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2016.05.14 (Sat)

「田母神俊雄は元気である」との情報が入っております


西村眞悟元衆議院議員のメルマガによれば、田母神俊雄は元気であるとのことです。


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西村眞悟の時事通信
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田母神俊雄の故郷にて
                                                     平成28年5月14日(土)

  五月十三日午前十時ころ、福島県の西郷村の林養魚場を訪れ、
  次ぎに北国特有の落葉広葉樹林の心が明るくなる新緑におおわれた道を北上して
 会津に入り、猪苗代湖を見下ろす磐梯山系の麓に建つホテルで行われた
 「西村眞悟・田母神俊雄演説会」に出席して話をした。
  演題は「支那 討つべし」、
  主催は野崎醫院そして田母神俊雄を応援する会。

  主催者の猪苗代の高士である野崎豊医師が作成した、
  演説会を知らせる五月七日の新聞折り込みには、
  「西村眞悟・田母神俊雄演説会のお知らせ」と大書された最後に、
  「尚、田母神氏欠席の場合もあります。悪しからず。」
  と書かれていた。
  演説会の場所である猪苗代は郡山に接しており、
  田母神俊雄の故郷である。
  会場には、田母神俊雄と小学校が一緒の人、中学と高校が一緒の人、
  そして、遠縁に当たる人も来られていた。
  田母神俊雄が卒業した小学校は、田母神小学校である。
  田母神俊雄と私は、昨年の五月には二人でこの場で演説した。
  しかし、本年、
  田母神俊雄は、この郷里で行われる演説会に出席できなかった。

  東日本大震災の年以来、毎年一、二度は会津そして猪苗代を訪れている。
  この会津の地に来ていつも思うのは、
  学生時代に毎日のように散歩した京都の吉田山の南に連なる黒谷の会津藩士の墓地である。
  幕末に京都守護職になった会津藩主松平容保に従って会津から遙か京都に赴き、
  禁門の変で御所を守って戦死してあの黒谷に眠る会津藩士達は、
  きっと、猪苗代湖の畔から磐梯山を眺めて郷里に別れを告げたのだろうと思うのだ。

  会津の方々は、今も長州には厳しい。
  禁門の変で、長州人は、こともあろうに天皇がおられる御所に大砲を撃ち込んだ。
  戊辰の役で長州の奇兵隊は、戦死した会津藩士の遺体の埋葬を禁止して
 暑い八月から翌年に至るまで腐敗した遺体を晒しものにした。
  会津の方々は、このようなことができる長州人は、日本人ではない、と言うのである。

  さて、私は、田母神俊雄の分まで一時間半、夜の八時近くまで、
  日本は支那のもたらす国難を如何にして克服するのかを語った。

  イギリスとフランスが、平和ボケのなかで贅沢を楽しんでいるときに、
  イギリスのチャーチルとフランスのドゴールは、共にナチスドイツの脅威を語り、
  チャーチルは軍備増強を主張し、
  ドゴールは機械化部隊の創設を主張した。
  そして、チャーチルは、戦争屋と非難されて落選し、
  ドゴールは昇級を止められてフランス陸軍から追放同然となった。

  しかし、その後、ナチスドイツによる真の危機が襲ってきたときに、
  祖国を救ったのはチャーチルとドゴールであった。

  危機の時に祖国を担う者は、
  その危機の前の時代には苦難のなかを生きねばならない。
  今、我が国において、その苦難に耐えている者は、
  田母神俊雄ではないか。
  祖国のために、チャーチルやドゴールと、同じ苦難を経験してきているのは
 田母神俊雄と西村眞悟である。

  我が国を取り巻く内外の情勢は、
  百十年前の帝政ロシアの脅威が迫った時よりも厳しい。
  百十年前には、我が国内に反日の敵はいなかった。
  しかし、現在は、我が国内で支那の工作活動が成功し、
  国内に、
  我が国が無防備であること、
  我が国が戦うことができない状態にあること、
  さらに、
  我が国がもっと弱体化すること、
  我が国が支那の属国になること、
  を推進する平和主義を装う政治勢力が存在する。

  しかし、この我が国内の平和主義は、
  支那の工作活動の成果であり、
  この平和主義が支那との戦争を生み出し、
  我が国をその属国に陥れる。

  これ、支那による「兵は詭道(騙し)なり」
  すなわち孫子の兵法通りの術策ではないか。
  田母神俊雄逮捕も、
  この術策の流れと無関係ではなく、
  国内の「平和主義者」と支那はほくそ笑んでいる。

  選挙が終わってから二年以上たってからの
 選挙違反による逮捕・起訴とは少し不自然ではないか。
  選挙違反事例は、選挙が終わって数ヶ月以内に行うのが通常であろう。
  公訴権を独占する検察の公訴権行使に濫用はないか否か、
  国民こそ、これを注視しなければならない。

  また、地元の田母神俊雄を応援する会の代表者が、
  毎日、田母神俊雄と接見している弁護士からの説明を伝えた。
  田母神俊雄は、元気である、と。
  否認しているので保釈はない。
  弁護士との接見以外は許されず、家族や身内との面会は許されていない。

  田母神俊雄に逃亡の恐れも罪証隠滅の恐れもない。
  それ故、保釈がなされないのは不合理であると思う。
  しかし、
  田母神俊雄は元気である、との報告は嬉しかった。
  彼は、知らないのもは知らないと、元気に否認している。
  田母神俊雄、天晴れであると思う。

  話の最後に私は言った。
  自分は時々、人を評価するとき、
  「この男と共に戦場に行けるか」
  という基準で観る。
  この基準で判断すると
 田母神俊雄とは喜んで戦場に赴くことができる。

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お問い合わせ:西村眞悟事務所
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2016.05.14 (Sat)

教育勅語復活 私案としての事例検討

教育勅語については、既に、二稿出稿済である。

教育勅語復活 世代間論争は避けられない
http://nihonnococoro.at.webry.info/201604/article_27.html

教育勅語復活 実現の手段を考えなくていいのか?
http://nihonnococoro.at.webry.info/201604/article_29.html

前稿では、総論ベースでの教育勅語復活論は無力である、という趣旨で書いた。

ここで、愛国議員の支持者が愛国議員事務所に対し、総論的言い廻しで、「教育勅語復活」を陳情したケースを想定したい。

私が思うに、愛国議員事務所と(教育勅語復活を願う)愛国議員支持者の間で、間違いなく認識の齟齬が発生すると予想する。

どういうことか。

・愛国議員事務所側は、目的、実施方針、実施方法について、検討不十分なものを支持者から実現すべきと要請されたと解釈
・愛国議員支持者は、総論程度に過ぎなく、各論ベースの検討がまったくないものを、実施ベースで陳情したと錯覚

こういう食い違いが発生していることを私は実務的に何度も経験している。

会議などで、懸案となっているあることを実現すべきだと主張する方は、どの業種に限らず存在する。しかし、実施ベースで文章化し、実施稟議ベースで稟申できる人は、極僅かである。

陳情したと錯覚した人は、法制化、施策実現のための文章化作業、詳細検討作業は、議員事務所側でやるべきだと考えているかもしれない。

が、総論程度では、陳情されても、議員事務所側のリスクで詳細追加検討しなくてはならない可能性大であることにどれだけの人が気付いているのか?

政治結社的組織内、仲間内なら、取扱いについて、感覚的に共有化しやすいということで、多少曖昧であっても、教育勅語復活は主張できるかもしれない。

また、企業においては、稟議書一本通すくらいなら、無理筋でもゴリ押しすることは可能かもしれない。
が、政治の世界は、国会審議を経る、場合によっては記者会見等を行う場合がある。おそらくそうなるだろう。言い方を間違えれば、マスコミは小躍りして大騒ぎするに違いないし、その点において、政治的リスクを伴いやすい案件となるだろう。

そう考えるが故に、教育勅語復活を唱え、陳情される方は、総論では不十分、各論とセットでなされるべきであると、書いている。

前置きはこれくらいにして、ここで文章化を試みる。
これまでの検討などから、復活手続きに際して、起きるでろう論争を想定すると、教育勅語復活には、2ケースあることが予見可能である。

・ケース1 戦前と同様の形態での復活(完全復活?)
・ケース2 情報提供程度の次元に留める

ケース1は、政治的リスクが高い。無理に進めると政権支持率が下がる可能性がある。ケース2は、徐々に徐々にやればという前提での話であるが、いわゆる愛国者にとっては、歯がゆい手法であると思う。

私は、「戦前の日本を知っていますか」という本に書かれていることを読んだ結果、とりあえずは、「情報提供程度の次元」で復活とすることが現実的ではないかと判断する。

そう判断する理由は、前稿で書いたつもりである。

教育勅語復活 実現の手段を考えなくていいのか?
http://nihonnococoro.at.webry.info/201604/article_29.html

すなわち、ケース2ならば実現しやすく、ケース1は政治情勢が大きく変わらない限り「不可能な無理筋」とみている。

では、私個人が、前述の陳情者、もしくは、内閣総理大臣補佐官だったらどうするか?

ケース2について、稟議書に書くスタンスでまとめるとこうなる。

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教育勅語復活についての考え方(ケース2に係わる私案)


本稟議書は、詳細検討する際の方針として基本的考え方をまとめたもの。実施詳細は実施稟議書にて上申予定。

「教育勅語」については、以下の目的、方針、方法により、情報提供的スタンスでの部分的活用を検討することとする。


・実施目的
社会や家族において急速に失われつつある絆の喪失やモラル崩壊への歯止め。教育界に蔓延する教員不祥事の根絶

・実施方針
徳育的側面から活用拡大を模索する。(戦前の時代の皇室感と同様、「教育勅語」を絶対視するものではない)

・実施方法
道徳の教科書の一部に記述(※1)、歴史教科書(※2)、教員研修の場(※3)でも素材として扱う。これとは別に、教育専門家が家庭内教育での取扱いを奨励。なお、復活される「教育勅語」の名称については、その名称のままでいいか比較検討を進める。

※1 道徳の教科書への記述
明治神宮で配布されているリーフレット部分の紹介など
※2 歴史教科書への記述
戦前の教育勅語の取り扱いの経緯について、200字くらいで記述
※3 教職員研修
討論会の実施あるいは作文の提出 テーマ1:教育勅語は、教育の現場で役に立つのか?
討論会の実施あるいは作文の提出 テーマ2:なぜ教職員の不祥事が減らないのか?教育勅語を活用することで教職員の不祥事は減るのか?

・推進体制
…………………

・予算措置

…………………

以上

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とりあえず、稟議書みたいな形でまとめてみた。

各論で書いてこの程度にしかならないこと、ご理解いただけたであろうか?

拙ブログの提案は、ケース1で行くべきだという主張を持たれる方が読めば、ひよっているように見えるだろう。
そう思われる方、稟議書記述ベースで、ケース1を想定し、各論を含め、稟議書ベースで書くべきだろう。政治的リスクを負わない前提で、稟議書ベースで書くことは難しいと私は見ている。

下手な書きぶりだと政権が持たないのであるが、保守層の中には、実現しそうもないことを、シナリオ、手順を示すことなく、総論で主張される方がいる。今までは、そういう主張も主張として認められたかもしれない。

政権が持たなくても知ったことではない、原理原則はこうだという主張は、各論を示さない点において、現実的と言えるのか?

本稿では、教育勅語一つとっても、総論と各論の間にかようなギャップが存在していること

話が飛ぶと言われるかもしれないが
多くの保守層が、トランプ大統領就任を予見するのであれば、トランプが突然、唐突な外交的要求を行った場合において、稟議書ベースでの各論での議論に移行し、その時点で総論しか語らない(語れない)言論人は用なしとなることを指摘し、本稿を終える。

この場合、官邸スタッフが必要とするのは、(対応方針に係わる)「稟議書作成のための各論の文案」にほかならない。

要するに、(期限なき業務遂行が許される)評論家のように、のんびりと総論を語っている余裕などないのかもしれないのである!

以上

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