FC2ブログ
2019年08月 / 07月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫09月

2019.05.02 (Thu)

「保守・愛国」よりも重要な政治的概念

ブログは移転済みですが、FC2は書庫として残す関係で、こちらも継続となります。

ブックマーク等の変更をお願いします。

祖国は日本 時代は変わる!
http://sokokuhanihon.seesaa.net/


更新はメインのSeesaaブログよりも遅れます。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


元号が変わり、令和の時代となった。
移転後最初の原稿として、政権中枢を支配する重要な政治的概念について、気がついたことを述べさせていただく。



第一次安倍政権発足時代以降、徐々に保守、愛国を唱える政治活動家、最近は特に、日本第一主義を唱える方が増えてきている。(ような気がする)



私は、どちらかというと、学生時代、30代、40代とノンポリ(政治的中立)であった関係で、保守、愛国である以前にものの道理として妥当か否かの視点で、対象事案を眺めてきた。これは、早稲田大学雄弁会出身の上司から、対象事案を色眼鏡で見てはならない、イデオロギー指向で扱ってはならない(左翼思想はもちろん保守・愛国であらんとする視点、態度を含め)との指導を再三受けたことが影響している。



最近、ある本を読んでいるうちに、政権中枢においては、保守、愛国であろうとする以前にもっと大きな政治的概念が根底にあるのではないか、読者の皆様と共有したいと考えるに至った。



以下に、引用・転載させていただく。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

安倍晋三の真実
谷口智彦


28~33頁
総理の下には私以外にも、そうしたスピーチ、発言要領の原稿を書く仕事をしている人が1人、2人と存在し、はるかにたくさんの仕事を連日連夜こなしています。
なぜ1人、2人などと言うかといいますと、少し前までは秘書官直属の、とある若手官僚が主として担っていて、その彼があまりにも優秀なので、異例の人事として秘書官に抜擢されてからは、彼と、今度その彼の下について別の女性少壮官僚とが主に担う、というように、やや流動的だからです。
秘書官は、慣例的に政務担当1人、事務担当5~6名で構成されていますが、彼らは総理官邸の5階の、総理大臣執務室に隣接する部屋に控えており、内閣総理大臣を常に「形影相伴うごとく」付き従って、総理の所用にいつも先回りして備え、仕事を円滑にしています。

事務担当秘書官は、外務、経産、防衛、警察各省庁からの出向となっており、彼らは出身の出身官庁と、さらにその周辺官庁との繋ぎを果たし、法案や答弁の準備と精査をします。警察は元内務相だからでしょうか、警察から来ている秘書官は、宮内庁などとのパイプになります。文科省は自分で秘書官を送れない役所の一つ。財務省から来た秘書官が、文科省との繋ぎをしています。
それ以外に、秘書官たちはもちろん総理の人間関係に通暁していないといけません。あれやこれや、文字通り「滅私奉公」、1年365日の務めが必要な仕事です。

今言っておきますが、これらの誰1人、やれ仕事が大変だの、休みがないだのと、愚痴をこぼしているのを見たことも、聞いたこともありません。ワークライフバランスなどと言うのもおろか、仕事、仕事、仕事の毎日で、秘書官たちが愚痴を言わないというところ、ぜひ注目してください。それは彼らのボス=安倍総理に由来するからです。

安倍晋三とは、と問われたとき、いろいろな答え方があり得ます。「仕える部下が、裏に回って決して『宮仕えは辛い』のなんのと、愚痴を言わない、いわんや、不平を言わない」そんな人だと答えておきましょう。私もそれなりに生きてきて、社長と名のつく人には数百人くらい会い(記者時代)、政財官界、日本の内外でいろいろなリーダーを見てきましたが、安倍総理くらい、直属の部下が愚痴だの不平だのを言わない人物をほかに知りません。

ともあれ、対外向けの発言、スピーチの草稿づくりを担うのは、長年のでんと魚として、秘書官の中で経済産業省から来る人の場合が多いようです。広報一般、たとえばマスコミとの関係なども、経産省出身の秘書官が担当するならわし。世故に長けているということか、「娑婆」の言葉が話せるということなのか。財務省出身でも、外務省出身でもなく、そこは経産省出身の秘書官が担うことになっています。
第一次安倍政権で経産省出身の秘書官についたのが、今井尚哉さん。
鉛筆で書いたメモのその文字はスラスラと達筆、なかなかに魅力的で、文字を手書きで書いてきた量の膨大さがそれでわかります。
学生時代は小説の習作をやっていたと、聞いたこともあります。
第二次政権の発足とともに、その今井さんは政務担当の秘書官になりました。
役所から来たままで公務員の身分の秘書官は、政治に一切携われません。自民党総裁としての総理の政治活動には、直接関われないわけです。となると、総理を全人的にお世話できるのは、今井さんただ一人でして、それが「政務担当秘書官」の重責です。

中略

この人については、なにかと毀誉褒貶があります。
おそらくは生来の、押し出しの強さをもっている。話の仕方がピシっと断定的で、反論を許さない感じ。かと思うと、ごくつまらないことにもドヤ顔をしたがる愛すべき面も含め、俗に言うところの強面タイプでしょう。
電話をしても、返事がない。ましてメールには、なんの音沙汰もなし。まず接触するのがこの人の場合、大変だというところ、ぶつくさに文句を言う人がでてきます。

中略

あるときから、こう思うことにしました。
今井さんには、なにがないといって、およそ「私」がないのです。あるのはただもう、総理を盛り立てて、安倍総理に、駆け抜けられるだけ遠くへ駆け抜けていただこう、そのためならなんでもしようと思っている、その気持ちだけです。

私は、義経を守って険しい道行を共にする弁慶みたいだと、今井さんを評し、口にもしています。

中略

弁慶さながら、なんなら矢を全身に浴びて立ち往生したってかまうものかというくらい、今井さんが思っていることは間違いがない。その迫力をもって、一切の私心なく尽くしているので、ぶつくさ言いながらでも、みな今井さんを認めるわけです。

今井さんは第一次政権で秘書官でしたから、2007年9月に安倍さんが突然辞任せざるを得なくなったときの無念さも共有しています。あのときは国を挙げて、「安倍晋三は弱虫だ」だの、果ては「へたれ」だのと悪罵を飛ばしていた。そんな中、「ネバー・デスペア」と言った一人が今井さんなのでした。安倍総理呉との絆の強さは、推して知るべしでしょう。

中略

これはノーベル賞をとった山中伸弥さんから聞いた話です。

中略。

世耕さんは、山中さん(ノーベル賞受賞者)には本音しか言いません。で、その話というのが、「もし安倍さんに、命懸けてこいって言われたら、オレ死んでもいいって、そう思ってるんだよな」と世耕さんは言っていた、と。

安倍総理というのは、自身、私がない、おおやけのために骨惜しみせず頑張っている。しかも周りを叱りつけたり怒鳴りつけるということがない。こういう人と長年付き合っていると、世耕さんのようなことを言いたくなる。それは私にもよくわかります。この私にしたところで、金銭欲、名誉欲、出世欲などと全然違う動機で、安倍総理にいつまでもお仕えしたいと思っているわけですから。

中略
安倍総理を支えている、安倍官邸を動かしている人たちの覚悟というか、総理の周りの結束力の強さを、お感じいただけるのではないかと思います。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||



簡単に書くと、政権中枢は、「公の精神」に徹し仕事をしているのであるから、官邸含め首相の決断を促したい陳情・要望事項があるなら、「公に通用する論理」を意識し、提出すべきということになる。




仮に陳情が受付けられたとしても、提案理由が明確でないか、公に通用する論理でない場合は、実現は難しいと考えなくてはならない。
なぜなら、稟議書には、通常、提案理由欄がある。提案理由欄を空欄にして起案、決裁することは不可能である。提案理由に書かれる理屈とは、「公に通用する論理」であることが求められる。稟議書の文書審査業務において、提案理由欄に書かれた理屈の論理的妥当性も審査対象である。




戦後レジーム脱却に向けてやるべきこと、変えるべきことはたくさん存在している。よって、陳情文書にて「公に通用する新たな論理」を示さない限り、事態を変えることは難しいとみなくてはならない。

理屈や理由を示すことなく、ああすべきだ、こうすべきだと主張することは簡単だ。しかし、稟議書の存在を意識した場合、その主張は果たして通るのか?問答無用の言い方、稟議書における提案理由欄が存在していることを意識しない主張で、事は実現するのであろうか?



多くの、(特に保守系)言論人たちの主張の甘さはここにある。文章自体は流麗で長いものの、「稟議書に記すべき提案理由に相当する、明快な理屈」を示せているケースは決定的に少ない。加藤尚武の本と西尾幹二の政治ブログを比較すればわかることである。
もちろん、この場合の理屈とは、朝日、毎日、中日、東京、信濃毎日、北海道や沖縄の二紙が編み出し、記者倶楽部を介してマスコミ各社が横並べで示すような、「中韓に異常に配慮する屁理屈」でもない。。



稟議書に書くべき「提案理由にふさわしい理屈」を示さず、当該事案について、自身が模索する日本第一主義を政権が採用しないことを以て、首相が保守主義者ではない、愛国者でないと批判、主張することは果たして妥当なことなのか?

極論すると、「日本第一主義的な政治主張」と「政権中枢関係者が抱く、政治活動上の根本概念」の乖離があるのではないか。
ひょっとすると、政権中枢から日本第一主義を掲げる政党を眺めた場合、「ヘイト法」(私はヘイト法には反対の立場)は、今のところは(公の概念としてあってはならない、憎悪、騒動を組織的に煽っているとの評価を根拠に?)「公の概念を理解しようとしない組織集団」に向けられた「注意喚起」の位置づけなのではないか、と考えざるを得ないのである。


以上


関連記事
スポンサーサイト

テーマ : 私の見解 - ジャンル : 政治・経済

08:46  |  保守活動  |  コメント(1)

Comment

Re: 身勝手なお願いですが・・・

カオル様、ご要望の趣旨に沿う形で設定変更済みです。
管理人 |  2019.05.02(木) 20:17 | URL |  【編集】

コメントを投稿する

Url
Comment
Pass  編集・削除するのに必要
Secret  管理者だけにコメントを表示  (現在非公開コメント投稿不可)
 

▲PageTop

 | HOME |