FC2ブログ
2019年02月 / 01月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728≫03月

2019.02.10 (Sun)

戦後史上の重大事件は何か?

本稿は、どちらかというと、皇国史観派の視点からの歴史観について述べたもの。

私は、通史の本を何冊か所蔵している。

残念ながら、戦後史上の重大事件について、体系的かつ深く追求したものは一冊もない。

従って、このままで推移すると、今持っている通史本は、一世紀後には戦後史の部分について欠落していることになる。

たとえば、平泉澄の「少年日本史」。皇国史観派にとっては愛読書的存在だが、最終章は大東亜戦争である。ただ、西村眞悟が語る、日本のこころの真髄は、平泉澄のこの本にある。
この本に続く名著、「渡部昇一の少年日本史」は、平泉澄の同名の本を意識して書かれている。まえがき、あとがきは、何冊もの歴史書を書き上げた後に、「日本人にしか見えない、皇国史観的な歴史の虹」の存在を意識したものだ。

その、渡部昇一は、多くの歴史書にて、「マッカーサーの議会証言」について繰り返し言及した。渡部昇一はこの証言を「戦後史上の重大事件」として捉えているとみなしていいだろう。
マッカーサーはアメリカ軍人として日本軍と戦い、GHQの立場で日本占領統治した当事者として、アメリカが戦った戦争について、日本は自衛のために戦ったと結論づけ、間接的にアメリカの参戦の妥当性を否定したことになった。
最終的に、マッカーサーは解任され、大統領選挙に出馬したものの、芳しい選挙結果とはならなかった。アメリカを操る支配層にとって、マッカーサー議会証言は余計な発言だったということなのであろう。


では、この他に、「戦後史の重大事件」にふさわしいものがないか、西尾幹二の「国民の歴史」を読んでみた。が、左程意識して書かれた箇所が見当たらない。

本当に、本当に、皇国史観派にとって、戦後史上の重大事件は、「マッカーサーの議会証言」以外、他にない、のであろうか?

私は、少なくとも他に、二つあると思っている。正確に言うと、二つあると思ってきた。

平泉澄が書いた「少年日本史」は、見出しのうえでは、大東亜戦争が最後の章である。従って、「少年日本史」に続く、通史本を書くとした場合、戦後史の重大事件について記述しなければ、「少年日本史」に繋げた通史本を書いた意味がないことになる。
渡部昇一は、「マッカーサーの議会証言」を、戦後史の重大事件として認識させようと、自身の歴史書で繰返し説いた。
私は、平泉澄の「少年日本史」発刊直後に起きた、「三島由紀夫の自決」が、戦後史上の重大事件であるとみている。
当時のテレビニュース、新聞記事を通じ、「三島由紀夫の自決」は衝撃的な出来事だったと記憶している。また、多くの言論人、特に、歴史家は、この重大事件について歴史上の重大事件だったのか、そうでないのか、言及することを避けてきたように私には見える。





なぜ避けるのか?


答えは簡単である。


言論人、歴史家のほとんどが、三島由紀夫ほど現実社会において有能ではなく、三島由紀夫ほどの国家観、精神性ある執筆・言論活動ではなく、かつ三島文学の核心を理解するに至っていないからだ。

三島は多くの戯曲も出している。つまり、三島の自決直前の発言も野次も、ひょっとすると戯曲としての演技ではないかという見方もできるかもしれない。

とにもかくにも、三島の執筆・言論活動の本質を理解、分析、要約して書けない人に、現代史における「三島由紀夫の自決」の意味について書けるのであろうか。かくいう私も、三島について書くことを躊躇ってきた。もちろん、私にとって、三島由紀夫は雲の上の人である。従って、歴史観的見方として、三島の自決をどう位置づけるのか、悩んでいたのである。


いろいろ悩んでいるうちに、現代史に言及する通史本で、三島由紀夫の自決について言及した本に、ついに出会った。

書名は、「日本国史」。著者は、田中英道。三島由紀夫の自決について、こう書いてある。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

296~297頁

三島由紀夫の死と日本人のあるべき生き方

谷崎潤一郎や川端と比べると、三島由紀夫の小説には、濃密な日本の伝統文化の社会が描かれていません。戦後は特にそうした過去が否定される時代でもありました。三島由紀夫には、自分の小説でそれに代わる新たな世界を構築することは不可能と感じられたのです。そのことが小説家をつづけられないという絶望につながったはずです。その絶望がなければ、これだけの小説家が死を選ぶはずはないのです。
もう一ついえば、戦後の天皇が、人間宣言により神としてではなく一人の人間として見られるようになったことへの失望があったと思います。天皇の神格化によって支えられていた日本がそれを失ったという絶望感が重なっていたと見ることができます。

あらゆるタイプの小説が書かれてしまって、もはや新たな世界をつくれないという小説家の絶望感は、過去の多くの小説を知る知性的な三島には、切実な問題であったはずです。芸術の形式の成熟と没落は、すべての芸術に共通します。ですから、三島がもう小説の時代ではないと自覚したことは正しかったと思います。その根底には、日本の伝統と文化が失われてしまったという嘆きがあったでしょう。伝統と文化が新しい状況に対応して常に変わっていくということに期待をもてなかったのでしょう。


||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

一見、何気ない書きぶりである。
有能な小説家と無能な小説家がいたとして、有能な小説家は(東大、国家公務員試験に合格したことを指す)、すべてが見える。が、有能さゆえに真剣に悩み、絶望し、失望、実行した。それが三島由紀夫ではなかったか。

田中英道は、この本にて、三島の自決を戦後史上の重大事件とは言い切ってはいない。が、書いてある箇所は、300頁ほどの本の最後の数頁前である。
つまり、著者は、戦後史上の重大事件だとことわってはいないものの、「三島の自決」を重大事件と認識した前提で、「三島由紀夫の死と日本人のあるべき生き方」と題する、三島の自決についての著者の総括的見解を示し、最終章「われわれは自分の言葉を取り戻さなければならない」を最後のまとめとした、と解することができる。

ちなみに、書名の副題は、「世界最古の国の新しい物語」。

平泉澄、渡部昇一が書かなかった、後の時代の領域にて、「三島由紀夫の自決」という「新しい物語」を田中英道は、そっと目立たぬように、付記したのである。


それゆえ、現時点で、皇国史観派が所蔵すべき通史本は、①平泉澄の「少年日本史」、②マッカーサーの議会証言を重大事件として扱った「渡部昇一の少年日本史」、③三島由紀夫の自決を重大事件として追加した、田中英道の「日本国史 世界最古の国の新しい物語」となるべきと考えるのである。

なお、本稿で言及していない、三つ目の戦後史上の重大事件は、現政権下にて進行中の事案と考えていいだろう。一言で言うと「戦後レジームからの脱却」である。

以上

関連記事
スポンサーサイト

テーマ : 歴史認識 - ジャンル : 政治・経済

06:06  |  社会認識  |  コメント(2)

Comment

Re: 三島は、保守層でも、左翼層でも、一筋縄では語れない存在

> 三島由紀夫は、自分にとってはあまりにも「巨大」過ぎる存在で、同時に「恐れる」存在でもありますね。三島の「生き様」を知れば知る程、並大抵の人物ではない、一般人は愚か、相当レベルの知識人(三島の師である川端ですら)でも、到底真似ができないだろうな、と痛感させられるところが多いですね。
>
> 中川八洋先生自身は、三島には否定的らしいのですが(一部、隠れ共産主義者、nazism信奉者と思われる人物を尊敬していたらしく、昭和天皇の「人間宣言」は共産党のデマプロパガンダであり、それを「断罪」するのは間違っていると考えている為)
> >バタイユ教徒・三島由紀夫と“双曲線分裂の天皇観”
> http://nakagawayatsuhiro.hatenablog.com/entry/2018/11/09/173337
>
> しかしながら、中川先生ですら「三島由紀夫」を語るのは「躊躇っていた」ようで、寄稿の末尾に「三島が隠れ共産主義者、無神論者であるバタイユを信奉していたは、失望した」と述べている程度ですね(三島の時代では、思想的立場を判断するには難しい側面もあったとは思いますが、それでも、共産、保守ですら「崇敬する」レベルである為、相当な人物である事は間違いないと思います)。
>
> 三島の自決の前年、東大全共闘の学生と討論した時にも、全共闘側は「小説的虚構に過ぎぬ、神格化した天皇制を崇めているとは時代錯誤も甚だしい」と「皮肉」ってはいたものの、それでも「何らかの認めるべきところ」はあったようで、共産系の運動全盛時代の者達ですら、三島由紀夫を非難する様なことも少なかったですね(三島自身も東大法学部出である事も関係するのかもしれませんが)。
>
> 三島自身が帝大時代最後の東大法学部卒、高等文官試験主席合格、大蔵官僚を一年程度で退職(戯曲作家一本で食っていくわけでは無く、当時のエリートコースたる大蔵省に入省した理由と、それを一年で退職したのも何か至らなかった事があったのか)といった「離れ業」をやってのけていますが(ただ、他にも財閥系の銀行などの金融機関を受けていたらしいのですが、理由は知りませんが、落ちたようです)、その前後で、日本社会の「中枢部」に入り込んだ理由と、全共闘の学生活動家との討論を通じて思い至ったのが「自衛隊駐屯地」における「自決」ではないかと思いますね。
>
> 恐らく、そのあたりの事情を解き明かす必要もあると思います(その際、三島自身は、あくまで伝統的な古典文学を愛する、純粋な戯曲作家であり、決して政治作家では無い事を留意しておく必要もあります。仮に、彼が政治作家であった場合、三島という人物は小人物で終わっていたのではないかと思っています)。
>
> 正直、三島由紀夫を保守のみならず、日本社会の思想的立ち位置でどのように位置づけるかは、極めて難しいと思われますが(三島を単なる戯曲作家であり、思想家として分類するべきではないと考える人もいるかもしれませんが)、我々に近現代の日本社会の問題の本質が何であるか、体で示した人物であり、同時にそれを「解決」するべき時が来ているのかもしれないと思いますね。


鋭い考察と思います。
三島由紀夫について、歴史観的視点を以って書ける人はなかなかいません。
また、三島の自決を、戦後史上の重大事件であると暗示した、田中英道の通史の本は、もっと高い評価を得るべきと思っております。
管理人 |  2019.02.11(月) 18:55 | URL |  【編集】

三島は、保守層でも、左翼層でも、一筋縄では語れない存在

三島由紀夫は、自分にとってはあまりにも「巨大」過ぎる存在で、同時に「恐れる」存在でもありますね。三島の「生き様」を知れば知る程、並大抵の人物ではない、一般人は愚か、相当レベルの知識人(三島の師である川端ですら)でも、到底真似ができないだろうな、と痛感させられるところが多いですね。

中川八洋先生自身は、三島には否定的らしいのですが(一部、隠れ共産主義者、nazism信奉者と思われる人物を尊敬していたらしく、昭和天皇の「人間宣言」は共産党のデマプロパガンダであり、それを「断罪」するのは間違っていると考えている為)
>バタイユ教徒・三島由紀夫と“双曲線分裂の天皇観”
http://nakagawayatsuhiro.hatenablog.com/entry/2018/11/09/173337

しかしながら、中川先生ですら「三島由紀夫」を語るのは「躊躇っていた」ようで、寄稿の末尾に「三島が隠れ共産主義者、無神論者であるバタイユを信奉していたは、失望した」と述べている程度ですね(三島の時代では、思想的立場を判断するには難しい側面もあったとは思いますが、それでも、共産、保守ですら「崇敬する」レベルである為、相当な人物である事は間違いないと思います)。

三島の自決の前年、東大全共闘の学生と討論した時にも、全共闘側は「小説的虚構に過ぎぬ、神格化した天皇制を崇めているとは時代錯誤も甚だしい」と「皮肉」ってはいたものの、それでも「何らかの認めるべきところ」はあったようで、共産系の運動全盛時代の者達ですら、三島由紀夫を非難する様なことも少なかったですね(三島自身も東大法学部出である事も関係するのかもしれませんが)。

三島自身が帝大時代最後の東大法学部卒、高等文官試験主席合格、大蔵官僚を一年程度で退職(戯曲作家一本で食っていくわけでは無く、当時のエリートコースたる大蔵省に入省した理由と、それを一年で退職したのも何か至らなかった事があったのか)といった「離れ業」をやってのけていますが(ただ、他にも財閥系の銀行などの金融機関を受けていたらしいのですが、理由は知りませんが、落ちたようです)、その前後で、日本社会の「中枢部」に入り込んだ理由と、全共闘の学生活動家との討論を通じて思い至ったのが「自衛隊駐屯地」における「自決」ではないかと思いますね。

恐らく、そのあたりの事情を解き明かす必要もあると思います(その際、三島自身は、あくまで伝統的な古典文学を愛する、純粋な戯曲作家であり、決して政治作家では無い事を留意しておく必要もあります。仮に、彼が政治作家であった場合、三島という人物は小人物で終わっていたのではないかと思っています)。

正直、三島由紀夫を保守のみならず、日本社会の思想的立ち位置でどのように位置づけるかは、極めて難しいと思われますが(三島を単なる戯曲作家であり、思想家として分類するべきではないと考える人もいるかもしれませんが)、我々に近現代の日本社会の問題の本質が何であるか、体で示した人物であり、同時にそれを「解決」するべき時が来ているのかもしれないと思いますね。

西 |  2019.02.11(月) 04:20 | URL |  【編集】

コメントを投稿する

Url
Comment
Pass  編集・削除するのに必要
Secret  管理者だけにコメントを表示  (現在非公開コメント投稿不可)
 

▲PageTop

 | HOME |