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2018.11.05 (Mon)

「憂国の士」は「政治の技術」にこだわるべきだ

拙ブログは、在日問題について屁理屈をこねてでも、徴用工訴訟判決に乗じて、一気に解決すべきと主張した。

―― 参考情報 ――――――――――

屁理屈こねてでも 在日問題に手をつけるべき時がきた!
http://sokokuwanihon.blog.fc2.com/blog-entry-1176.html

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さて、いわゆる「憂国の士」は原則論、理想論が得意である。私は、この10数年間、講演の場、街頭等で何度も拝見、拝聴した。

北方領土四島一括返還、拉致被害者全員奪還できない限り北朝鮮との国交再開はあり得ない。
そのとおりである。

しかし、一方、できもしないことを見越して、敢えて無理筋で主張する輩がいることを想定しなくてはならない。
「石破茂の9条2項削除論」が該当する。石破茂は、そう主張することで、安倍首相を政治的窮地に陥れようとしたのであろう。

憲法学者の中には、憲法改正の世論が高まると憲法の条文改正をすべきでないと主張し、憲法改正の気運がしぼむと憲法改正すべきだと主張する、政治的に両サイドの動きを繰り返す、不思議な立ち位置の憲法学者がいることを、倉山満は指摘している。

一種の騙しの手口に近い。
ならば、我々も与党の国会審議、記者会見用のために、通りの良い「名目」、通りの良い「屁理屈」を編み出し、その一文を、通常の陳情書に書き加えるべきではないかという発想が生まれる。

ある本の一節に「憂国の士」の存在が書かれている。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

日本の国益を守るために 国家と情報
大森義夫

162頁
日本経済が絶好調に達した一九八〇年代、航空機自主開発の機運がたかまった。そのシンボル・次期支援戦闘機FSXは、しかし、軍用機メーカーをふくむ米国の官民、議会あげての総圧力にあえなく米国主導の共同開発に後退した。費用や技術の問題よりも国防戦略全般が米国のグランドデザインの手の内にある。「国防に関して憂国の士のごとく発言して、兵器の国産化を強く主張し、一見、防衛問題に詳しい」政治家達が国際性や海外とのネットワークをまるで持たない、と前間氏は嘆く。日本の航空機産業はいまだに「戦後」状態にある。カナダやブラジルは独自の中小小型機の分野を確保しているのに、である。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

上記にある「憂国の士」には情報ネットワークを利用しようとする「政治の技術」の概念はないようだ。

官界、民間企業、時に不本意ながらも予算設定、決裁する際、新たな「名目」、新たな「屁理屈」を必要とすることが往々にしてある。
それは援助要請する途上国においても起きている。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

日本の国益を守るために 国家と情報
大森義夫

旧版まえがき

一九九六年一月、橋下徹(龍太郎)内閣が発足して迎えた最初の公賓は女性、パキスタンのプット首相だった。新内閣のスタートにふさわしいアジア外交にしたいと準備するなかで、私が得た未確認の端緒情報は次のようなことだった。すなわち①プット首相は日本政府にODAを要請する②アフガニスタン国境に近いカイバル峠にトンネルを通す計画がある③この要請は橋本総理に受け入れられやるいように「医療用救急車の走行確保のため」と説明される………。

なんとか「情報」にまで精度を高めたい。

中略
カイバル峠のトンネルは救急車用ではなく、装甲軍用車のためだろう、と私は判断した。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

一時期担当した、現場での後始末関係の仕事の実態は、「名目」、「屁理屈」をこね、追加予算設定する仕事だらけだった。国語辞典、類語辞典はそのような仕事において実に有用だった。
「医療用救急車の走行確保」などの次元のもっともらしい名目は、企業なら、工事伝票の中に、星の数ほど存在する。そうしないと、現場は維持できないからだ。

これに対し、「憂国の士」たち(保守系団体関係者)は、ただストレートに、常にストレートに原則論を主張すれば、事は実現すると錯覚しているように見える。少なくとも私には。
ストレートに主張するのは、「憂国の士」の絶対条件であり、カッコ良く見せるために必要なことだ。そうしないと会員獲得できないからだ。

これに対し、安倍首相は、ある時、「政治の技術」なるキーワードを使った。

―― 参考情報 ――――――――――

憲法改正は「わが党の案をベースに3分の2を構築する。まさに政治の技術だ」
https://www.sankei.com/politics/news/160711/plt1607110206-n1.html

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戦後の政治家で、安倍首相以上の「政治の技術」を駆使した政治家は他にいるのであろうか?たとえば、安倍談話は、レトリックを駆使した「政治の技術」の産物である。レトリックで来るとは私は予想がつかなかった。そして、あの談話自体、最高難度のレトリックレベルにある。日々文章を書いている人ならわかることである。

「政治の技術」というキーワード、古い文献にないか探したところ、塩野七生の「海の都の物語」に見つけた。ベネチアは、大国から次第に小国化し、最終的には呑み込まれた。国家として消滅する過程を追っていくと、「政治の技術」は国家生き残りのための必須の技術ということになる。

どの時代においても、正義と思っていることでも実現するために、「政治の技術」は必要となるということ。

ストーレトで屁理屈が伴わない政治的主張のままでは、政権中枢のみ、屁理屈シナリオ開発装置を駆使して、国会、記者会見向けに、もっともらしいシナリオを編み出し、示さなくてはならない宿命に直面してしまうのである。

あるブログにて、政権対応の実態について、こう書いてある。

―― 参考情報 ――――――――――

安倍は日米同盟関係を維持しながら、対中関係改善で経済的利益を最大化するという、サーカスでの“空中ブランコ”を演じなければならないのである。
https://blog.goo.ne.jp/2005tora/e/96738c0d61204bed81ff490d793209c8

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政治家とは常に、空中ブランコ演技を強制されなければならない職業なのであろうか?
政権中枢のみが常に、リスキーな仕事を強制されなくてはならないのであろうか?
もっと大局的見地からすべきことがあるような気がする。

保守側の主張が総じて、ストレート過ぎるから、官邸スタッフ、政権中枢のみが、空中ブランコ状態に追い込まれて、疲弊させられることを懸念するのである。

「憂国の士」は自分だけ安全な岩陰に隠れて突撃指令を繰り返す隊長みたいに見えるのだ。



原則論を根拠にストレートに批評すること、こうしろと述べることは簡単だ。

しかし、国会審議、記者会見を想定した、「名目」、「屁理屈」まで含めて陳情する「憂国の士」は圧倒的に少ない。(そう見える)

これに対して、拙ブログ管理人は、長らくノンポリ状態でありながらも、より具体的かつ実務ベースに即した陳情レベルでの提言を指向している。また、保守、愛国等の政治用語の定義を通じて、「保守」、「愛国」を名乗れば名乗るほど、より背負いきれない義務を自分に課すことになることは避けられないと判断。安易に、「保守」、「愛国」と名乗らないようにしている。

我々一人一人が為すべきことは何であろうか?

目標や対応スケジュールを意識することなく、永遠に原則論、理想論を語り続ける「憂国の士」のままでいいのか?
孫や曾孫のことを思いやり、自分が生きている時代はここまではなんとかしたいと、より具体的な次元で「名目」、「屁理屈」等を編み出し、駆使し、それを陳情書にまとめ、各所に提出、多少の悪役を演じてでも取り組むべきことが目の前にたくさんあるのではないのか?

「憂国の士」も眠りから覚め、「名目」や「屁理屈」をこねくり廻し「政治の技術」を駆使すべきではないのか?
それが、真の意味での「覚醒」なのではないか?
国家のためなら、たとえ「悪役」となっても「政治の技術」を駆使する、それが「憂国の士」にふさわしい振る舞いではないのか?

以上


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テーマ : 日本を正常な国に戻したい - ジャンル : 政治・経済

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