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2017.05.12 (Fri)

アメリカ国務省とGHQが神道を誤解したのか?それとも……

2、3日前から、神道研究者の1人、斎藤吉久の「天皇の祈りはなぜ簡略化されたか 宮中祭祀の危機」を読み始めた。意外なことが書いてある。

GHQ関係者は神道のことをよく理解しないうちに「神道指令」を出してしまったことがわかったので、その問題を共有化、問題提起の位置づけで出稿することとした。

斎藤吉久は、メルマガにて、アメリカ政府の、軍国主義と国家神道が一体化説には、誤解があるとしている。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

http://melma.com/backnumber_196625_5809918/
vol.20「殉国者は靖國神社に祀らるべし」

ポツダム宣言は「軍国主義」が世界から駆逐されるべきことを謳い、日本はこれを受け入れました。けれども、靖国神社は存続しました。「軍国主義」ではないから、と考えざるを得ません。

 ただし、アメリカが何をもって「国家神道」と考えたのか、なぜ靖国神社がその中心施設だという誤解をしたのか、はまだまだ学問的に解明されていません。靖国神社をめぐる混乱の第一の原因はそこにあります。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||


あるサイトにて、「国家神道」の定義そのものが為されていないという指摘がある。

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http://www.zb.em-net.ne.jp/~pheasants/kokkas.htm
国家神道

国家神道研究

国家神道というものの正体が分からないままに今日に至っている。その国家神道とは、あくまで昭和20年12月15日のGHQ神道指令にある国家神道である。つまりGHQの定義による。

ポツダム宣言・神道指令を経て日本国憲法第20条そして第89条が制定された。なかでも神道指令は国家神道というものを定義して国家行政と神道を厳格に分離させようとしたものである。

しかしこの国家神道なるものの正体はあいまいであり、国家の神社行政の中には、つまり神社関係法令のなかには神社は非宗教とするものしか見当たらない。むろん教義もない。法令をあげると次のようなものである。

明治15年   神官教導職の兼補廃止 (神官は非宗教家、府県社以下は別途)
明治33年   神社局設置        (神社非宗教、神社のみ担当)
昭和15年   神祇院官制        (神祇院の設置、神官職督励)
教義がなく法令上も国家神道を特定できるものがない状態で、国家神道という言葉のみが様々に用いられている。

葦津珍彦『国家神道とは何だったのか』は神道人としての見解であるが、一言でいえば国家神道なるものは神道の範囲内にはなかった、というものである。次の文章が簡潔にそれを表わしている。

帝国政府の官制上、神社神道-戦後の用語では国家神道-の最高機関である神祇院は、非宗教であるのみでなく、思想論争などには全く関与しない、非イデオロギーに徹していたといい得る。これが明治以来のいわゆる国家神道の真相である

では国家神道を定義したGHQ神道指令はどうだろうか。神道指令とは「国家神道、神社神道に対する政府の保証、支援、保全、監督並に弘布の廃止に関する件」というものである。

「神道の教理並に信仰を歪曲して日本国民を欺き侵略戦争へ誘導する為に意図された軍国主義並に過激なる国家主義的宣伝に利用するが如きことの再び起ることを防止する

ここでは神道の教理は明らかにされていない。ただ次の文言は少し具体的に述べている。

「「軍国主義的」乃至過激なる国家主義的「イデオロギー」なる語は日本の支配を以下に掲ぐる理由のもとに他国民乃至他国民族に及ぼさんとする日本の使命を擁護し或は正当化する教へ、信仰、理論を包含するものである」

日本の天皇はその家系、血統或は特殊なる起源の故に他国の元首に優るとする主義
日本の国民はその家系、血統或は特殊なる起源の故に他国民に優るとする主義
日本の諸島は神に起源を発するが故に或は特殊なる起源を有するが故に他国に優るとする主義
ここにある「主義」が国家神道の思想ということだろう。しかし特殊なる起源という古伝説は、古い国ならどの国にもあって不思議はない。そしてこれらがなぜ「過激なる国家主義的イデオロギー」となったのかは説明されていない。

このGHQ神道指令にある国家神道を、事実に基づいて定義をした著作は見当たらない。国家神道についての著作で代表的なものは前述の葦津珍彦『国家神道とは何だったのか』と村上重良『国家神道』である。

あとはこの二冊の系統本かこれらに対する批判本しか見つけられない。そして国家神道の正体を、事実に基づいて明確に説明できた著作は一冊も存在しないと断定し得る。

村上重良『国家神道』に次の文章がある。

「国家神道は、近代天皇制の国家権力の宗教的基礎であり、国家神道の教義は、帝国憲法と教育勅語によって完成した」

伊藤博文『憲法義解』のどこを読んでも、国家神道の教義をもとに帝国憲法が制定されたとは書いていない。また教育勅語は徳育に関する明治天皇のお言葉であって、草案作成者井上毅のいわゆる起草七原則にも国家神道の教義は出てこない。

そして少なくとも大日本帝国憲法や教育勅語の制定された明治22・23年までに、国家神道の教義があったとする事実に基づく著作は発表されていない。

「ファシズムの時期における国家神道の軍事的侵略的教義の展開は、国家神道の本質の顕在化であった」

しかしながら国家神道の軍事的侵略的教義について、その所在は示されていない。民間の思想家に軍事的侵略的教義を語る者はいたかもしれなが、それと国家とは関係ない。また神道と軍事的侵略的教義の関係も見出せない。村上重良『国家神道』は事実に基づかない言説に満ちている。

だがたしかに文部省『国体の本義』には現御神(明神)・現人神としての天皇が述べられていた。この神がかり的な文章は、ではどう解読すれば良いのだろうか。

明治維新から終戦までの我が国の神社行政を研究した著作はあるが、GHQ神道指令にいう国家神道の研究とは違うようである。いわば我が国の近現代神社行政史ともいうべきものである。

国家神道という項目はあっても、ここから神道指令の国家神道を解明することにはどの著作も成功していない。また葦津珍彦や村上重良らの著作を批判したものも出版されているが、論を論じたものがほとんどで、神道指令にいう国家神道の正体は一向に明らかにされていない。

そして我が国では日本国憲法第20条と第89条を政教分離条項などとして不毛な議論をしているのが実態である。その基となった神道指令の国家神道を明らかにせずして、まともな議論ができるはずはない。一体なぜこれほど永く国家神道研究の成果があがらなかったのだろうか。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

「国家神道」の定義が為されていない状態での「神道指令」、道理的におかしいとしか言いようがない。

ここで、「天皇の祈りはなぜ簡略化されたか 宮中祭祀の危機」から、「国家神道」が誤解されたとする経緯がかいつまんで書いてある。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

74~75頁

アメリカは戦争中から「国家神道」を「軍国主義・超国家主義」の主要な源泉と誤解していたようです。「国家神道」は日本弱体化の標的とされ、アメリカ軍が東京に進駐して一カ月後。ヴィンセント国務省極東部長はラジオで占領政策についてアメリカ国民に説明し、「日本政府に指導され、強調された神道ならば廃止されるだろう」と述べました。二日後の朝日新聞はこれを「神道の特権廃止」と伝えるAP電を載せています。
この放送内容を事前に知らなかったらしいGHQが驚き、本国に照会すると、バーンズ国務長官は「国教としての神道、国家神道は廃されるだろう」と回答します。この回答がGHQ民間情報教育局(CIE)による神道指令起草の基点になったといわれます。(大原康男『神道指令の研究』原書房、一九九三年)。
昭和二十二年五月、日本国憲法が施行されます。「天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負う」(三条)、「天皇はこの憲法の定める国事に関する行為のみを行い、国政に関する機能を有しない」(四条)とされました。むろん祭祀は国事行為ではありません。
憲法施行に伴い、戦前の皇室祭祀令などが「廃止」されますが、前に書いたように、宮内府長官官房文書課長名の依頼通牒で「従前の例に準じて事務を処理すること」とされ、かろうじて祭祀の伝統は守られました。

一方、自分たちのトンチンカンに気づいたのか、占領後期になるとGHQは、「国家と宗教の分離」ではなくて、「国家と教会の分離」というゆるやかな分離主義に、神道吸指令の解釈を変更します。(ウイリアム・ウッダード「宗教と教育ー占領軍の政策と処置批判」=国際宗教研究所紀要4、昭和31年所収)

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||


著者の補足見解がメルマガで読める。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

http://melma.com/backnumber_196625_5809918/

 今年は神道指令六十年である。

 同指令は神社制度のみならず、日本人の宗教意識の根本的な変革を命じ、とりわけ靖國神社は存亡の淵に立たされた。それから六十年、同社への攻撃がやまない。


▽CIEの大勢は強硬

 昭和二十年八月十五日、昭和天皇はポツダム宣言の受諾と終戦をラヂオで国民に告げられた。九月二日、降伏文書調印。同十七日にはGHQが東京に移された。

 米国政府は戦時中から「国家神道」こそが「軍国主義・超国家主義」の主要な源泉と理解してゐた。

 米軍の東京進駐から一カ月後の十月六日、米国務省極東部長ヴィンセントはラヂオで占領政策を米国民に説明し、「日本政府に指導され、強制された神道ならば廃止されるだらう」と述べた。八日付朝日新聞はこれを「神道の特権廃止」と伝へるAP電を載せた。

 放送内容を事前に知らされてゐなかったGHQは驚き、本国に照会、国務長官バーンズは「国教としての神道、国家神道は廃されるだらう」と回答した。この回答がGHQ民間情報教育局(CIE)による神道指令起草の起点となる。

 このころ「国家神道」の中心施設と考へられてゐた靖國神社では遊就館の業務が停止し、神社「焼却」があちこちで噂になってゐた。

 米政府はCIEに「国家神道は廃止すべきだが、民間信仰の対象としての神道は残してもいい」と訓令してゐたものの、CIEの大勢は「神道、神社は撲滅せよ」と強硬に主張してゐた。

 これに呼応して、日本の仏教界も強硬で、キリスト者も「神道に圧迫された」と神道批判の嘆願書を盛んに書いた。CIEは創価学会の発展を奨励したといはれる。

 大日本帝国最後の靖國神社招魂祭を約一カ月後に控へた十月中旬、最高司令官マッカーサーの覚書が上智大学のビッテル神父の元に届いた。ビッテルは独人で、日米開戦回避に努力したこともあった。このころは法王使節代行でもあった。

「司令部の将校たちは靖國神社の焼却を主張してゐる。同社焼却にキリスト教会は賛成か否か、速やかに貴使節団の統一見解を提出されたい」

 ビッテルは推察した。〈占領軍の将校たちは、靖國神社、護国神社が廃止されればキリスト教会の発展が容易になり、教会は喜ぶだらうと単純に考へてゐた。それなら逆に、神社の前途を教会の意思にゆだねようとマ元帥は考へたに違ひない〉。

 ビッテルはバーン管区長ら数人の神父と意見を交はし、結論を出した。

「いかなる国家も、国家のために死んだ人々に対して敬意を払ふ権利と義務がある。それは戦勝国か敗戦国かを問はず、平等の真理でなければならない。もし靖國神社を焼き払ったとすれば、その行為は米軍の歴史にとって不名誉きはまる汚点となって残るだらう。神社の焼却、廃止は米軍の占領政策と相容れない犯罪行為である。靖國神社が国家神道の中枢で、誤った国家主義の根源であるといふなら、排除すべきは国家神道といふ制度であり、靖國神社ではない。いかなる宗教を信仰するものであれ、国家のために死んだものは、すべて靖國神社にその霊を祀られるやうにすることを進言する」

 答申書は約束通り、翌日の朝までにマッカーサーの副官に渡され、靖國神社は守られた。臨時大招魂祭は十一月十九日から予定通り斎行され、昭和天皇が行幸された。


▽GHQの解釈変更

 しかし十二月十五日、「国家神道、神社神道に対する政府の保証、支援、保全、監督並びに弘布の禁止に関する件」といふ長い表題の付いた日本政府への覚書、すなはち神道指令は発布された。

 日本政府はこれを「唐突」と受け止めた。CIE教育・宗教課で宗教班の責任者だったバンスらはビッテルの答申と前後して神道研究を始めてゐた。基本姿勢は「神道国家主義の根絶」。

 果たせるかな、六次にわたる草案を経て、発令された神道指令の「目的は宗教を国家より分離するにある」と規定されてゐたが、実際は「国家と教会の分離」が拡大解釈され、神道に対する差別的圧迫が加へられた。

 ハーグ陸戦協定には占領軍は被占領国の宗教を尊重すべきことが規定されてゐるが、GHQはこの戦時国際法に公然と違反し、なほかつ「宗教の平等」原則に違反して、とくに民族宗教たる神道の弱体化を図った。

 ポツダム宣言には「宗教・思想の自由は確立せらるべし」の項目があったが、多くの神道的宗教慣例が禁止された。

 GHQ宗教課職員ウッダードの論攷などによれば、占領後期、GHQは神道指令の「宗教と国家の分離」を「宗教教団と国家の分離」に条文解釈を変更し、実際、昭和二十六年の貞明皇后御大喪は国家的に挙行された。

 しかしいつの時点で、どのやうに解釈が内部的に変更されたのかは明示されずじまひだった。そもそも米国人の「国家神道」理解に偏見と曲解があったのだが、真相は明らかにされず、神道への差別的扱ひも放置された。

 そのツケは現代も続いてゐる。小泉首相の五度目の靖國神社参拝後、同神社に代はる「国立の無宗教の追悼施設建設」の要求がふたたび高まり、十一月九日には国会議員百三十人が糾合して超党派の議員連盟が設立された。歴史は繰り返されるのか(参考文献=『マッカーサーの涙──ブルーノ・ビッテル神父にきく』、大原康男『神道指令の研究』など)。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||


この他に、かつてGHQスタッフで、神道指令に係わった関係者へのインタビューした本、「日本占領 GHQ高官の証言」(竹前栄治)を読んだ印象だが、彼らの説明は、普通の日本人が納得しうるものではない。

彼ら驕り、人としてのいい加減さがその発言でわかるのだ。GHQスタッフの仕事は、本国で余された者たちにとって、好都合だったようだ。

そういうことなので、彼らGHQスタッフの言いぶりは、

(間違っていたにせよ)初めに上からそういう指示が出たので、辻褄を合わせた
あるいはその当時もインタビューされた当時も日本のことを誤解していた感じなのである。



斎藤吉久が指摘する、ンチンカンというのは、そういうことも含めてのことだと理解する必要がある。




神道指令の真相はこうなのであろう。


にわか専門家如きがキリスト教的価値観のモノサシで、神道指令を正当化
にわか専門家如きが、世界支配層の指令を受けて、そうせざるを得ない結末となったのか





ということなのだ。


各地のキリスト教会などで、靖国問題に係わってきた方々に申しあげたい。
GHQによる勘違いを根拠に?、神道指令を真に受けて?、靖国訴訟したり、教会施設内で政治活動する正統性はあるのか?





ひょっとすると、彼らはGHQの勘違いを隠蔽する目的で活動している?




彼ら政治活動好きなクリスチャンは、反日活動することで信仰の……………………
そして、政治活動好きなキリスト教会の牧師、宣教師は、半島系、信者も半島系ではないかと推測したくなる。


そして、その当時も今もアメリカの国務省長官は、世界支配層のメッセンジャー兼伝道者みたいな存在である。

彼らから見て、気にくわない者は、マスコミを総動員して、社会的に悪しき存在としてレッテル貼り、そういう「レッテル貼り」が自由に行え、決して訴追されないのが、GHQが言うところの「民主化」の正体であり、「世界支配層が欲する民主主義国家」なのであろう。

彼らに潰された政治家はたくさんいる。
田中角栄、中川昭一もそうだ。田母神俊雄もそうだろう。小沢一郎もそうだった可能性が強い。


国家神道に係わる、本稿の指摘が概ね事実とすれば、当時のアメリカ人たちは馬鹿で愚かだったことになる。

アメリカ人諸君、それでいいのか?

かつてGHQスタッフであり、GHQ占領当時のことを何も語らない、ドナルド・キーン、あなたは日本を愛し日本に帰化したそうだが、本当に日本通なのか?
GHQが数々の恥ずべきことを日本国に為したことを、日本通のあなたは日本人となったのであるから、素直に認めるべきではないのか?

それとも、ドナルド・キーンは、GHQスタッフと同程度の知識だったのか?
つまり、別にいるゴーストライター?が日本愛好本を書いていた??


出版ビジネス的にはあり得ないことではない…………………
実際、渡部昇一の本は、口述、それをテキスト化するプロセスをとっていた。(本人が著書で書いている)


GHQスタッフたちの占領時代の主張は、テレビのワイドショーで流れる、日本通を装う、外人コメンテーター(殆んどがCIA?)のものと変わりないのでないのか?

そういう疑問が湧くのである。

そして、(最近、儒教に係わる本を出した)ケント・ギルバートやテキサス親父に私は言いたい。あなた方は、他のアメリカ人よりも、日本のことを日本の将来のことを真面目に考えておられるようであり、この問題にも取り組んでいただきたいのである。

そうすることで、アメリカ国民も歴史の真実を知るきっかけとなることを期待するのである。

ケント・ギルバート

以上


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