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2017.11.23 (Thu)

「最近の若者は……」ではなく「最近の老人の方が問題」ではないのか?

西成署での万引き老人のケース、私は場所柄だけの問題とは思っていない。

―― 参考情報 ――――――――――

80歳男、万引き呼び止めた高校生のすねや腕噛む 西成署が逮捕
http://www.sankei.com/west/news/171122/wst1711220078-n1.html

―――――――――――――――――

最近、アウトドアショップで75歳くらいの女性の方による、万引き未遂事案を見かけた。なかなか巧妙な手口だった。詳細は書けない。

レジで精算前にポテトチップスを食べた老人のケースもある。

―― 参考情報 ――――――――――

マナーが悪いのは高齢者 「最近の若者は」ではなく「最近の老人は」
http://netgeek.biz/archives/106876

―――――――――――――――――



マナー的な問題となるが、街中の図書館で、65歳くらいの方が、Tシャツ、短パン、野球帽のいでたちで大声で図書館受付と話をしていた。場所柄、大声で話すようなところではない。いい年をして、図書館で大声をあげるとは何事か、と説教したい気になった。

こんなケースもあった。あるスポーツの試合の団体戦。最もお行儀が悪かったのは、なんと今の団塊世代の選手たちの大学教官チームだった。情けない気持ちになった。

また、街中の地域一番店の古書店で、Tシャツ、短パン姿のお店の常連客で、幼稚な話しぶりの方を見かけた。古書店店主によれば、さる国立大学を定年退官された方とのこと。

本来、対等の立場であるべき場面で、一方的に「長幼の序」なる作法を要求して、私が無視したので、激怒された帝大出身の年配者もおられる。その方は、社会的に見て成功者であり、当然敬われるべきだと考えたのかもしれない。

企業不祥事の場合は、神戸製鋼、日産とも不祥事のルーツは40年前である関係で、現在75~80歳くらいの方々に元々の責任があることくらいはわかる。



本来、年寄は経験と知恵があるとされ、敬われるべき存在である。
が、戦後教育を最初に受けた世代は、尊敬に値しない人たちが大部分ではないのか?



たとえば、上司たちは、私から見て無責任な人たちばかりに見えた。
最初の上司は、責任回避することだけは熱心にやった。亡くなった別の上司は、この人のことを●の穴の小さい人物と評していた。
最初の上司の責任回避癖、神戸製鋼や日産で起きた不祥事も世代的事情によるものであろうと私はみている。

渡部昇一は、「自由をいかに守るか ハイエクを読み直す」の中で、一世代下の全共闘世代をかく評している。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

219頁
全共闘に加わっていた人間はどこかが壊れていると感じることが多いから注意する必要があると、私はよくいっています。
全共闘をやって就職できなかった人間を、ある方が雇ったら、一番世話した人を追い出したという話を聞いたことがあります。あの世代は道徳観がどこか欠如している場合が多いのです。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

個体名は書かないが、団塊世代の言論人の中で、表情もしくは雰囲気、言動面で壊れている方、ブログ記事などで発●したのではないかみたいな文章が多い方は、全共闘に係わった人とみなしていいだろう。

こう書けば書くほど、ブログの訪問者は減る。が、こんなことを書かなくてはならないほど、戦後民主主義教育を最初に受けた世代は劣化している。



今の現役世代の方々は、おわかりにならないかもしれないが、渡部昇一の世代、その下の問題ある世代、そして今の現役世代を私は見ているので気がついている。

確かに、若者世代でとんでもないマナーの人たちはいる。それは確かだ。が、それはどの時代にもあったことだ。
私が、問題とするのは、いわゆる高齢者のマナーがどんどん悪化、劣化しているように見えることなのである。

従って、冒頭で紹介したような、年寄世代と、若者世代が対決する場面においては、若者世代を応援しようと思っているし、外出する際は、服装、マナーについては気をつけるよう心がけている。

要するに、気をつける人、心がけている人、とそうでない人の差が、年を経る毎に表面化すると言いたいのである。
若者世代(東大学生)に馬鹿にされるような老人(東大教官OB)にはなりたくはないものである。

以上

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テーマ : このままで、いいのか日本 - ジャンル : 政治・経済

19:04  |  社会認識  |  トラックバック(0)  |  コメント(2)

Comment

Re: 団塊世代(安保闘争、全共闘世代)の「幼稚さ」

> 八十代後半から九十代以上の世代の人達は、やはり「恥」というものを強く感じる人たちが多く、何よりも「礼節」と「忠義(仕事に対する責任感)」を重んじる人が多かったと思いますし、「金の亡者」になったり、「性的な遊び」などにうつつを抜かすような人は少ないと感じる事が多いですね。海軍や陸軍学校、帝大、高等師範学校の出の人など、人間的にも知的にも尊敬する人が多いですね。
>
> やはり、戦前の家庭と地域社会、初等教育は素晴らしかったのだなと思いますね。
>
> 団塊世代、全共闘世代は、若い頃は「若者特有」のファッションとやらで誤魔化せたのかもしれませんが、年をとっても、「ヒッピーのような奇天烈な格好で外を出歩いている年寄りを見ていると、自己主張の激しさを感じますし、体裁を気にするような感じの人では無く(要するに傲慢、自己中)、若い頃に受けた反日狂育の結果も相まってか、明らかに精神的な成長というものを阻害されてしまった人達なのだな、と痛感させられますね。
>
> 実際、自分達は、散々米国製資本主義(ユダヤ資本)を攻撃していたにもかかわらず、「その体制下」で「就職」の道を選んだわけで、それを非難していた彼らの「主張」というのはなんだったのか、と思いますね。
>
> 確かに、彼らには「親や社会、学校に敷かれたレールの上を走る事を拒み、革命、打倒資本主義、打倒米国の為に、就職、人生を棒に振る覚悟があった」という大義名分があったと述懐する人もいるようですが、覚悟と言っても、どこまで本気だった人がいたのかすら分かりませんし、大半が途中で馬鹿馬鹿しくなって辞めたみたいですし、現在でもアホな反米、反国家闘争を続けているのは、闘争の影響でブラックリスト入りして就職できなかった人か、会社に入ってからも「闘争」の夢を捨てきれなかった人ではないかと思います。
>
> 結局彼らは、その影響で、精神、知性、肉体(これは強い人もいますが、戦時世代ほどではない)の成長が止まってしまい、後年になってその「間違い」に気付いたとしても、体裁もある為、正常な精神に戻る事は非常に困難だと思います(彼らが自分達は大したことをやっていないにも拘らず、精神論を連呼するのも、その影響が強いと思います)。
>
> 故三宅久之先生がおっしゃっていましたが、彼らの一つ、二つ上くらいの「大人(現在八十後半から百歳あたりの戦時世代)」は、彼らの活動(反国家、反大学闘争)を支持していたというわけでもないみたいですし、「若者特有の元気の良さがあって良い事だ」くらいにしか感じていなかったようです。
>
> あれだけ戦争で、大変な目を国によって遭わされたはずなのに、その国(国家)を打倒するという思いを抱いていたわけでは無いという事ですね。だから支持が広まらず、革命が起きなかったのだろうと思います。
>
> 実際、八十,九十代の人は、戦後の復興の中核を担った人達ですし、反国家であったのならば、あそこまで国家に貢献しようと思った事など無かったと思います。
>
> 実際、現在の「赤軍系」、「中核派」を初めとする極左活動団体の設立メンバーなどは、現在の安保、団塊世代に集中している事からも分かるでしょう(その上の世代の人(戦時世代)がほとんど参加していない事に注目するべきだと思います)。
>
> 団塊世代は、未だに反米の感情が強い人が多いですが、これから世代交代が進むにつれて、彼らが本来解決するべき問題(戦時中の問題の検証、糾弾の活動)を解決せず、高度経済成長の好景気、資本主義バブルの狂乱等にうつつをぬかし、残してきた問題(極左関係の団体の設立と、教育界の共産思想の蔓延(大学、教育現場、日教組、文科省など)、北朝鮮問題(赤軍系事案)、子や孫世代に日本の伝統や文化、精神を継承する事)の責任を負わされる事になった若い世代から、自分達の世代の「恥部」を糾弾されることになるだろうと思います。
>
> 団塊世代は、十分覚悟しておくべきだと思いますね。


面白い視点からのコメントとして拝読させていただきました。
頂きましたコメントについては、別テーマの原稿に組み込めないか、思案しております。
管理人 |  2017.11.24(金) 12:32 | URL |  【編集】

団塊世代(安保闘争、全共闘世代)の「幼稚さ」

八十代後半から九十代以上の世代の人達は、やはり「恥」というものを強く感じる人たちが多く、何よりも「礼節」と「忠義(仕事に対する責任感)」を重んじる人が多かったと思いますし、「金の亡者」になったり、「性的な遊び」などにうつつを抜かすような人は少ないと感じる事が多いですね。海軍や陸軍学校、帝大、高等師範学校の出の人など、人間的にも知的にも尊敬する人が多いですね。

やはり、戦前の家庭と地域社会、初等教育は素晴らしかったのだなと思いますね。

団塊世代、全共闘世代は、若い頃は「若者特有」のファッションとやらで誤魔化せたのかもしれませんが、年をとっても、「ヒッピーのような奇天烈な格好で外を出歩いている年寄りを見ていると、自己主張の激しさを感じますし、体裁を気にするような感じの人では無く(要するに傲慢、自己中)、若い頃に受けた反日狂育の結果も相まってか、明らかに精神的な成長というものを阻害されてしまった人達なのだな、と痛感させられますね。

実際、自分達は、散々米国製資本主義(ユダヤ資本)を攻撃していたにもかかわらず、「その体制下」で「就職」の道を選んだわけで、それを非難していた彼らの「主張」というのはなんだったのか、と思いますね。

確かに、彼らには「親や社会、学校に敷かれたレールの上を走る事を拒み、革命、打倒資本主義、打倒米国の為に、就職、人生を棒に振る覚悟があった」という大義名分があったと述懐する人もいるようですが、覚悟と言っても、どこまで本気だった人がいたのかすら分かりませんし、大半が途中で馬鹿馬鹿しくなって辞めたみたいですし、現在でもアホな反米、反国家闘争を続けているのは、闘争の影響でブラックリスト入りして就職できなかった人か、会社に入ってからも「闘争」の夢を捨てきれなかった人ではないかと思います。

結局彼らは、その影響で、精神、知性、肉体(これは強い人もいますが、戦時世代ほどではない)の成長が止まってしまい、後年になってその「間違い」に気付いたとしても、体裁もある為、正常な精神に戻る事は非常に困難だと思います(彼らが自分達は大したことをやっていないにも拘らず、精神論を連呼するのも、その影響が強いと思います)。

故三宅久之先生がおっしゃっていましたが、彼らの一つ、二つ上くらいの「大人(現在八十後半から百歳あたりの戦時世代)」は、彼らの活動(反国家、反大学闘争)を支持していたというわけでもないみたいですし、「若者特有の元気の良さがあって良い事だ」くらいにしか感じていなかったようです。

あれだけ戦争で、大変な目を国によって遭わされたはずなのに、その国(国家)を打倒するという思いを抱いていたわけでは無いという事ですね。だから支持が広まらず、革命が起きなかったのだろうと思います。

実際、八十,九十代の人は、戦後の復興の中核を担った人達ですし、反国家であったのならば、あそこまで国家に貢献しようと思った事など無かったと思います。

実際、現在の「赤軍系」、「中核派」を初めとする極左活動団体の設立メンバーなどは、現在の安保、団塊世代に集中している事からも分かるでしょう(その上の世代の人(戦時世代)がほとんど参加していない事に注目するべきだと思います)。

団塊世代は、未だに反米の感情が強い人が多いですが、これから世代交代が進むにつれて、彼らが本来解決するべき問題(戦時中の問題の検証、糾弾の活動)を解決せず、高度経済成長の好景気、資本主義バブルの狂乱等にうつつをぬかし、残してきた問題(極左関係の団体の設立と、教育界の共産思想の蔓延(大学、教育現場、日教組、文科省など)、北朝鮮問題(赤軍系事案)、子や孫世代に日本の伝統や文化、精神を継承する事)の責任を負わされる事になった若い世代から、自分達の世代の「恥部」を糾弾されることになるだろうと思います。

団塊世代は、十分覚悟しておくべきだと思いますね。
西 |  2017.11.24(金) 02:42 | URL |  【編集】

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