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2016.12.24 (Sat)

歴史学者が素人に敗北する時代

ある歴史学者が、自説について批判されたことを根拠に裁判を起こした。
その裁判で、歴史学者側は完敗した。

被告として訴えられた側はどう言ったか?

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

http://ameblo.jp/sakurauchi/entry-12228932078.html

更に私は述べました。「訴状及び準備書面において、控訴人は『研究者の名誉』という言葉を何度も繰り返してきた。実は、被控訴人も、分野は違えど博士号を有する研究者である。しかし、訴状及び準備書面を見る限り、控訴人は研究者として最低限の基礎的素養を意味する博士号を取得しているようには見受けられない。控訴人は、偉そうに『史料批判』という研究者らしい言葉を繰り返したが、その実、自らの仮説に都合の良い史料のみをつまみ食いしただけではないか。ましてや、本日、事実審の最後の最後の意見陳述においても嘘と捏造を繰り返すような者は、断じて『研究者』の名に値しない。仮りにも『研究者』と称するならば、法廷で嘘と捏造を繰り返し、その歪んだ政治的イデオロギーを訴えるよりも、文献で自らの学説を主張すべきだったのではないか」と。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

これは、裁判資料として公式に残るだろう。
そして、この裁判を受けて、民事で桜内側から損害賠償訴訟が行われると私はみる。

歴史学者から仕掛けたスラップ訴訟の結末はこうなりそうである。

韓国に逃亡しておられる朝日元記者におかれては、先輩の論説主幹が北京であのような死に方をされたことと併せ、おそらく生きた心地がしないのではないかと。
それもこれも自らが蒔いた、嘘、偽りを通じて得た、地位、名声への代償なのだ。

参考までに、そういう歴史のプロと称される方の行動の一端を紹介しておきたい。

―― 参考情報 ――――――――――

プロをバカにする保守系教科書会社
http://ameblo.jp/u1530t/entry-11651051889.html

―――――――――――――――――

最近、アメリカ批判を公然とし始めた、ケント・ギルバートはかく歴史学者を批判している。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

http://www.sankei.com/premium/news/161224/prm1612240007-n1.html

体制側の最後の悪あがき

 私は、米国カリフォルニア州の弁護士資格や法学博士号、経営学修士号を持っているが、日本の弁護士資格は持っていない。また、国際法律事務所に所属して、本格的に法律業務に携わっていたキャリアは10年に満たない。そして、政治評論家を名乗れるほどの知識や経歴もない。もちろん、歴史学者やジャーナリストとしての活動経験もない。

 しかし、専門家ではなく素人という意識があるからこそ、私はそれぞれの問題を論じる際に、最新情報や一次資料をその都度検証し、「ファクト」にこだわって原稿を書いてきた。本書を読めば分かるように、多くの個人や組織、政党など、実名を挙げて批判してきたが、「事実と違う」という抗議を受けたことは一度もない。

 これもインターネットが発達したおかげである。国立国会図書館や日米の大学など、信頼できる研究機関が公開する一次資料や専門情報に、誰もが簡単にアクセス可能となった。世界中の新聞や雑誌、書籍も、電子版があれば取り寄せなくともすぐ読める。そのため、とくに文科系の分野では、「専門家」として偉い肩書を持つ先生方も、最新情報の収集を怠れば、あっという間に「本当に専門家なのか?」と疑われる状況に陥る。自分自身は、憲法学者や歴史学者の道に進まなくて本当に良かったと、胸をなで下ろしている。

 例えば今では、GHQの「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(WGIP)」や「プレスコード」に触れない「専門家」が、戦後史や日本国憲法について何を論じても、まったく説得力がない。本来であればタブーにとらわれず、自由な研究を行うべき大学などの高等教育機関も、主流派はいわゆる「戦後レジーム」に従う研究者たちである。真実を探求する研究者は「歴史修正主義者」というレッテルを貼られて、異端視されてきた。

 日米とも、真実を追求することは疎かにされてきた。戦後70年以上もバレなかった嘘に基づく体制、それこそが「戦後レジーム」と呼ばれるものだが、今後もそれを維持したい人々が、メディアや教育機関を恣意的に動かして、最後の悪あがきをしている。


||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

ケント・ギルバートは、素人でも権威とされる歴史学者に、十分に対抗可能であるとしている。

私もそう思いつつある。

ケント・ギルバートが指摘することと併せ、文献的に以下の史料を認知せず、言及しない近現代史歴史学者の学説みたいなものは、大凡プロが書くにふさわしい歴史論文とみなされなくなりつつある。

ここで、近現代史本の見分け方のポイントについて紹介する。

―――――――――――――――――

・ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(WGIP)
・プレスコード
・ラジオ放送を通じた洗脳工作(眞相箱)
・(アメリカに都合が悪い本の)焚書
・西尾幹二が焚書シリーズで紹介した本
・検閲(手紙、新聞等)
・慰安所設置指令
・米兵による日本人婦女子強姦事件
・キャノン機関以降の謀略工作
・ヴェノナファイル
・GHQ要員の素性(一部解明が進みつつある)
・大東亜戦争における山本五十六に係わる数々の疑惑(完全に解明された訳ではない)

―――――――――――――――――

最近、相次いで出版化される近現代史の本は、上記のどれかについて意識、認めつつ書かれているものが大部分である。
真実を書かないと、売れないのだ。
読者は、過去に書かれた近現代史本の嘘、隠蔽にウンザリしているかもしれない。

私は、読む本すべてを購入してはいない。当然、予算上の制限がある関係で、図書館で予約して読むことになるのだが、長いもので予約してから1年経って読めた本(馬淵睦夫)もある。
馬淵睦夫の本は特に順番待ちの傾向が強い。倉山満の本も半年待って読んだ本ばかりだ。

では、秦郁彦、半藤一利、保坂正康あたりはどうか?どれもほぼ順番待ちなしで読める。これは事実だ。かつては読まれたこと、書店で配架されているので名前を知っている程度である。読んだ人たちは、ラジオ放送「眞相箱」のトリックにひっかかった団塊の世代であろうと思う。

図書館での予約の順番待ち実態を知ると、人々はかように正直なものなのだ。
限られた時間での読書、それは読む価値ある本に集中するものなのである。

私は上記の3人についてこう評価している。

秦郁彦については、慰安婦問題以外は読む価値はなさそうという判断である。近著で『明と暗のノモンハン戦史』(PHP研究所、2014年)があった。結構なボリュームの大作なのであるが、先行したノモンハンものの名著「ノモンハン事件の真相と戦果 -ソ連軍撃破の記録」(小田洋太郎、田端元)を検証した本ではないかと私はみている。

半藤一利は、長岡出身ということもあって、海軍善玉説、山本五十六英雄伝説の一翼を担った方である。ただ、中川八洋「山本五十六の大罪」、三村文男「米内光政と山本五十六は愚将だった―「海軍善玉論」の虚妄を糺す」、佐藤晃「太平洋に消えた勝機」、生出寿「凡将 山本五十六」、「ヴェノナ」あたりを読まれている方なら、山本五十六が誰かの指図?で敗戦を主導したという仮説を立てることを躊躇しないはずだ。
また、面白いことに、この種の本を紹介しているブログでは、新潟方面の方からの反撃コメントが湧いてくる傾向にある。彼らにとってはうまく隠蔽したつもりなので、真実を知られては困るのであろう。

保坂正康については、近現代史に係わるたくさんの本を書いた、歴史研究者だということを知っている程度である。過去数年間で1000冊以上の本を読んだが、この人の本は一冊も含まれていないと記憶する。それくらい印象が薄く、他に扱った本がない限り、読まなくても支障はなさそうだ。

また、渡部昇一の本を読んだ印象では、近現代史の大家と言われる、これら3人の本の紹介は極めて少ない。むしろ、ここで挙げた3人の本を読むくらいなら、大森実、徳富蘇峰、西尾幹二が焚書シリーズで紹介した本をおすすめする。
西尾幹二の焚書シリーズで紹介されている、戦前・戦中の本に書かれていることは刺激的だ。これこそ開戦直前のアジア・アフリカの実相ではないかと思う。
特に、歴史学者による隠蔽が激しいアメリカ史は、渡辺惣樹や倉山満の本にて、アメリカ史の真実を知っていただきたいところである。
なお、正統派でなければ気が済まない方は、平泉澄。流れるような美しい筆致にはほれぼれする。

当たり前のことだが、近現代史の一部が改竄、東京裁判が勝者による私刑、本当の戦犯国家はアメリカであることに、気づかれて方におかれては、トランプが日米外交の悪習(特に在日米軍マター)を一旦リセットしようとしていると考えると、適切な本を探し当て読書し、いざという場面に備えることは重要なことと考えるのである。

以上
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09:45  |  言論人  |  トラックバック(0)  |  コメント(1)

Comment

アホが死ぬ時代ですかね?

ガソリンプリカ疑惑説明しないさおり死ね(保育園落ちた。日本死ねの死ねとさおり死ねの死ねは同じ使い方です)と書かれたら終わりですからね。
説明着けて死ねOKにした、言葉の専門家である流行語大賞選考委員はおしまいですね。
専門家だろうが死ぬ時代が来たのは喜ぶべき時代ですね。
Suica割 |  2016.12.24(土) 22:47 | URL |  【編集】

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