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2019.04.07 (Sun)

保守・愛国≒在るべき姿

本稿は、

外国人による組織的な選挙妨害は「重大犯罪」として扱われるべきだ
http://sokokuwanihon.blog.fc2.com/blog-entry-1364.html

に続き、日本第一党向けの提言を意識したもの。


本題に入りたい。

拙ブログ、分類上は保守系ブログであろうと思う。
ただ、私自身は、保守的な政治活動家がイメージするほど、必ずしも保守でも愛国でもないかもしれないと思いつつある。
それは、学生時代からノンポリ(正確に書くと、政治的に無関心ではなく、政治的に中立であろうとしたこと)が影響している。仕事上、事業部門間の調整部署に長く所属していたことと関係している。当時の上司(早稲田雄弁会出身者)から、物事を色眼鏡で見てはならないと繰り返し指導を受けたこともある。

一部読者層からは、拙ブログ管理人は、極めて冷静な筆致という評価をいただくこともあった。が、私は、気は長い方でない。どちらかと言うと短気である。

もちろん、何が保守であり、何が愛国であるか、定義すべきことをせず、保守なら〇〇すべきだ、愛国なら〇〇すべきだと語る、どこかのテレビ番組関係者や有名ブロガーのようなことを言うつもりはない。

今のヘイト論争はどうだろうか。本来何をもってヘイト行為とするのか、ヘイト法で示された文章、と比較して、論じたものは皆無に近い。

極端な言い方となるが、目先の当該事案の対策案を示す場合において、「保守・愛国であろうとしてこだわった場合の検討結果」、「中立的視点からの当該事案の在るべき姿」があったとして、私は、前者ではなく、後者のスタンスを選ぼうとしている。


前者のスタンス、後者のスタンス、それぞれから導かれる結論、は必ずしも一致しないのではないか。





前者については、下手をすれば空回りしていると取られかねない。世の中の保守系言論人の多くが、①批判一辺倒か、②分析はするものの批判どまりであるのは、「中立的視点からの当該事案の在るべき姿」をイメージ・意識していない結果であろうと私はみる。

本来、国家の重大事案の場合、原因を分析、在るべき姿をイメージ、対策を立案することは、国益的に当然のこと。官僚は、優秀であればあるほど、国益を極大化しようと考えれば考えるほど、「中立的視点からの当該事案の在るべき姿」を模索するはずである。

そういう論理思考であるがゆえに、保守ならば、、、すべきだ、愛国ならば、、、すべきだという主張は、具体的内容が乏しい、心構え的次元の、政治的主張のように映るのである。

一方で、拙ブログは、保守、愛国、戦略、戦術という、保守活動上の重要な政治用語について、深く考察、定義について文章化を試みたことがある。以下は、その事例である。


―― 参考情報 ――――――――――

・他人を「愛国者」でないと批判する行為の意味
http://sokokuwanihon.blog.fc2.com/blog-entry-655.html

・「真正保守」の定義について
http://sokokuwanihon.blog.fc2.com/blog-entry-657.html

・「保守」という言葉の概念  中川八洋と西尾幹二の比較
http://sokokuwanihon.blog.fc2.com/blog-entry-659.html

・リベラルの定義
http://sokokuwanihon.blog.fc2.com/blog-entry-667.html

・「愛国」「保守」の定義について
http://sokokuwanihon.blog.fc2.com/blog-entry-719.html

・ノンポリは3種類存在する?
http://sokokuwanihon.blog.fc2.com/blog-entry-887.html

・戦略とは何か
http://sokokuwanihon.blog.fc2.com/blog-entry-1086.html

・戦略をどう構築するか=どう文章化するか
http://sokokuwanihon.blog.fc2.com/blog-entry-1088.html

―――――――――――――――――

ただ、より深く考えると、特定の事案について、より保守的な視点、より愛国的な視点で眺め、保守なら〇〇すべきとなる、とか、愛国なら〇〇すべきとなるという結論を導くには、中川八洋が書いた、三冊の保守政治思想に係わる名著を読みこなしていないと難しいと思いつつある。

中川八洋の保守政治思想に係わる名著三冊とは、「正統の哲学、異端の思想」、「保守主義の哲学」、「正統の憲法 バークの哲学」である。
さらに、この三冊以上の教科書となりえる本、代用できる保守政治哲学書は存在していないのではないか。

中川八洋の最近のブログ記事は、時に、エキセントリックで理解しがたいものもある。それを過激だと批判する前に、我々は保守政治哲学・思想の古今東西の良書をきちんと読みこなし、そのうえで保守政治思想を自分の言葉で語るべきではないか。

―― 参考情報 ――――――――――

中川八洋ゼミ講義
http://nakagawayatsuhiro.com/

―――――――――――――――――

中川八洋を政治哲学・思想の次元で乗り越えずして、中川八洋を批判しても始まらない。たとえば、中川八洋の皇室問題について述べた三冊の本(「女性天皇は皇室廃絶 男系男子天皇を奉載せよ」、「皇室消滅」、「皇統断絶 女性天皇は、皇室の終焉」)は、保守言論界における伝説的名著のような気がする。そこで示された批判は、一言で言うと、政治哲学・思想の根源に遡った根拠を示したものである。言葉尻や文言レベルの論理的批判ではなく、思想の根源的次元での批判である。


保守系言論人による批判は、中川八洋が示した批判と比較して、総じて政治哲学・思想的に浅いような気がする。政治哲学・思想的に浅いので、多くが批判の次元にとどまり、提言に達しないという見方もできる。
中川八洋のブログの場合は、提言記事も無償で読める。何かにつけてもったいつけて、塾生向けの記事、有料メルマガ、会員向け有料記事が続出する言論人(言論人と称する人を含む)と比較しての話である。


そんなに重大なことなら、中川八洋のように言いたいことすべてぶちまけて晒すべきだ。


自身を保守主義者であるとか、愛国者であると自己紹介する前に、それぞれが乗り越え、克服すべきことは多い。学び習得する道のりは長い。

本稿では、政治の姿として、

・保守・愛国主義から導かれる政治の姿
・政治的に中立なスタンスでの在るべき姿から導かれる政治の姿

二種類があることを示した。

まとめとなるが、
前者は、より保守政治哲学・思想を根源とするため、保守層に限定して支持される性格を有するものであるのに対し、
後者は、政治的に中立な視点からの結論となる関係で保守層以外の、無党派層にも理解されやすく、案件によっては左翼支持層も納得する可能性がある
すなわち、日本第一党の主張は、発想的に、前者を意識し過ぎ、後者をあまり意識していないような気がしてならないのである。

以上

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テーマ : ◆桜井誠◆日本第一党◆日本第一主義◆日本、日本人 第一に考える◆ - ジャンル : 政治・経済

08:04  |  保守活動  |  コメント(0)

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