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2018.12.21 (Fri)

定年延長によって失われるもの

日本では、つい最近まで65歳定年だと思っていたものが、いつのまにか70歳定年時代になろうとしている。



定年延長に関して、何歳を定年とするのか、という視点からまず問題提起したい。

定年は政府に決めてもらうのか、会社に決めてもらうのか、自分で決めるのか、という意味である。



同じことは、何歳になっても社長のまま居座り、高額年俸をせしめ続ける経営者についても言える。有能、無能かは関係ない。逮捕されたゴーンは、20年近く経営トップに居座り、報酬を自分で決めていたそうだ。まさに独裁者。株主からの報酬が高いとの質問に対し、株主を裏切り、株主との約束を反故にした。ゴーンは引き際を誤まった。



私は、役員、管理職、ヒラ社員、パート、立場は違えど、定年は各人が自分で決めるべきだという考えだ。



会社を去る時くらい自分で決めるべきであり、ダラダラ70歳まで働き、15歳も年下の部長にペコペコして働くのは性に合わない。会社に所属し、時間を拘束されることで生き甲斐らしき世界を見出す人生を由とはしない。
従って、若い時から、担当した業務において、致命的欠陥を見つければ、これはこう直すべきだ、こう処置すべきだと、上司に対し結構ズケズケ言い、書類にまとめ提言書として提出、予算がなければ予算を獲得、実行した。

30年以上も前のことになるが、ある事故を予見、その旨を業務文書として書き、回避のための調査・改善に取り組んだことがある。しかし、かなりの規模の予算を投下しなければ抜本解決となりえず、提案はしりすぼみに終わった。が、危機意識を喚起、長期間維持する効果はあった。事故回避の設備投資は、ともすれば、コスト的に過大なものとなることは避けられないことはご存じのことと思う。
実際、事故は起きた。最終的に政府関与マターの事案となった。30年かかって私の提言の正統性が、社内で正式に認知されたことになる。



私は自慢話をするために書いているのではない。正しいことを正しいというのには勇気がいるという意味で書いている。55歳定年制、60歳定年制は太く短いサラリーマン人生を目指す人には合っている。(と思う)
対して、65歳、70歳定年制となると、職を賭して思い切ったことは提言しにくくなる。百田尚樹が書いた「海賊と呼ばれた男」に書いてあるようなことは、戦争をくぐり抜けた管理職なら、上司である役員に相談せず自己責任で日常的にやっていたことだ。(と思う)実際、そうだったケースが多い。自分のタメだけでなく会社のため、日本のために懸命に働いた世代もいたことは知っている。




プロシアのフレデリック・ウイリアム皇太子は戦陣にて、負け戦で命令どおり対応したので間違っていないと弁明する部下を「階級はなんのためにあたえてあるのか?命令違反するときを判断できる者にあたえられているのだ。規則どおり、命令どおりするだけなら、貴様は将校ではなく、兵士でよい」と叱責したそうだ。(「戦術と指揮」、松村劭)

戦中世代は、この種の芸当が理解できていたような気がする。大東亜戦争で、日本軍の末端の兵士が手ごわかったとの敵国の評判が一般的なのは、そういうことなのだろう。(一番いい加減だったのは真珠湾攻撃、ミッドウエイ、、、)

そういう良き伝統が崩れたのが、団塊の世代。自動車メーカーや製造メーカー等の現場に蔓延る検査不正は、団塊管理職たちの置き土産であろうとみている。実際、トラブル処理を他人事のように扱い、技術的には三流、部下の人事評価と人事異動しか関心がない●●が多かったという印象である。



サラリーマン人生の定年が70年となること、働く機会が保障されることは好ましいことである。
終身雇用を否定するものではないが、雇用期間が長引けば長引くほど、人事的には確実に総当たり戦みたいな世界となり、敢えて論争を創るような仕事、敢えてリスクを背負ってまで仕事しようとは誰も思わなくなる。(はずである)

簡単に言うと、上司も部下も総当たり戦となる関係で、30歳くらいに恨み抱いた相手が50歳で部長となり、65歳の当方に復讐しようと思えばできる状況で、敢えて事を成し遂げようと考えるのかということなのである。

日本の労働生産性が低いとする調査結果が相次いでいるが、それは長期化する終身雇用がもたらす負の側面ではないのか。70歳定年制が現実化すればするほど、労働生産性はさらに低下するのではないか。



仕事は一種の出会いみたいなものだと私は思っている。どう加工、処理するかは、その人次第。
無理難題は、普通の人は避ける。
私は、放置することは許せず、ついやってしまうタイプ。できるのにやらない自分が許せないのだ。
70歳を過ぎて隠居爺となり、若い頃、あの仕事をやった。法螺ふきと言われようが大放談したい気持ちもある。

もちろん、生きざまを決めるのはその人の価値判断である。

すべては、「海賊と呼ばれた男」という本の評価に繋がり、生きざま的には4種類に分類される。

・本を読んで面白かったと思う人
・本を読んで自分もそうありたいと思う人
・いざとなれば実行しようと思う人
・既に実行中で、今後も実行継続する人



しかし、70歳定年制は長すぎる。人生には好不調の波がある。
「海賊と呼ばれた男」を演じれるのは、年齢体力的に55歳が限界ではないか。

以上

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テーマ : 政治・経済・時事問題 - ジャンル : 政治・経済

07:14  |  社会認識  |  コメント(0)

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