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2016.04.30 (Sat)

教育勅語復活 実現の手段を考えなくていいのか?

拙ブログは、具体的提言を指向している。
従って、実現したい事象・事案について「総論で終わらせてる」ことは基本的にはしない。

ここで、「総論」について定義したい。

「総論」とは、一般論的視点で意見表明したに過ぎず、ある実現したい事象について、一言で言うならば、(ないよりは)あった方がいい、とか、近い将来そうなればいい、という程度の漠然とした次元のものである。

さて、私は、若い頃、ある特定分野の稟議書審査を担当する部署に配属させられたことがある。文書審査は私の担当ではないのだが、稟議書には、実現したい事象・事案の目的、実施方針、スケジュール、体制などについて書かれていない場合、その稟議はそれ以上進まない仕組みになっていた。

要するに書き直しを求められるのである。すなわち、各論としての必要かつ十分な対応方針の記述がない限り、稟議書として起案を認めなかったのである。


話題を変えたい。

拙ブログ読者の皆様は、愛国議員事務所などに、文書ないし電話で陳情される方がおられるのではないかと思う。

私も何度かしたが、最近は、陳情内容が具体的でない限り、実現することはないと思うようになった。

それは、私個人が、稟議書審査業務なるものを職場関係者の対応を通じて経験していることに遡る。
総論的まとめとしての「かくあるべき論」だけでは、決裁されない=政策として実現するはずがないことを経験的に知っているからなのだ。

どういう意味か、簡単に言うと、ある事案について(誰もがそうすべきと思っている状況で)今すぐにでもそうすべきことは理解するが、総論程度の稟議書の書きぶりでは、稟議書として決裁は得られず、よって実現しません、という解釈となるのである。

怒らないでいただきたい。これは、稟議書の文書審査的視点からの解釈なのである。総論的にすべきことはわかっていても、「目的、方針、手順、スケジュール、予算措置などを書いていないから、決裁できません」と書いたのである。

各論として、しかるべきことが書かれてなければ、実現はおろか、実現に至る議論の中で説得することすらままならない、という解釈に至るのだ。


たとえば、あなたがもし内閣総理大臣補佐官だとして、「教育勅語の復活」という業務課題が与えられたとする。そこで、総論的原則論で、「絶対に復活させるべきという観念論」、あるいは、「ないよりはあった方がいい程度の認識の作文」を提出した場合、どちらの場合も実現するはずはない、と私は見る。


とりあえず、一つ目のハードルを提示する。

大日本愛国党なる組織が、教育勅語を以て指導原理となす、としている。

大日本愛国党
http://aikokutou.net/

そこで、内閣総理大臣補佐官であるあなたに対し、大日本愛国党における教育勅語の扱いと、日本国民各層における教育勅語の扱いについて、同じなのか、どう違うのか説明を求められたら、あなたはどう説明するのか?

その場合、目的において、実施方針において、実施方法について、同じなのか、違うのか明確に説明できないと、戦前と同じかそれ以上のスタンスでの復活と誤解されかねないのである。

私は、大日本愛国党を批判しているのではない。各論で説明できない内閣総理大臣補佐官が問題なのである。
内閣総理大臣補佐官として、稟議書に書くべきことを書かなかった業務処理上の不十分さを指摘するのである。


次に、二つ目のハードルを提示する。
それは、戦前において、教育勅語に付随することで発生したいくつかの事象について、教育勅語復活に併せて復活させるのか、という質問となる。

たとえば「戦前の日本を知っていますか? しくみから読み解く昔の日本」(百瀬孝監修)には、教育勅語の実施に纏わる逸話について、当該箇所の見出しにこう書いてある。

見出しから転載させていただく。

―――――――――――――――――

・天皇のための道徳教育
・各種注文に応じた結果の不可思議な精神論
・御真影・勅語用の「金庫室」
・暗唱はできても意味はちんぷんかんぷん

―――――――――――――――――

総論的スタンスにて、教育勅語推進論者は、この本が指摘する教育勅語に纏わる疑問点?をどう説明するのであろうか?

百瀬孝のこの本は、そんなに偏向した本とは思えないのである。


私は、一読して、「総論ベースでの、教育勅語復活論」は、この本が示す4つの疑問点の説明にならないと判断、過去は過去として、現代に復活させたいなら、目的、実施方針、実施方法を明確にしなければ、議論の遡上にすらのぼらないと結論づけるに至った。

それでも私は、教育勅語は復活させたいと思っている方である。が、「総論的スタンスで復活できるほど現実は甘くなく、総論ベースでの現状変革論では実現するには力不足」と判断せざるを得ないことを指摘し、本稿を終える。

次稿では、各論としての私見を述べたいと思っている。

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