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2016.05.03 (Tue)

戦前の対外広報活動 成功事例が一つ存在する

俄かには信じがたいことだが、日露戦争後の講和条約前後、日本は対外広報的に成功した事例があることを発見した。

成功に導いた人物とは、金子堅太郎である。
金子堅太郎は、明治時代の官僚・政治家である。Wikipediaには、こう書かれている。

―――――――――――――――――

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E5%AD%90%E5%A0%85%E5%A4%AA%E9%83%8E

日露戦争においては、アメリカに渡り日本の戦争遂行を有利にすべく外交交渉・外交工作を行った。また、日米友好のために尽力し、「日米同志会」の会長となる

1904年(明治37年)、第1次桂内閣はロシアとの開戦を決意し、同年2月日露戦争が勃発すると、ハーバード留学時代にセオドア・ルーズベルトアメリカ大統領と面識があった金子は、伊藤博文枢密院議長の説得を受けて同月末出帆の船で渡米[注釈 1]、ルーズベルト大統領に常に接触し、戦争遂行を有利に進めるべく日本の広報外交を展開した。

1905年(明治38年)8月、ポーツマス会議(第7回本会議)において、償金問題と樺太割譲問題で日露双方の意見が対立して交渉が暗礁に乗り上げたとき、外相でもあった小村壽太郎全権より依頼を受け、ルーズベルト大統領と会見してその援助を求め、講和の成立に貢献している[3]。金子が帰国したのは、同年10月のことであった。

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金子堅太郎について、紹介しているのは、たったこれだけである。総論ではわかる。しかし、どうやって事を成功裡に導いたのか、各論が書かれていない。

「教科書に載っていない 大日本帝国の情報戦」(濱田浩一郎)という本に、その手口が書かれている。

この本の目次を参照する。

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はじめに
第一章太平洋戦争 熾烈な情報戦の真実
01【日米開戦と情報戦】真珠湾に潜入した日本人スパイ
02【情報機関の奮闘空しく】日本軍敗北の影に情報戦あり
03【アメリカの怨念と軍の怠慢】山本五十六はなぜ死んだのか
04【日本人捕虜から情報を奪え】極秘の捕虜尋問センターの内幕
05【見逃されたコールサイン】原爆投下は防げなかったのか?
06【情報の神様、最後の戦い】ソ連の参加を知っていた大本営

第二章明治日本の情報攻防戦
07【戦争前夜に行われた熾烈な情報戦】諜報機関の初仕事 日清戦争
08【情報網の構築で勝負あり】情報で先んじた日露戦争
09【特別任務班が狙うは通信網】ロシアへの命を賭した謀略工作
10【日本が誇る007の実像】明石大佐のの工作は失敗だった?
11【哀れな「露探騒動」の被害者たち】帝政ロシアのスパイを摘発せよ!
12【金子堅太郎の大いなる挑戦】戦争を終結させた広報外交とは

第三章日本の情報戦 衰退の謎
13【果たして日本は勝利者だったのか?】勝利によって招かれた敗北
14【極秘交渉の裏に独露スパイの暗躍】日独防共協定を巡る諜報戦
15【今なお続く日中情報戦】中国国民党の恐るべき宣伝謀略
16【機密文書解禁で明らかになる真実】ノモンハン事件を巡る情報戦
17【日本中枢に食い込んだ男】スパイ・ゾルゲの大いなる暗躍
18【日本は必ずアメリカに負ける!】届かなかった総力戦研究所の警告

第三章大日本帝国 謀略組織の闇
19【エリートたちに施された異例の教え】陸軍中野学校の秘密教育
20【ロマンあふれる珍兵器の数々】登戸研究所のスパイ兵器開発
21【石井四郎が作り上げた恐怖の王国】731部隊の生体実験と細菌戦
22【悪役の定番も情報戦を戦った】壮絶! 憲兵たちの情報戦
23【悪名高き権力の代弁者たち】悪逆非道? 特高警察の仕事とは
24【謀略組織の栄光と闇】世界各地で暗躍した特務機関

第五章敗戦 スパイたちの戦後史
25【凄まじき混沌の始まり】彼らはどう終戦を迎えたのか?
26【マッカーサー暗殺計画】陸軍中野学校最後のミッション
27【日本の夜を支配した米諜報団】キャノン機関と日本の再軍備
28【シベリア抑留とソープランド】特務機関員たちの意外なその後
29【戦犯への恐怖と裏取引】秘密は墓まで 731部隊その後
30【玉砕はまかりならぬ】小野田寛郎の長すぎた戦争

おわりに
参考文献

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一言で言うと、近現代史における諜報部分について、見落とされている部分が載っている本であることがわかる。ただ、731部隊の記述については、反発を覚えている。
従って、この本全部について、納得している訳ではないのであるが、「12【金子堅太郎の大いなる挑戦】戦争を終結させた広報外交とは」の部分については、当時の新聞報道などの情報などを参照したと思われる内容であるため、経緯的には、間違っていないのでは、と思っている。

当該箇所を転載させていただく。

―――――――――――――――――

83頁~87頁

(1904年)2月24日、金子は随員2名を連れて、サンフランシスコへの航海に出た。政府要人たちからの昇進の勧めや費用提供を「日本政府の差し金で動いている、と米国人に邪推されかねない」として断り、3月11日、まさに身一つで乗り込んだ。

当初、ヒグマに立ち向かう犬を応援するかのように、日本に同情を寄せていたアメリカ人であったが、3月10日、ロシアの懇願を受けてルーズベルトが「局外中立の布告」を打ち出したことで空気は一変、同情論はしぼんでしまった。

金子は挽回を図るべく、シカゴやニューヨークを歴訪し、新聞記者をホテルに集めて、日露戦争における日本の立場を説明した。

●ロシアの反撃と金子の覚悟

が、そこに立ちはだかったのが、金子とまったく同じ命令を帯びていたロシアの駐米大使・カシニーであった。彼はワシントンの大使館に記者を招待すると、タバコやシャンパンを振る舞って接待攻めに。
「日本は宣戦布告せず、国交断絶のみで戦争を始めた。これは国際法違反だ」、「今度の戦争は宗教戦争、日本は非キリスト教国である。日本を撲滅しなければキリスト教は東洋に伝搬しない」と述べたばかりか「黄色の子猿(日本人)に何ができるか」と悪態の限りを尽くした。

金子はカシニーの言葉に真っ向から反論。「今日では国交断絶すればすぐ戦端を開いて良い。それが国際法の常例」、「ロシアは、人民を殺し、政治犯をシベリアに送り虐待している。これがキリスト教国の所業か」、「最後の一戦まで、最後の一兵卒まで日本は戦っていきます」と、新聞記事上でひとつひとつ反撃を加えた。

ニューヨークの警察は、広報戦争の過熱から金子に危害が及ぶことを心配し、護衛を付けることを提案する。ところが金子は「私は命を賭して米国に来ている。私の死が米国人の同情に代わることができれば本望」と拒否した(カシニーは、ちゃっかり護衛を付けることを要望していた)。

3月26日、ワシントンを訪問した金子は、翌日、ついにルーズベルトと面会、旧交を温めた。大統領は「日本は正義のために戦っている。勝たせなければならない。私は陰になり、日向になり日本のために働く」と発言して、ロシアの懇願で形成された「局外中立」の殻を打ち破った。

金子は米政府要人に会ったり、晩餐会で日本の立場を説明した。「最後の兵卒に至るまでこの剣を握って、地に倒れて死ぬのが日本軍の精神である」と精強さをアピールした。
席上のアメリカ人は、金子の言葉を聞き「日本が勝つ」と口々に言い合った。
金子は、政治が移行の中心地・ワシントンではスパイに張り付かれると考え、拠点をニューヨークに定めた。そしてパーテイや大学の講演会で、丁寧に日本の立場を説明し続けた。ユニバーシテイ・クラブでの演説では、旅順港外で戦死したロシアの名将ステパン・マカロフ海軍大将を大いに悼み「高尚な思想だ」と新聞で賞賛された。
ロシア大使が日本人を口汚く罵っているのとは、対照的に映ったのである。

●現代にも役立つ広報外交の流儀

金子が母校・ハーバード大学で行った講演は、6000部の小冊子となって商工会議所や政治家・名士に配布された。金子の働きに押されていたロシアだが、反撃の機会が巡ってくる。

8月11日申告の芝罘に逃げ込んだロシアの駆逐艦「レシーテリテイ」を日本の駆逐艦が捕らえたのだ。
するとアメリカ人は「「日本は、局外中立港に逃げ込んだ軍艦を捕獲した。日頃、正義や人道を前面に出していたのに、それは嘘だったのか」と騒ぎ出した。
ロシア大使は「待ってました」とばかりに、流れに便乗して日本批判を展開。思わぬ逆風を受けた金子は、すぐに記者を呼ぶと「これは決して国際法違反ではない。米国も1812年の英米戦争の際に、似たような行為をしている。日本は米国の先例を手本としたのだ」と見事に弁明し。その発言は新聞に掲載された。
これでピタリと日本バッシングは止んだ。
金子は言う。「戦争の時には、色々の出来事が起こりますから、黙っていては損であります。黙っていれば、承諾したものとみなされるのです」と。

翌年5月28日、日本の連合艦隊が対馬沖でロシアのバルチック艦隊を駆逐すると、通行人が金子の顔を見るなり「万歳」と唱え、アメリカ人の家には日の丸が翻る盛況ぶり。金子の地道な活動が実った瞬間だった。

広報外交の成功はなぜもたらされたのか?
筆者が考える理由は、主に3つだ。
1つは、金子が渡米前に日本政府要人に対し「政府からの指図を受けることは御免こうむりたい」と介入を拒絶していたこと。これによって、金子は自身の裁量で自由に活動することができた。むろん、その自由を許した政治家も偉い。
2つは「決してウソを宣伝してはいけません」との金子の言葉にあるように、誠実に礼儀正しく振る舞ったこと。豊富な人脈を笠に着て傍若無人な振る舞いをしていたら、人は離れていく。

最後に、金子の識見である。彼はロシアやアメリカ側の批判に対して極めて迅速に、豊かな教養でもって対抗した。金子という人間の凄みである。

―――――――――――――――――

どうであろうか。

私は、金子堅太郎の面構えが気に入っている。こういう人なら、アメリカ人にサムライらしい雰囲気と好印象があって、対外広報上、事を有利に進めることが可能でないか。
こういう人なら、味方になる人は、どんどん増えると言いたいのである。
正しいことを言うことは絶対に必要だ。だが、それだけではうまくいかないような気がするのである。人物を磨く努力も必要だと思うのである。

他には、「日露戦争と金子堅太郎: 広報外交の研究」 (松村正義、新有堂、1987年)という本も出ている。

本稿では、金子堅太郎なる好人物が、日露戦争の講和条約交渉を有利に導く、広報外交を行ったことを示した。


皆様は、これを金子堅太郎一人の成果と思われるであろうか?
私は、当時、日本政府おかかえの外国人外交顧問?の助言があって、金子堅太郎がかく行動した可能性を予見するのであるが、捏造慰安婦問題などに係わる国連等の場における対外広報活動の実施にあたっては、金子堅太郎の成功事例の中にヒントがあるのではないかということを指摘し、本稿を終える。
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07:23  |  外交  |  トラックバック(1)  |  コメント(4)

Comment

日本も情報機関とスパイ防止法が必要

日本にも、情報機関とスパイ防止法が必要だ!
coffee |  2016.05.05(木) 11:08 | URL |  【編集】

Re: 日本も情報機関とスパイ防止法が必要

> 日本にも、情報機関とスパイ防止法が必要だ!

早くそうしましょう。
事務局 |  2016.05.05(木) 16:42 | URL |  【編集】

情報機関とスパイ防止法の必要性は言うを俟たないのですが、外務省その他の官公庁に寄生している売国奴の洗い出し・追放が急務ではないでしょうか?また、大学の原子核工学関係学科の教職員の身辺調査を徹底し、特亜3国への情報漏えいの未然防止も急務。
 |  2016.05.05(木) 21:14 | URL |  【編集】

Re: タイトルなし

> 情報機関とスパイ防止法の必要性は言うを俟たないのですが、外務省その他の官公庁に寄生している売国奴の洗い出し・追放が急務ではないでしょうか?また、大学の原子核工学関係学科の教職員の身辺調査を徹底し、特亜3国への情報漏えいの未然防止も急務。

処罰できる法律がないと、洗い出し・追放は無理でしょう。
洗い出しは、個人情報保護法があり、無理でしょう。
追放については、根拠法がありません。国籍条項の厳格化が該当するでしょう。

教職員については、国籍条項等の厳格化。特亜3国への情報漏えいについては、本稿で言及はしてませんが、通信傍受という手段で対応可能と考えます。
結論から言うと、何が先にではなく、全てが後手だということです。

原子力工学云々については、現実化するのであれば、ココム規制関連で行くか、対北朝鮮制裁関連で行くとするか、陳情書ベースでご検討なされてはいかがでしょうか?再入国規制対象者の拡大について、要件定義しておく必要があると思います。その場合、原子力工学だけでなく、理学部の物理関係者も含めておく必要性を指摘します。
事務局 |  2016.05.06(金) 03:16 | URL |  【編集】

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