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2017.08.30 (Wed)

新聞を読む「優秀な子供さん」にお伝えしたいこと

私の子供世帯は新聞を購読していない。が、社会人の中では勉強はしている方だと親としては思っている。

全国学力テストでは、新聞読むほど好成績だとしている。

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http://www.sankei.com/life/news/170828/lif1708280038-n1.html

新聞読む子ほど高成績 「ほぼ毎日」高い正答率 

 今回の全国学力テストの児童生徒を対象にしたアンケートをもとに、新聞を読む頻度とテストの正答率との関係を文部科学省が分析したところ、頻度が高い子供の方が平均正答率は高いとの結果が出た。

 「新聞を読んでいますか」との質問に「ほぼ毎日」「週に1~3回程度」「月に1~3回程度」「ほとんど、または全く読まない」と4つの選択肢を用意し、それぞれを選んだ子供の平均正答率をそれぞれ比較した。

 「ほぼ毎日」と答えた子供の正答率は、中学校国語Bで「週に1~3回」をわずかに下回ったのを除けば、各教科で最も高い結果となった。頻度が上がるほど成績は上昇する傾向がみられ、「ほぼ毎日」とした子供と「読まない」と答えた子供の結果を比べると、小学校算数Bで12・5ポイント、小学校国語Bで9・9ポイントなど、各教科で差がついた。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

新聞読む人と読まない人の比較なら、読む人の方が成績が良いに決まっている。
それは、本を読む量についても当てはまるだろう。
新聞に限った話ではない。
従って、世論調査自体が、実施する前からそういう結果が出ることが予想されたので実施したのではないか。

では、新聞やテレビですっかり有名になってしまった、森友・加計事案はどうか?

実は、日本の新聞・テレビは、歴史的に意味を持つ重大な事実を報道していないようだ。

たとえば、「森友・加計事案」は「大西VS渡部論争」という前例が存在していたことである。

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http://sokokuwanihon.blog.fc2.com/blog-entry-597.html

■「大西VS渡部論争」

・渡部昇一の言論、思想を糾弾することによって、渡部昇一を社会的に葬り去ろうとする朝日新聞の報道方針が存在した
・いまだ存在せざる「大西VS渡部論争」なる社会的事件をデッチ上げた

■「森友・加計事案」

・報道各社において、何が何でも政権打倒したいというする報道方針が存在した。
・報道各社は、問題がないものを政権の責任であるかのように印象操作すべく、配役を適宜調達、論点をすり替えつつ、長期間、架空の論争をでっち上げた

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報道各社は、朝日新聞から「大西VS渡部論争」のウンチクを学び、知恵を絞り、配役を組み変え論点をすり替えることなどで長期間「社会的事件」をでっち上げることが可能であることを発見、実行したのである。

そして、戦後歴史上、大きな意味を持つ、重大な不報道事案がある。

渡部昇一は「朝日新聞と私の40年戦争」で、日本が対米開戦を決意した原因について「マッカーサーが議会証言した内容」について、マスコミに巣くう敗戦利得者集団による重大な不報道事案があったとしている。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

176~178頁

戦後のジャーナリズムを牛耳った「敗戦利得者」たち

一九五一年(昭和二十六年)五月三日、マッカーサーが上院軍事外交合同委員会で証言したというニュースは、翌四日の『朝日新聞』でも一面トップで大きく報道しています。しかし記事の内容は、朝鮮戦争に関するものが中心で、「彼らが戦争に飛び込んでいった動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのことだった」という証言は掲載されていません。
「マッカーサー証言」は機密事項でもなんでもありません。『ニューヨーク・タイムズ』に全文掲載されています。しかし、『朝日新聞』は最も重要な部分を抜かしているのです。ただ、当時の日本は占領下にあって情報統制を受けていましたから、報道できなかったのかもしれません。ならば、主権回復後に速やかに報道してもらいたかった。

中略

しかし、昭和二十七年四月二十八日、日本が主権を回復しても、「マッカーサー証言」を掲載する新聞はありませんでした。敗戦で利益を得た人たちがそれを望まなかったからです。そのような人たちを、私は「敗戦利得者」と呼んでいます。
敗戦利得者を大量に生みだしたのが公職追放です。これによって、各界で戦前・戦中の日本を指導した人たちが追放され、公的機関や主要企業の幹部も多くが職場を去りました。その人たちに代わってポストに就いた人たちは、大きな利益を得たのです。なかでも最も得をしたのが左翼でした。
戦後、大学やジャーナリズムを牛耳ったのは、東京裁判を是とすることで出世した敗戦利得者たちです。「日本は侵略国」という東京裁判の結論を覆す「マッカーサー証言」が広く知られれば、彼らの立つ瀬がなくなってしまう。だから、それを世に知らしめることをしなかったのです。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

渡部昇一は、優れた英語学者で、蔵書量では個人で日本一と言われ、多数の歴史書、啓蒙書等の著作もあり、知の巨人と言われた言論人だった方である。

渡部昇一は、この春にお亡くなりになられた。私はこの方を尊敬していた。

さて、民主党政権時代に各紙比較したことがあるので、経験的に不報道事案が集中している新聞は、反日紙と言われる、朝日、毎日、中日、東京、信濃毎日、北海道、沖縄の二紙に突出しているとみていいだろう。

ここで書かれていることは、保守主義思想の教師、ご両親ならお認めになることであり、大人になったら、マスコミ報道を疑い、自分で調べ自分で判断する習性を身に付けていただきたい。

なお、現在の65歳から80歳くらいまでの世代は、他のどの世代よりも、民進党・共産党支持者が多く、読書習慣がなくテレビを付けっ放しにするなど、新聞・テレビニュースを鵜呑みにしている傾向が強く、本稿の情報についてもまったく無知・無関心であることを知っていただきたい。

以上


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テーマ : 情報の後ろにある真実 - ジャンル : 政治・経済

19:39  |  社会認識  |  トラックバック(0)  |  コメント(2)

2017.08.30 (Wed)

同士討ち論争について

田母神俊雄に係わる錯乱保守の一方的な非難などがあったことなどを踏まえ、今回は一般論的視点で「同士討ち論争」について述べたい。

ここで言う同士討ちとは、実在する人物で、実在する同士が互いの存在、たとえば住所、氏名、年齢等の個人情報を知っているケースに限定する。

まず、同士討ちを引き起こす人の特徴は二つあるような気がする

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・同士討ちは、そもそも国家のために自分が何をすべきかという使命感を忘れ、自分の欲、感情のもつれから発生する可能性がある
・同士討ちは、感情で人を判断する人が引き起こす可能性がある

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どちらが正しく、どちらが間違っていると個別に判断するつもりはない。が、道理的かつ一般論として言えることを5つ挙げたい。

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・真実でないことを語ったり書いたりすれば、非難されても仕方がない。真実であるとするならば、合理的な証拠を示すべきだ。噂は噂でしかない。事実は事実として意見は意見として推定は推定として記述されるべきだ
・違法なことをやれば摘発ないしそれなりの処置を受けて当然である
・言論の自由は認められるべきだが、営利活動している言論人は、身ぎれいな活動を心がけるべきだ
・自分の過失、責任を一切認めず、相手だけが悪いという主張は不毛である
・誰も得をしない結果となる論争ならすべきではない(論争を吹っ掛けられても相手にしないという選択肢もある)

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真の愛国者であればあるほど、愛国保守であるとか真正保守であると語らない事実を経験的に知っている関係で、同士討ちの場合は、傍観者を味方につけようとして、愛国保守、真正保守という類の言葉を発するケースが往々にしてある。あるいは、相手を見下し、レッテル貼りするなど罵倒するケースも散見される。

かくいう私も、いろいろこき下ろされた経験がある。相手は、罵倒するのみだった。私は、相手が●●に見えた。●●相手に喧嘩するほど、無駄なことはない。

ブログの世界に限定すると、政治ブログの可能性には2通りある。

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・批判中心の問題提起型ブログ。より多くの人に読んでいただき、情報拡散・共有化を目指すもの(結果は期待できない?)
・提言型ブログ。質の高い読者に読んでいただき、政策実現を目指すもの(結果が期待できるケース有り)

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たとえば、テーマとして仮に皇室を扱うなら、格式を意識しべきだ。拙ブログは今は亡き伝説のブロガー「IZAブログ時代の花うさぎ」さんのブログを継承することを目指している。「花うさぎ」さんの敬語・謙譲表現は見事だった。昨今は、そうでないものも散見され、花うさぎさんがもし生きていたら、特徴などからその正体をすぐに見破るに違いないと予想する。逆に言うと、正体を見破られたくなければ、格式だけは維持すべきだということになる。

また、非難の言葉や批判文の羅列、コピペ文だらけで、果たして結果は出るのか?活動手法的な問題を指摘する。現状打開のための対応(シナリオ、行動)なしでは、読む人、見る人は多くても政治的影響力は…………?ということである。
民主党政権時代以降、いくつかの新興保守系団体が発足したが、結果を出せた団体は、残念ながら皆無に近い。(例外的に、「放送法遵守を求める視聴者の会」や「つくる会」は、焦点を絞ることで、結果を出そうとしているようだ。)これに対し、同士討ち論争に係わるメッセージを会員に配信し続けている団体もある。明らかに私物化していると言わざるを得ない。

最初に同士討ちを仕掛けた人は、反日勢力あるいは左翼を利することに気づいていないかもしれない。森友・加計事案は、保守陣営の無防備状態を狙い済ましたようなタイミングで延々と続けられた。このタイミングでの田母神俊雄批判は、本来封印されるべき性格のものであったはずだ。

政治ブログだとするなら、状況分析は当然として、主張を明らかにし、提言表明するのは当然。批判文だけではマンネリ化するし、実現するためのシナリオ、手順を書かなくては話にならない。でなければ、瀬戸弘幸ブログのように、行動が伴っていなくてはならない。

仮に論争が起きたにせよ、やるべきことを淡々とこなす方に(やるべきでないことをやらない方に)、最終的には軍配が上がる、私はそうみている。それが道理ではないか。そういう結末になることを望んでいる。

政治活動の世界において、論争は避けられない性格のものだが、結果を出そうとするポジションを選んだ方がやりがいがあるし、仮に論争に巻き込まれたにせよ、結果を出した側(出そうとした側)に有利に事は進むと私は予想する。

具体的に書くとこうなる。

田母神俊雄とその支持者たちには、従来のような言いっ放しではなく、結果を出す取り組みを目指していることを期待すると同時に、そうすることで、保守活動における地殻変動、すなわち競争原理が働き、結果を出す(出そうとする)団体の方に、寄付がより多く集まる結果をもたらすだろうと予想するのである。

以上

テーマ : 保守主義 - ジャンル : 政治・経済

14:38  |  保守活動  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)
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