2017年08月 / 07月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫09月

2017.03.17 (Fri)

我々はなぜ騙されるのか? ホンモノを見抜くノウハウについて

前稿において、ある保守系言論人に騙された?という前提で、見逃されてきたシグナルについて纏めた。

―― 参考情報 ――――――――――

我々はなぜ騙された?のか  シグナルを見逃してきたのではないか?
http://sokokuwanihon.blog.fc2.com/blog-entry-382.html

―――――――――――――――――



今になってよくよく考えていくと、これだけのシグナルがあったにもかかわらず、すべての期間?見逃してきた言論人が周囲にいたことは驚きである。

チャンネル桜発起人リストがある。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%96%87%E5%8C%96%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%8D%E3%83%AB%E6%A1%9C

2004年(平成16年)4月6日に田形竹尾、水島総、梅沢重雄[注 1]、高橋史朗、松浦芳子が発起人[1]となり株式会社日本文化チャンネル桜を設立。同年8月15日午前6時よりスカパー!Ch.767にて開局。『日本の伝統文化の復興と保持を目指し日本人本来の「心」を取り戻すために設立された』としており[2]、概ね保守系テレビ番組制作プロダクションと位置づけられている[3][4]。社是は「草莽崛起」と「敬天愛人」[5]。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

この中で、気になる人が一人いる。
高橋史朗氏である。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

高橋史朗
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E6%A9%8B%E5%8F%B2%E6%9C%97
高橋 史朗(たかはし しろう、1950年 - )は、日本の教育学者。明星大学教授・大学院教育学専攻主任。麗澤大学道徳科学教育センター客員教授。一般財団法人親学推進協会理事長。日本会議役員[1](政策委員[2])。

||||| ここまで引用 ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

私は、この方を立派な方と尊敬していたのであるが。

学者さんにはそういうことを見分けるのは難しいのであろうか?
一番長期間に亘って、騙されて?いた方と思われる?のである?
田母神叩きに激怒されている方におかれては、一度高橋氏に会い、一連の経緯についてどうみているのか?お話をお聞かせいただく価値はあるように思う。



以下、骨董の鑑定士、中島誠之助の書籍から、ニセモノに騙されないための骨董界のウンチク(骨董界で通じるセオリー≒必ずしも政治の世界に当てはまる保証はないが)、なるほどそうだと思えるものについて引用させていただく。


■そもそもホンモノは決定的に少ない。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||
「真贋のカチマケ」 

22頁
目筋の悪い大金持ちは、すぐに騙せるけれども、目筋のいい趣味人は騙せない。したがって、目筋のいい業者は経済的には恵まれず、歯をくいしばって優品を探すことになる。しかも、皮肉なことに、目筋の悪い物が千点あるとすれば、目筋のいいものは五点ほどしかありません。目筋の悪い人が一万人いるとすると、目筋のいい人は十人くらいしかいないのです。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||


■そもそもニセモノはどういう場面で用いられたのか?

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||
「ニセモノはなぜ、人を騙すのか?」
12頁
二十代後半の頃、先輩の骨董商から、ニセモノの焼き物をつかまされた苦い経験がある。ここでいっておくが、プロである骨董商同士の取引きではニセモノをつかまされた場合、売った業者つまりニセモノを嵌め込んだ側は悪くない。買ったヤツは、不勉強で目が利かなかったからひっかかったのだ。ひっかけた業者は鋭く手腕利きだったといえる。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||


■ニセモノに騙されない人はいるのか?

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||
「ニセモノはなぜ、人を騙すのか?」
5頁

番組には、ニセモノにひっかかった実に多くの人が登場したし、私自身も、ニセモノにひっかかったことがある。ニセモノにひっかからない人間なんて、この世に存在しない。必ずひっかかるものなのだ。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||


■ニセモノは語りが多く見てくれはゴージャス=騙しの手口

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

「ニセモノはなぜ、人を騙すのか?」

22頁
ニセモノは語りが多い。
ラインのほかに、ニセモノには「伝来」、いわゆる言い伝えに無理があり、かつ喋りすぎることがとても多い。
無理があるとはどういうことかと言うと、シナモノは口を利かないが人間は口を利くわけだから、饒舌な語りの中に嘘が見えるということだ。
その人間の言葉に注意深く耳をそばだてれば、おのずと無理さが見えてくる。

「ホンモノの人生」
所詮、舞台装置のパネルのような拵え物、すなわち「こさえもん」は見てくれだけの美しさです。ホンモノの美しさにはどう逆立ちしたって絶対かないません。
私たちはきらびやかなモノや口先の上手な人に心を奪われがちです。そんな人からうまい話を耳元で囁かれながら、こさえもんのニセモノの器を見せられたらば、心が動いてしまうのもわかります。その器は「ゴージャスな袈裟」をまとっていて、やきものの茶碗なら二重箱仕立て、掛け軸なら太巻きで三重箱、これを「キモノがいい」といいます。そのために真の姿が見えなくなってしまう。それが騙しの手口です。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||


■ニセモノにひっかかる三つの法則

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||
「ニセモノはなぜ、人を騙すのか?」

14頁
ニセモノにひっかかる三つの法則

なぜ私がその「海揚がりの古備前」を買ったのかというと、その貴重な「海揚がりの古備前」を前にして、先輩の骨董商から「これはウブ品だから値が安い、儲かるよ」という雰囲気をちらつかされたからだと思う。みすみす儲かるモノを、同業者が授けてくれるわけがないじゃないか。
つまり自分の「欲」が、モノを見る目を曇らせたわけだ。

15頁
つまりニセモノにひっかかる第一の法則は、「儲かる」とちらつかされることである。
第二の法則は、「懐が甘い」こと。
つまり、それなりに使える金をもっているということである。
その金額が、実は罠なのだ。出し手出せない金額ではないが、そこには適度な緊迫感を伴うある程度高額な、金額を提示してくるのがミソだ。

17頁
ひっかける側からすると、カネのないやつをターゲットにすることはしない。いくらテクニックを駆使しても、徒労に終わるのが目に見えているからだ。
逆に大金持ちをターゲットにするのもなかなか骨が折れる。いくらでも使えるカネはあるが、金持ちになればなるほど頭がよくて懐が吝いから、ニセモノを嵌め込むには相当の時間と労力が要る。
つまりは、ひっかかる第二法則は、お人良しで懐が甘く、そこそこ使えるカネを持っていることである。
第三の法則は、「不勉強」だということ。
私の「海揚がりの徳利」こそ、恰好のサンプルだろう。海揚がりに関しては人から聞いたことがあったが、実物を見たことがなかったし、詳しいことを何も知らなかった。

19頁
懐があったかく、骨董をほしがっている不勉強な人間に、「儲かるよ」と甘く囁く。こうすることで、百人のうち九十九人までは必ずひっかかる。
これがニセモノにひっかかる方程式なのである。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

■騙されないためのコツその1=子供のような純粋な目

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||
「ホンモノの人生」

ホンモノ人生を歩むうえで必要なことは、裸の王様に向かって「裸だ!」といえる子供のような純粋な目をもつことです。ただそれを口に出すか出さないかです。そのときの状況を見極めることも重要です。これが「世渡りのコツ」になります。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||


■騙されないためのコツその2=欲を捨てる

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||
「ホンモノの人生」

欲を捨てて初めて、真実が浮き彫りになるのです、ですから、ニセモノ人間を鑑定する極意は「欲を捨てること」の一言に尽きます。
さらに、相手の人格と品性がわかるようになるためには、自分の感性を磨く必要があります。骨董のニセモノがわかるようにです。山は高くなればなるほど裾野が広がります。それと同じように、感性も磨けば磨くほど鋭くなり、程度の低いものがわかってくるのです。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||


■騙されないためのコツその3=お墨付を期待しない

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||
「ニセモノはなぜ、人を騙すのか?」

27頁
印刷物に頼ろうとするとひっかかる
日本人は勤勉な民族で、知識欲が旺盛だから、つい印刷物やマスコミの報道に頼りがちおになる。鵜呑みにしやすいことが、ひかかってしまう要因のひとつである。
新聞や出版物に掲載されていたとか、あるいは報道番組で取り上げられていたことをそのまま信用してしまう人が実に多い。そこが日本人の欠点だと思う。
別の言い方をすると、日本人の率直で曖昧模糊な部分が、武徳のひとつであるからこそ、どうしても情報という一種の権威に頼りたくなるのではないか。出版物に載っているとかニュースで取り上げられたとかいう、現実のお墨付きが欲しいわけだ。お墨付きさえあれば、自分の目を必要としないから楽なわけだ、

43頁
だれかの言葉を通してモノを見るのではなく、自分の体でモノを見て覚えることが目利きの道だと、親父は身をもって教えてくれたように思う。
だからこちらが聞いても一切答えてくれないし、冷たく突き放すだけだた。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||


■ニセモノの存在意義

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||
「ニセモノはなぜ、人を騙すのか?」

6頁
だからといって、ニセモノが悪いとは思わない。ホンモノだらけでは、この世の中、無味乾燥でつまらないじゃないか。ニセモノがあるからホンモノが光るのである。ニセモノはこの世の小気味いいスパイスだと思うから。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||


■ホンモノとニセモノの決定的な違い

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

「ニセモノはなぜ、人を騙すのか?」

21~22頁
ホンモノには、善意のラインがある。善意でもって人の幸せのため、あるいは自分の人生を納得させるために作り上げたものだからひたむきさがある。仮にそれが下手であっても、そこには無我夢中という精神がラインに表現されている。
ところがニセモノには厭味なラインが伴うものだ。人をひっかけよう、騙そうという、悪意が根底にあるから、いくら夢中でやろうとも、ラインがその下心が浮かび上がって、ラインが崩れるか硬くなってしまう。要は自然体の勢いがないのだ。
ひっかからないためには、その善意と悪意のラインの違いを、見抜けるかどうかということになる。前にもいったように「知識」が先立ち「欲」がそれを支えれば、ラインの違いは絶対にわからない。

中略

つまり、ホンモノとニセモノの見た目にどう違いがあるかというと、「ライン」と「次第」に表現されているといえよう。
この「ライン」と「次第」を見抜く目がある人を目利きという。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||



要するに、我々それぞれが、ホンモノとニセモノを区別するスキルがかないがゆえに、騙された?時代があったという総括となるだろう。

上記は、騙された?私自身の反省としての再発防止対策の表明でもある。


さて、私は、若い頃、社をあげて接待動員がかかり、財閥一族出身で誰もが知る、有名企業の社長の奥さん(といってもかなりの年配の方)に随行した。その奥さん、ある品物を購入する際、物を鑑定するような険しい目つきになった瞬間があった。
中島誠之助が言うように、ホンモノかどうか見定めていたのではないかと思う。その品物とは、地元メーカーのしっかり造られた玩具だった。それをお孫さんの土産用に、たくさん買い揃えたのである。
今になって思えば、ホンモノのおもちゃをプレゼントしようとしたのかもしれない。

民芸品的な子供の玩具、私はスイス製のものが丈夫で良さそうと思っているが、その品物もスイスで売られていたものと見劣りするものではない。
たかが、おもちゃではあるが、子や孫の将来を考え、選んでホンモノを与えることも、親の努め、祖父母の努めではないかと思った次第である。

以上

関連記事

テーマ : 政治のニュース - ジャンル : ニュース

17:19  |  言論人  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

Comment

コメントを投稿する

Url
Comment
Pass  編集・削除するのに必要
Secret  管理者だけにコメントを表示  (現在非公開コメント投稿不可)
 

▲PageTop

Trackback

この記事のトラックバックURL

→http://sokokuwanihon.blog.fc2.com/tb.php/383-1589d4f3

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

この記事へのトラックバック

▲PageTop

 | HOME |