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2017.08.26 (Sat)

誰が朝日新聞を仕留めるのか?

渡部昇一の「朝日新聞と私の40年戦争」という本がある。

朝日新聞と私の40年戦争 


この本は緊張感が溢れ、密度が濃い。渡部昇一の本にしては読み飛ばして読める箇所が少ない。

今だから言えることだが、渡部昇一は、遺書のつもりで「朝日新聞と私の40年戦争」を書いたかもしれない。出版された年が2015年である関係でそう思う。

この本によれば、渡部昇一の論壇デビューが朝日新聞批判の書評から始まったとされる。
また、この本は、角栄裁判、教科書誤報問題、慰安婦報道問題、南京報道問題に関する渡部昇一と朝日新聞との論争の経緯の記録である。

さて、ここで渡部昇一の死を誰が最も喜んでいるのか、考えたい。

答えは言うまでもない。
40年以上も朝日新聞批判を続けてきた言論人なのだから、朝日新聞歴代社長たち、歴代論説主幹たちであろう。

我々は、渡部昇一の死を傍観している場合なのであろうか?
渡部昇一が朝日新聞と40年間論争を続けたように、誰かがこの論争を引き継がなくていいのであろうか?

私は、この本を読んでそう思うに至った。

森友・加計事案、田母神俊雄が同士討ち沙汰で動くに動けず、保守系団体が一枚岩になれない状況で、マスコミ業界一致団結して政権批判に傾注、朝日新聞もそれなりの主導的役割を担ったとみなすなら、我々保守陣営も腰を据えて、反日新聞社一社毎に、言論人を割り当て、日々記事を監視するという活動を展開すべきではなかろうか?

渡部昇一と朝日新聞の40年闘争の経緯を正しく理解しているのであれば、少なくとも田母神俊雄批判しているタイミングではなかったということだ!

既に、抗議活動は続けられているので、そこに任せておけばいいとお考えの方がおられるかもしれない。が、彼(彼らは)結果を出さず、負け戦に甘んじてきた。何も知らない人が見れば威勢だけはいい、が、金を集めるだけ集めて映画を制作しなかった人もいる。

渡部昇一は、南京報道問題で有名になった、朝日記者だった本多勝一とやりあったことがこの本の終わりの方に書いてある。
しかし、保守側が期待し、寄付金を差し出した、南京映画は制作されず、現在に至っている。
あの映画ができていれば、(朝日新聞の)断罪されるべき人物は断罪されたはずである。

私が言いたいのは、あの体制のままで結果が果たして出るのか、ということだ。
朝日新聞抗議活動、法的措置に係わる司令塔を、一旦入れ替え、渡部昇一の遺志を継ぎ、やる気と能力ある言論人に引き継ぐべきではないか、それが本稿の目的であることを宣言し本稿を終える。

以上

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2017.08.26 (Sat)

移民受入れの歴史 推進者たちの素性を知らなくていいのか?

本稿は、

移民受入れ拡大問題  対立意見を両論表記することで見えてくるもの
http://sokokuwanihon.blog.fc2.com/blog-entry-585.html

の続編。

本稿では、現在日本で起きている移民受入れ拡大論争が、どういうニーズから来るものなのか?移民受入れ国での歴史的背景から紹介させていただく。

西さんのコメント投稿が参考になると思う。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

http://sokokuwanihon.blog.fc2.com/blog-entry-585.html#commenttop

「儲かりにくい分野」の「産業構造上の問題」を解決するのが先だと思います

移民受け入れトは、労働力と生産年齢人口(15歳から64歳)維持がポイントになると思います。

確かに、これらの問題は、少子高齢化に伴い、深刻化してきているというのは事実だと思いますが、政界や官界、産業界の「移民受け入れ拡大」の意見以外に、「真面目な問題解決策」を提唱する人物が見当たらないというのは、違和感を覚えます。

そもそも、問題の本質が何なのかを弁えている人が見当たらないというか、どこか見当違いな意見ばかり述べる人が多いように思っています。

介護や農業分野の人手不足というのは、産業構造上、「重労働」の割に「賃金上昇が見込めない」、「赤字になりがち」という、根本的な問題があるように思います。

そもそも、これらの分野は、日本の高度経済成長期(70年代)頃まで、「産業分野」というよりも、「生業」として行っていた分野ですから、家庭菜園や小作農など、家庭の「お米」や「野菜」などは、自宅で栽培していたものです。

たとえ、商業的に、大規模農園を営んでいる家であっても、その側面が強く、農場主が雇用していた「村人」は、60年代辺りまでは、地方に居住して暮らしており、都市部に移住する事は少なかったようですが、その「子供達」などは、経済発展と共に、より賃金上昇が見込める都市部に移住してしまいましたから、必然的にこれらの分野の人手が不足するのも無理はありません。

介護なども、そもそも「産業」というよりは、家族間の「労い」によるものである要素が強い為、見ず知らずの、部外者が家族の介護を行うのは、かなり厳しい問題があるようにも思えます。

元々、産業に適した構造では無い為、儲かりにくい構造(お米のコシヒカリやひとめぼれ、イチゴのとちおとめなどの農業ブランド品を生産できれば別ですが、開発年数やコストを考えると現実的ではありません)であるという事と、これ以上、農場を増やすのは難しい事、賃金上昇などが見込めない事など、新規参入や人材の移入に様々なハードルがあります。

正直、移民等の受け入れを考えるのならば、国産の農産物の質の低下は否めないと思います。

少々差別的に聞こえるかもしれませんが、移民が品質の高い国産ブランド品を作れるかといえば、非常に疑問ですし、労働環境上、離職や失踪も大いに考えられます。これは、介護の現場も同様でしょう。

同様に、伝統工芸や宮大工等の分野も後継者不足も深刻ですが、これらの分野も、似たような構造上の問題を抱えていますから、やはり「産業構造上の問題」を解決するのが先だと思います。

これらの分野は、資本主義の性質上、「資本的価値が低く」、「儲かりにくい分野」という、厄介な問題をかかえていますが、移民を受け入れても、構造上の問題を解決しない限り、同様の問題の発生は食い止められないと思いますし、社会保障費や安全保障、政治上の問題(待遇、参政権など)を抱え込むことになりますから、やはり移民受け入れは、基本的には、「一時的な労働人口減少対策」にはなっても、「問題を先送りするだけ」で、「根本的な解決」にはならず、「非常に問題が多い」というのが現実だと思います。

西 |  2017.08.24(木) 01:49 | URL


||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

西さんの指摘から、現状において「資本的価値が低く儲かりにくい特定の分野」に外国人労働者を受け入れていることについて、この路線を継承する限り、移民受入れ拡大が必ずしも経済規模の維持に結びつかない、すなわち、外国人労働者が日本という国を豊かにするものではなさそうだということがわかる。

では、世界史的にはどうなっているか?

「日本がつくる新たな世界秩序」で渡部昇一はこう述べている。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

184~185頁

移民問題の根幹は「先住民絶滅」にある

日本はいま真剣に「移民問題」を考えなければいけないと私は考えています。
移民問題でいちばん誤りやすいのは、いま栄えている移民国家があるからです。そのため、「移民」というものがいかに恐ろしいかという真の問題が隠されてしまうのです。
いま栄えている移民国家といえば、それはアメリカです。あるいは、オーストラリアを挙げてもいいでしょうし、カナダといってもよろしい。
しかし、いま栄えているのは移民した人たちであって、もともとその地にいた住民(先住民)は滅ぼされています。これが移民問題のいちばんの根幹である、ということを指摘した人は私の知るかぎりおりません。そこで、あえて繰り返しますが、移民問題の根幹は先住民がどうなるかにあるのです。

アメリカでは、一六二○年にイギリスからビルグリム・ファーザーズが入ってきて以来、インデイアンは百分の一くらいに減ってしまったといわれています。十九世紀に入ると、アンドリュー・ジャクソン大統領が「インデイアン強制移住法」を制定し、「保留地制度に基づく強制移住に従わないインデイアン部族は絶滅させる」とする政策を推進したためです。これはグラント大統領に受け継がれ、さらに強化されて「民族虐殺」の火の手は拡大していきました。

オーストラリアの先住民であるアボリニジも絶滅の危機にさらされていたことはよく知られています。
イギリス人がオーストラリアに入植したとき、アボリジニは五十万から百万人いたと推定されています。ところが、初期のイギリス移民の多くを占めた流刑囚たちは「スポーツ・ハンテイング」と称して、”アボリジニ狩り”に狂奔し、多くのアボリジニが殺害されたといわれています。そうした蛮行によって、アボリジニの人口は九〇パーセント以上減ってしまい、二十世紀に入ると、アボリジニは「絶滅寸前の人種」に分類されています。
オーストラリア大陸の南に位置するタスマニア島のタスマニアン・アボリジニは一八七六年に絶滅させられています。多い時期で三万七千人ほどいた純血のタスマニアン・アボリジニはひとり残らず殺されてしまったのです。
こうした事例を参照するだけで、移民がいかに怖いものであるか、すぐに実感できると思います。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

今、絶滅を逃れた先住民たちは目覚め始めた。
移民先進国では、歴史による復讐が始まったようだ。

―― 参考情報 ――――――――――

「先住民の土地を奪い虐殺した」 白人至上主義への抗議、各地のコロンブス像も矛先に
http://2logch.com/articles/5425062.html

―――――――――――――――――

どうやら、移民受入れ拡大は、国家にとっても民族にとってもバラ色の未来をもたらすものではないようである。

それゆえ、殊更移民受入れ拡大を唱える人物については、その素性を疑う必要があることを指摘し、本稿を終える。

以上












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