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2017.11.22 (Wed)

ブログ[正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現]非公開にされた模様

人気政治ブログが非公開扱いとなった模様。
Yahooブログにてとりあえず再開とのこと。

正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現
https://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee
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テーマ : このままで、いいのか日本 - ジャンル : 政治・経済

13:09  |  その他  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2017.11.22 (Wed)

戦後の文系学者の大半が「意味のない研究」をしてきたのではないのか?

日本の大学での学術研究が、全分野において下手をすれば途上国レベルにあることは、継続的に拙ブログを読まれている方ならお気づきのことと思う。

次に、テレビに出演する政治学者たち、金子勝、山口二郎、そしてサンデーモーニングなどの左翼しか出演しないテレビ番組にて出演する自称政治学者なる人たちの発言を眺めて、誰でも政治学者になれそうな気がしている方も多いと思う。

さて、私は、中学時代から理系。文系に進まなかったのは、文系学問はどの分野であれ、独学で履修可能、と思ってきたからだ。
私個人は、そう意識し続け、現在に至っている。

この10年間、歴史書を読み続けた結果、日本の歴史学者で通史を書ける歴史家レベルの人は皆無のようであり、職業的に言うところの歴史学者はミクロの次元での史料検証技術を駆使した特定分野の文献中心の研究者であることがわかってきた。さらに、考古学的な画期的な発見があろうと、彼等歴史学者は、その取り入れることがない。学際に興味を示さない点において視野狭窄であることもわかってきた。

次に、憲法学者たち。大学教養時代に初めてその存在を知り、護憲理論には、無理があるような気がずっとしていた。昨今の集団的自衛権見直し、平和安全法制などに反対声明を出している、護憲派憲法学者たちをみていると、近い将来、保守派が増えているとされる東大を含め、全国の大学学生たちから、現実を知らない●●と扱われるであろうと予想する。

次に、理系と文系の学者間論争についてはどうであろうか?

中川八洋と西尾幹二のケースしか私は知らない。「保守主義の哲学」、「正統の哲学 異端の思想」などの名著がある。本来は本職の政治学者が書くべきものであるが、東大工学部出身の中川八洋が危機感をいだき執筆、保守言論界の名著となった。左翼陣営は受け入れたくないようだ。学問的に保守政治哲学が、長期間、意図的に?見落とされてきたことは信じがたい現象である。
この二冊については、それなりの読解力ある方が読めば、テレビ出演する政治学者たちよりは、はるかに学術的であり、はるかに体系的であり、はるかに論理的であることくらいはわかる。一方、西尾幹二は、最近「保守の………」という批判ものの本を出した。が、当該ブログ記事を読んでいくと、中川八洋の方が、学術的、体系的、論理的であるという印象である。よって、二人の論争は、理系の勝利のように私には映る。

では、渡部昇一、西尾幹二、どちらが歴史家として評価されるか?
渡部昇一は教科書問題では在野の存在。西尾幹二が初代つくる会の会長。
二人の本を比較して読んだ印象を書かせていただく。渡部昇一の本を読むと、他の本も読みたくなるし自分でも歴史書が書けるのではないか、そんな錯覚を抱かせる。他方、西尾幹二の本を読むと、初めて読んだ時はそういう見方もあるのか感嘆するのであるが、詳細レベルで調べようとすると、どういう手がかりがあるのか、見当がつきにくい。読めば読むほどわからなくなる。
渡部昇一は、「歴史の虹」なる理論を編み出し、この渡部理論をあちこちで表明、多くのブロガーが「歴史の虹」という言葉に感銘し引用紹介したこともあり、渡部昇一の方に軍配が上がる。西尾幹二の本を引用したブログ記事、残念ながらGHQの焚書情報以外、あまり見かけない。なお、学者世界では、引用件数が評価対象となっているそうだ。
よって、歴史書の評価としては、「渡部昇一の少年日本史」>「国民の歴史」となり、歴史家としての評価も、渡部昇一>西尾幹二となるように思う。
そうは言っても、西尾幹二のGHQ焚書図書開封シリーズでの、戦前の本の読書案内は読んでいて楽しい。

ここで、西尾幹二が、なぜ、論争で負け?、歴史書で競り負けた?か考えなくてはならない。西尾幹二は、つくる会の設立に係わり、つくる会初代会長だったのに!である。
その理由を、多くの文系学者たちが抱えてきた、スキル的な点に見出せるような気がする。
こんな見方もしている。つくる会初代会長が渡部昇一だったら、教科書運動も違った展開となったのではないのか?それゆえ、つくる会発足時の人選の経緯、非常に残念に思っている。

―― 参考情報 ――――――――――

つくる会発足時点で起きたこと  「渡部昇一の少年日本史」刊行の意味 
http://nihonshitanbou.blog.fc2.com/blog-entry-412.html

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続いて、潮匡人の「日本人として読んでおきたい保守の名著」について述べたい。潮匡人については、その昔から、雑誌等に名前が載っている人であるという記憶だけで、どんな考えの人なのかまったく知らない。
この本では、多種多彩な本が紹介されている。潮匡人は、いろいろ読み込んでいるようだ。経歴的に多彩、文系も理系もこなせそうなマルチスキルの人のようだ。
が、説明が丁寧でなく、「そんなことは説明しなくてもわかっているはずだ」、みたいな調子の文脈であることが気になっている。つまり、初めに結論ありきの書き方を指向するタイプであるようだ。

アマゾンの書評コメントが参考となるだろう。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

https://www.amazon.co.jp/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA%E3%81%A8%E3%81%97%E3%81%A6%E8%AA%AD%E3%82%93%E3%81%A7%E3%81%8A%E3%81%8D%E3%81%9F%E3%81%84%E4%BF%9D%E5%AE%88%E3%81%AE%E5%90%8D%E8%91%97-PHP%E6%96%B0%E6%9B%B8-751-%E6%BD%AE-%E5%8C%A1%E4%BA%BA/dp/4569800076/ref=sr_1_10?ie=UTF8&qid=1511162522&sr=8-10&keywords=%E6%BD%AE%E5%8C%A1%E4%BA%BA

5つ星のうち2.0
命令系統の人の資料集め
投稿者Garko2011年9月10日

引用し、紹介された著作については、新書で知識を知る私には、十分に役に立つものである。
 おそらく、著者はすごい量の資料を読み込んで入るのだろう。そうでなければ、あれだけの参考文献の提示はできないし、してはならないだろう。
 引用は、一つの目的、著者がまえがきで述べる方向にまとまっており、なるほどと感心する。ただ、その引用を評価するときに、何か腑に落ちないものを感じる。それは、一つの目的にあまりに引っ張られすぎているのではなかろうか。
 著名な論客の見解を引用することが権威主義的な印象を与えるのも、その落差のためかもしれない。自分が考える保守主義の正統化という命令に、すべてが従っているような印象すら与える。
 むしろ、資料にすべてを語らせた方が、この著者の特性を生かしたのではなかろうか。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

この書評コメントはある事実を示唆している。
読みにくい本であることを指摘している点で、ゴーストライターものではなさそうなのだ。

この本の読みにくさについて一言で述べると、渡部昇一ほど親切な書きぶりではなく、本のタイトルと著者以外の箇所の文章がまったく記憶に残らないのである。
私の読み方、読む態度が悪いのであろうか?比較的近刊であるのに、古書価格で低価格の出品が目立つのは、買って読んでみたものの、読み捨てた人が多かった証左ではないか。

https://www.amazon.co.jp/gp/offer-listing/4569800076/ref=tmm_pap_used_olp_sr?ie=UTF8&condition=used&qid=1511319063&sr=8-8

つまり、潮匡人が読んで欲しいという本が何であるのか、紹介された本のタイトル情報は伝わるものの、それ以外の説明が不親切かつ論理の飛躍がある?と言いたい。

さて、「日本人として読んでおきたい保守の名著」と、中川八洋の「保守主義の哲学」には、読むべき本が紹介されている。中川八洋の「保守主義の哲学」には読むべきでない本も紹介されている。

日本を益する自由擁護の保守主義系の思想家たち 保守主義の哲学 
日本を害する人間憎悪・伝統否定・自由破壊の思想家たち 保守主義の哲学

この2冊の本で紹介された、読むべき本の共通点などから、私はある現象に気がついた。

世界の名著全集(全81巻、中央公論)、人類の知的遺産(全80巻、講談社)という名著全集がある。

―― 参考情報 ――――――――――

世界の名著
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%AE%E5%90%8D%E8%91%97

人類の知的遺産
http://www5a.biglobe.ne.jp/~outfocus/book%20story/chiteki-isan/chiteki-isan-main.html

―――――――――――――――――

実は、これらのシリーズもの、私は数冊所蔵していたが、最終的に、寄贈した。実態としては捨てたに等しい。

保守思想に目覚めた以降、名著全集は学ぶ価値がない無駄なものだらけであり、役に立たないもの、中には社会を破滅させ人類を破壊するための理論も含まれるとの結論に達した。

何を言いたいのか?

日本の名著、人類の知的遺産で取り上げられたウエートで、偏向した政治学者、偏向した哲学者たちが存在しているのではないのか?

政治学も哲学も学問的に徹頭徹尾偏向しているのではないのか?

しかし、つい最近、今日的視点で買い直したものもある。

アダム・スミスである。いろんな意味でアダム・スミスを理解する必要があるとの結論に達したからである。

ただし、文系の政治思想、哲学の本を、中川八洋の評価、価値観で眺めていくと、これら出版界で名著とされる本に係わった、政治学者も哲学者たちは、まったく世の中の役に立つことを考えていないか、孫世代以降の子孫を不幸に陥れても何とも思わない価値観の人たちではないのか?

そう考えると、文系学者すべて、一旦、国家的規模でシャッフルした方が後の世のためにいいのではないか?
文系学者の90%をリストラして構わないのではないのか?

保守的な東大の学生諸君たちに申しあげたい。学生運動時代とは逆に、護憲派東大教授陣を馬鹿にすればするほど、保守言論界は拍手喝采するのではないか?

文系学問、実態的にどれも独学でできる程度の世界であり、在野の研究者による出版も相次いでいるではないか?

職業文系学者たちの、能力不足そして学問的偏向ぶりは、完全に露見しつつあるのではないか!

世界の名著みたいな全集において、保守政治哲学が取り上げられない現状を鑑みて、そう考えるのである。

そして、論争で連敗続きの?西尾幹二について、本来的に言う、世界の名著全集の再構築について、ドイツ哲学という専門を生かし取り組まれんこと
出版各社に対しては、歪んだ言論空間を糺し、矯正すべく、抜本的な取り組み
を期待していることを告白し、本稿を終える。

以上

テーマ : 保守主義 - ジャンル : 政治・経済

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