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2018.10.13 (Sat)

憲法9条改憲  重要なことが見落とされているのではないか?

Suica割さんは、日米安保と在日米軍の存在についてこう述べている。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

http://sokokuwanihon.blog.fc2.com/blog-entry-1152.html#comment1635

日米安保条約の文面は良く考えてある

適切な行動をとるという文面は、暗黙のうちに、アメリカの主体的判断によるという意味合いを持たせ、在日米軍の行動には、日本国の国権が及ぶ領域でないことが、述べられている。

最終的に国権の及ばない領域に違憲性は問えないのは明白である。

他国に自国の安全を委ねることを違憲とする条項も無いため、その面でも合憲といえる。(日本の主権は、保護国としての主権であり、情けないこと甚だしいが。)

在日米軍を日本が勝手に動かせるのであれば、違憲となってもおかしくはない。
しかし、アメリカの命令でしか在日米軍は動かないので、違憲とはならない。

Suica割 |  2018.10.11(木) 12:25 | URL |  【編集】

二つの立場で考えられますね。

■論点2 Suica割さんが指摘する道理(在日米軍が駐留している以上、日本国政府には命令権がない⇒命令権がない国家の自衛隊は戦力の保持にあたるわけがない⇒自衛隊が違憲である訳がない)

この立場に立つと、日本は、アメリカからみると、中国のマカオや香港のような立場にあたります。
それならば、日本は世界最大の特別自治区という扱いですね。
自衛隊も日本国よりも上位の連邦政府の命令による州兵組織と解釈でき、日本国憲法骨抜きによる合憲組織といえます。

元々、私が言いたかった立場
NATOの欧州駐留軍と在日米軍は同一な性格の組織と前提に置いています。
1 他国の軍隊の駐留を明確に否定する条項が日本国憲法には無いため(あったら、GHQの占領批判を招きかねないから、置くわけがない)、在日米軍の駐留自体は、一応、他の条項との絡みがなければ、合憲とします。
2 その上で、字面通りに九条を読み解けば、自衛隊は自衛隊法により、規定され、国家組織として統制され、総理大臣に最終的な命令権が付与されているため、憲法違反の組織と認定されるという立場から、在日米軍を見てみます。

在日米軍は、100%日本側の費用負担があったとしても、米国組織のため、命令する権利自体を日本は持たない。
お願いをして活動してもらうことは可能だが、日本国政府がダイレクトに命令を下して行動をしてもらうことは、内政干渉に当たり不可能。
日本国政府の統制下の組織に無いものに、日本国憲法違反を突きつけるのは不可能。
1と2より、在日米軍の違憲性は問えないので、合憲という立場です。

Suica割 |  2018.10.11(木) 11:18 | URL |

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

一応、Suica割さんの見解は、概ね穏当なものであるような気がする。
が、在日米軍関係者が日本国憲法、憲法9条について、国際法、国連憲章と関連づけてどう解釈しているのが気になるところである。

どうやら、国内的視点だけで9条を語り過ぎたようである。

同時に、諸外国が、自衛権についてどう解釈しているのか、国際法との関係、戦争や軍隊の位置づけについてどうみているのか、憲法9条改憲の前提条件として、比較検証しなくてはならない気がする。

改憲の前提条件として認識しなくてはならないポイントは三つあるようだ。

三つのポイントとは、

・現行国際法の限界
・戦争の目的と期間の変化
・軍事的要求の変化

である。

「情報と国家戦略」(太田文雄)から該当箇所を一括転載させていただく。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||


66~73頁
現行国際法には限界がある
国際法の父といわれるグロチウスが出現したのは、近代国民国家が誕生し始めるウエストファリア条約締結の前後でした。国際法は、その字の如く国と国との際を既定していることから、二十一世紀の戦争携帯である非国家主体とコアリションを規定するには新しいスキームが必要となり始めています。
その第一が、前項で述べた先制攻撃の問題です。国連憲章五十一条には「武力攻撃が発生した場合は」として自衛権を認めており、厳密に解釈すれば先制攻撃は国際法違反となりますが、既述の如く今日では多くの国が先制攻撃を是認し始めています。
第二に、一国の内政に関しては干渉を行わないという規範は国連憲章第二条七項に規定される国際社会の大原則の一つです。しかしながら今日の国際社会では、状況によっては、この内政不干渉原則を排除し、不当かつ過度な人権の侵害に対しては、それがたとえ一国の領域内で生起した事象であっても、対処するべきであるという新たな規範が生まれつつあります。

中略

第三に、現在グアンタナモで拘束されているアル・カイダのような非国家主体やイラクで多国籍軍と戦っている反政府勢力を、国際法上の戦闘員とみなし捕虜として待遇すべきか否かという議論が生じています。逆に非国家主体であるテロリスト達が、国際法の捕虜規定など厳守してくれることがないことがわかっているので、米国もイラクでは国家の雇用人ではなく民間会社が雇用する元軍人等にセキュリテイをアウト・ソースし始めています。
第四に、海上におけるテロ活動や海賊といった非国家主体の行為について、現在の海戦法規は何も規定していません。

戦争の期間も目的も変化している
十九世紀に生起した国家対国家の戦争は、普仏戦争にしても日清戦争にしても、月を単位とし、数ヶ月で終結しています。二十世紀の同盟間で生起した戦争は、第一次、第二次世界大戦とも約四年間ですので数年の単位の長さといえます。二十一世紀の対テロ戦は、おそらく数十年を単位とした長さになるのではないかと思われます。理由は、国家であれば停戦交渉ができますが、どこにいる誰かが判らない相手に王手はかけられないからです。一面で対テロ戦はテロリストを壊滅することができないため、交通事故のように皆無にすることはできず、連綿として継続する努力によって発生を一定のレベルに抑えるといった結末に落ち着くのではないでしょうか。
戦争の目的も変化しています。十九世紀における国家間の戦争においては、領土の拡張が主たる目的でした。普仏戦争ではアルザス・ロレーン地域を獲得することがプロシャの目的でした。日清戦争によって、日本は台湾と、後に三国干渉で手放すことになった遼東半島を獲得しました。一八四六年に生起した米墨戦争で米国はメキシコからカリフォルニアやアリゾナを獲得しました。

しかし二十世紀の同盟間の戦争においては、第二次世界大戦や冷戦の勝者である民主主義国家群は戦後、その領土を増やしていません。第二次世界大戦の勝者、英・仏などはむしろ植民地を失っています。したがって、達成した目的は民主主義というイデオロギーや制度の優越性といえそうです。そして二十一世紀の対テロ戦における目的は、人命の安全や抑圧からの自由といった、人間の生存上基本的なことに帰着していくのではないでしょうか?

中略

二○○三年二月に米国が出した「テロリズムと戦うための国家戦略」の冒頭には国力の全ての手段を使う、として外交、経済、法規制、財政、情報、インテリジェンス、そして軍事が挙げられています。とりわけ非国家主体との戦いにおいては、単に軍だけではなく、警察、海上保安庁、出入国管理といった法執行機関との連携が必須となってきます。

このため省庁間協力が国家間の戦争や同盟間の戦争よりも重要性を増し、軍の役割も単に敵の殲滅ではなく。「戦争以外の軍事作戦」(Military Operation Other Than War:MOOTW)にも対応できるような多機能かつ柔軟な能力が求められています。

軍事的要求も変化する

ウエストファリア条約以前の兵士は主として傭兵が集められましたが、ナポレオン戦争を契機に国民皆兵の時代となり、徴兵制度が確立され始めてきました。しかし、現時阿徴兵制をとっている国は減少しつつあり、かわりに特殊部隊のような少数のプロフェッショナルな兵士を必要とする時代となっています。例えば一九八八年時点でのNATOメンバー一五カ国を基準とした場合、志願制をとっている国はアメリカ、イギリス、カナダ、ルクセンブルクの四カ国に過ぎなかったのですが、二○○三年の時点では、これにフランス、オランダ、スペイン、ベルギーの四カ国が加わって八カ国に、さらに二○○五年にはイタリア、ポルトガルが加わって一〇カ国となります。そしてロシアですら兵員に占める割合は徴兵制から志願制へとシフトしつつあります。

特殊部隊に関しては、二○○三年に発表されたオーストラリアの国防報告で特殊部隊を増加させ、特殊戦司令部の設立を明記しています。また、米国の二○〇五年国防予算に関しても特殊部隊の役割を拡張することが明記されています。このことは、国家間あるいは同盟国間の戦争のように国を挙げての総力的戦争から、高度技術兵器と、それを扱う高度に訓練された兵士や専門家が大きな役割を果たす戦争へと移っていることを示しています。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

これは、今から10年前に書かれた本からの引用である。まだ、日本は諸外国の十年前の次元にも達していない。

こうして眺めていくと、憲法9条に自衛隊の文字がないこと、言い換えると、憲法と自衛隊との関係がはっきりせず自衛隊法のみを根拠法とする前提での自衛権の行使は、現行国際法の限界、変化する戦争形態(目的、期間等)、変化する軍事的要求等に対し、省庁横断的かつ持てる国力を総動員した対応とするには、いささか不安が残るといわざるを得ない。

9条2項削除が正解と言えるのか、ということである。
まだ、解釈で凌げる9条2項を残しつつ、自衛隊の文言を挿入した方が、自衛隊内も国際法上の対応も緊急時の国会対応もしやすいのではないか。

自衛隊の文言がないと、侵略戦争のみならず、対テロリスト戦、国連PKO、それぞれについて、都度国際法の解釈とセットで国家として迅速な意志決定どころか具体対応もしにくい。

諸外国がの動静を勘案すると、なおさら、「自衛隊」の文字が憲法9条に含まれていないのは問題視されるべきなのだ。

要するに、9条2項削除すべきとする石破茂の主張は、自衛隊の存在どころか、国際法上の解釈をなお一層複雑化、脆弱なものにすることが懸念されるのである。

つまり、石破茂は何もわからず主張しているか、知っていて敢えてリスキーな9条2項削除を主張しているという見方に繋がるのである。


以上

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15:18  |  法整備  |  トラックバック(0)  |  コメント(1)

Comment

そもそも、内向き、後ろ向き過ぎる議論を憲法学者はやっていたのでは?

内向きからいうと、管理人様のいうように、各国の憲法と憲法の運用状況の確認を憲法学者はやっていないのではないかと思いますね。

憲法学者=憲法の研究者ではなく、憲法学者=日本国憲法の研究者というのが、正しい理解のように思います。

そこまで内向きな学者を保持し、再生産する理由があるのかと思います。
せめて、他の憲法まで範囲に入れた憲法学者か、日本の他の法律まで視野に入れた国内法学者であってくれと思います。

後ろ向きからいうと、平和主義なら平和主義で構わないが、それを軸にどういうアウトラインかいうこともなく、文面の解釈のみに拘る点が良くない。

如何なる行為が侵略か具体例をしっかり示されたこともなく、集団的自衛権反対、国連への協力反対では、事の是非もわからず、賛成もし難い。(これは安倍晋三氏にも言える。憲法改正反対勢力を切り崩すには、国民が納得出来る行動基準が示され、それに反さない憲法の改正や運用を行うと示した方が合理的。)

社会の理想形を示し、それにあった憲法条項の提示というアプローチも必要ではと考えることもある。
Suica割 |  2018.10.14(日) 11:19 | URL |  【編集】

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