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2018.02.19 (Mon)

ノンポリは3種類存在する?

「ノンポリ」という政治用語、極めて不幸な政治用語だと私は思っている。

Wikipediaにはこう書いていある。


||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%B3%E3%83%9D%E3%83%AA

ノンポリは、英語の「nonpolitical」の略で、政治運動に関心が無いこと、あるいは関心が無い人。そのような集団をノンポリ層とも呼ぶ。

元は1960 - 70年代の日本の学生運動に参加しなかった学生を指す用語である。政治にまったく興味を持たなかった人だけではなく、政治問題に関心はあるものの、次第にセクト化・過激化していった学生運動を嫌い、特定の党派に属することを拒否した人々(ノンセクト・ラジカル)なども含まれていた。

また、無党派の中の消極的無党派をノンポリと呼ぶことがある。

||||| ここまで引用 ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

下半分の記述を参考とすると、左翼的視点でみた場合の、ノンポリの定義とは

「左翼の政治活動に参加しなかった、政治に無関心な人」となる。左翼のリーダー的活動家から見た場合は、「政治に無関心な馬鹿」ということでいいだろう。もちろん、その昔も今も「政治に関心を持とうとしない、政治について消極的態度の人」もいるはずだ。

つまり、ノンポリという言葉の定義について、その昔も今も変わらない人は、思想転向したにせよ、無意識のうちに左翼主義的思想の影響を受けている気がする。

その点において不幸な政治用語と言わざるを得ない。

二つ目の「ノンポリ」の形態について言及したい。

用語本来的には、「保守にも左翼にも、政治ないし政治活動について無関心な人」でなくてはならないはずなのであるが、団塊の世代においては左翼政治活動に参加しなかったか左翼政治活動に無関心な人と認識されてきた気がする。


ちなみに私の政治的プロフィールはこうなっている。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

高校1年生の時に、思想書、哲学書の本を大量に読んでいた(中川八洋が言うには有害な図書だらけ)
高校2年生の時に、新聞の偏向報道に遭遇し新聞社に対し抗議電話した(初の電凸)
大学1年生の時に、民青の学生と政治論争、その後険悪な関係に発展
大学4年生の時、就職内定後、大学図書館にて、3カ月間くらい、マルクス、エンゲルス、レーニンなどの左翼ものの全集に目を通した(結果、理解不能の書物と判断)
34歳の時に、知事にとある陳情書を提出
50歳を過ぎて、自民党の政治塾案内を取り寄せたものの、参加せず

以下省略

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

私は、この時代のことを含め、数年前まで「ノンポリ」だとしている。

通常言われるノンポリとは意味が少し異なる。
私がイメージするノンポリとは、政治思想的に保守でも左翼でもないスタンスである。


この間、私は、実は自民党支持者ではなかった。どちらかと言うと無党派的だった。ただ、親は自民党の市会議員、都道府県議会議員と知り合いで、親戚の中に自民党国会議員の有力な支援者がいた。

もちろん、仕事上は、「政治的に中立なポジションを維持しつつ業務遂行した」が、周囲の人からは共産主義的な人に見えたかもしれない。
なお、この場合のノンポリとは、「non-political」という英語の字句的意味に近い、「政治に関係しない」という意味になるだろう。

つまり、国内で使われるノンポリの定義に、「保守でも左翼でもない、政治的に中立なポジションを敢えて選び業務遂行する人」が含まれていない問題を指摘するのである。


三つ目のノンポリの定義について述べたい。

自民党参議院議員に吉田博美という議員がいる。私は、この議員は、今時珍しいタイプの議員だと思っている。

たとえば、この情報、どう読むか?

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

細かい情報

@information3264
 2017年11月8日
その他
首相の発言、紹介しないよう苦言
自民参院幹事長
http://www.asahi.com/articles/ASKC75HCCKC7UTFK00R.html
#吉田博美 は #安倍晋三 首相側近 #萩生田光一 幹事長代行を名指しし「総理がこう言っていると、言わない方がいい」と首相の発言を紹介しないよう苦言
 「時間配分は国会で決めること。総理が独断専行しているように思われる」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

政治家吉田博美は、首相の身代わりになって泥を被るつもりがあるようだ。


―― 参考情報 ――――――――――

参院自民、新ドン・吉田博美幹事長誕生で復権か テロ準備罪成立の策士、首相も尊重
http://www.sankei.com/politics/news/170906/plt1709060013-n1.html

参院自民党に新たなドンが誕生か? 青木幹雄氏譲りの老獪さ 国会終盤に秘めたる腕力見せつけ…
http://www.sankei.com/premium/news/170909/prm1709090007-n1.html

―――――――――――――――――

学歴も経歴もそこそこであり、政治家としての経歴、地方議員を含め要職を歴任している。
学卒たたき上げの政治家のようである。
この議員のHPには、政治理念単独の頁はなく、プロフィールの最も下の欄に目立たぬように政治理念が紹介されているのみだ。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

http://www.yoshida-hiromi.com/profile.html?102301

政治理念

一、人の業は称えます 己の功は語りません
一、汗はかきます 手柄は人に責任はとります
一、表で活躍する人より 陰で支える人になります

http://www.yoshida-hiromi.com/old/

私は、国民や県民の皆様の誰もが安心して暮らせるための
『安全・安心な社会の構築』を目指しております。
そして『家族はいたわりあい、地域は支えあう』
志にあふれる人たちの時代をつくりあげます。


||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

普通の人は、ここまではできない。
本当にやれるとしたら、凄い愛国策士であり、参議院のドンたる気概をここに見る。誰もがなりたがる大臣職を他の議員に譲り、自分は大臣にならず、仲間の議員を大臣に推挙する。

かつての自民党支援者の中に、結構世話好きな方がいたが、この議員も世話好きな策士なのであろう。

この方の場合の「ノンポリ」とは、「主義主張を言わず、黒子に徹し、求められなくても自己責任ですべてを成し遂げようとする、政治的に無色の策士」という定義になるのではなかろうか?与えられた職責での結果を出すため主義主張を捨てている点において、ノンポリと言えるのではなかろうか?

私は、吉田博美議員にお会いしたことはないし、話したことがないが、もし政治理念の通りの方なら、「凄まじいノンポリ策士としてのドン」が出現しつつあるような気がする。

私には、吉田博美議員ほどの胆力はない。
参議院での、テロ準備罪成立に導いた手腕、一歩間違えば政界引退のリスクがあったはずなのだ。気にしない政治家はいないだろう。
が、着実に政界の階段を登ってきた、実力ある政治家として確信を以て政治家吉田博美は、そう決断、同時期額賀派クーデターも主導。

凄い胆力としか言いようがない。


まとめに入りたい。
本稿では、三種類のノンポリの定義について述べさせていただいた。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

ノンポリの定義

・団塊の世代的には「左翼の政治活動に参加しなかった、政治に無関心な人」、左翼のリーダー的活動家から見た場合は「政治に無関心な馬鹿」、一般論的には「政治に関心を持とうとしない、政治について消極的態度の人」
・保守でも左翼でもない、政治的に中立なポジションを敢えて選び業務遂行する人
・主義主張を言わず、黒子に徹し、求められなくても自己責任ですべてを成し遂げようとする、政治的に無色の策士

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

三つ目の定義は、いささかこじつけて作文した結果である。

が、日本を取り戻すために、敢えて自己責任的な政治手法を選び、自己犠牲で事を成し遂げる政治家こそ、分類上は、ノンポリであるが、結果を導き出した場合は、愛国政治家として分類されるべきものだ。

それゆえ、参議院の吉田博美議員が、何を語り、どう行動するのか?ここ暫くは目が離せないのである。

以上


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Comment

Re: 「ノンポリ」自体は悪くないのですが

> 元々、学生運動期に左翼界隈で、単なる政治無関心(要するに一般的な学生)を指すような言葉として使用されていたのではないか、と思います。
>
> それならば、それ自体は、左翼的な「レッテル貼り(ファシズム等の用語も同様)」に過ぎませんし、ノンポリの対象にされたからといって、その人が悪いとは限りません(学生運動に傾倒し過ぎている者も異常ですし、一般的な学生からすれば、学生運動は、学業や就活に支障をきたす可能性が高い為、甚だ迷惑な活動に過ぎませんから)。
>
> また、「ノンポリ」というのは、一般的に生活を送っている「大衆」を指す言葉でも無かったような気がします。
>
> 基本的に、「学生運動期」に、政治活動を行っている学生(主にセクトに属する学生)が、政治活動を行わない「一般の学生」を対象に呼称していただけだった為、一般社会で政治無関心を示す「大衆」に関しては「ノンポリ」には該当しないのだろう、と思います。
>
> ただ、現在ではそれらは主に「無党派」に対して使われるのかもしれない、と思っています。
>
> ただ、この「無党派」の中には、元々政治に関心があったが、「日々の生活を優先しなければならない人」や、「学生運動期等に政治活動等を送っていたが、途中で、それらと深く関わると、自分の将来が厄介な事になる事に気が付き、政治活動から離れた人」も含むため、一概に「政治無関心」だから「無党派」であるとは限らないという事なのではないか、と思います。
>
> 吉田議員の場合は、政治思想的なものがあるというのとは異なるような気がしますし、それらとは別の立場だと思いますが、所謂「御恩と奉公」や、議員の「職務」として「実行」する立場ではないかと思います。仕事上は責務を果たしているという事なのだろう、と思います。
>
> ただ、これらの立場とは明らかに異なるのは、「ビジネス的立場(詐欺師を含む)」と「完全無関心(ただし、祭り騒ぎにだけは参加する)」の2種類です。
>
> 「ビジネス的立場(詐欺師を含む)」は、所謂「金儲け」で「保守」や「リベラル」の立場を「気取る」、ある意味「処世術の上手さ」がある者ですが、一般的にこの立場をとる者は、「時勢」で立場をころころ変える傾向がある為、日和見主義的になる為、時に「詐欺師」も属する事がありますから、基本的に「信用するべきではない」と思っています(ただ、大衆人気がある事が多い為、場合によっては取り入れる事もできると思いますが、その点は注意が必要です)。
>
> 「完全無関心」は、仕事や職務に対しては自堕落、「学業」すら疎かにして来た馬鹿(学校卒業後も、「学業」の重要性に気付かず、学習機会があったのにもかかわらず、しなかった自身の馬鹿加減やだらしなさを、社会の所為にしているレベル)も多い為、基本的に「説得」すら無意味なケースが多いです。知的レベルも低い事が多い為、こういったタイプは別の意味で厄介であり、こういった集団は、「責任」を自覚する事が無い為、必然的に聞き心地の良い「左翼思想(堕落思想)」に傾倒しやすくなり、こちら側の説得を「鬱陶しい説教」だと思い込む節が強い為、厄介だと思います。
>
> しかし、一方で、マスコミや左翼界隈の煽動に極めて引っかかりやすい層でもあり、左翼マスコミ等が用いる「民意のうねり」などという「夢想」を抱く傾向があり、煽られれば「選挙」で「投票」する事も多い為、ある意味「馬鹿」である為、最も「使いやすい」集団である事も事実でしょう(但し、こういった集団は、将来的には減らさなければならない事も事実です)。
>
> これら2つの集団は、「無党派」というよりも「大衆」と言う表現の方が正しいのかもしれません(「大衆」も悪い意味ばかり含んでいるとは限らないのですが)。
>
> 「ノンポリ」と「無党派」は似ているようで異なり、前者は、政治活動に熱心な学生運動家が、それ以外の一般学生に対して用いる、単なるレッテル貼りであるケースが多く、特に気にするようなものでは無いと思いますが、「無党派」に関しては「政治的関心のある(もしくは説得すれば関心を持つ可能性のある)善良な無党派」と「政治的無関心、自堕落、馬鹿な悪質な無党派」がおり、前者は問題ありませんが、後者は所謂「大衆」であり、放置しておけば、左翼界隈に利用されやすい為、減らしていかなければならない存在であるという事です。


無党派層を意識した、うまくまとめられた原稿だと思います。私は、提言指向である関係で、「自堕落、馬鹿な悪質な無党派」については、意識することはほとんどありません。
管理人 |  2018.02.20(火) 07:09 | URL |  【編集】

「ノンポリ」自体は悪くないのですが

元々、学生運動期に左翼界隈で、単なる政治無関心(要するに一般的な学生)を指すような言葉として使用されていたのではないか、と思います。

それならば、それ自体は、左翼的な「レッテル貼り(ファシズム等の用語も同様)」に過ぎませんし、ノンポリの対象にされたからといって、その人が悪いとは限りません(学生運動に傾倒し過ぎている者も異常ですし、一般的な学生からすれば、学生運動は、学業や就活に支障をきたす可能性が高い為、甚だ迷惑な活動に過ぎませんから)。

また、「ノンポリ」というのは、一般的に生活を送っている「大衆」を指す言葉でも無かったような気がします。

基本的に、「学生運動期」に、政治活動を行っている学生(主にセクトに属する学生)が、政治活動を行わない「一般の学生」を対象に呼称していただけだった為、一般社会で政治無関心を示す「大衆」に関しては「ノンポリ」には該当しないのだろう、と思います。

ただ、現在ではそれらは主に「無党派」に対して使われるのかもしれない、と思っています。

ただ、この「無党派」の中には、元々政治に関心があったが、「日々の生活を優先しなければならない人」や、「学生運動期等に政治活動等を送っていたが、途中で、それらと深く関わると、自分の将来が厄介な事になる事に気が付き、政治活動から離れた人」も含むため、一概に「政治無関心」だから「無党派」であるとは限らないという事なのではないか、と思います。

吉田議員の場合は、政治思想的なものがあるというのとは異なるような気がしますし、それらとは別の立場だと思いますが、所謂「御恩と奉公」や、議員の「職務」として「実行」する立場ではないかと思います。仕事上は責務を果たしているという事なのだろう、と思います。

ただ、これらの立場とは明らかに異なるのは、「ビジネス的立場(詐欺師を含む)」と「完全無関心(ただし、祭り騒ぎにだけは参加する)」の2種類です。

「ビジネス的立場(詐欺師を含む)」は、所謂「金儲け」で「保守」や「リベラル」の立場を「気取る」、ある意味「処世術の上手さ」がある者ですが、一般的にこの立場をとる者は、「時勢」で立場をころころ変える傾向がある為、日和見主義的になる為、時に「詐欺師」も属する事がありますから、基本的に「信用するべきではない」と思っています(ただ、大衆人気がある事が多い為、場合によっては取り入れる事もできると思いますが、その点は注意が必要です)。

「完全無関心」は、仕事や職務に対しては自堕落、「学業」すら疎かにして来た馬鹿(学校卒業後も、「学業」の重要性に気付かず、学習機会があったのにもかかわらず、しなかった自身の馬鹿加減やだらしなさを、社会の所為にしているレベル)も多い為、基本的に「説得」すら無意味なケースが多いです。知的レベルも低い事が多い為、こういったタイプは別の意味で厄介であり、こういった集団は、「責任」を自覚する事が無い為、必然的に聞き心地の良い「左翼思想(堕落思想)」に傾倒しやすくなり、こちら側の説得を「鬱陶しい説教」だと思い込む節が強い為、厄介だと思います。

しかし、一方で、マスコミや左翼界隈の煽動に極めて引っかかりやすい層でもあり、左翼マスコミ等が用いる「民意のうねり」などという「夢想」を抱く傾向があり、煽られれば「選挙」で「投票」する事も多い為、ある意味「馬鹿」である為、最も「使いやすい」集団である事も事実でしょう(但し、こういった集団は、将来的には減らさなければならない事も事実です)。

これら2つの集団は、「無党派」というよりも「大衆」と言う表現の方が正しいのかもしれません(「大衆」も悪い意味ばかり含んでいるとは限らないのですが)。

「ノンポリ」と「無党派」は似ているようで異なり、前者は、政治活動に熱心な学生運動家が、それ以外の一般学生に対して用いる、単なるレッテル貼りであるケースが多く、特に気にするようなものでは無いと思いますが、「無党派」に関しては「政治的関心のある(もしくは説得すれば関心を持つ可能性のある)善良な無党派」と「政治的無関心、自堕落、馬鹿な悪質な無党派」がおり、前者は問題ありませんが、後者は所謂「大衆」であり、放置しておけば、左翼界隈に利用されやすい為、減らしていかなければならない存在であるという事です。
西 |  2018.02.20(火) 02:20 | URL |  【編集】

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