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2017.04.02 (Sun)

国外財産調書で報告されるべき皇室秘密資産の規模 200~3000兆円??

本稿は以下の続編。皇室秘密資産規模を推定する目的で出稿した。

生前譲位でうやむやにさせるな!  譲位者の国外財産調書(秘密資産)を提出させるべきだ
http://sokokuwanihon.blog.fc2.com/blog-entry-408.html


「天皇種族・池田勇人 知るのは危険すぎる昭和史」(鬼塚英昭)を読んだ印象となるが、
鬼塚英昭


国外財産調書で報告されるべき皇族資産の規模は、小和田某軟禁事案で発覚しネット界で噂されている8兆円どころではなく、その数十倍の規模の200~3000兆円ではないかと推定するに至った。

当該箇所から引用させていただく。


||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

152~156頁

大本営が敗戦の二カ月前に「金塊・発禁・貨幣その他の重要軍需品・資材を秘匿せる」の指令を出した。迫水久常と池田勇人は、日銀の倉庫から、ライカビルの四階に、国民供出の財宝を運んだのだ。

石橋湛山が蔵相であったとき、池田勇人は事務次官であった。経済安定本部ができ、その中に隠退蔵物資処理委員会が発足した。石橋湛山が委員長、世耕弘一(衆院議員、日大教授兼理事)が副委員長に就任した。世耕弘一の委員会での活躍を新聞は連日報道した。世に「世耕指令書」といわれる指令が計百十回も発令された。しかし、彼は一カ月半で副委員長のポストを追われた。白洲次郎とG2のウイロビーが裏工作をしたからである。

中略

昭和二十二(一九四七)年八月十三日、石橋湛山蔵相は国会で次のように述べた。

「連合軍司令部は、日本政府に千数百億円の物資を引き渡しておる。それはむろん陸海軍などが持っておったものを司令部が差し押さえてさらに日本政府に渡したものなのですが、その中に建築材料とか機械というものが数百億あるはずです。その行方をつきとめたい。
一体、数百億円の物資が日本政府に引き渡されたとするならば、どこに引き渡されたのか。私は閣議に持ちだして調べてみました。内務省その他の諸君に来てもらって調べたのですが、役所にある資料はとてもそんなものではありません。二、三千万円くらいのものが内務省の手を経たようでありますが、千数百億円のものがどこへ行っておるのか、わからない」

なんとも不思議な話である。当時の一円は現在の千円である。すなわち、当時の千数百億円とは、現在価では十数兆円ということになる。この莫大な国家の財産が闇に消えたというのに、蔵相の石橋湛山でさえ、その行方がわからないというのである。日本という国家は、敗戦後に世界が驚くほ
どの金、銀、白金、ダイヤモンドの財宝を、太平洋戦争をしつつ獲得していたのだ。

昭和二十五(一九五〇)年二月十六日の衆議院予算委員会での応答を記す。世耕弘一の再登場である。以下、関浩三の『日本軍の金塊』(二○一三)より引用する。

世耕弘一委員「東京湾の金塊についてお聞きしたい」
池田蔵相「(略)東京湾の金塊については聞いていない」
伊原理財局長「(略)東京湾から引き揚げられた銀塊についてのお尋ねであったと存じますが、世上いろいろ噂があっても真相は終戦後、陸軍から臨時貴金属数量等報告令というのに基づきました。政府に銀塊三十トンが東京湾にあるとの申告が出ております。この銀塊は(連合国)総司令部に接収された後、(大蔵省
の)民間財産管理局で略奪物資であると認定されています」
世耕委員「金額はどれくらいですか」
伊原局長「現在の金額にいたしまして二億三千万でありますが、司令部が接収した銀塊の量は日本政府は了承しておりません」
世耕委員「二億ちかくのものを大蔵大臣がしらぬと先ほど返事をされた。(略)で、これは銀塊ですか金塊ですか」
伊原局長「銀塊であると了承いたしております。(略)当時軍が海外から持ち帰ったものであるという認定を受けておる、こういう事実を承知しております」
世耕委員「(略)日本政府は引き渡し現場に立ち合って、現品の質や量を確認したのですか」
伊原局長「立ち合っておりません」

つづく三月六日の衆院予算委、池田蔵相は「金塊」を「銀かい」とする答弁を貫く。ここでも世耕弘一委員が追及した。

池田蔵相「伊原理財局長より、銀塊であり戦略物資として取り扱われ、米国に接収されたとの報告を受けました」
世耕委員「話では金額は二兆四千億で、金属種類は白金であり、金であり、銀でないという」
池田蔵相「賠償丁の調査によりますと、いまお話の件は金塊が五億、銀が二十億、これらはともにオランダその他よりの略奪と認められ、すでに返還済みだそうでございます。これは賠償庁の調査でありました」

以上、長い引用となった。
世耕委員は「話では金額は二兆四千億」といっている。私はこの世耕委員の説が正しいと思う。終戦当時の二兆円である。「金属種類は白金であり、金であり、銀ではない」と世耕委員はいっている。世耕弘一は、隠退蔵物資処理委員会の副委員長のポストを一カ月半で追われている。この委員会は経済安定本部(安本)が作った委員会である。首相吉田茂はこの本部に白洲次郎を次長として入れている。また池田勇人と密接な関係のある、天皇種族の1人、永野重雄(後の富士製鉄社長)が副長官として加わっていた。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||


文中のミスの指摘から入りたい。
「すなわち、当時の千数百億円とは、現在価では十数兆円ということになる。」という記述は、著者の計算ミスであり、文脈的には百数十兆円となろう。

この本では、現在貨幣価値は、敗戦時の価値の千倍としている関係で、世耕弘一議員が国会で言及した二兆四千億をベースとすると、秘密資産の規模は最大で3000兆円となる可能性がある。

これらがそっくり秘密口座に消えたとするならば、当然そうなるだろうが、皇室資産名義で処理した可能性がある。

よって、皇室秘密資産の規模を、200~3000兆円と推定するのである。

以上
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