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2017.06.23 (Fri)

最終的には「独立自尊」の言論人を目指すべきだ

世知辛い世の中、保守・左翼問わず、原稿収入、番組出演料、講演収入、印税、寄付呼びかけ等、蓄財に走る言論人が多いなかで、渡部昇一先生は別格の存在であったようだ。

で、一般の言論人の実力はどうかというと、特に中川八洋が書いた本を熟読されている方は知っていることであるが、言論人の相当数が、素晴らしい肩書のわりに、実力が伴っていないようである。

ただ、ここでは、言論人個体の実力の程度まで示すつもりはない。

実力がない、言い換えると結果を出せない言論人を見分ける方法は簡単だ。その人なりの言論活動上の専門領域があるか、表現スタイル的に独自性があるか、ビジネス文書形式でオリジナルでの提言が含まれるか、初心者対象本だらけでないか、批判文だらけでないか、感情論で結論を急ぎ過ぎていないか、寄付を求めたり本を買えという話だらけでないか、肩書を抜きにしても内容に十分参考になる点があるか、などである。

話題を変えたい。

私は、ある言論人の、左程有名でないサイトを訪問するようにしている。
加瀬英明、ネット的には超有名人というほどではないが、歴史認識問題に詳しい方なら、また、ストークスという英国人ジャーナリストの本を読んでいる人なら知っている名前である。

―― 参考情報 ――――――――――

渡部昇一先生を野辺へ送って
http://www.kase-hideaki.co.jp/magbbs/magbbs.cgi

―――――――――――――――――

ここに掲載される情報、私にとっては、普段知り得ない「ナマ」の情報が書かれる。
加瀬英明は、例によって淡々とした筆致でそれを表現する。
今回は、先般逝去された渡部昇一先生のことが書いてあった。

渡部昇一先生の私生活での交流、普段のちょっとした心遣いが書いてある。
聞くところによると、加瀬英明が知る、渡部昇一先生は、「先生は江戸の粋を身につけられていた。和服姿が似合われた。ときおり馴染みの洋食や、和食の食堂に誘って下さったが、そのつど帰る時に、店主に小さな祝儀袋に入れた心付けを、渡された。」とある。

馴染みの料亭が何軒かあるのは、有名人なので当然だとして、帰り際に、御礼の意味を兼ねて祝儀袋を渡す、普通の人にはマネできない。

私ができるのは、ここだと決めた店に、それなりの頻度で足繁く通い、美味しそうにペロリと食べ、帰り際に素直に「御馳走ざまでした」と言うことくらいである。

それだけではない。加瀬英明によると、さらに凄いことが書いてある。
私があっ!と驚いた箇所を転載させていただく。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

http://www.kase-hideaki.co.jp/magbbs/magbbs.cgi

いまから18年前に、先生は私との対談本『立て! 日本』(高木書房)のあとがきで、こう書いて下さった。

 「加瀬さんは私より年下だが、ジャーナリズムに登場されたのは、私よりもずっと早い。そしてユニークなのは就職先を示す肩書きがないことである。外交や政治や歴史の評論をする人は、たいてい大学で教えているとか、いたとか、新聞記者だとか、だったとか、何かしら給料をもらう仕事についている人、あるいはついていた人が多い。しかし、私の知る限り、加瀬さんは大学教授とか助教授とかの肩書きをつけたことがない。(略)」

 「大学であれ、新聞社であれ、研究所であれ、役所であれ、そこに勤めることは給料をもらう。給料のみで生きる人を、英語ではデペンデントであるといい、左翼的用語で言えばプロレタリアートである。これと反対に、どこかに勤めるという形で自分の労働(知的労働であれ、肉体的労働であれ)を売る必要のない人は、有産階級、英語で言えばインデペンデントな人ということになる。よき時代のイギリスには、こういうインデペンデントな思想家・著述家が、たくさんいた。

 独立自尊の活動

 われわれが知っている19世紀から20世紀にかけての有名なイギリスの著述家・思想家の名前をあげると、そこに大学教授の肩書きのある人がほとんど一人も見つからないことに気付く。(略)こういう人が多くいたことが、イギリス文明の世紀を作ったと言える。インデペンデントな身分で学問し著作する人を――詩や小説の分野は別であるが――ジェントルマン・スカラーと言う。インデペンデントだから、インデペンデント(独立自尊)な知的活動ができる。この意味で加瀬さんは現在日本では、ほとんど唯一人のジェントルマン・スカラーであると言えるかも知れない。(略)

 加瀬さんは極めて豊かな人脈、情報源を国の内外に持ち、またよく勉強し続けてこられて、その思考は常にインデペンデントであった。時流におもねることなく、信ずることを述べてこられたように見える。長い言論人としての生活において、加瀬さんが取り消さなければならない過去の発言は、おそらく皆無であろう。(略)」

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

さて、英国の新聞で「The Independent」という高級紙がある。

インデペンデント
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%9A%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%B3%E3%83%88

経営難故、紙媒体ではなくなったそうだ。
「The Independent」は、新聞社の心意気を示すのにふさわしい言葉だと思う。日本の新聞社に、そんな気概がある社は何社あるだろうか。

同様に、それは、日本の言論人についても当てはまる。

言論界は寄付を求める言論人で溢れている。不思議なことに、彼らは、寄付の交換条件として、目に見える結果を出すことを公約としてはいない。立場上、どんなに辛くても逃げられない仕事が世の中には、たくさんあることを知っていれば、結果を出さないで寄付を求め続けようとする発想は甘いと言わざるを得ない。デモや街宣やるならそれなりのカネがかかるのはわかる。

ところが、渡部昇一先生は、金をくれという立場でなかったようだ。加瀬英明の記述から、カネをばら撒く方に位置していたようなのだ。

渡部昇一先生の共著の相手(加瀬英明)を励ますような「書きぶり」、褒められた方はうれしい気持ちになる。渡部昇一先生は、分け隔てなく、温かい心を示す方だったようだ。

ここで、渡部昇一先生が、ブログの可能性について、以下に言及している、というか、私はそう解した箇所を再掲させていただく。

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「よき時代のイギリスには、こういうインデペンデントな思想家・著述家が、たくさんいた。(中略)われわれが知っている19世紀から20世紀にかけての有名なイギリスの著述家・思想家の名前をあげると、そこに大学教授の肩書きのある人がほとんど一人も見つからないことに気付く。(略)こういう人が多くいたことが、イギリス文明の世紀を作ったと言える。インデペンデントな身分で学問し著作する人を――詩や小説の分野は別であるが――ジェントルマン・スカラーと言う。インデペンデントだから、インデペンデント(独立自尊)な知的活動ができる。」

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今の日本はどうだろう。経済力はかつてほどではないにせよ、第二次安倍政権の下で、外交力が強化され、100年後の日本人は、この時代を素晴らしい時代だった、と評価するかもしれない。

あの時代、上智大学を受験・入学していれば、渡部昇一先生のところに弟子入りする機会は得られであろうこと、同時に、若い頃、渡部昇一先生だと気がつかずに、本や英語雑誌を読んできたような気がしている。

最後に、ここ数年間で渡部昇一先生の本は50冊くらいは読んだが、まだ読んでいない、特に専門の英語学関係の本には、老後の道標になるような意外なことがきっと書いてある、そう確信している。

以上











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