本に謝罪を求めつつある状況において、「謝ろう」などとする趣旨の本は販売されるべきものであろうか?
心構えがしっかりしている言論人なら、進んで自国民を惑わせるようなタイトル、自国が不利となるようなタイトルを敢えてつけるはずはない。



■歴史書を書くにあてっての心構え

歴史書を書きたいなら、似たような内容の歴史家の本を参考文献として示すのは当然のこと。特定の時代にこだわって書きたいなら、歴史学の基本を押さえないと、歴史の素人と批判されることになる。
結構な数の歴史書を書いた、渡部昇一は、晩年、歴史書のまえがき、あとがき等において、自身は歴史の素人であるとことわって書いている。遺作の「渡部昇一の少年日本史」のまえがき、あとがきも実に謙虚な書きぶりだった。私は、渡部昇一を尊敬している。
歴史書を書きたいなら、歴史書、ノンフィクション、小説の違いを分かっていて書くのは当然のこと。

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■後世に語り継がれるベストセラー本を目指すための心構え

本において、「まえがき、あとがき」の書き方は重要と思う。渡部昇一は、まえがき、あとがきを念入りに書いた言論人だし、どの本を読んでもなるほどと思うようなウンチクが、まえがき、あとがきに書いてあった。
渡部昇一の本を読む楽しみはそこにあった。
話題となったベストセラーの本のまえがき、あとがきはどうだったであろうか?
どれも薄っぺらい内容だらけのものではなかったのか?もちろん、小説を書く場合は、まえがき、あとがきは重要視されない。
困ったことに、「小説の如く書き綴り、実話小説として、事実である」と、とある本の著者たちは主張されている。

―― 参考情報 ――――――――――

「不死身の特攻兵」佐々木友次さんの悲劇はいつになったら歴史書レベルになるのか?
http://nihonshitanbou.blog.fc2.com/blog-entry-607.html

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が、こんな書きぶりでは、後世の歴史研究者を迷わせるだけである。司馬遼太郎が書いたものを歴史書だと勘違いされる方が今だに多いようだが、あれは、「歴史上の人物を素材とした小説」である。歴史書ではない。





まとめに入りたい。

政治に関心を持ち始めた過去十年間の間、味方だと思ってきた言論人から、心構え論的な話ばかり聞かされてきた。
対して、拙ブログは、「官界での稟議書の起案行為を想定」した、方法論に係わる提言ものを増やそうとしている。戦後政治を変える(=戦後レジーム脱却を加速させる)ためである。

方法論なき心構え論は聞き飽きた。
方法論なき言論人の話もたくさんである!

言論界が不毛な原因、なかなか結果を出せない根本的な理由、ほとんどは言論人それぞれのの心構えの次元の問題から発生しているためではないのか。

「心構えを語る言論人」というのは、裏返すと「語れるものが心構えしかない」ということなのではなかろうか。

以上
06:44  |  言論人  |  コメント(0)

2018.12.29 (Sat)

言論人について 寸評

渡部昇一が亡くなり1年半が経過。言論界は様変わりした。


渡部昇一が得意としていた歴史分野について出版ビジネス的にチャンス到来ということで、通史本を発刊されている方がおられるが、歴史観としての歴史の虹、歴史研究スキルが伴っているのか、疑問に思う。
やるなら、渡辺惣樹のように、日本の「アメリカ史の歴史学者」たちをごぼう抜きにするくらいの史料準備、スキルを磨くべきだ。



以下、言論人それぞれについての寸評。




■やや批判的評価

・古谷経衡

今さら論評するまでもない。以下のとおり。

低能ペテン師!古谷経衡「韓国と中国と朝日新聞の3つが嫌いならネトウヨ、1個で好きならパヨク」
http://deliciousicecoffee.jp/blog-entry-7338.html


・上念司
ライバル?三橋貴明の逮捕情報を周知することに執着した人。


・三橋貴明
純粋に経済のみに限定すべきと思う。重要なテーマで政治ブロガーとしては冷静さを欠いた見解がみられる。


・ケント・ギルバート
日産のゴーン逮捕事案、検察が恥をかくだろうというコメントに私は納得しない。専門性ある言論人かどうかはっきりしない。


・西尾幹二
年齢とともに、、、↓。仕方がないことではあるが。


・百田尚樹
焦ってあれもこれも手を出すべきではなく、コツコツやるべき。


・武田邦彦
最近の動画をみると、抽象論だらけで、、、


・水島総
ガス抜き的活動が得意?そもそも結果を出すつもりがない?。




■一応評価


・マトメサイト「保守速報」の管理人
頑張っていることは評価します。


・馬淵睦夫
プーチンよいしょがなければ評価したいところだが、、、


・竹田恒泰
良い意味で存在感が昔ほどではない??


・水間政憲
カネが先行する活動が目立ってきた?


・田母神俊雄
照射事案の件でのツイッターコメントに納得できない。半島事案に大甘でいいのか。裁判が一段落したので、何か目標設定し直していただきたいところ。


・中川八洋
能力的には、ダントツだが、文句ばかり言っていた一年。来年は、違った側面を見せていただきたい。


・有本香
批判スキルだけは評価するが。


・門田隆将
言いたいことはわかる。


・山際澄夫
主張には納得するものの、問題提起ものが多い。何か足りない?


・倉山満
有料サイトへの誘導が露骨になってきたのが気になる。出版するペースを落としより良質な本を出してもらえないものか。


・兵頭二十八
近年、スキルアップが目覚ましい。さすがだなあという記事が多い。冷静な筆致に注目。


・瀬戸弘幸
関西生コン事案で、今まで見てみぬふりだった都道府県警に喝を入れた意味は大きい。


・桜井誠
どこの自治体でもいいので議席がとれれば評価が変わる?


・宮崎正弘
10年前と同様、相変わらず、コツコツやっている。メルマガは必読。


・小川榮太郎
今、最も期待したい一人。ただ、読んでいて暗い気持ちになるのでなんとかして欲しい。


・加瀬英明
この人は、まだまだやれると思う。頭脳明晰な人。


・渡辺惣樹
アメリカ史の歴史書を書かせたら、本職の日本人の学者は誰も太刀打ちできない感じ。


・田中英道
専門の美術史を通じた論理的な歴史観は秀逸。


・茂木弘道
まともな歴史家という印象。百田尚樹が手本とすべき人では?


・池田信夫
相変わらずのマイペースぶり。悪い意味ではない。


・二階堂ドットコム
いつもどおりの、平常運転の一年。




以上

テーマ : 日本を正常な国に戻したい - ジャンル : 政治・経済

10:09  |  言論人  |  コメント(0)

2018.12.20 (Thu)

米中冷戦の深層を分析できない言論人たち

TBSサンデーモーニングの常連で重鎮的位置づけの寺島実郎が、「ロシア疑惑を通じて、トランプ政権に興ざめする米国民が増えているとの珍説」を開陳したので反論する目的で出稿することとした。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

https://www.yomiuri.co.jp/world/20181219-OYT1T50116.html?from=ytop_main2

米国内で「トランプ政権に興ざめ」…寺島実郎氏
 
2018年12月20日 00時03分
 
特集 深層NEWS
 
 日本総合研究所会長の寺島実郎氏と笹川平和財団上席研究員の渡部恒雄氏が19日、BS日テレの「深層NEWS」に出演し、ロシア疑惑で揺れる米トランプ政権について議論した。
  
 寺島氏は一連の疑惑を受けた米国内の状況について、「空気が変わってきた。トランプ政権に対する興ざめがあり、(疑惑が)インパクトを与えていると実感した」と話した。渡部氏はトランプ氏の心境を「余裕がないのでは」と分析し、「(国民の)視線をそらすために自ら大きな火種を作ってもおかしくない。怖いのはそれが『軍事的冒険』になることだ」と指摘した。
 
2018年12月20日 00時03分

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||



知ったかぶり?して語ることが大好きな、寺島実郎は、アメリカ中間選挙をどう分析したのであろうか?
下院では敗北したものの、上院については勝利、トランプは満足し、米中冷戦時代に向けて、対応強化したと私は解している。

一方、ナベツネは、米中冷戦?を、「(国民の)視線をそらすために自ら大きな火種」だとしている。



本当にそうなのだろうか?




―― 参考情報 ――――――――――

震え上がる習近平、ファーウェイ事件でわかった米国「中国つぶし」の本気度=江守哲
https://blogos.com/article/346027/?p=1

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上記記事中にある一文に注目したい。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

https://blogos.com/article/346027/?p=2

スパイ行為がいずれ明らかになる
ファーウェイは制裁違反を否定してきましたが、これも難しいでしょう。それ以上に、これまでZTEやファーウェイが行ってきたスパイ行為がいずれ明らかになるでしょう。そうなると、両社とも経営を続けることはできなくなります。

米国はすでにその証拠をつかんでいます。米国の潜水艦の位置を中国が把握している、あるいは戦闘機の前に突然、中国機が飛び出してくる。

米国の軍事訓練のスケジュールを知っていないと、できないことばかりです。これで、米国が激怒し、調べてみるといろいろわかってきたわけです。

軍事技術が応用されたのが、今のインターネットであり、ハイテク技術です。これで米国が中国の遅れを取るわけにはいかないのです。ですので、中国をつぶすしかないわけです。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||



近年、アメリカ海軍軍艦の鼻先で突如海面浮上した中共潜水艦のことが、ハプニングだとしてニュースになったことがあった。今は、それ以上の緊急事態レベルのことが起きているのでかもしれない。

寺島もナベツネも取材し、調べようと思えば、「米国の潜水艦の位置を中国が把握している、あるいは戦闘機の前に突然、中国機が飛び出してくる」とする情報に関する一次情報を入手あるいは、関係者に取材しうる立場にいるにしては、憶測で語っているように見える。



彼らが二人が、「米国の潜水艦の位置を中国が把握している、あるいは戦闘機の前に突然、中国機が飛び出してくる」に係わる情報について何等、言及せず、危機感を持たないとすれば、ありうることは二ケース。

・二人とも中共のエージェント
・二人とも軍事情報には関心がないか素人

という評価となるだろう。


引用するに値しない言論人の存在は忘れ去るべきであると指摘しつつ、本稿を終える。

以上

テーマ : 軍事・安全保障・国防・戦争 - ジャンル : 政治・経済

06:17  |  言論人  |  コメント(2)
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