FC2ブログ
2019年05月 / 04月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫06月

2019.05.22 (Wed)

手順と方法  言論界が担うべき役割

トランプ大統領の中国との貿易交渉、中でもファーウエイに対する矢継ぎ早の処置を眺めていると、全体を見渡したうえで、最終目標を定め、目的を明確にし、手順と方法を予め見出し吟味したうえで、実施に移しているように見える。

―― 参考情報 ――――――――――

GoogleがHuaweiのAndroid端末向けサービス停止を検討か ストアアプリのインストール、Gmail、アプリ課金などが利用不可に
https://hosyusokuhou.jp/archives/48850232.html

【速報】Google、中国通信機器大手Huaweiのスマホにソフト提供停止
https://hosyusokuhou.jp/archives/48850241.html

【速報】Google「Huaweiとの取引停止は事実」
https://hosyusokuhou.jp/archives/48850243.html

【中国完全終了か!】インテルやクアルコムなど半導体大手各社もファーウェイへの部品供給停止へ
https://hosyusokuhou.jp/archives/48850256.html

【速報】オランダでファーウェイ製品の「バックドア」発見 イタリアでもバックドア発見
https://hosyusokuhou.jp/archives/48850260.html

―――――――――――――――――



これらの情報から推測となるが、アメリカ政府内、特にトランプ政権中枢において、米中の政府間交渉だけでなく個別の中国企業の取り扱いについて、一連の処置を作戦レベルで立案、実施指令を出し、効果を見届ける部署が存在すると考える。



簡単に言うとこういうことになる。

①作戦指令する部署、最終目標設定、戦略等の立案部署、対外交渉部署、対外広報部署、国内調整部署、情報収集・状況監視部署が存在する。少なく見積もって、百人程度の人員が対応?
②最終目標を定め、目的を明確にし、手順と方法を予め見出し吟味したうえで、実施
③実施計画は、長期計画、年度計画、月次計画等で構成
④情報収集・状況監視部門は、中国国内で起きているさまざまの出来事、異変、情報を収集、政権中枢に24時間体制で情報配信中



トランプ政権は、武器を使わない戦争状態に突入したように見える。



①~④の措置は、企業で言うと、経営ビジョン策定、長期経営計画、年度業務計画に対応した、実施計画(手順と方法)に相当する。

方法については、企業ベースで眺めると

・人
・モノ
・カネ
・情報
・組織

という要素から構成される。



ファーウエイについては、

人:経営中枢の人物訴追
モノ:5G施設の不採用(締め出し)、部品の供給制限
カネ:関税
情報:OS、ソフト等の供給制限
組織:未実施?

が処置された。

一般論で言うと、

人については、往来制限、スパイ防止法
モノについては、輸出入制限
カネについては、関税、口座凍結
情報については、情報漏洩阻止、OS、ソフト等の供給制限
組織については、国内での活動停止

ということになる。



つまり、アメリカ政府は、ファーウエイを日本における朝鮮総連並かそれ以上のレベルで措置したことになる。
日本においては、朝鮮総連について答弁書が閣議設定されたばかりである。

―― 参考情報 ――――――――――

朝鮮総連「破壊活動の恐れ」=拉致関与も-政府、答弁書を閣議決定
https://www.msn.com/ja-jp/news/national/%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E7%B7%8F%E9%80%A3%E3%80%8C%E7%A0%B4%E5%A3%8A%E6%B4%BB%E5%8B%95%E3%81%AE%E6%81%90%E3%82%8C%E3%80%8D%EF%BC%9D%E6%8B%89%E8%87%B4%E9%96%A2%E4%B8%8E%E3%82%82%EF%BC%8D%E6%94%BF%E5%BA%9C%E3%80%81%E7%AD%94%E5%BC%81%E6%9B%B8%E3%82%92%E9%96%A3%E8%AD%B0%E6%B1%BA%E5%AE%9A/ar-AABtkOD

―――――――――――――――――

一応、これまでの政府の措置によって、人、モノ、カネ、情報に係わる、対北朝鮮への制裁措置が実施された。ただ、組織を消滅させる手順と方法は示されていない。



一方、言論人たちは、北朝鮮制裁強化、韓国への経済制裁を口にしてきたように思う。が、保存版と言える情報レベルで公開した方はいるのか、、、

私が言いたいのは、トランプ政権がファーウエイに対し実施中の措置は、アメリカにおいて戦略上の裏付けがあるものであり、これに対し、日本政府が北朝鮮に対して実施中の措置は、人、モノ、カネ、情報については相当レベルで遮断することに成功しているが、組織(朝鮮総連)については、今一つどころか放置状態にある。



政府が放置するなら、言論界はもっと踏み込んで、手順と方法を詳細に語らなくてどうするのか?
同様のことは、徴用工事案で仕掛けてきた韓国に対しても言える。言論界は政府の決断を後押しするために、すべきこと、しなくていいことをきちんと調査・分析し提言すべきではないのか?

簡単に言うと、雑誌「正論」等の紙面は、国益的にその目的のためにあるのではないか、と言わざるを得ないのである!

以上
スポンサーサイト

テーマ : 情報の後ろにある真実 - ジャンル : 政治・経済

09:42  |  活動実践マニュアル  |  コメント(0)

2019.05.21 (Tue)

ブロガーと言論人の付き合い

最近、水間政憲氏のブログにて、拙ブログの見解が紹介されたことから、拙ブログ管理人が言論人たちとどのように接触しているのか、接触してきたか、読者の皆様のヒントとなればと思い、以下にまとめた。



最近はあまりしないが、10年くらい前はブログ活動のネタ探しを兼ね、いろいろな講演会に出席した。
出席するだけでは物足りず、必ず一つくらいは質問することを習慣とした。もちろん、冷やかしではない。主義主張を共有化したいとの思いからだ。




小坪しんや議員は、SNS「Free Japan」の運営者であったことをつい最近知った。拙ブログは、当時、SNS登録していた。小坪議員が、政治家として軸足がぶれることがないのは、この時代のロビイスト経験・実績があるためだろう。数少ない理系議員であることもあり、近い将来、国政進出を期待している。




(故人となられた)渡部昇一先生については、ファンサイトを通じて、愛読者であることを報告。同時期、渡部昇一先生の教科書を扱った教科書出版会社に対し、特定の人物からの抗議活動が繰り返し行われていることを知り、教科書出版会社と渡部昇一先生に対し、ファンサイト経由で報告。渡部昇一先生は、状況を正確に把握、理解され、その後に刊行した本のまえがき等において、抗議活動を行った人物に読まれることを想定し、反論を兼ねた一文を追加したと記憶(解釈)している。百田某の歴史書のまえがきは内容的に薄っぺらいが、渡部昇一先生の歴史書のまえがきにはそういう意味、配慮があること、お気づきであろうか。




水間政憲氏は、民主党政権時代の売国法案反対活動の砦の一角を担っていた。陳情書のひな形になりえるレベルの文章がブログにて読めたのは有り難かった。先に判断が示された最高裁の民法改正(相続)については、婚外子(愛人の子)に相続権を認める問題について、筋論でのべられ、私も賛同する点があったので陳情文書提出の際、参考とさせていただいた。水間政憲氏については、ご自身主催の講演会にも参加、お人柄は存じているつもりである。水間政憲氏を支援する、海外在住のミツバチさん、おそらく、とある農業国在住の大金持ちであろうと推測する。その方は一時期、有名な保守系団体中枢に対し、提言を行われていた方である。その方とメールでやりとりしたことがある。もしそうなら、お二人とも年代的に近いだけでなく、主義主張もほぼ一致しているはずである。水間政憲がチャンネル桜に出演するので、水島某の一派と勘違いされている方がおられるようだが、水間政憲氏と話してみて、タイプ的に異なることくらいはわかっているつもりである。
また、水間政憲氏は、国会で歴史認識問題について糺した中山成彬議員など、保守系議員への情報提供者としても知られている。これに対し、水間政憲氏が批判している、百田某、有本某、青山某については、過去十年間の著作、呼びかけ等を振り返ると、民主党売国法案、民法改正問題について言及した、水間政憲の足下に及んでいるのかと思うほどだ。この三人から、重要事項について、何か重要かつ具体的な提言はなかったと記憶する。水間政憲氏は、保守政界において、著作だけでなく、陳情活動を行う保守層に対し、重要な役割を果たしてきたということ。

さらに、最近、自決された沼山氏について取り上げる言論人はあまりいない中で、水間政憲氏が、遺書を公開した。水間政憲氏は、文献的価値ある情報を発信し続けている。

―― 参考情報 ――――――――――

超拡散宜しく《令和元年5月11日、靖國神社前の路上で最期を遂げられた沼山光洋さんの死を「遺書」と受けとめ、心よりご冥福を御祈り致します》
http://mizumajyoukou.blog57.fc2.com/blog-entry-3090.html

―――――――――――――――――

おそらく、心ある方が、血に染まった(かなり読みにくい)遺書を解読することに成功、公開する運びとなったのであろう。
彼は、平成の御代に御親拝賜れなかったことを総括、自決を選んだようだ。我々は、御親拝賜れる様、強力に運動すべきだったのだ。
「愛国団体の皆様には、靖國神社・護國神社で日本人の手本となっていただけるよう切にお願い申し上げます。」という言葉には、汚い言葉やカネ目当てで政治を語るなという意味が含まれている。



私にできることは、拙ブログ活動を通じて、「戦後レジームに支配された、時代は変わる」ことをメッセージとして意識して発信、一族の者に対し靖国参拝を促すことでしかない。(申し訳ない)そんな私でも、靖国参拝時の写真撮影に際し、宮司から注意を受けたことがある。あれ以来、靖国の宮司は特別な存在と思うようになった。

ホンモノというものは、地位、名誉、カネにこだわらない、潔さがある。
三島由紀夫、江藤小三郎、沼山光洋が訴えたかったこと、皇国史観派として通史を発刊する者なら、避けて通れなくなった。自決するのは、そういうことなのだ。
もちろん、皇国史観派の通史本は、カネ目当ての、ストーリーテラーが書くべきものではない。自決した、三島由紀夫、江藤小三郎、沼山光洋が書くにもっともふさわしい、と私はみている。
これに対し、ニセモノは饒舌。口当たりの良い言葉や感動ものの秘話を好む。だから初心者は騙される。ホンモノはそんなことは気にしない。ビジネス保守には、愛国、保守の概念を突き詰めて考えることはないようだ。やれ塾だの、やれメルマガだの、やれ講演だの、やれ寄付だの、活動目標・目的を具体的に定めず、地位、名誉、カネに直結する話題が多く、(言いたいことがあるなら水間政憲氏のように、全文提示すればいいものを)もったいぶっている言論人が多い気がしている。



その点、思いをすべてをぶちまける中川八洋氏の存在は貴重だ。



田母神俊雄氏については、事務所に電話した際、ご本人が電話に出られびっくりした。本家の本籍地等を告げ、話を聞いていただいたことがある。地縁はとても大切なことだと改めて思った。



遠藤健太郎氏とは、一度だけ電話にてお話させていただいたこともある。最近は、ストレートな主張が増えてきた。モノが見えているがゆえの確信に満ちた言論活動となりつつある。(百田某と比較すると)実力も志も有りルックスも良い遠藤健太郎氏が有名にならないことは不思議である。




瀬戸弘幸氏については、参議院選挙出馬時期の街頭演説が強烈だった。私からみて、桜井某は、いまだにこの次元を越えていない。当時の私はノンポリ(政治的に中立な視点で仕事せざるを得ない立場)、選挙以降、ブログは継続的に拝見させていただいた。一度、お話できる機会があったが、何をどう話すべきか整理がつかず(私はロビイスト的立場であるのに対し、瀬戸弘幸氏は活動家)、現在に至っている。




鈴木信行議員とは、数年前に一度、新橋の街頭演説直後に、議席獲得の視点でお話させていただいた。無事当選され、本当にうれしい。




吉田康一郎議員については、落選続きで気になっており、ブログで紹介し続けてきた。一度メールを受領、お話できる機会があったが、私の方で都合がつかなかった。今回の上位での当選は、本当に良かった。




10年もブログ活動していると、いろいろなことが起きる。
邪魔されることもあれば励まされることもある。

言論人と係わることになった、最初の原点は、高校時代に購入した、当時ベストセラーとなった官僚OBによる官界批判本について、書評を封書で送ったことに遡る。当時高校生だった私は、著者の主張に感銘、著者がおかれた(政治的?)立場に同情、激励のファンレターを書かざるを得ない気持ちとなり、二日間程考え、手紙を出した。
驚いたことに、約一ヵ月後に著者から返事が来た。母が、テレビ出演している、あの有名人から手紙が来ていると言ったことを覚えている。

自分では自分のことをずっとノンポリだと思ってきたが、厳密に考えると、高校時代から政治に無関心ではなかったようである。

以上

テーマ : 日本を正常な国に戻したい - ジャンル : 政治・経済

20:21  |  活動実践マニュアル  |  コメント(0)

2019.05.19 (Sun)

韓国での権力争い 実は李朝から続いた国是?


韓国では大統領が代わる都度、前任の大統領が訴追される事態が続いている。
この現象について、呉善花は歴史的経緯から解説している。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

韓国併合への道
呉善花

12頁
朝鮮半島には、日本やヨーロッパのように武人が支配する封建制国家の歴史がない。中国と同じように、古代以来の文人官僚が政治を行う王朝国家が、延々と近世に至るまで続いたのである。併合の主体となった日本は近代国家であったが、併合されたほうの国家の実質は、近代国家でも封建国家でもない王朝国家だったのである。

21~25頁
派閥、一族の紛争に明け暮れる社会
李朝ほど強固で長く統一を保持し続けた王朝国家は例がないと言われるが、李朝の統一は、社会とか民族とか、大集団の利益の大局的な一致によって維持されたのではなかった。その逆に、バラバラに分散した個が一様に中央の一点を目指す、「周縁から中心へ」と向かう一極集中のダイナミズムによって保たれていたのである。

別の意味で言えば、横のつながりを失った無数の極小集団(主として家族)が、それぞれ自己の利益を目指し、中心の権威という甘い蜜に向かって猛然と突き進む、という力学によって維持されたのである。

人々がさまざまな利益を軸に結びつき、さまざまな社会集団を形成して社会活動を展開することー李朝ではこれが極端に阻害された。そのため人々は、唯一残された血縁という小集団(父系血族集団としての家族)に自らを囲い込むしかなかった。李朝の社会をよくも悪しくも動かしたのは、各自が所属するこの血縁小集団の繁栄へと向けられたエネルギーであった。そしてその繁栄は、事実、権力に接近すればするほど保証されるものであった。

そのように、少しでも中心へ近づこうとする「中央志向の共通性」が社会的なリアリテイとして確保されている限りは、活気に満ちた社会があり得る。しかしながら、世襲による権威・権力・身分の固定化が進む末期となると、もはや多くの人々にとって中央的な価値は手が届かないものとなり、遠くから羨望するしかないものとなっていく。こうして社会からは急速に活気が消え失せていくのである。そして、中央的な価値に手を触れているわずかな人たちの間で、限られた価値をめぐっての争奪戦が激しく展開されるようになっていく。

このような李朝末期、一八六〇~七〇年の社会を体験した一人の西洋人は、次のように描写している。

「一般に、政治的活気とか進歩、革命といわれるものは、朝鮮には存在しない。人民は無視され、彼らのいかなる意見も許されない。権力を一手に掌握している貴族階級が人びとに関心を向けるのは、ただ彼らを抑圧してできるだけ多くの富をしぼり取ろうとするときだけである。貴族たちは、いくつかの派閥に別れ、互いに執拗な憎悪をぶつけ合っている。しかし、彼らの党派は、なんら政治的、行政的原理を異にするものでhなく、ただ尊厳だとか、職務上の影響力のみを言い争っている大義名分だけのものである。朝鮮におけるい最近三世紀の期間は、ただ貴族層の血なまぐさい不毛の争いの単調な歴史にしかすぎなった」(シャルル・ダレ著/金容権訳『朝鮮事情』東洋文庫・平凡社)

中略

「貴族階級」と表現されているのは、先に述べた李朝の国家官僚となる資格をもった支配階級、文班(文官)と武班(武官)を総称して両班と呼ばれた者たちのことである。
両班たちの「不毛の争い」が李朝末期にいっそう激しいものとなった第一の理由は、両班人口の増大にある。官職を得られなくても両班身分は世襲されたから、金で両班の地位を買ったり、ニセの資格証を売ったりということが、十数世代も繰り返されてきた結果、あやしげな自称両班が膨大に増加したのである。

京城帝国大学教授だった四方博氏の計算によると、両班人口は一六九〇年には総人口の七・四パーセントだったが、一八五八年には、なんと四八・九パーセントにまで増加しているのである。(「李朝人口に関する身分階級別的観察」『京城帝国大学法学部論集・朝鮮経済の研究3』所収)。

人口の半分が支配階級の身分などという国がどこにあっただろうか。
彼らの職分は官僚であり、官僚以外の職につけば両班の資格はなくなる。しかし官職は限られている。というわけで、彼らの多くはなんら働くことなく、ただ官職獲得のための運動を日夜展開した。当然のようにあらゆる不正が蔓延し、両班という身分を利用して庶民から強奪まがいの搾取をすることが日常的に行われたのである。

高級官僚としての両班どうしの争いにも凄まじいものがあった。
彼らはいくつかの派閥のどれかに必ず所属して、派閥間での官職獲得闘争に血道をあげた。その闘争は陰謀と策謀に道、互いに血を流し合うまでに至るすさまじいものであった。この闘争が何百年間にもわたって繰り返されてきた。そのため、派閥間、各一族間の敵対関係がほとんど永続化してしまったのである。

ある派閥が政権を握ると、他の派閥はそれに協力して政治を行うことはない。次の政権奪取を狙ってさまざまな手を打つことに終始したのである。彼らにとっては派閥の主張が唯一の政治的正義であって、他は罰は不正義によって政治を行なっていると考えた。したがって、派閥を超越して王権を支えるという発想はまったくなかった。そのために李朝はついに王党派という存在が生まれることがなかった。
「これらの争いは、多くの場合、敗北した党派の指導者の抹殺を期として終焉する。ふつう抹殺の方法は、武力とか暗殺によらず、首尾よく敵対派の官職を剥奪した側がさらに国王を動かして敵に死を宣告させたり、少なくとも無期の流刑に処したりするのである」(同前書)

しかも、こうした憎悪の関係は父から子へと世襲されたから、果てしない闘争の繰り返しとなるしかなかった。李朝では、先祖が受けた屈辱を子孫が晴らすことは、子孫にとっては尤も大きな道徳的行為だった。

31頁

横の繋がりのない、バラバラな状態に両班階層が陥っていたことが、王権が強力な先生をふるうのに恰好の条件をつくり出していたのである。大院君はさらに横の繋がりを執拗に断ち切って諸勢力の分散をはかる一方、自らへの縦の忠誠を徹底して強化し、一〇年にわたる個人的独裁を可能にしたのである。

この方法は、ずっと後に、李承晩や金日成がとったやり方とまったく同じものである。横の繋がりを分断し、すべてを一点に向かう縦の流れとして組み立てる権力構成は、戦後の韓国・北朝鮮にそのまま受け継がれ、韓国ではいまなお政界、官界、財界から各種民間団体に至るまで、一貫してみられるものである。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||




さらに、呉善花は、慰安婦問題、徴用工問題が避けられない、歴史的背景について解説している。
「横の繋がりがないバラバラな状態のバラバラな状態に両班階層」→「横のつながりを失った無数の極小集団(主として家族)がそれぞれ自己の利益を目指し、中心の権威という甘い蜜に向かって猛然と突き進む」→「慰安婦・徴用工利権を獲得しようとする集団が結束し政界中枢に影響力を行使する」
ことを示唆している。



韓国の大統領は、行政、司法、立法という国の成り立ちの横の連携を破壊すべく、自分に都合の良い裁判官を任命し、徴用工事案の賠償判決を導いたと考えれば、説明がつくのではないか、と考えるのである。



以上

テーマ : 韓国について - ジャンル : 政治・経済

14:35  |  韓国  |  コメント(0)

2019.05.19 (Sun)

家系図に係わる著作権法上の解釈

本稿は、水間政憲、倉山満の論争に係わる、中立的視点からの推論。


倉山満は、皇室の家系図について、「著作権はない」と判断したいようだ。

―― 参考情報 ――――――――――

皇室の家系図を自分の持ち物と主張する御仁
https://office-kurayama.co.jp/?p=4050

―――――――――――――――――

「断る」という言葉があるが、もう少し柔らかく語れないものであろうか?
私は、皇室問題を語る言論人の言論作法について指摘している。

―― 参考情報 ――――――――――

作法を軽くみてはならない
http://sokokuhanihon.seesaa.net/article/465743145.html

―――――――――――――――――



見方を変えたい。
民間人向けの家系図について、著作権を主張する系図作成会社が存在していること、ご存じであろうか?

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

https://www.kakeizushokunin.com/copyright/

著作権・免責事項
著作権
当サイトは著作権を放棄しておりません。
したがって記載内容の無断複製・転載は禁止させて頂きます。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||



つまり、旧宮家の家系図が含まれている場合、旧宮家は民間人であるので、旧宮家関係の(正規の)家系図を作成した企業・人は著作権を主張できるという解釈となる。
水間政憲が主張するオリジナリテイとは、上記「家系図会社」が主張するのと同様の、著作権上の権利であろうと推測する。

―― 参考情報 ――――――――――

超拡散《倉山満氏の「倉山工房」解散か!》
http://mizumajyoukou.blog57.fc2.com/blog-entry-3086.html

―――――――――――――――――

従って、水間政憲の主張に違和感はない。




さて、拙ブログは、「初投稿の方」からの「旧宮家を含む、皇位継承順位、家系図についての情報提供」をいただき、下記に出稿した。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

https://sokokuwanihon.blog.fc2.com/blog-entry-327.html

こんばんは
いつも拝見させていただいております。

こんなサイトがあります。ご参考まで。

皇族外も含めた皇位継承順位(男系相続・長子優先)
ttp://kazenisoyoide.web.fc2.com/zu/koui.html

もとた | 2017.02.04(土) 18:25 | URL |

━━━━━━━━━━━━

宮中祭祀完全復活 皇族外皇位継承順位者によるボランテイア組織化を急げ! 2017.0206
https://sokokuwanihon.blog.fc2.com/blog-entry-331.html

━━━━━━━━━━━━

生前譲位 旧宮家男系男子皇籍取得+皇室令等復活について
https://sokokuwanihon.blog.fc2.com/blog-entry-299.html

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||




しかし、情報提供いただいたサイトは今は閲覧できない。こんな推論が可能かもしれない。

『ひと目でわかる「戦前の昭和天皇と皇室」の真実』の発刊は、2017年3月17日。

水間政憲が家系図の著作権を主張していることから判断すると、水間政憲は『ひと目でわかる「戦前の昭和天皇と皇室」の真実』の刊行に際し、ネット上で閲覧可能なサイトを含めて、著作権買い取り?等を含めた処理を出版社(PHP研究所)と共同で実施したのではないかと推測する。

水間政憲は、拙ブログ?あるいは、他から情報を得、ビジネスチャンス到来と判断、出版化を急いだのではないか、、、




倉山満ファンの方、勘違いしないでいただきたい。

私は、水間政憲と倉山満の論争に関して、水間政憲に肩入れしているつもりはない。
基本的には、中立的視点での批評を心がけている。
水間政憲は、著作権フリー扱いの家系図情報があることに気づき、出版化。家系図会社と同様の処置、対応をしたと考えれば説明がつくのではないか?




簡単に言うと、水間政憲は、冒頭で紹介した、家系図会社の著作権解釈のノウハウを理解、先回りしたのではないか?




私は、水間政憲が素晴らしい言論人であるとか、愛国者だとか保守主義者だと言っているのではない。ただただ、家系図について、著作権フリー状態で放置されていた、ビジネス上の価値ある情報であることを一足先に気が付き、出版社と共同で出版化を急ぎ?(水間政憲を支援する出版社関係組織が存在?)、同時期に著作権フリー状態の情報を買い取っただけのことではないのか?

ビジネス保守的発想でみれば美味しい話だったはずである、
正しくは、皇室の家系図に著作権を主張しているのではなく、旧宮家(民間人)の家系図について著作権を主張していると解釈すれば説明がつくのではないか?

倉山満が係わっている扶桑社の編集長が、倉山満の反論について及び腰なのは、そういうことなのではないか。(推測)


以上

テーマ : 情報の後ろにある真実 - ジャンル : 政治・経済

14:33  |  法整備  |  コメント(0)

2019.05.19 (Sun)

作法を軽くみてはならない


あまり話題となることはないが、トランプと安倍首相、タイプ的には似たもの同士で、トランプも安倍首相も、人柄的には良い人であるようだ。

―― 参考情報 ――――――――――

日本のマスコミが取り上げないトランプ大統領の素顔
http://netgeek.biz/archives/140763

総理の人柄
https://ameblo.jp/akiran1969/entry-12449620174.html

―――――――――――――――――

マスコミが報道的に関心を持たない場面での意外な振る舞い、見る人はみているものだ。河野太郎が大臣就任に際し、麻生太郎は、心得論をコンコンと説き、河野太郎は直立不動で聞いていたとの話を聞いたことがある。麻生太郎議員は、若い頃から、政治家心得として、紙に書かれた箇条書きのものを日々眺めていたとされる。



これに対し、百田尚樹のツイッター言論活動は、小中学生レベルと錯覚する程度の、悪口が多い。放送作家、小説家はその程度なのであろうか?人間性を疑う。皇国史観の歴史書を書いたなら尚更気になる。

歴史書を出す以前の問題であると言わなくてはならない。
私の年代で百田尚樹並の言葉遣いである人は一人もいない。安倍首相の取り巻きの一人だと言われるが、私は支持者の一人として同じにされたくはない。

同様のことは倉山満にも当てはまる。田母神俊雄を励ます会でのスピーチ、当時は許容したが、水間政憲のブログに載っている情報から察するに、同業の言論人を激怒させたとある。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

オーバーハンド
@0verhand
返信先: @armourhigeraruさん、5さん、他人
倉山満先生 平成29年7月22日「田母神俊雄を応援する会」スピーチ https://youtu.be/sOS8LNDPk3k  このスピーチで会に参加してた、加瀬英明氏と小山和伸氏と高山氏が激怒して、直後に会長から出て行ったらしいですw

https://www.youtube.com/watch?v=sOS8LNDPk3k&feature=youtu.be

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

申し訳ないが、このスピーチは、中高生レベルと言わなくてはならない。

こういう幼稚な言動傾向の人に皇室問題を扱う資格はあるのか?ということになる。
保守層としては常識的には??となるはずだ。



本音が言える場面、正しいことを正しいと言える場面において、百田尚樹、倉山満は当たり前の作法を心得ているのかということになる。

加えて百田尚樹にはパクリ疑惑がある。

水間政憲が、自著をパクッた作家について論評した記事を読んだ。


||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

http://mizumajyoukou.blog57.fc2.com/blog-entry-3077.html

◎《保守も革新も「法と証拠」がすべて!》

■歴史認識に係わる外交問題は、「法と証拠」が有効ですが、通じない韓国・中国には常に対抗措置を準備しておく必要がある。

私は、常に「法と証拠」がすべてと公言していますので、研究した実績のない者が唐突に「歴史認識本」でデビューしたときは「パクり」と見て間違いないと思っています。それは、「証拠」を探すには専門的な勘と考えられないくらいの時間が必要だからです。

最近の保守言論が薄っぺらになったのは、ちょっと話題になった程度で、ジャンル違いの本まで手を伸ばしているからなのです。

百田尚樹氏の「歴史認識本」に関する姿勢を報告してくれた方がおります。その方は、20年ちかくインターネット空間の「監視レジェンド」として知る人ぞ知る方で、下記の情報をいただきましたので紹介させていただきます。

★《百田氏の発言で死ぬほど驚いたことがありました。『2年前に、「今こそ、韓国に謝ろう」を出版した際に、事細かに間違いを指摘したサイトがあった』と発言し、続いて、『そうかぁ、自分も資料とか良く分からないし間違えているところもあるかもしれないなあと思って、今回は松木先生に監修して頂いた』と発言したことです。
普段、水間様を始めとする数少ない保守言論人の「法と証拠」に基づく歴史検証に慣れ親しんでいるせいか「間違えが許される」と思って言論活動している百田氏の感覚に拍子抜けして驚いたわけです。驚きと苦笑いと憤りが同時に込み上げてきました。》とあり、百田尚樹氏が言論界を低俗化させていることを認識し、小説に徹するべきときなのです。

※百田氏が監修を依頼した松木國俊氏は「パクり本」でデビューしていたのです。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

百田尚樹は、自分で確かめるべきことを他人に依頼した。なぜであろうか?
精緻かつ単純な確認作業を不得意としたためではないのか?

歴史研究は、上記にあるように、「専門的な勘と考えられないくらいの時間が必要」なのは常識である。ストーリーテラー感覚で文章を書くのとは訳が違う。



まったく無関係な話かもしれないが、漫画家の世界は、特徴ある方がおられるようだ。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

http://news.livedoor.com/article/detail/16418485/

実は発達障害だった?ADHDの特性を活かしていた国民的漫画家2人

自伝的エッセイに漂うADHDを思わせるおおらかな不注意さ
 漫画家やイラストレーターなど、美術関連の職業についている人に、発達障害、とくにADHDの特性を持つ例が多いことはすでに述べた。

『ちびまる子ちゃん』は雑誌『りぼん』で1986年から連載が始まった人気漫画で、その後テレビアニメやドラマにもなった誰もが知る作品である。作者のさくらももこ(1965~2018)は自伝的エッセイ『まる子だった』で自らの生い立ちを明かしているが、全編を通じてADHDを思わせるおおらかな不注意さが彩を添えている。

幼少期からADHD的なおおらかさと集中力をもっていた水木しげる 
 また、水木は絵が好きだった。紙切れとエンピツかクレヨンがあれば、いつも絵を描いていた。主に風景画を描いていたが、絵物語を描くこともあった。高等小学校の頃には絵画の才能が認められ、1日中絵ばかり描いていたこともあった。このようなADHD的なおおらかさと過剰な集中力が、水木の創造力の源泉だったのであろう。

 なお、水木の父親もユニークな人物だったようだ。早稲田大学では勉強はせず、歌舞伎や映画に熱中し、故郷の堺港に船を浮かべてドンチャン騒ぎをしたこともあった。卒業後、商売を始めたが失敗し、大阪で会社員をしていたが、勤務時間中に映画をみていたのが社長にバレてクビになる。境港に帰って銀行に勤めたが、夜は芝居小屋を借りて映画の上映もしていたところ、やがて銀行もクビになった。その後は保険会社に勤めてジャワ支店に海外出張したり、米軍の通訳をしたりして暮らしていたという。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||



こんな情報もある。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

https://twitter.com/hyakutanaoki/status/1019131525139329024

百田尚樹

@hyakutanaoki
フォローする @hyakutanaokiをフォローします
その他 百田尚樹さんがをリツイートしました
私のオカンは、私が幼稚園の頃、「この子はどこかおかしい」と悩んだ挙句、児童相談所みたいなところに連れて行った母親です。
自分が生んだ子供を信頼できないのか!という情けない話です。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

どうやら話は繋がった感じである。




話は、これで終わらない。絵画では、フェルメールの絵が日本では好まれる。あの静けさ、微妙な雰囲気の描写が評価されているのであろう。

「フェルメール 静けさの謎を解く」(藤田令伊)には、こう書いてある。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

フェルメール 静けさの謎を解く
藤田令伊


166~171頁

第六章 静けさを描くことの理由
エラスムスがフェルメールに静けさを描かせた?

オランダが寛容の国といわれるのはどのような経緯によってだろうか。オランダが寛容の国と呼ばれるのは、もとを辿ればエラスムスに行き着くといわれる。デシデリウス・エラスムスは、一四六六年(一四六九年という説もあり)にロッテルダムで生まれた神学者、文献学者、思想家でユマニスト(人文主義者)である。日本では『愚神礼讃』の著者としてもっとも知られているだろう。

中略

エラスムスの思想はシンプルといえばシンプルである。エラスムスというと、カトリック教会の腐敗を球団したという側面がクローズアップされがちだが、決してそれがすべてではない。より本質的なところでは、人間と人の世のあらまほしきかたちを希求していた。エラスムスが理想として追い求めたものをいくつかのキーワードで挙げてみると、「自由
」「平和」「懸命」「穏健」「理性」「人間性」「美」といったものになろうか。くだくだしく説明するまでもなく、これらのキーワードをご覧いただいただけでエラスムスが追い求めたもののイメージが湧いてくるのではないだろうか。
エラスムスは自らの思想をよく物語に仮託した。たとえばそれは、友と談笑しながら森のなかをゆっくりと散策し、庭園の小さな別荘で穏やかに夕食をともにする、といった具合のものである。舞台は決して豪奢な宮殿にはならず、豪勢な晩餐会が開かれるといったこともない。どこまでも人間の身の丈にあった物語である。こうした物語は比喩的ながらエラスムスの思想の核心を表している。戦いがなく平和で、調和と静粛が支配する世界である。

中略

学校と通じて広がったエラスムスの思想
当時、エラスムスはオランダのみならずヨーロッパ中に知の巨人としてその名がとどろいていたという。だが、それもインテリ層においてだけであれば、影響力は限られたものでしかない。エラスムスの一般層への浸透はどうだったか。
エラスムスの一般層への影響を類推するにあたって、一つの材料になりそうなものがある。それは、礼儀や行動を説いた作法書である。当時、オランダでは生き方指南書として作法書の類が大変よく読まれていた。その解くところは相当に細かく、お辞儀のしかたから食事のマナー、会話のしぐさ、さらには性生活にいたるまで、懇切ていねいに説かれていた。

エラスムスもじつはこうした作法書を書いていて、そのいくつかは『エラスムス教育論』(二瓶社)として日本語でも刊行、紹介されている。

中略

こうした作法をエラスムスは単なる行儀として捉えていただけではない。作法は人間が内面に抱いている人間性の発露であり、したがって、よき魂の持ち主であるためには、よき作法を修得しなければならないとした。よき作法を行うことは、「神の似姿にもっとも近づく」ことだとしてキリスト教徒の義務だと考えたのである。

また、作法は共同生活を維持するための大切な規範、周囲との無用のトラブルを引き起こさないためのルールであった。それは、ほんとうの意味で市民が主役となった史上初めての市民国家オランダが、個人の自由を尊びながらも社会の秩序を維持するという宿命的に背負った二律背反を両立させるために欠くべからざるものであった。作法書に書かれたことは個別具体的ではあったが、底流ではエラスムスの思想と分かちがたく結びついていたのである。

中略

エラスムスが『覚書』を出版してからは類書が続々と発刊されており、どうやら『覚書』は子どもの教育書の一種の皮切りとなったようである。

このころから上流市民たちは子どもに対する教育熱をヒートアップさせたという。その背景には、王侯貴族らが何世代にもわたって社会の支配層を占めたのに対して、上流市民にはいわば自分たちは成り上がり者だというコンプレックスがあったからだという。そのため、彼らが真に社会の上流としてふさわしい存在であるために、礼儀や作法は最低限身につけておかなければならないものと考えられたのである。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

意外なことである。
つまり、日本人は、民族的に無意識に作法にこだわる関係で、フェルメールの絵画を好むと解することができそうだ。



作法を社会常識の一部と受け止められない言論人は、自身の所作を振り返り、どういう階層が信者ないし読者であるのか、市場調査し直すべきと思う。

日本人が「フェルメールの絵画を嗜好」することは、民族的には「民度が高く、作法を大切にする、貴族趣味」であることを意味する。

作法を粗末にする言論人に政治や皇室、社会問題を語る資格は、多くの日本人がフェルメール嗜好であることを知れば、市場傾向的には「ない」と書いたら書き過ぎであろうか。

以上

テーマ : 情報の後ろにある真実 - ジャンル : 政治・経済

08:28  |  活動実践マニュアル  |  コメント(0)
 | HOME |  NEXT