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2017.06.28 (Wed)

なぜ彼らは「キリスト教禁教と弾圧」について強調するのか?

キリスト教の歴史に係わるテレビ番組の内容、最近相次ぐ、キリスト教関係施設の世界遺産登録について、必要以上に、キリスト教禁教と弾圧ばかり強調されることについて、私は訝しく思っている。

私の見立てはこうである。

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① キリスト教がもともと「弱者の宗教」という性格を持っている

② 布教政策上、どうしても隠蔽したい事実がある(ザビエルの異端審問への関与、日本人奴隷貿易、宣教師が植民地支配の尖兵だった実態)

③ 布教政策上、弾圧されたくさんの殉教者が発生したことにした方が、日本人に受け入れられやすいと考えた

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①については、ニーチェの著書「アンチクリスト」(邦訳は「キリスト教は邪教です」)に書いてある。キリストの弟子たちが、教義を時間をかけて細工、そう変質させたと読み取れる。聖書を読まれる方、聖書と同様の熱意を以て、ニーチェのこの本をお読みいただきたい。
キリスト教は邪教です



②については、埋もれている歴史書を読んでいる人ならば、知っていることである。ネットでも検索可能である。世界史の歴史書を読むこと、それは極論すると、キリスト教の負の歴史を知ることに例外なく繋がる。精緻な理論を駆使する教義を以て、偽善や悪と紙一重の世界と歴史的経緯があったことを知るのである。
そういう私でも、偽善や悪と無縁な、キリスト教関係の偉大な教育者を知っている。当時、私は、幼児だったが、その方ならではの尊厳な眼差し、そして厳かなな言葉を信じている。その方ならば、倫理的間違いはなさそうだという意味である。

③については、仮に私が新興宗教の教祖だったとしたら、同じ決断をするであろう、という意味において、動機的にキリスト教だけに限った話ではない。

これら三つは、仮説に過ぎないことなのであるが、もし、キリスト教の世界に(教義ではない)、「偽善」的な要素があると考えたらどうであろうか?

拙ブログのコメント投稿者「西」さんは「偽善」について、かく言及している。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

http://sokokuwanihon.blog.fc2.com/blog-entry-523.html#comment567

「偽善」を見破るには

「男女平等」、「平和主義」など、一見すると「正しい」ように思える標語ですが、それらの「内容」をよく見てみると、物凄く「抽象的」な概念であり、「結論」が「先走り過ぎ」ている為、結果として「それを達成する為にどんな政策を打ち出せば良いか」という事を「提言」できないという問題がありますね。

そもそも、人類社会の歴史は、悠久の時を超えて太古の昔から存在していますが、古代、中世、近世と、様々な政治的、社会的動乱が数多くあれど、それを乗り越えてきた「猛者」達がいたわけです。

その「猛者」達が、その時代において「何をしなければならなかったのか」という事を「真剣に」考えて来なければ、今の我々は絶対に存在しておらず、仮に存在していたとしても、朝鮮半島のように、異民族によって征服され、隷属民としての精神から抜け出せない(すなわち、独立主体としての国家を築けず、別の大国の属国として生きていくしかない)状態になっているか、大陸内部のように、個々人がバラバラの存在として、親族以外の者とのつながりのない、ひいては「社会とのつながり」が無い、混沌とした暗黒の世界(国家というものが存在しない)が広がっていたでしょう。

朝鮮半島や支那大陸に文化や文明、芸術などが少ない(一応、京劇のようなものはあるにはありますが、古代支那帝国の話ですし、現代の支那人と同民族かどうかも不明で、彼らがその精神を理解しているかどうかも分かりません)のも、その為ではないかと思っています。国民がバラバラか、隷属精神しか持っていないのですから、独自性を持った文明や文化、技術、芸術を築く事など不可能であったわけです。

近現代になって出現した「男女平等」等の概念に「哲学性」を感じないのも、やはりその概念の「稚拙さ」を物語っているのではないかと思います。

うわべだけを取り繕った「偽善」などは、その中身を精細に問われれば、確実にボロが出るわけです。

少なくとも、「男女平等」などという「偽善(稚拙な哲学モドキ)」で、人間の様々な哲学が終結した結果出来上がった、「神道」、古代から存続し、そして高貴な存在である「皇室」を汚すのは、絶対にご法度です。

稚拙な発想に基づく「偽善」を唱えるのではなく、その思想の「歴史的経緯」および「堅実な思考」と「発想」に基づく、「人間の本質」から考える「哲学」が、こうした解決困難な問題を突破する力になるのだろうと思います。

明治から昭和辺りまでは、保守由来の思想を持つ碩学、知識人らがまだ存在していましたが(井上毅、福澤諭吉、三島由紀夫など)、近年では、戦後教育の所為もありますが、保守の劣化も激しく、そこまでできる人材がほとんど存在しない(いたとしても中川八洋氏程度)のは、相当に懸念しなければならない事だと思いますね。

西 | 2017.06.25(日) 16:17

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||


私が、初めて「偽善」という言葉と行為を知ったのは、高校1年生の時代である。当時、大量に販売された、文庫本化された哲学書の言葉の中に、「偽善」という言葉があった。私は興味を持った。
そして、私が身近な人に偽善者がいたことを理解した。最初の「偽善者」は、テストの成績が各科ともクラスの5番以下であるにもかかわらず、授業中の態度、挙手、教師受けする声などのいわゆる態度点によって、通知箋において、ほぼオール5を獲得し、その同級生が、その「5」の数を以てクラスの1番であると言い続けたことであった。
その同級生、受験校に進学、最下位ランク状態が続き、高校3年の春、精神病を患い、受験戦争から脱落。私は、この同級生を批判することはなかったが、この同級生は何かにつけて私を公然と批判、敵視した。もちろん、事情を知る女の子たちは私の味方だった。

二番目に偽善者と評価した人物は、人前で道徳を語ることが好きな、ある団体関係者だった。
会合の場にて、「相互リンクしましょう」というので同意、私の方からリンクしたことをその人のブログで二度ほど投稿したが、反応がない。コメントが公開されず、無視された。私は裏切られたのであった。その時点で、会合にて集められた数千円の会費は、その人物と取り巻きの宿泊費等に流用されたと理解した。後日、とあるブログ記事をその人に丸ごとパクられたこともあった。
ただ、世の中、被害を受けたのは私だけではなかったようで、ネットで検索すると、いろんなちょろまかしをやっていることがわかった。ネットで取り沙汰されるその人物の事案、概ねそのとおりであろうと思う。進んで道徳を語る人の偽善の深さを見たのであった。

では、歴史上、最大の偽善者は、誰かということになるのだが、たまたま読んだ本に、そう解釈しうる記述がある。

その人は、その世界で聖人と呼ばれている。
しかし、知れば知るほど、本当にそうなのか?という疑問が湧く。
それゆえ、布教政策上、そういう部分があったことを知られないために、彼らは、禁教された、弾圧されたと語るのではないか。

そう語る前に、彼らは彼らの世界で、異端審問を口実に(無実かもしれない人々を)弾圧し処刑したではないか?
自分たちがしたことを隠蔽する?一方で、自分たちがされたことのみを針小棒大に彼らは叫んでいるだけではないか?
私はそう見ていることを指摘し、本稿を終える。



以下は、参考文献からの転載

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

「隠れユダヤ教徒と隠れキリシタン」小岸昭


67~78頁

ローマのペトロ・コダチオおよびイグナチオ・デ・ロヨラ宛の一五四〇年一〇二二日付書簡の中で、ザビエルは次のように書いている。
「私たちはこの国の宗教裁判所長官で、国王の兄弟であるドン・エンリケ王子から宗教裁判所に留置されている人たちの世話をするように幾度も頼まれました。それで刑務所を毎日訪れ、主なる神が彼らの救いのために留置して恩恵を与えてくださっているのだと、彼ら自身が納得できるように話しています。そこでは毎日全員を集めて説教をしていますし、第一週の霊操で、彼らは霊的に大いに進歩しつつあります。衆人たちの多くは、主なる神が自分たちの霊界を救うのに、必要な多くのことを学ぶ機会を与えるというおおきな恩恵を施してくださったと言っています。」

右の書簡は、一五四〇年九月二六日、リスボンで初めて挙行された「荘重な火炙りの刑(アウトダフェ)の後に書かれたものだった。ザビエルはしかし、人間が生きたまま焼き殺されるというこの野蛮な宗教ショーの主催者側に身を寄せていたにもかかわらず、囚人たちの「霊魂の救い」や主なる神の「恩恵」についてしか述べていないのである。

ところで、このジョルジュ・メンデスの告発者デイオゴ・デ・モンテネグロは、ザビエルが出会った囚人の中でも「極悪人」だったと言われている。スペインの異端審問所に異端者として収監されていたモンテネグロは、スペインを脱出してアフリカに逃げ、ついでリスボンに現れ、逮捕されたのはリスボンのマラーノの家を訪ねようとする矢先だった。この悪名高い「極悪人」は、「札つきの罪人」であり、「恥知らずな悪人」にして「嘘つき」であり。さらに、「魔術師」「手相見」「占い師」「予言者」であり、女性を恋に陥らせる「魔力の持ち主」であり、また「堕胎の術」をも心得ていたという。そしてモンテネグロは何よりもリスボンの隠れユダヤ教徒たちの「告発者」とされていた。もちろんイエズス会士ゲオルク・シュールハンマーの研究には、リズボンにおける「闘う教会イエズス会」の尖兵ザビエルの行動に不利なことは一切書かれていないのだが、このような「罪人」処刑に立ち会うザビエルがポルトガル・カトリックの残酷な恐怖政治に深くかかわっていたことは、疑いない。

一五四〇年九月二六日、ついにポルトガル異端審問所最初の火炙りの刑が執行される日がやってくる。「それは、この時代ポルトガルで挙行された最も荘重な行事だった」とシュールハンマーは記している。リスボン市やその近郊から大群衆が、この珍しい見せ物を見るために集まって来る。国王、高位聖職者、そして市の貴族たちのほとんどすべてが顔をそろえている。午前六時から七時にかけて、審問官および聖職者が、大勢の貴族と貴顕紳士に伴われて徒歩でやって来る。その行列の前に、十字架が掲げられているが、これは、アルファマ地区南西のミセリコルデイアから、すでに火刑台がしつらえられているリベイラ広場まで運ばれてきたものだった。ぎっしり詰まった群衆をかき分けて、行列がやって来る。市警察と神聖裁判所の役人に伴われて、囚人たちが到着。男性九名、女性一四名の計二三名である。これら囚人たちは全員手に火をともした蝋燭を持っている。その中には、二年の懲役刑を言い渡されたジョアン・ゴメスが、終身刑を宣告されたジョルジェ・メンデスが、懲役二年を求刑されたマラーノ女性イサベル・ヌネスとその二人の娘が、そしてその後に、火炙りの刑に処せられる二人の囚人、すなわちフランス人聖職者とかのデイオゴ・デ・モンテネグロがいた。

じつはこの時、フランシスコ・ザビエルと彼の同僚ロドリゲスは、大審問官ドン・エンリケに、最後の瞬間までこの二人の死刑囚につきそうように言われていた。したがって、ザビエルhじゃ、「極悪人」デイオゴ・デ・モンテネグロの死に至るまでこの哀れなユダヤ人の姿を、誰よりも近くから見つめていたのである。異端審問所の報告によれば、モンテネグロは、「国王の命令により、大いなる異端者として、また神聖なる信仰の敵として焼かれた」のだった。彼は目の前に突きつけられた十字架を見上げることを拒否したまま、やがて呪わしい炎の中に包まれていったという。

この忌まわしいショーの後、「モンテネグロは無実であり、虚偽の密告によって有罪にされたのだという新キリスト教徒『マラーノ』が多かった」と書いているシエールハンマーのさりげない注釈の一行を、私たちはどのように解釈すればよいのだろうか。

中略

漁夫海岸に赴いてから八か月後、ザビエルはどんなに勧めても、またどんな方法を使っても、主なる神の御もとへ行こうとはしないパラヴァスの頑迷さに気づき、業を煮やす。そして真珠採取民の新生児たちが受洗しないまま次々に死んでゆくのを見るにつけて、彼は「せめて洗礼を受けてから死んでゆく幼児たちだけでも、天国へ行ってもらいたいものです」」と願わずにはおわれない。

一五四四年八月一日付けブニカレのフランシスコ・マンシラス宛書簡に言われているように、ザビエルは今回もコモリン岬に至る漁夫海岸の心痛む道を歩く。その時彼は、「ある者は食べる物がなく、他の者は年老いて歩むことができず、ある者は死に、旅路で分娩する夫婦」などの哀れな情景を見て、「この世の最大の苦痛を感じ」ざるを得ない。しかも一五三六年に大改宗が政治的な取引によって行われた「信者の村」に行ってみれば、実際は信仰不在の惨憺たる状態だった。「ここはひどい不毛の地で、極貧そのものの状態なので、ポルトガル人は済んでいません。この地の信者たちは、信仰について彼らを教え導く人がいないために、信者であるというだけで何も知っていません」。

つまり、大改宗の際「キリスト教徒」になったはずのパラヴァスは相変わらず元のヒンドゥー教の生活を続けていたのである。こうしたインド各地の個々の体験は、一五四九年一月一二日付イグナチオ・デ・ロヨラ神父宛書簡に言われているように、「私が今までにあったこの地のインド人は、イスラム教徒に対しても異教徒にしても、きわめて無知です」という結論に至る。
こうした結論にも見られるように、ザビエルが布教対象にしている人々を彼らの立場に立って客観的に観察しようとする視点は、全く認められない。例えば、ザビエルの時代にもみられたはずの、コモリン岬の突端に立ち、荘厳な朝日に向かって合掌するヒンドゥー教徒たちの敬虔な祈りの光景といった、他民族独自の風俗や習慣に関する記述は一切ない。ザビエルのこのような他民族や異教徒に対する理解の欠落から、どのような制度的要求が出てくるだろうか。このような問いをもって書簡をひもといてゆけば、一般に「聖人」として仰がれているサビエルの裏側が見えてくるだろう。
とりわけ漁夫海岸における布教活動の厚い壁に突き当たったザビエルは、次のように自らの苦衷を漏らしている。

「信者たちに悪事をしようとする人びとは、私に対しても悪事をたくらむ者です。私にとって生きているのは苦痛であり、神の教えと信仰を証すために死ぬ方がましであると思います。」

「信者たちに悪事をしようとする人びと」が布教の障害になっているというザビエルの認識は、そうした人々を排斥すれば布教活動が円滑に行われるはずだという見通しに繋がってゆくだろう。したがって、「神の教えと信仰を証するために死ぬほうがましである」というザビエルにとってその絶望を救い得るのは、たとえ無意識的にではあれ、「信者たちに悪事をしようとする人びと」に死を、という原理をおいてほかなにない。このような恐怖政治と境を接した原理は、ザビエルがリスボン異端審問所での「聖務」を通して体得したものではなかっただろうか。

一五四六年五月一六日付ジョアン三世宛書簡の中で、ザビエルは布教の障害になっている「悪事をしようとする人びと」を次のように特定してゆく。
「インド地方では説教者が足りないために、私たちポルトガル人のあいだでさえも、キシルトの聖なる信仰が失われつつあります。……(その原因は要塞のポルトガル人が)未信者たちと絶えず商取引をしているために信仰が薄く、贖い主、救い主であるキリストへの信仰よりも、しばしば物質的な利益のみを念頭においているからでございます。」

ここで言われている「ポルトガル人」からは、信仰のために異教徒を拷問にかけ火炙りにすることに手を貸すカトリックの聖職者も、また祖国のために原住民や異教徒を虐殺する軍人も除外されている。
ザビエルは、カトリックのロゴス中心主義とほとんど無意識的な権威主義から、右の説教者派遣の要求に、次のような驚くべき要求を続けているのである。

このザビエルの提言から一四年後に、ゴアに異端審問所が活動を開始する。そして、一五七一年ゴア異端審問官に任命されたバルトルメウ・デ・フォンセカは、改宗ユダヤ人「マラーノ」を「神を殺す者」と呼び、狂信的なマラーノ摘発を行って、実際「ゴアを火で満たし、異端者と背教者の死体から出た灰でいっぱいにした」のである。

例えば、一五七八年だけでも、今は整地されて花咲き匂う公園になっているオールド・ゴアのス・カセドラル前にあった異端審問所の広場で(そこから道を一本隔てたボム・ジェズ教会には、聖フランシスコ・ザビエルの遺体が現在も安置されている)、一七人が生きたまま火炙りに処せられた。この時、全員が「ユダヤ教を信仰した異端者」として断罪されたのである。こうしたカトリック国ポルトガルの恐怖政治の歴史を振り返ってみれば、私たち日本人も現オールド・ゴア博物館館長P・Pシロトゥカーの次のような言葉をどう受け止めるべきかという態度決定を迫られているように思われる。
「今日、後年聖人として列聖されることになったザビエルは、いかに多くの人々の苦しみと残酷な死の原因となる非人間的な提言を行ったかは、想像を絶する。……ナチによる恐怖の蛮行を凌ぐ異端審問所の犯罪行為についてはもっと調査研究が行われてしかるべきである。」

キリスト教の教えを広めるため中国に向かおうとするザビエルの最晩年、ヴァスコ・ダ・ガマの息子でマラッカの海軍総司令官のアルヴァロ・デ・アタイデ・デ・ガマとの確執があった。アタイデは、胡椒貿易の権利にからんで、使節船の中国渡航に反対し、教皇使節ザビエルの中国布教という大計画の前にたちはだかったのである。アタイデとのあらゆる交渉に行き詰まったザビエルは、ついに伝家の宝刀を抜き、人格権の剥奪と同時に、あらゆるポルトガル領からの永久追放という重罰を意味する「破門制裁」をアタイデに突きつけた。絶筆となった一五五二年一一月一三付の書簡は、そうした激しいアタイデ攻撃の言葉で埋め尽くされている。ゴヤはザビエルのこのような絶望的な状況を知っていたかのように、「悲惨と憂愁にとざされた」臨終のザビエルを描いているのである。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

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テーマ : 日本を正常な国に戻したい - ジャンル : 政治・経済

20:15  |  社会認識  |  トラックバック(0)  |  コメント(4)

Comment

キリスト教の矛盾

キリスト教は、確かに多くの文化や芸術、技術、および学問を生み出し、それらを発達させてきたという「素晴らしい」側面はありますが、その一方で、何故「奴隷制度」が存在していたり、中世の魔女狩り、異端裁判、植民地支配(侵略、虐殺、強制改宗)、宗教戦争の多発など、蛮族による人間狩りを除けば、地上で最も「血なまぐさい」宗教であるというのもまた事実だと思います。

そもそもキリスト教の信仰する救世主である「イエス」は、「血」を流す事を望んではおらず、世の平定と人類を救い、神の元へ導くための求道者であり、自ら人類の罪を償い、赦す為に、その人柱となって、「正しい道」へと導こうとした者のはずです。

しかし、実態は「イエス」が望んだ世界とはまるで逆であり、争いにばかり感ける宗教と成り果てた。

何故、キリスト教徒がここまで「血」が流さなければならなかったのか。

その原因の大きなところは、やはりキリスト教の教義にあるように思いますね。教義が、どこかで歪められているとしか思えません。

ただ、その歪められた教義が何なのか、というところまでは我々にはとても分かりません。正直、これらの問題というのは、我々の想像するよりも遥かに大きな次元の問題なのだろうと思っています。

ニーチェが何か気付いている可能性は十分高いと思いますが、ニーチェ自身が、キリスト教のどの教義に「欠陥」があるという事を「知った」のかということまでは分かりません。

本来は救われない運命にある弱者を救済ようとし、罪人には罪を告白させる事で、洗礼を行い、赦しを与える宗教であるはずなのに、実態はむしろ真逆というのは、相当おかしいわけで、やはりキリスト教の「矛盾」というのが、どこかで生じていなければ、これら一連の「偽善(加害者なのに被害者面をする事)」に対する説明がつかないのも、むべなるかなと思いますね。
西 |  2017.06.30(金) 00:03 | URL |  【編集】

Re: キリスト教の矛盾

> キリスト教は、確かに多くの文化や芸術、技術、および学問を生み出し、それらを発達させてきたという「素晴らしい」側面はありますが、その一方で、何故「奴隷制度」が存在していたり、中世の魔女狩り、異端裁判、植民地支配(侵略、虐殺、強制改宗)、宗教戦争の多発など、蛮族による人間狩りを除けば、地上で最も「血なまぐさい」宗教であるというのもまた事実だと思います。
>
> そもそもキリスト教の信仰する救世主である「イエス」は、「血」を流す事を望んではおらず、世の平定と人類を救い、神の元へ導くための求道者であり、自ら人類の罪を償い、赦す為に、その人柱となって、「正しい道」へと導こうとした者のはずです。
>
> しかし、実態は「イエス」が望んだ世界とはまるで逆であり、争いにばかり感ける宗教と成り果てた。
>
> 何故、キリスト教徒がここまで「血」が流さなければならなかったのか。
>
> その原因の大きなところは、やはりキリスト教の教義にあるように思いますね。教義が、どこかで歪められているとしか思えません。
>
> ただ、その歪められた教義が何なのか、というところまでは我々にはとても分かりません。正直、これらの問題というのは、我々の想像するよりも遥かに大きな次元の問題なのだろうと思っています。
>
> ニーチェが何か気付いている可能性は十分高いと思いますが、ニーチェ自身が、キリスト教のどの教義に「欠陥」があるという事を「知った」のかということまでは分かりません。
>
> 本来は救われない運命にある弱者を救済ようとし、罪人には罪を告白させる事で、洗礼を行い、赦しを与える宗教であるはずなのに、実態はむしろ真逆というのは、相当おかしいわけで、やはりキリスト教の「矛盾」というのが、どこかで生じていなければ、これら一連の「偽善(加害者なのに被害者面をする事)」に対する説明がつかないのも、むべなるかなと思いますね。

「イエス」について論じると、信者との間で宗教論争になってしまうため、本稿ではそれを避けました。
批判をザビエルに限定した理由はそこにあります。ザビエルは宗教者で聖人であるべきなのか?
管理人 |  2017.06.30(金) 05:25 | URL |  【編集】

久しぶりにコメントさせて頂きます。祖国創生さんの記事はどれも長文で専門的で読みごたえはあるのですが、ちょっと根気がいります。

それでこの記事もざっと目を通した程度で精読はしておりませんが、
結論から言えば「宗教はアヘンだ」と思います。このマルクスの言葉は至言だと思いますね。

もちろん私は共産主義者ではないし、ロス茶の支援を受けて構築した被害妄想恨みの思想など噴飯もののインチキ捏造理論だと断罪します。

キリスト教の堕落はユダヤ人に入り込まれた事が原因でしょう。それもアシュケナジームに乗っ取られてしまった事が大きいと思います。

ですから今の法王庁も欧州の王族達も資本家達も皆アシュケナジームが乗っ取っていますね。やってる事をみれば歴然です。

白い朝鮮人たるハザール人、アシュケナジー系ユダヤ人の悪辣さたるや悪魔の所業です。

本来のキリストの教えはまともだったとは思いますが、一神教という体質から代を経れば独善・独裁色を強めただろうと思います

共産主義を生み出したのもアシュケナジー系ユダヤ人、キリスト教を牛耳り操っているのもそう、世界の王族達の血も乗っ取られているそうですね。

今や日本の皇室が東洋のユダヤ人達を使って乗っ取られようとしています。

2000年間で殺戮した人数が2億とか正に共産主義と体質は同じですね。作った連中が同じだからそうなるでしょう。

結局の所、キリスト教なんて世界支配の為、人々を奴隷化する為の悪魔の道具です。

創価学会とか、同じ日蓮宗の顕正会も独裁体制で日本乗っ取りを目論んでいますね。反安倍で自分達の教えが国教にならなければならないと言って創始者を狂信的に盲信している団体も危険です。
仏教もこうなると危険です。

この様にキリスト教であれ仏教であれ、新興宗教であれ、特定の個人を崇め奉る体質の宗教は人間の思考を固定化させ奴隷化するにはもってこいのツールです。

私の経験上「宗教はアヘンであり超危険な奴隷製造装置だ」と言えます。

やまと路 |  2017.06.30(金) 15:59 | URL |  【編集】

Re: タイトルなし

> 久しぶりにコメントさせて頂きます。祖国創生さんの記事はどれも長文で専門的で読みごたえはあるのですが、ちょっと根気がいります。
>
> それでこの記事もざっと目を通した程度で精読はしておりませんが、
> 結論から言えば「宗教はアヘンだ」と思います。このマルクスの言葉は至言だと思いますね。
>
> もちろん私は共産主義者ではないし、ロス茶の支援を受けて構築した被害妄想恨みの思想など噴飯もののインチキ捏造理論だと断罪します。
>
> キリスト教の堕落はユダヤ人に入り込まれた事が原因でしょう。それもアシュケナジームに乗っ取られてしまった事が大きいと思います。
>
> ですから今の法王庁も欧州の王族達も資本家達も皆アシュケナジームが乗っ取っていますね。やってる事をみれば歴然です。
>
> 白い朝鮮人たるハザール人、アシュケナジー系ユダヤ人の悪辣さたるや悪魔の所業です。
>
> 本来のキリストの教えはまともだったとは思いますが、一神教という体質から代を経れば独善・独裁色を強めただろうと思います
>
> 共産主義を生み出したのもアシュケナジー系ユダヤ人、キリスト教を牛耳り操っているのもそう、世界の王族達の血も乗っ取られているそうですね。
>
> 今や日本の皇室が東洋のユダヤ人達を使って乗っ取られようとしています。
>
> 2000年間で殺戮した人数が2億とか正に共産主義と体質は同じですね。作った連中が同じだからそうなるでしょう。
>
> 結局の所、キリスト教なんて世界支配の為、人々を奴隷化する為の悪魔の道具です。
>
> 創価学会とか、同じ日蓮宗の顕正会も独裁体制で日本乗っ取りを目論んでいますね。反安倍で自分達の教えが国教にならなければならないと言って創始者を狂信的に盲信している団体も危険です。
> 仏教もこうなると危険です。
>
> この様にキリスト教であれ仏教であれ、新興宗教であれ、特定の個人を崇め奉る体質の宗教は人間の思考を固定化させ奴隷化するにはもってこいのツールです。
>
> 私の経験上「宗教はアヘンであり超危険な奴隷製造装置だ」と言えます。



コメントありがとうございます。
原稿は、テーマを決め着手した時点で、今回は、短く、平易にしよう、と考えて構想練るのですが、いつもご指摘のような結果になってしまいます。
専門性については、市井の一般人が書いたものに過ぎませんが、それなりの水準のオリジナルのものにしたいという気持ちがあり、結果、専門性を意識したものになってしまうのかもしれません。


> 私の経験上「宗教はアヘンであり超危険な奴隷製造装置だ」と言えます。

コメントいただいた一文、イスラム国、自爆攻撃の例を含め、おそらくそういう実態なのではないかと言わざるを得ません。

同時に、我々世代が子育てにおいて避けてきた、神仏との係わり
言い換えますと、普通の日本人としての神道信者とのあり方について
彼らにしてやられないために、次の世代のために、如何に防備すべきか
宮中祭祀を疎かにして平然としている皇族の方々の実態からて、思慮せざるを得ません。
管理人 |  2017.06.30(金) 18:15 | URL |  【編集】

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