2017年08月 / 07月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫09月

2017.05.01 (Mon)

「共産主義思想」と「帝国主義思想」の思想的接点

小池都知事が、左翼政党取り込みを図っている状況を鑑み、「共産主義思想」と「帝国主義思想」が思想的に同根の部分があることを説明する目的で試論的位置づけで出稿するもの。

まず最初に、「共産主義思想」、「帝国主義思想」、定義的には、Wikipediaどおりと仮定する。

帝国主義
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B8%9D%E5%9B%BD%E4%B8%BB%E7%BE%A9


そのうえで、「民族自決」という政治用語について、参照したい。

元々の提唱者がレーニンであること知ると、当然のことながら危険思想だと認識せざるを得なくなる。


||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%91%E6%97%8F%E8%87%AA%E6%B1%BA

民族自決

ヨーロッパにおける民族自決 (1920年)
民族自決(みんぞくじけつ、self-determination)とは、各民族集団が自らの意志に基づいて、その帰属や政治組織、政治的運命を決定し、他民族や他国家の干渉を認めないとする集団的権利。民族自決権ともいう。

歴史

既にレーニンが唱えていた[1](平和に関する布告)が、アメリカ大統領・ウィルソンが「十四か条の平和原則」で提唱し、ヴェルサイユ条約での原則となり、その後の民族独立の指導原理になったとされる。

これにより、ヨーロッパでは、フィンランド・バルト三国・ポーランド・チェコスロバキア・ハンガリー・セルビア人=クロアチア人=スロベニア人王国(後のユーゴスラビア王国)が、アジアやアフリカでは、モンゴル・アフガニスタン・イラク・イエメン・エジプトが独立を果たした。

しかし、戦間期においてはイギリスやアメリカ合衆国は海外に植民地を有しており、民族自決はあくまでヨーロッパ内部のルールであった。また第二次世界大戦後もアメリカでは長らく人種差別が続き、それに反対する公民権運動が活発化した。

ナチス・ドイツはこれを根拠とし、チェコスロバキアやポーランド、オーストリアなどに住むドイツ系住民の保護を名目に、それらの地域を侵攻した。

国際法上の権利としての確立

国連憲章第1条2、国連総会決議第1514号(1960年12月14日)「植民地諸国、諸人民に対する独立付与に関する宣言」においても認められ[2]、その後の国連や諸国家の行動を経て、植民地人民の独立の権利は一般国際法上の権利として認められるに至った。1966年に採択された国際人権規約により、規約締約国は自決権を保障する国際法上の義務を負っている。

植民地の独立がほぼ達成された今日では、国家内部の先住民・少数民族にも自決権が及ぶかどうかが議論の対象となっている。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

まず最初にレーニンが唱え、続いて、ウィルソンが提唱したことに着目したい。
倉山満は、ウイルソンを世界に紛争を撒き散らした政治思想上の危険人物だとしている。

ナチス・ドイツは、「民族自決」を根拠に、周辺国を併合した。

「国際法で読み解く世界史の真実」にて、倉山満の解釈を読んでみたい。


||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||


   51sEt8IYMSL.jpg


255~256頁

次いで、ヒトラーはオーストリアを併合します。ドイツ・ナチス党の支部としてオーストリア・ナチス党という組織をオーストリアに作り、ソ連共産党が世界各国に共産党を作ったのとまったく同じ手口で併合を進めていきます。オーストリア首相をナチス党の手で暗殺したり、オーストリア国境にドイツ軍を進めて圧力をかけるなど、様々な手を尽くした結果、オーストリア・ナチス党員のザイス・インクヴァルトがオーストリア首相に就任。そして彼の要請のもとにドイツ軍が進駐し、一九三八年三月、ドイツとオーストリアの併合が決定されます。そして、さらに翌月、住民投票が実施されて併合は確定されました。十九世紀から議論されつつ実現しなかったドイツとオーストリアの合併という「大ドイツ主義」が、遂に実現してしまったのです。

そういえば、ある土地の帰属をその土地の人たちの住民投票によって決めるのが「民族自決」だと主張していた人がいました。ウッドロー・ウイルソンです。
実は、ヒトラーというのは忠実なウイルソン主義の実行者であり、同じ穴のムジナなのです。

285頁

一九三八年九月には、ミュンヘンで英仏独伊による四者会談が行われています。オーストリア併合を成し遂げたヒトラーは、さらにチェコスロバキアに領土的野心を抱いていました。チェコのズデーデンの人口の三割がドイツ人だからという理由で、ヒトラーは「民族自決」を建前にズデーデン地方の領土割譲を要求します。またまたウイルソン主義の炸裂です。


||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

ヒトラーは、ウイルソン主義の実行者だと倉山満は結論づけている。

ここで、重要な指摘をせざるを得ない。

民族自決は、レーニンは理論的提唱者、ウイルソンは国際社会にその妥当性を喧伝した伝道者、ヒトラーは謀略としての実践者ということに、歴史上はなる。

つまり、「民族自決」を介して、共産主義も帝国主義も思想的に接点を持つということになる。

恐ろしいことだが…………。

なお、本稿は試論的位置づけあることご理解賜りたい。
関連記事

テーマ : 政治のニュース - ジャンル : ニュース

05:18  |  社会認識  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

Comment

コメントを投稿する

Url
Comment
Pass  編集・削除するのに必要
Secret  管理者だけにコメントを表示  (現在非公開コメント投稿不可)
 

▲PageTop

Trackback

この記事のトラックバックURL

→http://sokokuwanihon.blog.fc2.com/tb.php/445-9b0b2e48

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

この記事へのトラックバック

▲PageTop

 | HOME |