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2018.01.08 (Mon)

恩師からの最後の年賀状  教師に求められる素質

今年も中学時代の担任だった恩師から年賀状を頂戴した。

奥さんに病気で先立たれ後期高齢者の年齢となられ、あるいは持病等をかかえている関係で、今年が年賀状最後の年になるという主旨のことが伝わってくる文面だった。
宛名書きの字も往年の励ますような勢いある字体だった。

時々眺める、中学時代の卒業アルバム、写真を見ていていつも思うことだが、この恩師のまわりで笑いが絶えることはなかったように思う。成績、性別、美醜等で分け隔てなく生徒を扱った方であった。また、別の学校に転任された以降も、教育姿勢は変わらなかった。私は、その後の評判も耳にしていたのである。大学受験の際は、大学の採点教官に問合せし、私の合格を新聞発表よりも先に知っておられた方であった。
授業は、国語が専門。万葉集研究に打ち込み、授業で自説を披露しつつ生徒の笑いを誘った。万葉集は、その字句だけで理解しようとせず、どういう景色が詠んだ人の前にあったのか、それをイメージしてから考えることが何よりも大切なことだ、と何度も語られた。
世界文化社から「ビジュアル版 日本の古典に親しむ 万葉集」という本が出版されている。恩師から教えられた趣旨を理解していた私は、迷わず購入。年賀状には、辞書、参考書等を買い揃え、老後は古典の勉強を再開しますと書いた。もう会う機会はないかもしれないが、恩師の教えを忘れてはいないことは伝わったと思う。

あと二人、何年間も年賀状を頂戴した恩師がいる。


一人目は後年、大学の学長になられた方で、90歳くらいで亡くなられるまで、卒業生に数百通の年賀状を出し続けた方である。「東大に負けるな」が信条で卒業生を励ます目的で年賀状を出し続けたとの逸話をお別れの会にて知った。涙が出そうになった、と同時に年賀状を長年頂戴した一人として光栄だと思っている。さらに、日本は技術で負けたのではない!と口癖のように語る一言は、強烈な印象として残っている。巷では、愛国だの保守だの語る方を見かけるが、知る限り、この方以上の愛国者はいないと私は確信している。なお、この方の「東大に負けるな」という本当の意味は、「アメリカGHQの手下、アメリカのスパイになった東大にだけは負けるな」という意味であろうと今は解している。


もう一人の恩師は、小学時代の担任教師。生まれは大正時代、ご存命であれば100歳前後。日華事変時代の戦車隊長。厳しさとやさしさが同居し、分け隔てない公正中立な方だった。黒板の板書の字はいつ見ても綺麗だった。学校の入学式、卒業式、運動会などで背筋をピンと伸ばし、大声で堂々と君が代を歌う姿は見事だった。現代に生きる武士の姿を見たような気がする。小学校卒業して数年後、私の大学合格を確認し、将来の進路を確認すべく自宅訪問いただき、歓談されて帰った以降、しばらくして音信が途絶えた。ご存命であれば、「南京虐殺がなかったことについての証言」を、私に引き継ごうとされたかもしれない。この方も立派な愛国者だった。

振り返ってみて、三人の愛国者の教師に出会え、その出会いを通じて、今の自分があるように思う。
三人とも愛国だの保守だのと決して語らなかった。それ以前に、三人の恩師は、目の前で行動で示し続けた立派な方たちだった。素晴らしい手本を見て育っている関係で、私は、私が国家に対してできることを為すことが、今最も愛国保守的生き様ではないかと思っている。

話題を変えたい。

年末の読売の読者投稿欄にて、恩師に感謝する記事を見つけた。


12月30日読売朝刊

読売読者投稿201712302修正 

こんな投稿をされた教師もいる。


12月30日読売朝刊

読売読者投稿201712301修正

分け隔てない教師に対し、生徒はいつまで経っても感謝の念を忘れないと書かれている。

拙ブログでは、問題教師たちについて批判する記事が多い。が、百人に数人くらいの比率で尊敬すべき教師たちが存在するであろうことも理解している。

戦後、大多数の教師たちが、サラリーマン化し、左翼主義思想に染まってしまったと言われる中で、たとえ少数でも愛国教師たちがいたことは、もっと語られるべきではなかろうか?

以上

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テーマ : 教育問題 - ジャンル : 政治・経済

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