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2019.05.19 (Sun)

韓国での権力争い 実は李朝から続いた国是?


韓国では大統領が代わる都度、前任の大統領が訴追される事態が続いている。
この現象について、呉善花は歴史的経緯から解説している。

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韓国併合への道
呉善花

12頁
朝鮮半島には、日本やヨーロッパのように武人が支配する封建制国家の歴史がない。中国と同じように、古代以来の文人官僚が政治を行う王朝国家が、延々と近世に至るまで続いたのである。併合の主体となった日本は近代国家であったが、併合されたほうの国家の実質は、近代国家でも封建国家でもない王朝国家だったのである。

21~25頁
派閥、一族の紛争に明け暮れる社会
李朝ほど強固で長く統一を保持し続けた王朝国家は例がないと言われるが、李朝の統一は、社会とか民族とか、大集団の利益の大局的な一致によって維持されたのではなかった。その逆に、バラバラに分散した個が一様に中央の一点を目指す、「周縁から中心へ」と向かう一極集中のダイナミズムによって保たれていたのである。

別の意味で言えば、横のつながりを失った無数の極小集団(主として家族)が、それぞれ自己の利益を目指し、中心の権威という甘い蜜に向かって猛然と突き進む、という力学によって維持されたのである。

人々がさまざまな利益を軸に結びつき、さまざまな社会集団を形成して社会活動を展開することー李朝ではこれが極端に阻害された。そのため人々は、唯一残された血縁という小集団(父系血族集団としての家族)に自らを囲い込むしかなかった。李朝の社会をよくも悪しくも動かしたのは、各自が所属するこの血縁小集団の繁栄へと向けられたエネルギーであった。そしてその繁栄は、事実、権力に接近すればするほど保証されるものであった。

そのように、少しでも中心へ近づこうとする「中央志向の共通性」が社会的なリアリテイとして確保されている限りは、活気に満ちた社会があり得る。しかしながら、世襲による権威・権力・身分の固定化が進む末期となると、もはや多くの人々にとって中央的な価値は手が届かないものとなり、遠くから羨望するしかないものとなっていく。こうして社会からは急速に活気が消え失せていくのである。そして、中央的な価値に手を触れているわずかな人たちの間で、限られた価値をめぐっての争奪戦が激しく展開されるようになっていく。

このような李朝末期、一八六〇~七〇年の社会を体験した一人の西洋人は、次のように描写している。

「一般に、政治的活気とか進歩、革命といわれるものは、朝鮮には存在しない。人民は無視され、彼らのいかなる意見も許されない。権力を一手に掌握している貴族階級が人びとに関心を向けるのは、ただ彼らを抑圧してできるだけ多くの富をしぼり取ろうとするときだけである。貴族たちは、いくつかの派閥に別れ、互いに執拗な憎悪をぶつけ合っている。しかし、彼らの党派は、なんら政治的、行政的原理を異にするものでhなく、ただ尊厳だとか、職務上の影響力のみを言い争っている大義名分だけのものである。朝鮮におけるい最近三世紀の期間は、ただ貴族層の血なまぐさい不毛の争いの単調な歴史にしかすぎなった」(シャルル・ダレ著/金容権訳『朝鮮事情』東洋文庫・平凡社)

中略

「貴族階級」と表現されているのは、先に述べた李朝の国家官僚となる資格をもった支配階級、文班(文官)と武班(武官)を総称して両班と呼ばれた者たちのことである。
両班たちの「不毛の争い」が李朝末期にいっそう激しいものとなった第一の理由は、両班人口の増大にある。官職を得られなくても両班身分は世襲されたから、金で両班の地位を買ったり、ニセの資格証を売ったりということが、十数世代も繰り返されてきた結果、あやしげな自称両班が膨大に増加したのである。

京城帝国大学教授だった四方博氏の計算によると、両班人口は一六九〇年には総人口の七・四パーセントだったが、一八五八年には、なんと四八・九パーセントにまで増加しているのである。(「李朝人口に関する身分階級別的観察」『京城帝国大学法学部論集・朝鮮経済の研究3』所収)。

人口の半分が支配階級の身分などという国がどこにあっただろうか。
彼らの職分は官僚であり、官僚以外の職につけば両班の資格はなくなる。しかし官職は限られている。というわけで、彼らの多くはなんら働くことなく、ただ官職獲得のための運動を日夜展開した。当然のようにあらゆる不正が蔓延し、両班という身分を利用して庶民から強奪まがいの搾取をすることが日常的に行われたのである。

高級官僚としての両班どうしの争いにも凄まじいものがあった。
彼らはいくつかの派閥のどれかに必ず所属して、派閥間での官職獲得闘争に血道をあげた。その闘争は陰謀と策謀に道、互いに血を流し合うまでに至るすさまじいものであった。この闘争が何百年間にもわたって繰り返されてきた。そのため、派閥間、各一族間の敵対関係がほとんど永続化してしまったのである。

ある派閥が政権を握ると、他の派閥はそれに協力して政治を行うことはない。次の政権奪取を狙ってさまざまな手を打つことに終始したのである。彼らにとっては派閥の主張が唯一の政治的正義であって、他は罰は不正義によって政治を行なっていると考えた。したがって、派閥を超越して王権を支えるという発想はまったくなかった。そのために李朝はついに王党派という存在が生まれることがなかった。
「これらの争いは、多くの場合、敗北した党派の指導者の抹殺を期として終焉する。ふつう抹殺の方法は、武力とか暗殺によらず、首尾よく敵対派の官職を剥奪した側がさらに国王を動かして敵に死を宣告させたり、少なくとも無期の流刑に処したりするのである」(同前書)

しかも、こうした憎悪の関係は父から子へと世襲されたから、果てしない闘争の繰り返しとなるしかなかった。李朝では、先祖が受けた屈辱を子孫が晴らすことは、子孫にとっては尤も大きな道徳的行為だった。

31頁

横の繋がりのない、バラバラな状態に両班階層が陥っていたことが、王権が強力な先生をふるうのに恰好の条件をつくり出していたのである。大院君はさらに横の繋がりを執拗に断ち切って諸勢力の分散をはかる一方、自らへの縦の忠誠を徹底して強化し、一〇年にわたる個人的独裁を可能にしたのである。

この方法は、ずっと後に、李承晩や金日成がとったやり方とまったく同じものである。横の繋がりを分断し、すべてを一点に向かう縦の流れとして組み立てる権力構成は、戦後の韓国・北朝鮮にそのまま受け継がれ、韓国ではいまなお政界、官界、財界から各種民間団体に至るまで、一貫してみられるものである。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||




さらに、呉善花は、慰安婦問題、徴用工問題が避けられない、歴史的背景について解説している。
「横の繋がりがないバラバラな状態のバラバラな状態に両班階層」→「横のつながりを失った無数の極小集団(主として家族)がそれぞれ自己の利益を目指し、中心の権威という甘い蜜に向かって猛然と突き進む」→「慰安婦・徴用工利権を獲得しようとする集団が結束し政界中枢に影響力を行使する」
ことを示唆している。



韓国の大統領は、行政、司法、立法という国の成り立ちの横の連携を破壊すべく、自分に都合の良い裁判官を任命し、徴用工事案の賠償判決を導いたと考えれば、説明がつくのではないか、と考えるのである。



以上
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14:35  |  韓国  |  コメント(0)

2019.05.19 (Sun)

家系図に係わる著作権法上の解釈

本稿は、水間政憲、倉山満の論争に係わる、中立的視点からの推論。


倉山満は、皇室の家系図について、「著作権はない」と判断したいようだ。

―― 参考情報 ――――――――――

皇室の家系図を自分の持ち物と主張する御仁
https://office-kurayama.co.jp/?p=4050

―――――――――――――――――

「断る」という言葉があるが、もう少し柔らかく語れないものであろうか?
私は、皇室問題を語る言論人の言論作法について指摘している。

―― 参考情報 ――――――――――

作法を軽くみてはならない
http://sokokuhanihon.seesaa.net/article/465743145.html

―――――――――――――――――



見方を変えたい。
民間人向けの家系図について、著作権を主張する系図作成会社が存在していること、ご存じであろうか?

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https://www.kakeizushokunin.com/copyright/

著作権・免責事項
著作権
当サイトは著作権を放棄しておりません。
したがって記載内容の無断複製・転載は禁止させて頂きます。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||



つまり、旧宮家の家系図が含まれている場合、旧宮家は民間人であるので、旧宮家関係の(正規の)家系図を作成した企業・人は著作権を主張できるという解釈となる。
水間政憲が主張するオリジナリテイとは、上記「家系図会社」が主張するのと同様の、著作権上の権利であろうと推測する。

―― 参考情報 ――――――――――

超拡散《倉山満氏の「倉山工房」解散か!》
http://mizumajyoukou.blog57.fc2.com/blog-entry-3086.html

―――――――――――――――――

従って、水間政憲の主張に違和感はない。




さて、拙ブログは、「初投稿の方」からの「旧宮家を含む、皇位継承順位、家系図についての情報提供」をいただき、下記に出稿した。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

https://sokokuwanihon.blog.fc2.com/blog-entry-327.html

こんばんは
いつも拝見させていただいております。

こんなサイトがあります。ご参考まで。

皇族外も含めた皇位継承順位(男系相続・長子優先)
ttp://kazenisoyoide.web.fc2.com/zu/koui.html

もとた | 2017.02.04(土) 18:25 | URL |

━━━━━━━━━━━━

宮中祭祀完全復活 皇族外皇位継承順位者によるボランテイア組織化を急げ! 2017.0206
https://sokokuwanihon.blog.fc2.com/blog-entry-331.html

━━━━━━━━━━━━

生前譲位 旧宮家男系男子皇籍取得+皇室令等復活について
https://sokokuwanihon.blog.fc2.com/blog-entry-299.html

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||




しかし、情報提供いただいたサイトは今は閲覧できない。こんな推論が可能かもしれない。

『ひと目でわかる「戦前の昭和天皇と皇室」の真実』の発刊は、2017年3月17日。

水間政憲が家系図の著作権を主張していることから判断すると、水間政憲は『ひと目でわかる「戦前の昭和天皇と皇室」の真実』の刊行に際し、ネット上で閲覧可能なサイトを含めて、著作権買い取り?等を含めた処理を出版社(PHP研究所)と共同で実施したのではないかと推測する。

水間政憲は、拙ブログ?あるいは、他から情報を得、ビジネスチャンス到来と判断、出版化を急いだのではないか、、、




倉山満ファンの方、勘違いしないでいただきたい。

私は、水間政憲と倉山満の論争に関して、水間政憲に肩入れしているつもりはない。
基本的には、中立的視点での批評を心がけている。
水間政憲は、著作権フリー扱いの家系図情報があることに気づき、出版化。家系図会社と同様の処置、対応をしたと考えれば説明がつくのではないか?




簡単に言うと、水間政憲は、冒頭で紹介した、家系図会社の著作権解釈のノウハウを理解、先回りしたのではないか?




私は、水間政憲が素晴らしい言論人であるとか、愛国者だとか保守主義者だと言っているのではない。ただただ、家系図について、著作権フリー状態で放置されていた、ビジネス上の価値ある情報であることを一足先に気が付き、出版社と共同で出版化を急ぎ?(水間政憲を支援する出版社関係組織が存在?)、同時期に著作権フリー状態の情報を買い取っただけのことではないのか?

ビジネス保守的発想でみれば美味しい話だったはずである、
正しくは、皇室の家系図に著作権を主張しているのではなく、旧宮家(民間人)の家系図について著作権を主張していると解釈すれば説明がつくのではないか?

倉山満が係わっている扶桑社の編集長が、倉山満の反論について及び腰なのは、そういうことなのではないか。(推測)


以上

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14:33  |  法整備  |  コメント(0)

2019.05.19 (Sun)

作法を軽くみてはならない


あまり話題となることはないが、トランプと安倍首相、タイプ的には似たもの同士で、トランプも安倍首相も、人柄的には良い人であるようだ。

―― 参考情報 ――――――――――

日本のマスコミが取り上げないトランプ大統領の素顔
http://netgeek.biz/archives/140763

総理の人柄
https://ameblo.jp/akiran1969/entry-12449620174.html

―――――――――――――――――

マスコミが報道的に関心を持たない場面での意外な振る舞い、見る人はみているものだ。河野太郎が大臣就任に際し、麻生太郎は、心得論をコンコンと説き、河野太郎は直立不動で聞いていたとの話を聞いたことがある。麻生太郎議員は、若い頃から、政治家心得として、紙に書かれた箇条書きのものを日々眺めていたとされる。



これに対し、百田尚樹のツイッター言論活動は、小中学生レベルと錯覚する程度の、悪口が多い。放送作家、小説家はその程度なのであろうか?人間性を疑う。皇国史観の歴史書を書いたなら尚更気になる。

歴史書を出す以前の問題であると言わなくてはならない。
私の年代で百田尚樹並の言葉遣いである人は一人もいない。安倍首相の取り巻きの一人だと言われるが、私は支持者の一人として同じにされたくはない。

同様のことは倉山満にも当てはまる。田母神俊雄を励ます会でのスピーチ、当時は許容したが、水間政憲のブログに載っている情報から察するに、同業の言論人を激怒させたとある。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

オーバーハンド
@0verhand
返信先: @armourhigeraruさん、5さん、他人
倉山満先生 平成29年7月22日「田母神俊雄を応援する会」スピーチ https://youtu.be/sOS8LNDPk3k  このスピーチで会に参加してた、加瀬英明氏と小山和伸氏と高山氏が激怒して、直後に会長から出て行ったらしいですw

https://www.youtube.com/watch?v=sOS8LNDPk3k&feature=youtu.be

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

申し訳ないが、このスピーチは、中高生レベルと言わなくてはならない。

こういう幼稚な言動傾向の人に皇室問題を扱う資格はあるのか?ということになる。
保守層としては常識的には??となるはずだ。



本音が言える場面、正しいことを正しいと言える場面において、百田尚樹、倉山満は当たり前の作法を心得ているのかということになる。

加えて百田尚樹にはパクリ疑惑がある。

水間政憲が、自著をパクッた作家について論評した記事を読んだ。


||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

http://mizumajyoukou.blog57.fc2.com/blog-entry-3077.html

◎《保守も革新も「法と証拠」がすべて!》

■歴史認識に係わる外交問題は、「法と証拠」が有効ですが、通じない韓国・中国には常に対抗措置を準備しておく必要がある。

私は、常に「法と証拠」がすべてと公言していますので、研究した実績のない者が唐突に「歴史認識本」でデビューしたときは「パクり」と見て間違いないと思っています。それは、「証拠」を探すには専門的な勘と考えられないくらいの時間が必要だからです。

最近の保守言論が薄っぺらになったのは、ちょっと話題になった程度で、ジャンル違いの本まで手を伸ばしているからなのです。

百田尚樹氏の「歴史認識本」に関する姿勢を報告してくれた方がおります。その方は、20年ちかくインターネット空間の「監視レジェンド」として知る人ぞ知る方で、下記の情報をいただきましたので紹介させていただきます。

★《百田氏の発言で死ぬほど驚いたことがありました。『2年前に、「今こそ、韓国に謝ろう」を出版した際に、事細かに間違いを指摘したサイトがあった』と発言し、続いて、『そうかぁ、自分も資料とか良く分からないし間違えているところもあるかもしれないなあと思って、今回は松木先生に監修して頂いた』と発言したことです。
普段、水間様を始めとする数少ない保守言論人の「法と証拠」に基づく歴史検証に慣れ親しんでいるせいか「間違えが許される」と思って言論活動している百田氏の感覚に拍子抜けして驚いたわけです。驚きと苦笑いと憤りが同時に込み上げてきました。》とあり、百田尚樹氏が言論界を低俗化させていることを認識し、小説に徹するべきときなのです。

※百田氏が監修を依頼した松木國俊氏は「パクり本」でデビューしていたのです。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

百田尚樹は、自分で確かめるべきことを他人に依頼した。なぜであろうか?
精緻かつ単純な確認作業を不得意としたためではないのか?

歴史研究は、上記にあるように、「専門的な勘と考えられないくらいの時間が必要」なのは常識である。ストーリーテラー感覚で文章を書くのとは訳が違う。



まったく無関係な話かもしれないが、漫画家の世界は、特徴ある方がおられるようだ。

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http://news.livedoor.com/article/detail/16418485/

実は発達障害だった?ADHDの特性を活かしていた国民的漫画家2人

自伝的エッセイに漂うADHDを思わせるおおらかな不注意さ
 漫画家やイラストレーターなど、美術関連の職業についている人に、発達障害、とくにADHDの特性を持つ例が多いことはすでに述べた。

『ちびまる子ちゃん』は雑誌『りぼん』で1986年から連載が始まった人気漫画で、その後テレビアニメやドラマにもなった誰もが知る作品である。作者のさくらももこ(1965~2018)は自伝的エッセイ『まる子だった』で自らの生い立ちを明かしているが、全編を通じてADHDを思わせるおおらかな不注意さが彩を添えている。

幼少期からADHD的なおおらかさと集中力をもっていた水木しげる 
 また、水木は絵が好きだった。紙切れとエンピツかクレヨンがあれば、いつも絵を描いていた。主に風景画を描いていたが、絵物語を描くこともあった。高等小学校の頃には絵画の才能が認められ、1日中絵ばかり描いていたこともあった。このようなADHD的なおおらかさと過剰な集中力が、水木の創造力の源泉だったのであろう。

 なお、水木の父親もユニークな人物だったようだ。早稲田大学では勉強はせず、歌舞伎や映画に熱中し、故郷の堺港に船を浮かべてドンチャン騒ぎをしたこともあった。卒業後、商売を始めたが失敗し、大阪で会社員をしていたが、勤務時間中に映画をみていたのが社長にバレてクビになる。境港に帰って銀行に勤めたが、夜は芝居小屋を借りて映画の上映もしていたところ、やがて銀行もクビになった。その後は保険会社に勤めてジャワ支店に海外出張したり、米軍の通訳をしたりして暮らしていたという。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||



こんな情報もある。

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https://twitter.com/hyakutanaoki/status/1019131525139329024

百田尚樹

@hyakutanaoki
フォローする @hyakutanaokiをフォローします
その他 百田尚樹さんがをリツイートしました
私のオカンは、私が幼稚園の頃、「この子はどこかおかしい」と悩んだ挙句、児童相談所みたいなところに連れて行った母親です。
自分が生んだ子供を信頼できないのか!という情けない話です。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

どうやら話は繋がった感じである。




話は、これで終わらない。絵画では、フェルメールの絵が日本では好まれる。あの静けさ、微妙な雰囲気の描写が評価されているのであろう。

「フェルメール 静けさの謎を解く」(藤田令伊)には、こう書いてある。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

フェルメール 静けさの謎を解く
藤田令伊


166~171頁

第六章 静けさを描くことの理由
エラスムスがフェルメールに静けさを描かせた?

オランダが寛容の国といわれるのはどのような経緯によってだろうか。オランダが寛容の国と呼ばれるのは、もとを辿ればエラスムスに行き着くといわれる。デシデリウス・エラスムスは、一四六六年(一四六九年という説もあり)にロッテルダムで生まれた神学者、文献学者、思想家でユマニスト(人文主義者)である。日本では『愚神礼讃』の著者としてもっとも知られているだろう。

中略

エラスムスの思想はシンプルといえばシンプルである。エラスムスというと、カトリック教会の腐敗を球団したという側面がクローズアップされがちだが、決してそれがすべてではない。より本質的なところでは、人間と人の世のあらまほしきかたちを希求していた。エラスムスが理想として追い求めたものをいくつかのキーワードで挙げてみると、「自由
」「平和」「懸命」「穏健」「理性」「人間性」「美」といったものになろうか。くだくだしく説明するまでもなく、これらのキーワードをご覧いただいただけでエラスムスが追い求めたもののイメージが湧いてくるのではないだろうか。
エラスムスは自らの思想をよく物語に仮託した。たとえばそれは、友と談笑しながら森のなかをゆっくりと散策し、庭園の小さな別荘で穏やかに夕食をともにする、といった具合のものである。舞台は決して豪奢な宮殿にはならず、豪勢な晩餐会が開かれるといったこともない。どこまでも人間の身の丈にあった物語である。こうした物語は比喩的ながらエラスムスの思想の核心を表している。戦いがなく平和で、調和と静粛が支配する世界である。

中略

学校と通じて広がったエラスムスの思想
当時、エラスムスはオランダのみならずヨーロッパ中に知の巨人としてその名がとどろいていたという。だが、それもインテリ層においてだけであれば、影響力は限られたものでしかない。エラスムスの一般層への浸透はどうだったか。
エラスムスの一般層への影響を類推するにあたって、一つの材料になりそうなものがある。それは、礼儀や行動を説いた作法書である。当時、オランダでは生き方指南書として作法書の類が大変よく読まれていた。その解くところは相当に細かく、お辞儀のしかたから食事のマナー、会話のしぐさ、さらには性生活にいたるまで、懇切ていねいに説かれていた。

エラスムスもじつはこうした作法書を書いていて、そのいくつかは『エラスムス教育論』(二瓶社)として日本語でも刊行、紹介されている。

中略

こうした作法をエラスムスは単なる行儀として捉えていただけではない。作法は人間が内面に抱いている人間性の発露であり、したがって、よき魂の持ち主であるためには、よき作法を修得しなければならないとした。よき作法を行うことは、「神の似姿にもっとも近づく」ことだとしてキリスト教徒の義務だと考えたのである。

また、作法は共同生活を維持するための大切な規範、周囲との無用のトラブルを引き起こさないためのルールであった。それは、ほんとうの意味で市民が主役となった史上初めての市民国家オランダが、個人の自由を尊びながらも社会の秩序を維持するという宿命的に背負った二律背反を両立させるために欠くべからざるものであった。作法書に書かれたことは個別具体的ではあったが、底流ではエラスムスの思想と分かちがたく結びついていたのである。

中略

エラスムスが『覚書』を出版してからは類書が続々と発刊されており、どうやら『覚書』は子どもの教育書の一種の皮切りとなったようである。

このころから上流市民たちは子どもに対する教育熱をヒートアップさせたという。その背景には、王侯貴族らが何世代にもわたって社会の支配層を占めたのに対して、上流市民にはいわば自分たちは成り上がり者だというコンプレックスがあったからだという。そのため、彼らが真に社会の上流としてふさわしい存在であるために、礼儀や作法は最低限身につけておかなければならないものと考えられたのである。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

意外なことである。
つまり、日本人は、民族的に無意識に作法にこだわる関係で、フェルメールの絵画を好むと解することができそうだ。



作法を社会常識の一部と受け止められない言論人は、自身の所作を振り返り、どういう階層が信者ないし読者であるのか、市場調査し直すべきと思う。

日本人が「フェルメールの絵画を嗜好」することは、民族的には「民度が高く、作法を大切にする、貴族趣味」であることを意味する。

作法を粗末にする言論人に政治や皇室、社会問題を語る資格は、多くの日本人がフェルメール嗜好であることを知れば、市場傾向的には「ない」と書いたら書き過ぎであろうか。

以上

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08:28  |  活動実践マニュアル  |  コメント(0)

2019.05.19 (Sun)

丸山議員「北方領土を戦争で取り戻す」発言について

先日、維新丸山議員の「北方領土を戦争で取り戻す」発言があった。

―― 参考情報 ――――――――――

維新議員「北方領土を戦争で取り戻す」酔って発言 過去にトラブルで「禁酒宣誓書」提出...「いつ解禁したの?」
https://www.j-cast.com/2019/05/13357329.html?p=all

―――――――――――――――――



どういう経緯でリーク、発言報道が為されたのか?がポイントとなる。

―― 参考情報 ――――――――――

長谷川豊「丸山議員の戦争発言はテレ朝がこっそり録音して切り取って晒した」→デマ確定も謝罪せず
https://www.excite.co.jp/news/article/Buzzap_56440/

―――――――――――――――――

戦後の記者倶楽部の役割は、こうした外交イベントに際し同行、マスコミ記者団は、「戦後レジーム前線」維持のために、日本側関係者を監視する役割を担っているようだ。
マスコミ記者は、こうした報道行為を通じて、国家を国民を裏切っているとみなくてはならない。



従って、失言防止マニュアルを作成した自民党には与党自民党なりの苦労があるということになる。

―― 参考情報 ――――――――――

【自民党】『失言防止マニュアル』を作成し配布「発言は“切り取られる”ことを意識」「“強めのワード”に注意」
http://www.honmotakeshi.com/archives/55303108.html

―――――――――――――――――



自民党、特に麻生副総理は失言について苦労された方である。失言でないものまで失言だと報道された時代があった。
当時の記者倶楽部は、失言報道の調整機関みたいな存在。
産経、読売までもが、麻生首相時代、首相失言報道を連日のように書き立てた。結果、民主党政権が発足。民主党への政権移動は、マスコミが起こしたものなのである。

安倍首相が語る、「民主党政権時代の悪夢」とは、麻生叩きを記者倶楽部ぐるみで仕掛けたマスコミに対する、政権の皮肉(恫喝?)と解することができるのである。

マスコミの背後には、(マスコミを支配する)ロックフェラー一味がいて、大統領選挙期間中、トランプを叩き続けたように、麻生首相を叩いたということ。
これは、中韓は日本叩きを続け、マスコミは中韓の日本叩きに加担。在日がマスコミを乗っ取ったとみれば説明がつくことである。
不思議なことに、アメリカ国内では、政治家を一斉に叩くマスコミ報道はなかったようだ。
よって、トランプがフェイク報道で叩かれた、最初の大統領候補者であるならば、麻生首相も(発言切取による)フェイク報道の被害者であるとみなくてはなるまい。大統領選挙期間中、クリントン候補だけを追いかけ、選挙終了後に、クリントン本を企画していた?読売国際部は、国際部組織自身がフェイク報道の発信源?であり、かつアメリカ民主党候補者当選目的でフェイク報道に加担したことについて、真摯に反省しているのであろうか?

マスコミは反省が足りないのである。一般論的に言わせてもらうと、マスコミは処罰され、外患行為に加担した場合は捕縛され処刑されるべき存在なのである。



その点野党は気軽な立場。政権批判だけしていれば、仕事したと錯覚する有権者が続出した時代があった。菅直人の大臣時代のことである。長妻は、そのノリで国会議員ゴッコをしていることに気がついていない。

官界においては、首相が語る民主党政権時代の悪夢とは、(長妻のように、実力もない癖に)官僚を叱りつける民主党議員たちの生態であったとみるべきだ。

スキャンダルネタ中心の国会質問、スキャンダルネタへの政権対応が十分でないと見るや審議拒否、国家の重要事案について対案を示した実績がないのが、日本の万年野党である。

野党議員を躾け、スキルアップさせるためにも、野党に対し、答弁義務、質問主意書回答義務を課すことは重要である。(要「国会法」改正)

野党は躾け、訓練されるべき存在なのだ。



丸山議員を説教した市職員は立派だ。時と場所を弁えないから、説教されるのだ。しかし、こうして説教されるべき野党議員は他にもたくさんいるとみなくてはならない。
―― 参考情報 ――――――――――

丸山穂高さん、大騒ぎした翌朝参加者の前に呼び出されて説教される動画が放送されてしまう
http://blog.livedoor.jp/rbkyn844/archives/9372849.html

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ただし、他の野党と比較し、維新の会の議員たちの立ち位置は異なる。
野党で法案提出件数が多いのは維新の党と言われている。
足立議員の発言には賛同できる点が多々ある。足立、小坪など、理系議員が増えない限り、政界の意識改革は難しい。

本音が語れる場面では、丸山議員の発言は、評価されるべきである。

―― 参考情報 ――――――――――

丸山穂高は良いこと言ったのだから謝罪するな!島返還には、核武装した上で、戦争をする覚悟が必要

http://deliciousicecoffee.jp/blog-entry-7497.html

―――――――――――――――――



しかし、建前しか語ることを許されない場面において、丸山議員は「領土問題に係わる、保守言論界の本音」を、本音で語ってしまった。
日本の官界、マスコミ界がこれを許すはずはない。
ロシアに言いたいことがあるなら、ロシア外交官と対応するか、国会審議の場で議事録に残る形で北方領土問題に係わる国会質疑の扱いとして、「北方領土は戦争をしない限り返還されないという一部言論人の見解があること」を参照しつつ、国内的に発言実績を積むべきだった。

詳細説明は省くが、田母神論文で田母神俊雄を全マスコミが叩いたのと同様の事が、丸山議員に起きたとみればどうであろうか。

マスコミが、丸山発言を問題視した目的は何であろうか。

一言で言うと、「戦後レジーム維持」である。

歴史認識上の戦後レジーム体制の視点で眺めると、東京裁判や南京問題についてはかつてほどマスコミは反応しなくなった。慰安婦問題については朝日の捏造発覚以降、韓国寄りのスタンスで言及しなくなった。9条改憲については、かつての一時期ほど護憲絶対主義でもなくなった。
田母神論文叩きも、あの時期において田母神俊雄が戦後レジーム勢力にとって邪魔だったとみればわかることである。

つまり、年々「戦後レジーム前線」が後退しているのである。

「戦後レジーム前線」は後退しつつも、戦後レジーム維持のマスコミにとって目障りな存在を見つけると、マスコミは記者倶楽部組織を最大限活用、業界内調整しつつ、当該発言を切り取って一斉配信するのである。それを読まされた読者が、「ポリテイカルコレクトネス的常識」と勘違いするだろうことを見越して、、、



丸山議員は、本音で語ろうとし過ぎた、正直過ぎたのである。
建前しか言ってはならない場面では建前を言えばいいのに、つい本音を語ってしまった。

世の中は、利権にまみれている。純粋な動機、目的のために活動している人は何人いるのか、と思うことばかりだ。
地域活動はまさにそういう状況にある。なんとか協議会、なんとか委員、なんとか協会、どれもこれも中途半端な仕事に見える。彼らに仕事と役職を与える目的の組織となっているようである。
こんな書き方をすると失礼と思われるかもしれないが、結果は出なくても、成果は出なくても、建前を語り続ける人たちがいる。建前を語れば、社会的立場(公職)と補助金で食える?と書いたら書き過ぎであろうか?

鈴木宗男が金目の案件で?チョロチョロすると書かれるのは、そういうことなのではないか?

―― 参考情報 ――――――――――

日本は戦争に厳しいねぇ。でも確かに、国後択捉は戦争しないと帰らないよ。
http://www.nikaidou.com/archives/111663

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ただ、丸山発言は、ロシア政府関係者(侮日発言、領土問題を解決済みであるとする発言を指している)に対しては、刺激的だったはずである。

―― 参考情報 ――――――――――

“戦争で取り返すしか”ロシア側からも批判
https://www.msn.com/ja-jp/news/world/%E2%80%9C%E6%88%A6%E4%BA%89%E3%81%A7%E5%8F%96%E3%82%8A%E8%BF%94%E3%81%99%E3%81%97%E3%81%8B%E2%80%9D%E3%83%AD%E3%82%B7%E3%82%A2%E5%81%B4%E3%81%8B%E3%82%89%E3%82%82%E6%89%B9%E5%88%A4/ar-AABj8ws

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ロシア政府関係者は「北方領土は、戦争によって得た正当な領土である」と近年主張する傾向にあった。ただ、丸山議員の発言のお蔭で、この主張が今後は言いにくくなった?可能性がある。

建前の世界では、「正しいことを、正しいと語ることは許されない」。丸山議員は、スクープネタ、失言ネタしか関心がない、戦後レジーム維持目的のマスコミ記者の餌食として利用されたということ。



(私としては戦争勃発を望んではいないが)、これを機会に、ロシア政府関係者に対し、北方領土については交渉にて返還されないなら戦争で取り返す!戦争で取られたものは戦争で取り返す!くらいのことを言う民間人が増えることを期待する。

なぜなら、大東亜戦争時代、ソ連は、日露戦争での敗北、ノモンハン事件の経緯などから、日本と戦争することを嫌がっていたとする分析情報を読んだことがあるからである。


以上

テーマ : ロシア・ウクライナ・CIS関連情報 - ジャンル : 政治・経済

08:27  |  保守政党  |  コメント(0)
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