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2016.08.13 (Sat)

天皇陛下お言葉表明に係わる私見 総論編

本稿では、標記について総論的スタンスで述べさせていただく。

私個人は、遺言みたいな形で問題提起がなされることを想定していた。遺言みたいな形で遺された場合、仮にそれが憲法違反だった場合でも尊重すべきという意見が大勢となるだろう。それゆえ遺言という形でなく、生前でのお言葉表明でほっとしていたところである。


従って、以下にあるように

天皇陛下の「生前退位」リークが、国民への暖かな配慮だった可能性
http://www.mag2.com/p/news/215536?utm_medium=email&utm_source=mag_news_9999&utm_campaign=mag_news_0812

国民への暖かな配慮がお言葉表明の動機にまずあって、リーク報道が為された可能性を指摘するのである。


なぜなら、今上陛下は、宮中祭祀を熱心に為されていた方と伺っていたからだ。
(宮中祭祀に不熱心な天皇陛下だった場合は、解釈はやや悲観的になる。)

続いて、お言葉表明後の東宮、秋篠宮家退出時間報道を読んでみたい。

―――――――――――――――――

http://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000081010.html

 天皇陛下が皇太子さま、秋篠宮さま、黒田清子さんを皇居に招き、夕食をともにされました。「お気持ち」を表明した後、3人のお子さまと会われるのは初めてです。

 9日午後6時半すぎ、皇太子さまと秋篠宮さまが皇居に入られました。黒田さんはその10分ほど前に自ら運転する車で皇居に入りました。天皇皇后両陛下と御所で夕食をともにされ、皇太子さまは約2時間後、秋篠宮さまと黒田さんは約3時間半後に皇居を後にされました。天皇陛下は8日、高齢となった天皇の在り方について、個人として考えてきたことを国民にビデオメッセージで表明されました。3人のお子さまと会うのはそれ以来、初めてで、今回の「お気持ち」表明についても直接、話し合われたとみられます。

実は、表明されたお言葉についてはその言の葉の次元まで、私は解釈するつもりはあまりない。
なぜなら、あることについて懸念する立場、懸念しない方とちらにでもとれるお言葉であったとの印象を抱いているからだ。

―――――――――――――――――

テレビ朝日が、宮家退出時間を報道する意図はどこにあるのか?
お言葉表明の真意を語る時間の長さを退出時間から推定することができよう。


すなわち、秋篠宮家は、皇室の将来の屋台骨を背負っていることがこの報道から読み取れるのである。

従って、今上陛下が宮中祭祀に熱心な方であったこと、テレビ朝日報道などから、私は、天皇陛下のお言葉報道について、そう悲観的ではないのである。

お言葉表明自体を憲法違反という見方があることは承知している。厳密に言うとそうかもしれない。が、今上陛下が、(一般論として)一言もお言葉を言えないのはどうか?という見方がある。
今上陛下にも言論の自由くらいは保障されているはずだ、という意味においてである。

次に、天皇陛下のお言葉そのものの解釈となるが、その言の葉の次元におりて、その言葉を使用した意図を含め、そう真剣に解釈する必要はあるのか、という見方をしている。
ふざけた解釈かもしれないが、文章的にはどちらにもとれるのだ。


こうして欲しいとははっきり書いていない。しかし、漠然と何らかの処置は求めている、と私は解したのである。

―――――――――――――――――

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160808/k10010626811000.html

8月8日 15時00分

天皇陛下がお気持ちを表明(全文)

「生前退位」の意向を宮内庁の関係者に示している天皇陛下は、8日、ビデオメッセージでお気持ちを表されました。

象徴としてのお務めについての天皇陛下お言葉(全文)

 戦後70年という大きな節目を過ぎ、2年後には、平成30年を迎えます。
 私も八十を越え、体力の面などから様々な制約を覚えることもあり、ここ数年、天皇としての自らの歩みを振り返るとともに、この先の自分の在り方や務めにつき、思いを致すようになりました。
 本日は、社会の高齢化が進む中、天皇もまた高齢となった場合、どのような在り方が望ましいか、天皇という立場上、現行の皇室制度に具体的に触れることは控えながら、私が個人として、これまでに考えて来たことを話したいと思います。

 即位以来、私は国事行為を行うと共に、日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を、日々模索しつつ過ごして来ました。伝統の継承者として、これを守り続ける責任に深く思いを致し、更に日々新たになる日本と世界の中にあって、日本の皇室が、いかに伝統を現代に生かし、いきいきとして社会に内在し、人々の期待に応えていくかを考えつつ、今日に至っています。

 そのような中、何年か前のことになりますが、2度の外科手術を受け、加えて高齢による体力の低下を覚えるようになった頃から、これから先、従来のように重い務めを果たすことが困難になった場合、どのように身を処していくことが、国にとり、国民にとり、また、私のあとを歩む皇族にとり良いことであるかにつき、考えるようになりました。既に八十を越え、幸いに健康であるとは申せ、次第に進む身体の衰えを考慮する時、これまでのように、全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと案じています。

 私が天皇の位についてから、ほぼ28年、この間私は、我が国における多くの喜びの時、また悲しみの時を、人々と共に過ごして来ました。私はこれまで天皇の務めとして、何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが、同時に事にあたっては、時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。天皇が象徴であると共に、国民統合の象徴としての役割を果たすためには、天皇が国民に、天皇という象徴の立場への理解を求めると共に、天皇もまた、自らのありように深く心し、国民に対する理解を深め、常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。こうした意味において、日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私は天皇の象徴的行為として、大切なものと感じて来ました。皇太子の時代も含め、これまで私が皇后と共に行って来たほぼ全国に及ぶ旅は、国内のどこにおいても、その地域を愛し、その共同体を地道に支える市井の人々のあることを私に認識させ、私がこの認識をもって、天皇として大切な、国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした。

 天皇の高齢化に伴う対処の仕方が、国事行為や、その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには、無理があろうと思われます。また、天皇が未成年であったり、重病などによりその機能を果たし得なくなった場合には、天皇の行為を代行する摂政を置くことも考えられます。しかし、この場合も、天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま、生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりはありません。
 天皇が健康を損ない、深刻な状態に立ち至った場合、これまでにも見られたように、社会が停滞し、国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます。更にこれまでの皇室のしきたりとして、天皇の終焉に当たっては、重い殯(もがり)の行事が連日ほぼ2ヶ月にわたって続き、その後喪儀に関連する行事が、1年間続きます。その様々な行事と、新時代に関わる諸行事が同時に進行することから、行事に関わる人々、とりわけ残される家族は、非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません。こうした事態を避けることは出来ないものだろうかとの思いが、胸に去来することもあります。

 始めにも述べましたように、憲法の下、天皇は国政に関する権能を有しません。そうした中で、このたび我が国の長い天皇の歴史を改めて振り返りつつ、これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり、相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう、そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ、ここに私の気持ちをお話しいたしました。 
 国民の理解を得られることを、切に願っています。

―――――――――――――――――

私は、自分が文章の作成者だった場合を想定して読んでいる。
憲法違反だという指摘はもっともだ。しかし、遺言みたいな形式で遺すよりは良い結果をもたらすような気がしている。


文章的には、隙がない。一般論を述べている。
そう作為的な箇所もない。しかし、レトリック的にちょっとした細工が施されている箇所があるので後述する。
お言葉の中に「憲法の下、天皇は国政に関する権能を有しません。」という表現がある以上、それ以外の個々の言の葉を拡大解釈することは危険だと思う。今上陛下は、お立場上、現行制度を否定し得ないからである。

ただ、以下の箇所については、ご自身の代のことだけでなく、それ以降予想される3代の天皇のことを想定して書かれている。

―――――――――――――――――

 天皇の高齢化に伴う対処の仕方が、国事行為や、その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには、無理があろうと思われます。また、天皇が未成年であったり、重病などによりその機能を果たし得なくなった場合には、天皇の行為を代行する摂政を置くことも考えられます。しかし、この場合も、天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま、生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりはありません。

―――――――――――――――――

他の文章の主語が「私」であるのに対し、この部分だけは、ご自身の代に限定していないのだ。

「天皇の高齢化に伴う対処の仕方が」という部分の主語は「私」であるのだが、

「また、天皇が未成年であったり、重病などによりその機能を果たし得なくなった場合には、」、とか、「この場合も、天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま、生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりはありません。」については、レトリック的には、ご自身の代だけでなく、それ以降の代についての取り扱いを述べていることに注目したい。

他の箇所は、主語は「私」、お気持ちそのものなので深読みする必要はない。問題は、主語が「私」から「以降3代」にすり替わるレトリック的作法を駆使した箇所となる。


ポイントは、ご自身の代とそれ以降の代の「高齢化、未成年、重病などのケースにおける」摂政の扱いにある!と私は読みとった。今上陛下は、ご自身が天皇である期間について、ある特段の配慮を求めていると解するのである。

渡部昇一氏は摂政が最善とするコメントを出した。

典範改正は危険、摂政が最善 上智大学名誉教授・渡部昇一氏
http://www.sankei.com/premium/news/160813/prm1608130013-n1.html

既に、櫻井よしこは、見解を出した。

【天皇陛下「お気持ち」】
政府は「大河の流れ」を見てお言葉を考えよ ジャーナリスト・櫻井よしこ
http://www.sankei.com/life/news/160809/lif1608090010-n1.html

過去の経緯をおさらいし、政府が検討する際の前提条件をコンパクトにまとめた文章なのだが、おしまいが中途半端。なんと、政府にお言葉を考えよ、とのことであった。
有識者会議の冒頭で語られるべきことを披露した文章だという評価となる。(オピニオンリーダーとして、櫻井よしこがすべきことは、漠然とした要求ではなく、シナリオ、手順、法整備マターの提言であった。)

渡部昇一氏並に、どの程度の処置が求められるのか?それを書いて欲しかった。政府は、検討に際しての前提条件を整理(今回の櫻井よしこが出した文章が該当)、いくつか想定されるケースについてのシナリオ、手順を比較、吟味、最終見解を取りまとめ、実行(法改正含む)に移す立場である。


天皇陛下個人の視点に立ってみたい。
当然、ここまでお一人で完成度の高い文章を作成するのに大変だったのではないかと思う。

そこで、文章推敲のために誰かを呼んで読んでもらうことになる。そのうちに、そういう文章化作業に入っていることが漏れる、皇室会議メンバーの知るところとなる、ところがそういうお言葉を発することは憲法違反という解釈上の懸念があり、宮内庁記者会が先導、皇室会議関係者、官邸、宮内庁上層部が、了解する形で、事前報道が為されたと、私は解している。

今上陛下の生前退位報道の件 政権の意志が働いた結果ではないのか?
http://sokokuwanihon.blog.fc2.com/blog-entry-92.html

つまり、(政治的動きをした者が皆無であった場合)天皇陛下のお気持ちを伺い、関係者総動員して分担した結果として、参議院選挙直後に、かく「お言葉発表」が行われた、解釈しうるのである。

これが、総論ベースでみた場合の、天皇陛下のお言葉表明に係わる、私の見立てである。



総論的見立てであるので、出来る限り中立のポジションを選んだことについてご理解賜りたい。

次稿以降にて、各論について述べる予定である。


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