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2016.12.12 (Mon)

大河ドラマ「真田丸」 大義に生きた悲劇の名将

私は、NHK大河ドラマは過去に起きた「創作捏造」続出に懲りて、見ない主義だが、真田丸だけはほぼ全編見続けた。

今年の真田丸は、近年の大河ドラマでみられたような筋書き、時代考証等の怪しさが少ないようで(少し現代風にアレンジし過ぎな場面は相当多いという問題はある)、俗説を含め、文献を比較検討したうえで脚本化されたものであることをWikipediaなどで登場人物のことを調べていくうちに知った。

さて、昨晩の「真田丸」、実際にそう語ったかどうか確認していないが、合戦して大阪城に引き揚げる途上、真田幸村が伊達政宗に放ったある一言、「まことの武将はいないのか!」、この言葉こそが今年のドラマのすべてを凝縮している「ハイライト」ではないかと考えた。

それゆえ、最終回を待たず、出稿したくなったのだ。


(脚本的に使われた)「まことの武将」という言葉には
誠の武将
真の武将
という意味がある。

既に、大阪冬の陣で和睦は成立、大阪城の堀は埋め立てられた。豊臣方に長期間浪人を養える蓄えはなくなりつつある。ほっておいても豊臣方は蓄えがなり力を失うのは確定的。
過去、豊臣秀吉は、和睦を結んだ武将は丁重に扱い、戦国の世を終わらせた。「私戦」を禁じたのは豊臣秀吉だった。豊臣秀吉は戦国を終わらせる「掟」をつくり、示し、諸大名は従った。
しかし、徳川家康は、最後の最後で、秀吉が示し従わせた「戦国の掟」を破り、徳川幕府による支配を盤石なものにするため、奸計を繰り出し、口実をつくり、私戦に近い大阪冬の陣、夏の陣を仕掛けた。

豊臣方には、最初から攻撃する意志はなく、大阪の陣はどうみても徳川方の私戦である。
徳川家康は、戦国の掟を破った悪徳武将ということになる。徳川に大義はない。


また、真田丸に登場する伊達政宗は、小田原合戦の際に豊臣秀吉に恭順を示したことで、北条氏政と同盟関係にあることを不問とされ、領地替えはあったが安堵されている。

―― 参考情報 ――――――――――

●伊達政宗が、豊臣秀吉の私戦禁止令を無視し、小田原に遅参したにもかかわらず、
死罪を免れたのは何故ですか?
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10138955250

―――――――――――――――――

徳川家康が大阪の陣でやっていることは、豊臣秀吉がやろうとすれば、(北条と同名関係にあった)伊達政宗に対して実行可能なことであったが、豊臣秀吉はそれをしなかった、真田幸村が放った「まことの武将はいないのか!」は、主君豊臣秀吉に臣従し命拾いした?伊達政宗が、大阪夏の陣で徳川方についた伊達政宗に対する強い怒りでもあった。

形式的には、最終回がハイライトであることは疑う余地はない。
場面は合戦続きとなろう。
が、武士道理念的には、昨晩がハイライトだったと見ているのである。


昨晩の「まことの武将はいないのか!」その一言が、真田幸村が「なぜ大阪方についたのか」を雄弁に説明していると私は思う。

真田幸村の父真田昌幸は、主君武田信玄の命に従い、その意志を継ぐべく、信玄時代の領地獲得のために手段を選ばなかった。
真田幸村は、主君豊臣秀吉の「秀頼を守れ!」という命に従い、大阪冬の陣に参戦した。が、豊臣方に徳川を攻め滅ぼすだけの力はない。

真田幸村は、形勢不利なのを承知で主君豊臣秀吉の命に従う、誠の武将、真の武将であろうとし、その時々の情勢で形勢有利な側につく習性のある伊達政宗に対し、「まことの武将」としての対応を迫ったと解することができるのである。


結果、伊達政宗は、真田幸村の正室とその一族を受け入れ、庇護した。それは「まことの武将」の証としての努めである。
伊達政宗はそのことによって、大阪方についた真田の大義を認めたのである。

昨晩のドラマで、徳川家康と上杉景勝が酒を酌み交わしている場面があった。上杉景勝は、真田幸村が自分がやりたいと思っていることをすべて実行していると評し、徳川家康に対しては大阪の陣に臨む徳川方の大義のなさを憂慮しているのではないかと、心情を吐露した。

さて、形勢が圧倒的に不利な情勢での最後に採られる戦術、それは、敵の本陣を総攻撃、敵の大将の首をとることしかない。

真田幸村は、実際そうした。伊達政宗は、やろうと思えば妨害できたであろうが、「まことの武将」としてこれ以上私戦に係わることを躊躇し、敢えてしなかったかもしれない。


最後の決戦、真田幸村、真田十勇士、その配下の兵たちは、徳川の本陣に迫る。(亡霊)真田昌幸が徳川の本陣に殺到する真田十勇士を鼓舞するに違いない。しかし、物量では勝てず、無念の敗退。
しかし、最後の最後で主君豊臣秀吉との「秀頼を守る」約束をこうした形で果たし、曲者として過去の合戦を有利に導いた武勲もあり、敗北はしたが名誉ある戦いをしたことで、悲劇の名将として今日に語り伝えられることとなった。

最終回では、武士の本懐、武士道の戦いぶりを合戦場で見ることになるだろう。

我々日本人の血には、武士の血が流れている。江戸時代末期、武士でなかった家系でも戦国時代に戦に敗れ帰農した一族が多いような気がする。
私は、一族の家系を調べ直し、男系家系以外にも多分に武士のDNAが含まれていることを知った。


従って、性分的に卑怯なやり方を好まない。約束を違えることは、たとえ自分に不利な約束であっても人生の恥だと思ってきた。仕事上では「義」を重んじ、部下に対しては「仁」でありたいと思い実行した。

中学生の同級生に「真田」という苗字の女の子がいた。女の子の父は自衛官。精悍な顔つきの女の子だった。

真田幸村が、昨晩のドラマの最後に抱擁した女性(真田家家臣の娘)と、同じ苗字の中学の同級生がだぶって見えてしまうのである。


次の日曜日、我々は真田幸村の最期を見届けることになる。

それは、戦国の世の最後にふさわしい、主君との約束を守るという大義に生きた「悲劇の名将」としてである。

我々は悲劇の名将を好む。「高貴なる敗北」(アイヴァン・モリス)という本に、歴史上の悲劇の主人公のことが書いてある。この本は三島由紀夫追悼本みたいな本である。
この本は既に絶版、古書価格は5000円はする。だが、そんなことは、(まことの)人生の価値に比べれば躊躇する価格ではない。買うべきか迷ったが、私は購入した。この本に真田幸村のことは含まれていない。
が、もしアイヴァン・モリスが日本人だったら、大阪の陣に係わる真田幸村とその十勇士のことを調べたのではないかと思う。

一方で、今回の真田丸の脚本は、三島由紀夫風であるとの指摘がある。
http://www.excite.co.jp/News/90s/20160313/E1457064207290.html

「真田丸」の最終回、私は「高貴なる敗北」を傍らに置き、真田幸村とその十勇士の名誉ある戦いぶりを見届けるつもりなのである!

以上
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