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2018.01.28 (Sun)

アメリカ外交が米中国交再開後に「ノーベル平和賞」を必要とした理由

20世紀のアメリカ、いや世界の外交的権威、キッシンジャーはノーベル平和賞を受賞したことでも知られている。

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http://www.y-history.net/appendix/wh1604-013_1.html

アメリカのニクソン、フォード政権の外交を担当。中国との関係を改善、1972年のニクソン訪中を実現させ、中東和平でも活躍した。

 1960年代後半~70年代前半のアメリカのニクソン政権・フォード政権で外交手腕を発揮した人物。ドイツにユダヤ系として生まれ、ナチスドイツ政権成立によって1938年、15歳でアメリカに亡命した。ハーバードに学び、戦後はアメリカ兵としてドイツに駐留した。復員後、政治学者となり、冷戦期の外交問題で鋭い分析を行って注目された。ジョンソン政権で国務省顧問となり、ニクソン政権では国家安全保障担当大統領補佐官となった。ベトナム戦争では積極的な侵攻策を立案するとともに、ひそかに終結の方向を探った。
忍者外交

 世界を驚かせたのは、1972年のニクソンの訪中と訪ソを演出したことで、その神出鬼没の活躍は「忍者外交」と言われた。1973年には米中和解などの功績によってノーベル平和賞を受賞した。73年から77年はフォード大統領のもとで国務長官を務める。フォード政権ではデタントを推進する一方、73年の第4次中東戦争以後の中東情勢に対しても、頻繁に中東諸国を訪問してアラブ・イスラエル間の調停にあたり、「シャトル外交」と言われたが、基本的なイスラエル支持(キッシンジャー自身がユダヤ系であった)、ソ連の影響力の排除というアメリカの中東政策の枠組みから抜け出すことは出来なかった。また、アラブ諸国を牽制するためにイランと接近し、パフレヴィー王政との関係を強めたことは、79年にイラン革命を誘発する原因をつくった。ラテンアメリカでは73年のチリ軍部クーデターでピノチェトにるアジェンデ政権の転覆を支援した。国務長官退任後も影響力を保っており、2007年には核廃絶の訴えの呼びかけ人となるなど、活躍している。

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アメリカのノーベル平和賞の受賞者は他にもいる。

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http://www.american-presidents.info/AT23.html

セオドア・ルーズベルト大統領
ウッドロウ・ウィルソン大統領
ジミー・カーター大統領
バラク・オバマ大統領
番外編 ケネディ大統領とノーベル賞受賞者達
番外編 アル・ゴア副大統領

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歴史に詳しい方なら、お飾りとして受賞した大統領、ご褒美として受賞した大統領の区別くらいはついていると思う。

ここで、キッシンジャーがあの時期にノーベル平和賞を「国家安全保障担当大統領補佐官」という立場で受賞した意味を考えなくてはならない。

受賞者は、役職上は、大統領補佐官に過ぎないのであるが、安全保障外交面では、世界支配層から大統領以上の権限を付与され行使した可能性はないのか?

馬淵睦夫は、「アメリカ大統領を操る黒幕」にて、ウッドロー・ウイルソン時代にもアメリカ大統領を操る黒幕が存在していたことを指摘している。

さらに、「悪の論理」(倉前盛通)にはこう書いてある。

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164頁

ニクソン、キッシンジャー路線で米中の接近がはかられたとき、キッシンジャーは、まさに敝履のようにチベット難民を見捨てた。その反面パレスチナ・ゲリラのように、アラブ産油国が背後に控え、手段をえらばぬテロを行使するグループへは、もみ手戦法に出ていた。キッシンジャーは、おとなしい仏教とには一片の同情も示さなかった、彼こそ、まさに力と策略の信者であり、悪党の見本である。

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「悪の論理で世界は動く」(奥山真司)によれば、ナチスは古典地政学を悪用し、そのノウハウがアメリカに継承されたとしている。ナチスは民族抹殺ないし力と策略による戦争外交を展開したが、ノウハウの源泉が古典地政学であったことに改めて驚かざるを得ない。

かように地政学は、「悪の論理」と称される性格を有する(今も継承され続ける)実学なのである。

上記二冊の指摘、そして受賞の時期などから、件のノーベル平和賞は、「チベット人権問題を無視し、米中国交再開を正当化、引き続き覇権外交を維持」する目的のために(世界支配層に操られた)アメリカ政府が欲したのではないかと推測するに至るのである。

以上

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08:33  |  アメリカ  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

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