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2017.01.11 (Wed)

皇室の存在意義 時代を越えて語り継がれるべきこと

生前譲位の時期ならびに関連法案に係わる報道があった。

ブログ「反日勢力を斬る」にて、見解が述べられている。

―― 参考情報 ――――――――――

2年後に平成は終わる
http://ponko69.blog118.fc2.com/blog-entry-4218.html

―――――――――――――――――

書かれていることについて、私はもっともな意見だと思って読まさせていただいた。同意見の記事を見つけた場合は、敢えてその趣旨で出稿はしない。

さて、生前譲位をきっかけに、我々は、皇室の存在意義を再確認する必要があると考える。それはいろんな意味を含めてである。

①無条件で存在意義を認められる方
②条件付で存在意義を認められる方

ポジション的には二種類あったとして、私は、①と②の中間のポジションをとろうとしている。
信条的には、①を取りたい。が、皇室内の情勢を鑑み、是正(こう書くと不敬と言われるが、ビジネスライクな文言として選定)が必要な部分がある。また、どう扱うべきか、自分の中で確定していない領域もある。

よって、無条件と条件付、この二つの間のグレーゾンの視点で述べさせていただくことになる。

先日、
皇室の存在意義について、指摘する、一冊の本に出会った。
特段、ベストセラーというほどの本ではない。
が、皇室の存在意義について、非常に説得力ある書きぶりなのである。

当該箇所、感動的な名文調が続くので、普通の人はコロっと騙される。

良い話、感動的な話に騙される日本人が多数いるので、保守ビジネス(スパイによるものを含めて)成り立っていることは、心得ておかなくてはならない。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

http://teddyangel.com/religious.htm

宗教団体の見分け方 

よくある勘違い
  すばらしい話をするから
  正しいと思った すばらしい話は誰でも出来ます。 教祖がそれを実践していない
ところがありますから気をつけてください。
ゴーストライターを使っている教団もあります。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

ただ、感動的な話に、ある時から私は反応しなくなった。それは歴史を調べ、自分なりの筋を見出した頃から、知られている感動的な歴史秘話は、作者の創作が含まれていることを知ったからだ。
ここで言う、「自分なりの筋」とは、渡部昇一は「歴史の虹」だとしている。
気がついたのは、「赤穂浪士」の討ち入り、「忠臣蔵」に創作部分が多いという話を岡田幹彦の講演で聞いた頃からだ。

もう一つ理由がある。近現代史には、意図して隠された部分がある。戦争の勝者によって!それに気がついてから、感動的な秘話ものは、(利権化した)保守ビジネスに見えて仕方がないのである。


さて、中国人、石平は2007年に日本に帰化した。

当然スパイ説が湧きおこる。

―― 参考情報 ――――――――――

売れっ子の中国問題評論家にスパイ説 (アウトローズウォッチング)
http://www.asyura2.com/09/gaikokujin01/msg/603.html

【自分の責任で言います】石平はスパイだ。日本に帰化したから、保守だからと信じてた人ごめんなさい石平さんはスパイでした。その証言の入った動画はこちら
https://www.minsya.jp/2015/08/23/%E8%87%AA%E5%88%86%E3%81%AE%E8%B2%AC%E4%BB%BB%E3%81%A7%E8%A8%80%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%99-%E7%9F%B3%E5%B9%B3%E3%81%AF%E3%82%B9%E3%83%91%E3%82%A4%E3%81%A0-%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AB%E5%B8%B0%E5%8C%96%E3%81%97%E3%81%9F%E3%81%8B%E3%82%89-%E4%BF%9D%E5%AE%88%E3%81%A0%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%A8%E4%BF%A1%E3%81%98%E3%81%A6%E3%81%9F%E4%BA%BA%E3%81%94%E3%82%81%E3%82%93%E3%81%AA%E3%81%95%E3%81%84-m-m-%E7%9F%B3%E5%B9%B3%E3%81%95%E3%82%93%E3%81%AF%E3%82%B9%E3%83%91%E3%82%A4%E3%81%A7%E3%81%97%E3%81%9F-%E3%81%9D%E3%81%AE%E8%A8%BC%E8%A8%80%E3%81%AE%E5%85%A5%E3%81%A3%E3%81%9F%E5%8B%95%E7%94%BB%E3%81%AF%E3%81%93%E3%81%A1%E3%82%89/

石平さん・・って本当に信頼出来ますか。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1452416279

元中国人の日本人「石平太郎氏」は中国や共産党の
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14133995779

―――――――――――――――――

私も、そうではないかと勘ぐる方だ。

一方で、石平を疑った言論人について経歴に関する噂がある。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E9%96%93%E6%94%BF%E6%86%B2

こういう情報は、スパイ説をばら撒かれた仕返しとして行われているかもしれない?

そういうこともあり、石平の本は読まないできたが、黄文雄の本を何冊か読んでいくうちに、とりあえずは一冊くらいは読んでおこうという気になった。

その本とは、「わたしはなぜ「中国」を捨てたのか」である。2009年の初版、当時は民主党政権だった時代、産経やネット界では石平の記事が多かった。
しかし、中共スパイだろうという疑念が消えず、敢えて距離を置き、引用もしなかった。

そういう前提はあるものの、「わたしはなぜ「中国」を捨てたのか」にて、皇室の存在価値について言及した箇所に私は興味を持った。読んでみて名文と思った。
スパイだから、なおさら名文が得意という見方もできるかもしれないが、一読する価値はある。

そういう前提で、当該箇所を転載させていただく。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

皇室を持つ日本人の僥倖

もちろん、皇室の永続性は皇室だけのためにあるのではない。
まさに、万世一系の皇室があるからこそ、日本がわが中国がかつて経験したような「易姓革命」という名の王朝交代を必要としないのである。それゆえ日本民族は、わが中国の祖先たちが王朝交代のたびに体験しなければならなかった、長期間の戦争と動乱と殺戮の悲運を免れているのである。
そして、日本民族が存亡の危機に瀕した時、かけがえのない救世主としての役割を果たしてきた。日本が西欧列強の植民地になるかもしれない危機を救った明治維新は、まさに天皇の錦旗を掲げた「王政復古」であった。大東亜戦争の終戦の時、昭和天皇による詔書一つで出口のない戦争状態が収拾され、「万世の太平」が開かれたのである。
超越的な存在としての無私無欲の皇室を持つことは、まさに日本民族の幸運であり、日本歴史の僥倖なのであろう。
中国人の私は、羨ましい思いで日本の歴史を眺めつつ、一人の「愛日主義者」として日本の皇室の天長地久と、日本民族の永遠の繁栄を願いたい気持ちである。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

この種のことは、実は、渡部昇一の本に書かれていることが多いが、残念ながら石平の書きぶりの方が説得力がある。

それゆえ悩むのだ。

一方で、私は、この種のことを外国人に指摘され、舞い上がって、コピペすることを恥じている。外国籍の言論人(石平は今は日本人)の意見、主張をそのまま鵜呑みにする政治的リスクもある。

しかしながら、国家主席になる前の習近平が、今上陛下への謁見を時の民主党政権に強く要求した理由を、ここに見出さざるを得ない。

―― 参考情報 ――――――――――

習近平氏 2009年の訪日で20分の天皇表敬訪問にこだわった理由
http://www.news-postseven.com/archives/20150526_321676.html

―――――――――――――――――

石平の皇室観、そもそも我々世代が認識、共有化しておくべきことだ。

渡部昇一は、多くの本でそういう趣旨のことを書いている。何度も読んだ関係で、私には念仏のようになってしまっている。

ただ、元中国人(スパイ?)にここまで褒められる皇室の存在、我々は、きちんと受け止め、これまで無関心なままできたことを改めるべきではないか?

かくいう私は、書店に寄る都度、神社や皇室関係の本を探すようにしている。それは、自分がこれまで無関心で来たことを反省し、敢えてそうするようにしている。今の自分に必ずしも必要なくても、孫世代に必要と思えば、迷わず買うようにしている。


見方を変えたい。

前述の石平の本全体が多分に信仰告白的要素が強いことから、
後半は、一人の日本人として、それと対峙させる?意図からいささか神道の信仰告白的な文章になること、ご了承いただきたい。

こういう見方もある。
映画インデイジョーンズ3にて、キリストのホンモノの聖杯は、目立たないものとして描かれていた。

私の育った時代、神社もそうだった。皇室もそうだった。
決して目立つ存在ではなかった。小学五年生の頃、小学校施設周辺を天皇・皇后両陛下行幸途中で通過され、小学校生徒一同、日の丸小旗を振って出迎えた。昭和天皇は静かに手を振られ、皇后様は私がひときわ目立つ格好で手を振った姿を認め、振り返られにっこりされたことを昨日のことのように覚えている。

この時代、旧陸軍と関係が深い神社施設は、老朽化、草が生え、朽ち果てる寸前だった。が、ある時期を境に復活、春になると、桜の花が咲く。小さい頃、虫捕りした風景と別の風景がそこにある。
GHQに接収され、オンボロあばら屋だった陸軍施設もいつの間にか、きちんと復元された。
靖国神社、30年前の8月初旬(おそらく8月2日土曜日)に初めて参拝した頃は、参拝者はまばらだった。今は違う。年中参拝者がいる感じである。高校生が増えたような気がする。売店での頒布品も増えたような気がする。

気がついたとき、私は神道について、調べ始めていた。当時の書店に、神道コーナーはなかったが、今はある。当時の神社(居住地の一の宮)には、解説書等の販売は皆無だったが、今はある。立派な神棚セットも販売するようになった。

少し前のテレビ番組「神社百景」を見て、神社の位置図が載っているA4サイズの地図本を買った。全国各地に数えきれないくらいの神社があることを知った。山の頂上にも社があるものもあり、それ以来、日本は「神の國」だと思うようになった。

最近は行かないが、一時期、竹田研究会に通った。「古事記」の見方が変わった。神話と歴史が一体化した素晴らしい古典だと思うようになった。
キリスト教やイスラム教には聖書、聖典があったが、神道にはそれがない。そんな基本的なことを知ったのは、数年前だった。
年末には、書店で神社検定の本を見つけた。試験を受けるつもりはないが、そういう知識は孫と話する際のネタになると考え、勉強しようと思い立った。
そういう私は、いつの間にか、建国記念の日の日本会議主催のイベントに通うようになった。今年は、拙宅に初めて案内状が来た。

どうやら時代は変わりつつあるようだ。

また、昨年は、日米外交史的に、重要な「和解の儀式」が相次いだ。安倍首相とオバマ大統領の演説は、歴史教科書に載ることだろう。

我が国の文化、伝統は、決して目立つようなものではないが、神話の時代から途切れることなく、悠久の時を越え、我々の心の奥深く、静かな存在であり続けている。

いつの時代も本物は、喧噪とは無縁の状況で、継承されて行く。

戦後70年を経て、我々は継承することを託されているのかもしれない。
それは、強制され命令されてそうなるものではない。法律の解釈でそうなるものでもない。親が子に、子がさらに…………すべてが自然に、行われてきた。これからもそうなるだろう。

しかし、未来永劫そうあって欲しいと願うのであれば、その継承を確実なものにすべく、我々世代は、静かに、なすべきことがあるはずだ。

日本という国は、外国人からみて、存在すること自体が奇跡に近い国であるのかもしれない、いや本当に奇跡なのだろう。

その奇跡という「幸運」を、我々はもっと大切にすべきかもしれないことを指摘し、本稿を終える。
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Comment

NoTitle

本日の記事は、石平さんの一文の上をいく名文だと思います。
「見方を変えたい」から以下後半部分を指しています。
「いつの時代も本物は、喧噪とは無縁の状況で、継承されて行く」。その通りだと思います。
「本物」とは「神話」のことだと私は理解しています。
そして、それを絶やすことなく継承してくれる人が必ずいます。決して庶民ではありません。その時代のスーパーエリートです。
不思議なことに彼らスーパーエリートの特徴は、実は並外れた合理性と論理性と実証性を重んじる精神を持った知性であるということです。
それでいながら彼らは理屈をやすやすと超えていくことができる人士なんだと思います。
NoName |  2017.01.12(木) 01:37 | URL |  【編集】

Re: NoTitle

> 本日の記事は、石平さんの一文の上をいく名文だと思います。
> 「見方を変えたい」から以下後半部分を指しています。
> 「いつの時代も本物は、喧噪とは無縁の状況で、継承されて行く」。その通りだと思います。
> 「本物」とは「神話」のことだと私は理解しています。
> そして、それを絶やすことなく継承してくれる人が必ずいます。決して庶民ではありません。その時代のスーパーエリートです。
> 不思議なことに彼らスーパーエリートの特徴は、実は並外れた合理性と論理性と実証性を重んじる精神を持った知性であるということです。
> それでいながら彼らは理屈をやすやすと超えていくことができる人士なんだと思います。


お褒めいただき恐縮しております。
神話と歴史書が一体化し、その血筋を受け継ぐ人々が今も存在する、欧米社会の人たちは、その事実を知っただけで驚愕します。
尊いという意味は、そこにあります。

さて、投稿いただいたコメントの趣旨から
かつて、東大卒の上司に言われたことを思い出しました。
その上司は、「理屈で相手をねじ伏せても」、それは一時の事で、その理屈を上回る理屈が生まれてくる、それゆえ、理屈にこだわってはならない、そういう趣旨の事を何度も私に語りました。
その上司は、神道は教典がない、ことを知っていて、いつの日か、私にそう気づかせるために、たとえとしてそう語ったかもしれません。

実際、中国の哲学書は、そういう趣旨のものだらけです。
事務局 |  2017.01.12(木) 05:07 | URL |  【編集】

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