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2019.05.09 (Thu)

日本政府としてアメリカ大統領を説得する「殺し文句」

トランプ大統領は安倍外交を基本的に支持している。安倍首相がトランプの名代となっている面はある。

対して、オバマ大統領は、就任以降、中国びいきで日本を軽視しているよう状況が続いた、碌に、日本政府の話を聞こうとしない、聞く態度がなかったというような感じである。
安倍首相は、地球儀外交を展開、日米和解の儀式を演出、オバマ最後の外交イベントとして、真珠湾での和解の儀式が行われた。オバマは、このイベントによって、日米外交史に名を残した偉大な大統領として記録されることになった。

が、私は、どうやって、どういう殺し文句で安倍首相がオバマを(中国びいきをやめるよう)説得したのか?適切な論理(言葉)が見つからなかった。



最近読んだ本の中で、当該箇所を見出した。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

21世紀 地政学入門
舟橋洋一

8頁

日本の地政学的位置の危うさと恐ろしさを心に留めておく必要がある。
日本ほど、地政学的にレバレッジが効きやすい位置にいる国も少ない。アジア太平洋の覇権)希求)国にとっては、日本を抑えるか、それとも日本と友好関係を結ぶかは、どちらになろうが「倍返し」の威力を持つ。ユーラシア東端の第一列島線の中核である日本列島は、決して消極的資産にとどまることはない。それだけに、よほど確固とした戦略と思慮深い外交を持たない限り、日本は戦略的な「駒」として利用されることになりかねない。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||


本の刊行は2016年2月。



舟橋氏は、赤の主筆と揶揄されるが、読めば読むほどに、味わいある言葉である。地政学を理解している、各国の政治家なら、気がついている(はずの)ことである。

これくらいの字数であれば、日米要人同士の会話に使えるネタとなるように思う。

地政学的な見方は、重要であると改めて再認識した次第。



以上
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テーマ : アメリカお家事情 - ジャンル : 政治・経済

13:22  |  外交  |  コメント(0)

2019.05.09 (Thu)

教育現場で繰り返される「頑張る」行為がもたらす弊害

教育関係者は、今回の長かったGW明けをハラハラした思いで迎えたのではないかと思う。

―― 参考情報 ――――――――――

GW明け、子どもの「学校休みたい」は限界のサイン 自殺防ぐために親ができること
https://news.goo.ne.jp/article/bengoshi/life/bengoshi-topics-9605.html

―――――――――――――――――



さて、本稿は、教育現場で繰返し使われる「頑張る」」という言葉について私見を述べたもの。




頑張るという言葉、小学校、中学校、高校で使われていると普通の人は記憶する。

が、幼稚園教育でも実は使われている。
幼稚園や小学校のイベントなどに、父兄として参加された方なら、「頑張る」という言葉が繰り返し、何度も使われていることに気づかれているはずである。

その回数たるや凄まじい!
数えていただきたいくらいである!




少子化で子供の数が少なくなった分、子供たちは有形無形の形で、頑張ることを求められる。
唯一の例外は、不登校生徒のみである。不登校を表明して、生徒たちはやっと「頑張る」ことから解放されるということ。

不登校しない生徒は、常に、頑張ることが日常生活そのものであるようだ。
特に、義務教育の現場では、頑張ることを強制されているという見方ができるかもしれない。

「頑張る」ことに係わる、教育現場での位置づけはこうなっているのではないか。(私見)

幼稚園で頑張り始め
小学校で頑張る意味を知り
中学校では頑張ると無理に言わされ、態度面でも内申点のせいで頑張っているふりをさせられ
高校生活では頑張る以外の言葉がなく
大学生活は一旦頑張ることを忘れるところから始まる

と考えると、初等・中等教育は、教育は燃え尽き症候群の生徒を生産していることになるかもしれない。

私の記憶では、大学入学直後の半年間は人生で最も開放感ある時代だった。
その時代の同期会が一番楽しい。



振り返ると、仮に、頑張る時代はあるにせよ、強制されることではなく、成長する過程として人生において意味あるものでなくてはならない。
教師たちは、そういうニーズに答えられるのであろうか?

教育においては、心構え含めて頑張る姿をして見せることが重要なのであろうか?
内申点制度は、頑張っているふりをする生徒を救済する制度なのか?
ついでに言わせていただくと、生徒に頑張ると言わしめてきた教員たちは、本当に頑張ってきたのか?ということになるのである。



自分たちはスキルアップを目指さず楽をして比較的高い給与をもらい(教育大学、教育学部の成績レベルは低迷)、そういう教員レベルであるにもかかわらず、一方で子どもたちに頑張ることを求め続けることは、教育本来の姿なのか。

同様のことは、タレント化した教育評論家たちにも言える。馬鹿馬鹿しくて教育に係わる討論番組等を見る気がしないのである。

以上

テーマ : 教育問題 - ジャンル : 政治・経済

02:56  |  政府機関  |  コメント(0)
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