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2018.02.24 (Sat)

東大卒の文系学者の劣化について

東大卒の文系学者はもっと出来が良いと思ってきたが、どうやら幻想だったようなので、読者の皆様と共有化すべく、出稿することとした。

政治的発言機会が多い中で、東大卒の文系学者で知っている人がいないかと聞かれれば、

山口二郎
西部邁
西尾幹二

の名が浮かぶ。

これまで、文系学者が抱える問題について、いろいろ指摘してきたが、日本の文系学者が抱える問題は、過去の分析などから、次の七項目に絞り込まれつつある。(私見)

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

①売名行為指向、ビジネス保守指向
②批判文しか書けず、現実の問題について提言するスキルがない
③国際的視野がない
④専門分野の研究が学術的でない
⑤職責上求められるレベルの、学術論文を書かない
⑥教官室にて私的政治活動したがる
⑦有するスキルを社会(保守陣営)のために使うという使命感が足りない

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

たとえば、現時点で最も劣化していると思われる、山口二郎については、②、③、④、⑤、⑥が該当していると考える。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

http://nihonnococoro.at.webry.info/201506/article_22.html

山口二郎は、今から20年くらい前のマスコミデビュー当時、加藤寛という名物教授とNHK番組にてテレビ討論したことがある。この番組での山口二郎は変だった。変だというより、加藤寛に対する質問攻めが目立った。討論番組なのだから、自説を言えばいいのに言わず加藤寛のあら探しをする意図が、視聴者の目から見ても明らかだった。

加藤寛の事を知らない方、こちらの動画をご覧いただきたい。

加藤寛先生: Take Off Rallyのスピーチ
https://www.youtube.com/watch?v=axhCdim2njc

学生にも政財界にも人気ある名物学者だったようである。

その加藤寛、山口二郎の意図がわかり堪忍袋の紐が切れたのか、茶目っ気たっぷりの雰囲気で、山口二郎に対し、質問返しを何度かするようになった。

すると、山口二郎の顔色、目つきが険しくなった。今まで、質問攻めにしてきた相手から質問され、逆上したのか、自分は加藤寛に質問される立場ではない、質問される謂れはない、という目つき、態度なのである。

何分、古い時代のことで、動画にて、ご紹介できないことは誠に残念であるが、私は、その時代から、山口二郎は、態度に問題があると、感じていた。
態度に問題があるのに、テレビに出演する機会が多いので、余計、気に障るのである。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||


山口二郎は、講義の劣化、専門性も疑われるレベルである。

―― 参考情報 ――――――――――

「譲歩」と「リスペクト」を混同して安倍総理を断罪する、哀れな政治学者について
http://yukokulog.blog129.fc2.com/blog-entry-2997.html

山口二郎教授の授業「アベ化する世界」の内容が明るみになり炎上!法政大学は学問と認めるのか?!
http://deliciousicecoffee.jp/blog-entry-6955.html

―――――――――――――――――

政治学者は、高卒でもなれそうな気がしてきた。

次は、西部邁。

この方は、政治に、社会に、日本に、そして自分に絶望して自裁を選んだ気がする。

人生に勝手に絶望した人に、「国民の道徳」を説く資格はあるのだろうか?啓蒙書を書く資格がこの人にそもそもあったのか?

西部邁は、団塊世代の保守層にとっては保守思想の精神的支柱みたいな存在だったが、中川八洋の「保守主義の哲学」、「正統の哲学、異端の思想」などの政治思想本を読むと、西部邁はやるべきだったことをせずに、生涯を終えた気がする。
中川八洋は、その著書にて、西欧保守主義思想に係わる重要文献について、未翻訳なものが結構あり、学問的に見落されているものがあるとしている。中川八洋のこの見解は、保守政治思想・哲学本を何冊も出してきた、保守系言論人への挑戦と私は解する。
たとえば、私は、保守主義者だと思ってはいない。その理由は、中川八洋の「保守主義の哲学」、「正統の哲学、異端の思想」に書かれている、保守主義政治思想の系譜とその概要について、学問的かつ体系的に完全に理解していないからである。
すなわち、中川八洋的論法に従うと、日本には、西洋的な学問的系譜を押さえている保守主義思想家も政治学者も厳密にはいないと解釈しうるのである。

なぜなら、中川八洋は、西欧社会をルーツとする保守主義思想について、学術的アプローチで体系的に把握、重要な未翻訳文献の存在を表明したからである。よって、「保守主義のー」、「保守のー」の類の本の大半が、学問的でなく、体系的でもなく、駄本の類だらけであるという見解に至るのである。(特に、中島岳志の本)

一方で、西部邁は、安倍首相を保守ではない、とかジャップとか罵ったことがある。

―― 参考情報 ――――――――――

西部邁氏「安倍は保守じゃない。私は保守という言葉を理解しようとしない人々に憤りを込めて『ジャップ』と呼んでます」
http://hosyusokuhou.jp/archives/48802360.html

―――――――――――――――――

中川八洋の本をきちんと読まれている人なら、学問的に体系的に保守政治思想を押さえていない?学者が安倍首相を保守ではない、保守という言葉を理解しない人々をジャップだと呼ぶ意味に気づいているはずだ。

少なくとも、私は、西部邁が学問的かつ体系的に「保守」政治思想について述べた方とは思っていない。学問の自由という立場に安住し、簡単に書けば済むことを、敢えて気取って難しく書いた人という印象である。こういう人こそ、ビジネス文書形式で文章を書く訓練を義務づけるべきだった。

よって、西部邁に欠けているものは、②、③、⑦となる。この中で、有するスキルを社会(保守陣営)のために使うという使命感が足りなかった点は問題視されるべきである。

勝手に自説を述べ、勝手に絶望し、勝手に……………………ということである。
西部邁が若い頃、有能な師に出会え、その師が渡部昇一の如く万人にわかりやすく、あるいはビジネス文書形式にて文章作成する訓練を受けていたら、その人生は違ったものになる気がしている。

続いて、西尾幹二。

西尾幹二については、①、②、⑦が該当しそうな気がしている。

―― 参考情報 ――――――――――

つくる会発足時点で起きたこと  「渡部昇一の少年日本史」刊行の意味
http://nihonshitanbou.blog.fc2.com/blog-entry-412.html

―――――――――――――――――

④と⑦の疑いもある。「国民の歴史」のあとがきを読んで、専門領域でも、思いついたことを思いついた順番で書きなぐっているとの疑いを持っている。

さて、中川八洋が、つい最近、古代史分野にも進出した。

―― 参考情報 ――――――――――

古代史に真実と日本を取り戻す 中川八洋
http://nakagawayatsuhiro.hatenablog.com/archive/category/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E5%8F%B2%E3%81%AB%E7%9C%9F%E5%AE%9F%E3%81%A8%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%82%92%E5%8F%96%E3%82%8A%E6%88%BB%E3%81%99

―――――――――――――――――

中川八洋は、大東亜戦争時代の本を書いたこともあるが、仮説的には面白いのだが、歴史検証的には今一つという印象があったが、古代史については、学術的スタンスで古代史学界に挑戦状を出した感じである。

さて、一般論的な見方となるが、いわゆる歴史学会と対峙、問題ある通説と対決する使命を担い、実行するのが、つくる会に係わった言論人だとばかり思ってきた。が、彼らはそうはせず、「国民のー」シリーズの刊行と歴史検定講座ビジネスの方が優先順位が高そうな感じである。

活動するのであるから、安定的な資金源が必要なことは言うまでもない。
ただ、西部邁のように、言論活動で儲けた金で息子にイタリアンレストランをまかせる?やり方は、いかがなものかと思う。文系学界における左翼支配が完成している状態で、勝ち目がない戦よりも、保守層をターゲットとした初心者ビジネスの方が旨みがあると判断してそうなった可能性もある。
むしろ、そのエネルギーを結集して、後世のために歴史学(研究スキル、史料検証、歴史論文の書き方)の本を編纂いただきたかったところである。

中川八洋が取り組んでいる、古代史問題の取り組みは、本来的には?つくる会関係者、特に「国民の歴史」の著者が取り組むべきテーマではないかと言いたくなるのである。

ちなみに、中川八洋の西尾幹二批判は止むことがない。

―― 参考情報 ――――――――――

西尾幹二の妄言狂史
http://nakagawayatsuhiro.hatenablog.com/archive/category/%E8%A5%BF%E5%B0%BE%E5%B9%B9%E4%BA%8C%E3%81%AE%E5%A6%84%E8%A8%80%E7%8B%82%E5%8F%B2

―――――――――――――――――

古代史の歴史学上の諸問題は、大平裕の著作を読めば大凡把握できる。本来は、つくる会発足時点で、役割を決めて取り組むべきだったテーマの一つだったような気がする。

共産主義国家の啓蒙本みたいなタイトルである、「国民のー」シリーズの刊行は、本当に必要なことだったのか?
有するスキルを社会(保守陣営)のために使うという使命感?がなさそうに見えることが、いささか気になるのである。

理系出身の中川八洋が、保守政治思想、皇室問題に続き、古代史の世界までも席捲しそうな状況で、東大出の保守系文系学者たちが、理系出身の中川八洋の後塵を拝し、束になってもかなわない?のは変だとしか言いようがない。

中川八洋が、西尾幹二をこてんぱんに批判する動機、それは、専門分野であるはずの政治思想において日本の政治学界として保守政治思想に係わる海外文献探索が不十分な点(中川八洋の見解)、(渡部昇一ほどの歴史書を書いていない人が、いきなり未完成レベルの)通史の歴史書を書いた行為に対し…………………………はと思った結果ではないか?

彼らには必要なスキルが………そして彼らはその立場においてそのスキルを………いささか疑問を持たざるを得ない。

最後に、文系学者の「国際通用性」について、拙ブログコメント常連の西さんの見解が参考となると考え、以下に全文転載させていただき、本稿を終える。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

http://sokokuwanihon.blog.fc2.com/blog-entry-879.html#comment1074

文系学問の「国際通用性」の問題

理系の学問は、元々「国際性」が強い為(個々の学者が独自に研究するものもあるとはいえ、西欧系に限らず、アラビア系、インド系の研究者が研究したものであっても、研究自体は理解はできるものが多いです)、優秀な「学者」が居れば、我が国の「国際競争力」の維持は出来るはずですが(明治、帝大時代に比べると水準は落ちているとはいえ、一定水準は保っています)、文系の学問は、一応、幾つか研究対象になりそうなものは存在していると言えども、国際通用性がありそうなものがほとんどないのではないか、と思います。

学問と言えば、江戸時代以前から、我が国にも「和算(算数)」、「語学(オランダ語など)」、「医学」、「宗教学(思想学)」などはあったのではないか、と思いますが、その時代に、いくつか「国際的に通用しそうな学問」を研究していた者はいたはずですが、明治以降の大学の研究活動や教育活動等を見ていると、理系と文系の一部(語学系など)を除いて、国際的な研究を行っている者が少なすぎるのは何故なのか?と思います。

学術書の蔵書量等を見ても、欧米圏の「キリスト教学(聖書)」や「ルネッサンス期の文化活動論」、「王政」などに比べると、我が国で相当する同分野の研究を行っている者が妙に少なく(平安(国風)、鎌倉(仏教、武家)、室町(東山)、江戸(化政、元禄)など、色々あるみたいですが、文化研究は、よく分からない所が多い)、西欧の文化を研究するのも構わないが、我が国の文化を発信していく必要も、これからの時代では必要になるはずなのに、それらの研究基盤すら無いようでは「絶望的状況」ではないか、と思います。

本来、学者の仕事は、「研究活動」を「社会」や「国際社会」に反映させることだと思うのですが、文系の場合、実績や業績の実態把握が不明(国内、国外含めて)で、どういう基準で研究活動を行っているのか(教員を雇っているのか)すらもよく分からず、どう考えても客観的な「データ」に現れるレベルでは無いという事です。

文系学問の国際通用性と見た場合で、「論文」以外にも、研究活動を行っている国際的学者の少なさの問題もある為、「スパイ防止学(軍事学)」を導入するにしても、「文系学問の基盤の脆弱さ」を改善しなければ、「国際的に通用するレベル」に持って行くのは難しいと思っています。

西 |  2018.02.19(月) 02:33 | URL |

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

以上

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テーマ : 保守主義 - ジャンル : 政治・経済

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Comment

戦後の知的劣化(特に東大文系)は急速すぎますね

戦前は、昭和前期辺りまでは、東大が特に文系学界のリーダー的存在だったと思いますが、戦後も東大が支配的存在ではありましたが、公職追放の痛手もあって、「保守系学者」は学界を追放された為、保守系の学者は「継承すべき学識」のようなものを絶滅寸前にまで追いやられたのではないかと思います。

ただ、一方で「左翼界隈(共産系知識人)」は、公職追放で「運良く(?)」学界に復帰したとはいえ、元々、西欧から輸入された新規の思想体系であった事と、戦前は特高や軍部の監視もあった為、彼ら共産主義者が共産系思想の研究にかけられる時間がほとんど取れなかった事に加え、研究母体となるソ連などの社会主義国が、年代を経る毎に「化けの皮」がはがれてきた事もあってか、その「主張」の「力」が弱まっていき、戦前世代あたりが消え去ってから(80年代後半、ソ連崩壊後)は、「知的劣化」も進んだため(団塊世代、学生運動世代辺りのセクト間の内ゲバなどで、理論派学者による体系化が困難になった為?)、思想の研究も行き詰った感じで、「夢遊病」のように彷徨い続ける「亡者」のような存在に成り果てているようです。

しかし、彼ら「左翼学者」らが公職復帰した後に破壊してきた「伝統」や「歴史」、「思想、精神」へのダメージは計り知れないでしょう。

理系学者の劣化も年々激しくはなっていますが、それでも文系に比べれば緩やかだと思います(実際、戦後世代にも、フィールズ賞、ノーベル賞受賞者など学術賞を受賞されてる学者が辛うじて存在している為)。

公職追放があったとはいえ、後継の育成に貢献された「理系学者」の先生方が居た事も大きいのだろうと思います。

ただ、文系に関しては、公職追放を考慮しても、戦前も「思想研究」のようなものが学術的に体系化していたかどうか怪しい所もありますが(戦前世代あたりは、あまり知りません)、戦後の文系劣化の激しさは、知的劣化(学問習慣の陳腐化)以外にも、そもそも「学問基盤」のようなものが無い為ではないか、と思っています。

そもそも、国際的に通じていた文系学者が何人いたのかもよく分からないですね(明治期の学者を除くと良く知りません)。

文系学界の牙城のようになっていた「東大(東京帝大)」ですら、この有様ですから、他の大学になると更によく分からなくなっていますね。

東大京大以外は正直分かりません。京大ですら、東大の亜流みたいなものでしたし(マルクス主義(唯物論)の科学的研究に関しては何故か東大より進んでいたようです。昭和研究会、唯物論研究会、学者では河上肇等が有名です)、他旧帝大の文系学者は皆無に近く、早稲田辺りは専門学校に過ぎず、ジャーナリストの育成は長けていましたが、学問研究を行う「学者」の育成では「東大、京大」に劣っていたと思います。

各学問分野で主要な研究を行ってきた「碩学」らしい人物がいるのであればまだ復活可能性はありそうですが、この状態であるとすれば、一旦「学術的体系化」の「作業能力」を「育成」するところから始めなければ、文系学者は、「アマチュア」の「お遊び」程度の事しかできない存在なのではないかと思います。


西 |  2018.02.25(日) 02:42 | URL |  【編集】

Re: 戦後の知的劣化(特に東大文系)は急速すぎますね

> 戦前は、昭和前期辺りまでは、東大が特に文系学界のリーダー的存在だったと思いますが、戦後も東大が支配的存在ではありましたが、公職追放の痛手もあって、「保守系学者」は学界を追放された為、保守系の学者は「継承すべき学識」のようなものを絶滅寸前にまで追いやられたのではないかと思います。
>
> ただ、一方で「左翼界隈(共産系知識人)」は、公職追放で「運良く(?)」学界に復帰したとはいえ、元々、西欧から輸入された新規の思想体系であった事と、戦前は特高や軍部の監視もあった為、彼ら共産主義者が共産系思想の研究にかけられる時間がほとんど取れなかった事に加え、研究母体となるソ連などの社会主義国が、年代を経る毎に「化けの皮」がはがれてきた事もあってか、その「主張」の「力」が弱まっていき、戦前世代あたりが消え去ってから(80年代後半、ソ連崩壊後)は、「知的劣化」も進んだため(団塊世代、学生運動世代辺りのセクト間の内ゲバなどで、理論派学者による体系化が困難になった為?)、思想の研究も行き詰った感じで、「夢遊病」のように彷徨い続ける「亡者」のような存在に成り果てているようです。
>
> しかし、彼ら「左翼学者」らが公職復帰した後に破壊してきた「伝統」や「歴史」、「思想、精神」へのダメージは計り知れないでしょう。
>
> 理系学者の劣化も年々激しくはなっていますが、それでも文系に比べれば緩やかだと思います(実際、戦後世代にも、フィールズ賞、ノーベル賞受賞者など学術賞を受賞されてる学者が辛うじて存在している為)。
>
> 公職追放があったとはいえ、後継の育成に貢献された「理系学者」の先生方が居た事も大きいのだろうと思います。
>
> ただ、文系に関しては、公職追放を考慮しても、戦前も「思想研究」のようなものが学術的に体系化していたかどうか怪しい所もありますが(戦前世代あたりは、あまり知りません)、戦後の文系劣化の激しさは、知的劣化(学問習慣の陳腐化)以外にも、そもそも「学問基盤」のようなものが無い為ではないか、と思っています。
>
> そもそも、国際的に通じていた文系学者が何人いたのかもよく分からないですね(明治期の学者を除くと良く知りません)。
>
> 文系学界の牙城のようになっていた「東大(東京帝大)」ですら、この有様ですから、他の大学になると更によく分からなくなっていますね。
>
> 東大京大以外は正直分かりません。京大ですら、東大の亜流みたいなものでしたし(マルクス主義(唯物論)の科学的研究に関しては何故か東大より進んでいたようです。昭和研究会、唯物論研究会、学者では河上肇等が有名です)、他旧帝大の文系学者は皆無に近く、早稲田辺りは専門学校に過ぎず、ジャーナリストの育成は長けていましたが、学問研究を行う「学者」の育成では「東大、京大」に劣っていたと思います。
>
> 各学問分野で主要な研究を行ってきた「碩学」らしい人物がいるのであればまだ復活可能性はありそうですが、この状態であるとすれば、一旦「学術的体系化」の「作業能力」を「育成」するところから始めなければ、文系学者は、「アマチュア」の「お遊び」程度の事しかできない存在なのではないかと思います。


戦前の文系学者も相当ひどいレベルだったという仮説を立てようとしております。
管理人 |  2018.02.25(日) 19:46 | URL |  【編集】

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