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2019.04.30 (Tue)

ブログ移転について ご挨拶

本稿、移転前の最後の記事となります。
また、FC2での三年間の区切りとして、出稿いたします。

この間、田母神俊雄逮捕などもあり、次世代の党、日本のこころを大切にする党は壊滅的打撃を受けました。支持していた政党、政治家を失い、ブログ活動に際してテーマ設定が困難な時期を経験、挫折感を味わいました。拙ブログ管理人の精神的支柱だった、平沼赳夫先生の政界引退もありました。尊敬していた、三宅博先生、与謝野馨先生も逝去されました。
また、移転直前に、飼っていた愛犬もなくなりました。不運は重なるものです。

精神的支柱を失い、問題意識を持ったテーマについて、書きたい、意見表明したいという気持ちが強くなり、つい勢いで書いてしまった時期が続きました。
「次世代の党」が「日本のこころ」に移行、最終的に消滅する過程において、保守だから、、、愛国だから、、、という論理ではあまり考えなくなりました。
保守だろうが、左翼だろうが、ものの道理として事案を見つめる発想の重要性に目覚めました。
加藤尚武という、倫理に詳しい哲学者の本を読まれた方ならお気づきのことと思いますが、政治的テーマについて、保守なら、、、愛国なら、、、という論理を持ち出して当該事案について結論づけることは、保守・愛国という言葉に捉われた言論活動であり、本質的な次元での言論活動にはなりえません。日本第一主義という政治用語がありますが、日本第一を持ち出す前に、ものの道理として加藤尚武のような論理・次元で考えるべきだと思っております。


次に、この三年間、ネット界に少なからず影響を与えた保守活動について述べさせていただきます。
余命案件については、3年前にネット上の論争が勃発、拙ブログはどちらにつくのか、立場上選択を余儀なくされました。同志ブロガーは余命側についたことはご存じのことと思います。論争勃発時、私は、実は、心情的には余命批判派でしたが、批判するに足る直接的な根拠、手がかりがなく、同志ブロガーが余命側につく状況で、敢えて中立的ポジションを選びました。今は下火ですが、当時、余命本や余命ブログ更新を宣伝するまとめサイトは当該出版社直営のサイトではないか、余命ブログを支持する「文章力あるブロガー」、あちこちに出現した「文章作成能力ある方が運営するミラーサイトの運営者たち」は、実は出版社おかかえのゴーストライターかもしれないと思ったほどです。
日本第一党については、議席獲得を目指して統一地方選挙に臨みましたが、残念な結果に終わりました。在特会時代含め、支持が伸び悩む理由が、内部にあると考えるべきでしょう。ヘイト法規制強化を憂えるなら、他の保守派から見てどういう批判があるのか、分析すべきでしょう。


この間、私個人については、次世代の党という支持政党を失ったこともあり、他の政治活動の可能性を模索しました。具体的には、パブリック・コメントに参加したり、手紙やFAXで陳情書を提出することでした。こうした活動とブログ活動をどう両立させるか、苦心した時期が半年間くらいありました。
ただ、手紙などでのたった一人での陳情行為であっても、一定の効果があるのではないか、手応えを感じております。なお、手紙の提出先は、大臣事務所、都道府県知事、自治体首長、最高裁判事などです。大臣事務所に伺ったこともありました。陳情行為を通じ、ブログは、腕を磨くツールとなりえることを実感しました。

FC2に移転することに際して、ブログの名称として採用した「創生」という文字ですが、拙ブログは第二次安倍政権を生んだ母体となったと言われる『創生「日本」』からとりました。が、近年特に、「創生「日本」」をあまり意識しない政権運営、選挙公約となっていることに気がつき、ブログの名称を変えるべきか悩んでいる最中に、伊勢神宮に30年ぶりに参拝、この参拝がきっかけとなり、(戦後レジームとしての)時代は変わるとの意識を強く持つに至りました。

タイトル的に、「○○創生」は、FC2移行以前、第二次安倍政権発足直後に付けるべきタイトルであったということです。第二次安倍政権は、戦後レジーム脱却を第一次政権時代ほど強く強調せず、アメリカの支配者を意識し?かなり迂回しかつ慎重に、戦後レジーム脱却を模索している気配があります。

それなら、政権支持派の立場(無条件支持派ではない)として、「時代は変わる、変わるべきだ」というメッセージを(政権中枢)に強く訴える必要があると考えるに至りました。


生前譲位については、「令和」という元号が事前に示されるという異変?がありました。一部保守派(日本会議関係者)は元号の事前開示に反発したそうですが、国書に因んだ元号を選考したことを通じて、学界の奥座敷の地殻変動が起きたことを直観しました。

西さんのコメントが参考となると思います。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

http://sokokuwanihon.blog.fc2.com/blog-entry-1392.html#comment1987

漢学の扱い方の見直しを図ったか

日本の場合、どうも漢学の影響が強い為か、支那や朝鮮半島に対して「漢字を発明し、東洋文化の中心地であり、この世の桃源郷が存在する、日本よりも素晴らしい、もしくは素晴らしかった国」という印象を持つ学者が多いように思います。

しかし、これには以前から漢学の取り扱い方に「誤解」があるのではないかと思っていました。実際には、支那の学問を輸入はしましたが、政治思想まで受け入れたわけでは無い為、それがそのまま「支那」という「国柄」を表しているわけでは無いのです(漢学を学問として利用する分には問題ないが、実際の支那社会までそうであるという解釈は成り立たないという事)。

実際に明治期に支那、朝鮮半島に渡った知識人らがいましたが、彼らが揃って目の当たりにしたのは、桃源郷ではなく、荒廃した土地と不衛生、精神的頽廃が深刻な人民で溢れかえっていた土地だったのです。明治知識人は、勿論、漢学を習得していましたが、現実とのあまりの落差に心底失望していました。

そこで、どうも日本と支那で「漢学」の取り扱い方に「解釈の違い」があるのではないか、と考えたのではないかと思います。

しかし、その後もなぜか「漢学」の取り扱い方の見直しがされなかったようで、明治知識人が他界した後も、大正、昭和と「支那は素晴らしい国」という「イメージ」だけが、我々に焼き付いてしまったように思いますね。

そこで、今回、改元を気に漢学の取り扱い方を見直し、主に文学部だと思いますが、文学部内の序列で、国文学を漢学に先行させるように取り計らったのでしょう(紫式部もひらがなを好んでかな文学を成立させたように、漢籍由来の漢字文学を遠ざける必要があったのかもしれないと思います)。

元々、日本は中華主義とは独立していたと思いますが、元号について、漢書からの転用するというのは、学問上何かと問題があったのではないかと思います(確かに、今回典拠とした万葉集も支那由来の学問の影響はあるのかもしれませんが、支那の政治支配下にあるわけでは無い事を示す必要もあったと思われます)。

漢学自体は昭和中期頃までは人気があったみたいですが、所謂戦前世代までは習得者も多かったみたいなのですが、戦後世代になると、急激に漢学習得者が減少し、西洋思想が中心になったように思います(これが良いのかどうかは分かりませんが、漢学の取り扱い方の見直しに一石投じたと思います)。

漢学自体は否定しなくてもいいのかもしれませんが、問題なのが、その「取扱い方」だったのではないかと思います。漢学が国学に優先してはいけなかったのではないか、という事です(漢=支那の学問が日本の学問よりも学問的序列として上位であるという誤解を払拭する必要があったという事ではないかと思います)。

政治体制として独立していても、学問的に独立しなければ、真の意味での「アジア主義」からの独立はできなかったと思います。

戦後レジームの一派にはアメリカ絡みのものと、古来から存在する支那由来の思想の問題がありますが、その内、支那由来の学問との訣別を図った事は、大いに評価したいと思います。

西 |  2019.04.30(火) 02:44 | URL |

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||


今回の元号選定には、首相の「時代を変えたい」というメッセージが込められているのではないかということです。
一方で、漢文を吟ずることが多い、詩吟という伝統が廃れるのではないかと案じております。

さて、ブログの移転先は、Seesaaブログとなります。

祖国は日本 時代は変わる!
http://sokokuhanihon.seesaa.net/

ブックマーク等の変更をお願いいたします。

機能的には、FC2とそん色ありません。動作が重いという評判がありましたが、今はそのようなことはないようです。「人気記事」の機能表示、人気記事がどれであるのか、管理者、読者どちらからみてもわかりやすいことが、Seesaaブログを選んだ理由となりました。

これからも、式年遷宮的感覚で、ブログを移転する可能性があります。が、突発的なトラブル等でブログ記事消失など、無料ブログとしてのデータ保全の必要性から、FC2については、書庫として維持します。ただし、FC2での更新は遅れます。

FC2ブログでのご訪問、誠にありがとうございました。
ブログはSeesaaに移転しますが、引き続き宜しくお願いいたします。

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テーマ : 私の見解 - ジャンル : 政治・経済

14:51  |  その他  |  コメント(4)

2019.04.30 (Tue)

問題外国人の国外退去を推進すべきだ

本稿は、在留資格を有する外国人の国外退去について、提言するもの。



■外国人による医療費未払い


外国人による、医療費未払いが、相当な額に達しているそうだ。

―― 参考情報 ――――――――――

「厚労省はぬるい!」維新・丸山穂高氏、外国人の生活保護受給&医療費未払いに切り込む
http://www.zakzak.co.jp/soc/news/190427/soc1904270009-n1.html?ownedref=not%20set_main_newsTop

―――――――――――――――――

外国人はそもそも(日本人と区別し)外国人だけが加入できる健康保険に加入すべきと、私は考えている。
外国人の生活保護受給者が多ければ、外国人の医療費未払い件数が多ければ、その分外国人が税金、健康保険料を多く払うべきと考えている。

それが制度的に認められないのなら、医療費未払いの外国人(特別永住者を含む)については、国外退去すべきとの見解に達するのである。




■外国人による選挙妨害行為

少し前に、選挙の応援演説に、選挙妨害行為が起きたそうだ。妨害者の中に外国人が含まれていた場合どうすべきか、という視点で以下の記事を読んでみたい。

―― 参考情報 ――――――――――

パヨクが杉田水脈に集団リンチ!応援演説に集団恫喝!選挙妨害テロ!バカ候補者「後悔しております」
http://deliciousicecoffee.jp/blog-entry-7467.html

―――――――――――――――――

本事案に関して、選挙妨害が集団によって企画・実施された場合、公共の秩序を乱す行為であると判断、共謀罪(法制化)、内乱罪、外患罪等適用適用とすべきものである。(要法改正)


個人レベルのものはどうか。しかるべき刑事事件として立件した後、国外退去処分すべきではないのか。

もし、上記二件について、特別永住者が係わっているなら、今後は、積極的に国外退去事案とすべきと考える。今までのように特別扱いすべきではないのである。


以上

テーマ : このままで、いいのか日本 - ジャンル : 政治・経済

04:29  |  法整備  |  コメント(0)

2019.04.28 (Sun)

漢学の没落?

漢籍典拠で候補となり今回ボツとなった元号案については、元号案は本来的に厳秘とされるべき性格上、今後も不採用となる可能性が高い。



すなわち、今回の国書に基づく元号選定の経緯などから、戦後学界の一翼を担ってきた日本学士院の勢力図が変わる大事件だった可能性がある。




||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190328/k10011862781000.html

元号の考案とは、どのように進められるのか。
政府は「元号選定手続」で、以下のようにその手順を定めている。

(1)総理大臣は、高い識見を有する者を選び、次の元号にふさわしい候補名の考案を委嘱する。
(2)委嘱する考案者の数は若干名とする。
(3)総理大臣は、各考案者に対し、おおよそ2ないし5の候補名の提出を求める。
(4)考案者は、候補名の提出にあたり、各候補名の意味、典拠(出典)などの説明を付する。

こうして「若干名」の考案者たちから提出された候補名は、官房長官が検討・整理したうえで総理大臣に報告し、「原案」としてさらに数個に絞り込まれる。

その後、各界の有識者らからなる「元号に関する懇談会」や衆参両院の正副議長からの意見聴取、全閣僚会議での協議を経て、閣議で元号を改める政令として決定され、発表に至る。

ただし、こうした手続きは、いわば決定直前の「表向き」の段取りだ。

政府は、平成への改元直後から、万一の事態にも対応できるよう、秘密裏に複数の専門家に新元号の考案を依頼している。政府関係者によると、この間に受け取った候補名は、100はいかないまでも数十に上るといい、先月末の段階で、十数個に絞られていた。

こうした中で、3月24日、菅官房長官は10日前の3月14日に新元号の考案を専門家に正式に委嘱したことを明らかにした。
菅官房長官の発言は、十数案からの絞り込みが進み、残った候補名の考案者に対して、正式に考案を依頼する手続きを行ったことを意味し、選定作業が最終段階に至りつつあることを示すものだ。
考案者の“共通項”
「平成」の発表から、30年余り。政府はいまだ、その考案者を公表していない。
その理由について、政府関係者は言う。
「公表すると、元号と人(考案者)が結び付いてしまう。両者が一致してしまっては、その人や親族に迷惑がかかる。たとえ亡くなっていたとしてもだ。だから改元から30年余りがたった今でさえ公表は早い。選定から漏れた原案や考案者を明らかにしないのも、大変な苦労をかけたうえに迷惑をかけることを避けるためだ」

平成への改元で、「原案」として各界の有識者らに示されたのは、「平成」のほか、「修文」「正化」の合わせて3つ。元号の選定に携わってきた政府関係者によると、考案に関わる資料は、ほとんどなく、これら「原案」と考案者とを結び付ける文書も残されていないという。

ただ当時、元号の選定に深く関わっていた的場順三・内閣内政審議室長(当時)は、これまでの取材に対し、「平成」は、東洋史が専門の山本達郎・東京大学名誉教授が、
「修文」は、中国文学が専門の目加田誠・九州大学名誉教授が、
そして「正化」は、中国哲学が専門の宇野精一・東京大学名誉教授が、それぞれ提出したものだと明らかにしている。
いずれもすでに故人だ。共通するのは、中国を中心とした東洋思想や歴史、そして漢文で書かれた中国古典に精通していることだ。

当時、すでに山本氏はその功績により文化功労者に選ばれており、目加田氏、宇野氏は、いずれも昭和40年代に中国文学や哲学の研究者でつくる「日本中国学会」の理事長を務めた経験を有していた。言わば、その道の大家、いわゆる泰斗だ。
「日本学士院」も共通項
もう1つ、このうち山本氏と目加田氏に共通していたことがある。
「日本学士院」の会員だったという点だ。
日本学士院は、国が法律に基づいて学術上の功績顕著な研究者を優遇するための機関だ。会員になれるのは、日本の学術界から選ばれた150人だけ。「文学・史学・哲学」の分野の定員はわずか30人。会員に選ばれると特別職の国家公務員となり、国からは年金が支給される。身分は終身だ。

的場氏は、考案者を選ぶうえでの考え方を語っている。
「大学の先生方の世界でもジェラシーがあるわけで、『なぜあいつで、俺じゃないのか』と言われたら困る。最低限でも日本学士院の会員であること。そして文化功労者や文化勲章の受章者であること。それに匹敵する著名な人という感じだ」

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||



「文学、史学、哲学」の分野の学界において、少なくとも、(文系学科の)序列変更が起きるくらいの、大事件だったのではないか?


以上

テーマ : 政治・経済・時事問題 - ジャンル : 政治・経済

17:19  |  企業・団体  |  コメント(4)

2019.04.27 (Sat)

池袋暴走事故対策  公務員OB対象の運転免許証返納運動を大都市圏で実施すべきだ

本稿は、

「高齢者の運転免許証」自主返納推進組織が必要です!
http://sokokuhanihon.seesaa.net/article/465263548.html

を具体展開したもの。


全国の交通安全協会、防犯協会は、効果があるかどうかはっきりしない、ルーチン的業務を続けているように見える。
はっきり書くと、警察官等の天下りや、公務員OBたちの老後の肩書き確保のために存在しているように見える。
また、組織維持のために、税金だけでなく、世帯当たり年間200円程度、自治会経由で払わされている。



75歳以上の高齢者の事故件数が、70歳以下の人と比べ、2倍以上であることもわかった。

―― 参考情報 ――――――――――

高齢者の自賠責保険・任意保険を2倍以上に引き上げるべきだ
http://sokokuhanihon.seesaa.net/article/465350839.html

―――――――――――――――――



よって、今回の池袋での無差別殺傷、通り魔的暴走事故を受け、高齢者役員が多い団体・公益法人、国家・地方公務員OB組織を対象に、「東京、関西、名古屋など、大都市圏の交通安全協会、防犯協会」についいて、高齢者の運転免許証の自主返納を働きかける活動実施、を提言する。



やり方は簡単である。
①交通安全協会の活動として、高齢者役員が多い団体・公益法人、公務員OB組織のOB会を訪問、高齢者の運転免許証自主返納のチラシを配布
②防犯協会の活動として地域の自治会役員を訪問、高齢者の運転免許証自主返納のチラシを配布
いただくのである。



これによって、具体的効果がある活動なのかはっきりしない、交通安全協会、防犯協会の必要性がやっと社会的に認知されることになる。

(交通安全協会や防犯協会の)高齢者が高齢者を説得する活動なのだから、効果絶大となるはずである。

シナリオとしては、
①交通安全協会、防犯協会に係わる警察OBが、自ら運転免許証自主返納を実践(手本として示すという意味)
②高齢者役員が多い団体・公益法人、公務員OB組織を通じた、運転免許証自主返納推進
③自治会役員の運転免許証自主返納(手本として示すという意味)
④自治会組織を通じた、運転免許証自主返納推進
をイメージしている。


以上
03:54  |  企業・団体  |  コメント(0)

2019.04.26 (Fri)

池袋の無差別殺傷暴走事件 確実に交通刑務所行きとすべく法改正すべきだ

池袋で起きた事件、私は「動機のない、無差別殺傷暴走事件、一種の通り魔的犯罪」とみている。
犯人は犯行後に、自身の情報隠蔽工作を広範囲に行ったことが知られている。



―― 参考情報 ――――――――――

【上級国民】飯塚幸三が母子2人を轢き殺した後に救護活動もせずに迅速におこなった炎上対策が完璧すぎると話題に…流石の勲章持ち
http://hamusoku.com/archives/10032005.html

―――――――――――――――――



動機がないものの、自身の情報隠蔽工作はしっかりやっている。
大した神経であると言わなくてはなるまい。



彼は、自分が交通刑務所に行かなくても済む方法を知っていてそうしているのではないか?


そこで、法整備的に、どんな不備があるのかについて調べてみた。

大森義夫の「危機管理途上国 日本」によれば、通り魔的暴走事件は、二次的災害発生を想定すると、事件災害型に分類されることとなる。(私見)


||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

危機管理途上国 日本

大森義夫

53~55頁

日本には事件災害に適用する法律がない

日本ではたとえ一般的に災害と呼ばれる事態が起きても、災害対策基本法に定義されている「災害」に該当しないかぎり、その適用の対象にはならない。

災害対策基本法の定義は、「暴風、豪雨、豪雪、洪水、高潮、地震、津波、噴火その他の異常な自然現象又は、大規模な家事若しくは爆発その他その及ぼす被害の程度においてこれらに類する政令で定める原因により生ずる被害をいう。」(災害対策基本法第二条一号)とされ、「災害対策基本法第二条第一号の政令で定める原因は、放射性物質の大量の放出、多数の者の遭難を伴う船舶の沈没その他の大規模な事故とする。」(災害対策基本法施行令第一条)と規定されている。
この定義によれば、災害対策基本法が適用されるのはあくまでも自然災害、事故災害だけである。つまり、事件でいかに甚大な被害が生じようとも、災害対策基本法の対象とはならない。この規定では、現実に次のような不合理が生じる場合もある。

①JRの貨物列車が事故により脱線転覆して積載してあった危険物質が周囲の住宅地に漏れ出し、多くの死傷者を出すようなときには災害対策基本法は適用されるが、脱線転覆の原因がテロリストによる列車転覆であった事件には適用されない。

②高速道路でタンクローリーが運転手による過失で横転して、運搬していた毒劇物が周囲に飛び散るか気化して風下の住宅地に及んだ結果、多数の死傷者が出たときには災害対策基本法は適用されるが、横転の原因がテロリストによる工作である場合には適用されない。

③ある風の強い冬の日、都内の某所から出火し、都内全域が灰燼に帰するようなときには災害対策基本法が適用されるが、火災の原因がテロリストの放火である場合には適用されない。

④事故で原子力発電所から大量の放射能が放出されるときには災害対策基本法は適用されるが、放出の原因がテロリストによる破壊工作である場合には適用されない。

以上のように事件の場合には、市長村長は災害対策基本法に基づいて災害対策本部をつくれず、周辺住民などに避難命令を発することもできない。

当然のことながら、災害対策基本法の適用の有無にかかわらず、救急車や消防車は活動をつづける。だが、それらの活動を含めた応急措置を総合的に展開できる災害対策基本法が適用されないのでは、あらゆる面で不都合な状況となる。

また、自衛隊の災害派遣について言及すると、災害派遣の規定の根拠である自衛隊法第八三条にある「災害」の概念は、災害対策基本法の「災害」の概念とは次の二点でまったく異なる。

①被害規模は小規模でもよく、傷病者一人でも災害派遣を要請できる。

②原因を問わず、事故であるか事件であるかによっても差違を設けない。(実際、地下鉄サリン事件のときには、自衛隊は災害派遣要請を受けて地下鉄構内の除染を担当した)。
しかし、事件による被害に災害派遣された自衛隊は、災害対策基本法の適用がないという理由で、同法第五章第四節に規定される応急措置をとることができない。

目の前で直面する事態はまったく同じであるにもかかわらず、その原因が事故であるか事件であるかによって、現場で住民を保護するための活動権限に差違が生じるというのは、いかにも不合理な話である。

今後は、災害対策基本法の対象外の被害についても、国民の生命、身体、財産を守る市民防護法(仮称)とでもいうべき法律を制定すべきである。これは、有事法制のなかで論じられる民間防衛の考え方にも共通する。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||




上記の記述において、「テロリスト」を、「動機がない、通り魔的、無差別殺傷暴走運転者」に読み替えていただきたい。池袋の場合は、衝突した車両が、ゴミ収集車だったのであの程度で済んだということ。

もし、「動機なき、通り魔的暴走車両」が衝突した自動車が可燃物等を積載し、引火・爆発しやすい物質であった場合はどうか。

容疑者は、被害者救護を怠り、代わりに自身に係わる広範囲な情報削除を行った点において、悪質である。



すなわち、動機があろうとなかろうと、「通り魔的、無差別殺傷暴走運転」について、国家の危機管理上、重大犯罪として位置づけるべきなのである。

現実に、池袋の容疑者は、直後に現行犯逮捕されたバス運転手のように現行犯逮捕すらされない。退院しても逮捕も起訴もされない。こんな警察対応でいいはずがない。



当然、法整備的視点から提言せざるを得ないということになる。



ここで、悪質・危険運転の罰則強化に係わる情報を参照したい。

―― 参考情報 ――――――――――

■悪質・危険運転の罰則強化へ──【新法案・道路交通法改正案】
https://www.think-sp.com/2013/04/26/news-jidoshaunten-chishisho-shobatsu/

―――――――――――――――――




上記の改正案に、「通り魔的、無差別殺傷暴走運転」を追加すべきと考える。



動機の有無は関係ない。動機はなくても結果として「通り魔的、無差別殺傷暴走運転」も悪質・危険運転の類型として追加すべきと考えるのである。

極論すると、「通り魔的、無差別殺傷暴走運転者」は、事故現場にて無条件で身柄拘束すべきであり、抵抗すれば無条件で射殺(処刑)できるようにすべきである。



被害者遺族が償ってほしいと語ったということは、あの通産OBが交通刑務所に行くべく、逮捕され起訴されるべきだというふうに私は解している。

―― 参考情報 ――――――――――

【動画】池袋暴走 妻子亡くした遺族の訴え全文 「相応の罪償ってほしい」
https://www.sankei.com/affairs/news/190424/afr1904240045-n1.html

交通刑務所とは
http://keimusho.net/transport.html

―――――――――――――――――

従って、逮捕されないなら確実に逮捕され、かつ確実に、交通刑務所に収監されるべく、法改正を望むのである。


以上

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08:27  |  法整備  |  コメント(0)
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