FC2ブログ
2018年09月 / 08月≪ 123456789101112131415161718192021222324252627282930≫10月

2018.09.13 (Thu)

石破茂が主張する「防災省新設」  なぜダメなのか?

石破茂が防災省新設を主張しているので、組織的的視点から反論を試みる。

石破茂が総裁選の公約として主張する、防災省新設は、印象的には「各省庁に機能分散しているODA機能を外務省に一本化し統合する発想」に近いと思われる。
そこで、本稿では、「外務省にODAを一本化することによる問題」、「防災省新設によって発生する問題」それぞれ分離し、それぞれについて次元が異なる問題が発生するとの視点に立ち、問題分析(予見)を試みる。




●「外務省にODAを一本化」するとどういう問題が起きるのか?

私は、どちらかと言うと、ODA機能については、事務処理的には外務省に集中化すべきとのスタンスに近い。その視点から述べさせていただく。
しかし、調べていくと、実態的に、ODA機能が、各省庁に分散していることがわかってくる。

外務省だけではないのである。
経済産業省枠、国土交通省枠、いろいろある。たとえば、自治体主催のJICA研修は(私が知っているのは、国土交通省管轄の水道、下水道)。実は、それぞれの省庁所管事案なのである。専門家派遣も、厳密に言うと、各省庁所管事案として対応、最終的に外務省にて集約される。(実態的にホッチキス止め)省庁別にODA担当の官僚が存在しているのである。名刺を貰ったこともある。
従って、各省庁関与分を実質合算した場合、生身のODA予算は、外務省集計のODA予算よりも多いのではないかと推測している。
穿った見方をすると、これら省庁別に、省庁外郭団体が関与している。ODAそれぞれについて関係省庁外郭団体が関与している目的は、省益(天下り先の確保目的)確保であることは明らかだ。
しかし、それは、以降に記述する内容と比較すると、小さな次元の「必要悪」かもしれない。

ODA機能を外務省に集中化することは、最終決裁者が総理大臣か外務大臣となる頻度が増えることを意味する。
ODA事案について、ODA事案について、総理大臣が直接関与するケースは必要なのだろうか?せいぜい、首相の途上国の外遊の際の交渉ネタくらいであろう。
個別ODA事案を首相決裁とするとどういう問題が発生するか?外交対応上の扱いが、仮に、先進国>途上国だとして、個別のODA事案が先進国事案と同等以上とみなされることになる。どう考えても変だ。首相や大臣にさらに権限が集中することで、利権化しやすくなる問題もある。文科省不正の根本原因は、組織デザイン的に文科省大臣に許認可権限が集中し過ぎたことによることはご存じのことと思う。

他に、外務省にODA機能が集中した場合に起きる問題なのであるが、おそらく、いずれかの時期に、ODA実績を拡大しようとして、外務省は暴走するだろう。歯止めがきかなくなるのだ。組織は有能であればあるほど、無意識に、拡大を目指すからだ。戦前において、韓国や台湾を内地と同じ扱いで予算措置を講じたことを振り返りたい。国内の不況を考慮するとあれほどの規模で外地に投資すべきことだったのか?関東大震災時点で、当時の政府が、国内にもっと投資すれば、戦前の政治状況は変化したかもしれないのだ。私は、気になって仕方がない。同時に、首相が外遊先にて、途方もない金額の経済援助を表明、それが記事としてでかでかと配信され、(消費税換算で2%程度=4兆円)増税に直面している庶民としてはいささか閉口している。外務省にODA機能が集中化すると、途上国各国への経済支援の規模(金額ベース)が倍化するか、戦前のように内地ではなく外地(韓国・台湾)に「手厚く予算配分される」ことを懸念するのである。

よって、ODA事案の一括集中化については、関係各省庁利権化している問題は予見されるものの、
・大臣に権限が集中化し大規模利権化する懸念
・外務省がODA拡大で暴走する懸念
・外交上の位置づけが途上国>先進国となってしまう懸念
・国内へのインフラ投資よりもODAでのインフラ予算が優先される懸念
などから、現状のような、外務省の集中事務処理(ホッチキス止め的な集約)と省庁分散処理を維持すべきとの結論に達するのである。



●防災省新設によって発生する問題

私は、防災省のイメージがまったくわかない。

せいぜいできそうなことは、総務省から、非常災害対策機能と消防関係機能を分離することくらいである。災害発生時動員される、警察と自衛隊を防災省に組み入れることは、国の体制として大丈夫なのであろうか?
自衛隊員を、防衛出動必要な事態において、防災省に分散配置させる必要を感じないのである。また、陸上自衛隊員の要員は、中共、北朝鮮、韓国と比較して圧倒的に少ない。つまり、防衛上、圧倒的に少ない陸上自衛隊員を、敢えて分散配置する必要はどこにあるのか?
警察官については、特に機動隊が数多の事案に対応、現状において、全国大で広域的に派遣しているのに、防災省に固定的に要員配置することは、要員管理的にみて効率配置に逆行する。
防災省が創設されれば、一部要員配置が固定されるのは当然だ。
未曽有の災害が起きれば、防災省の要員では不足し、警察や自衛隊からの増員を求めることになるのは明らかだ。よって、要員管理的視点から、防災省新設は、効率的でないように思う。

職務権限規定上の問題もある。国家的規模の災害でみた場合、最終的に重要な判断を下すのは(防災省大臣ではなく)総理大臣である。安倍首相は総裁選の記者会見場でそう語った。私もそのとおりだと思う。
現状は、災害担当大臣は、総務大臣。その上に総理大臣がいる。
災害発生時、重要な判断を下すのは現状では、総理大臣、総務大臣、国土交通省大臣、経済産業大臣である。
しかし、防災省が創設されると、総理大臣、防災相大臣、総務大臣(通信、放送)、国土交通省大臣(建設、道路、水道)、経済産業省大臣(電気・ガス)が対応することとなる。
稟議書上、ハンコを押印する人が、4人から5人に増えるのである。業務処理の効率化を言うなら、集中処理の合理性を言うなら、押印されるハンコの数は少ない方がいい。
事務分掌の視点で考えると、防災省マターとするか、平常時の各省庁マターとするかという、線引きの問題が発生する。二重行政の発生が懸念されるのだ。二重行政が同時多発的に発生することは、行政機能の低下を意味する。

石破茂の主張は、アイデアとして誰でも思いつくことである。
が、私なりの経験で言うと

①要員管理面での非効率(防災省に、固定的に自衛隊、警察要員を配置することは、結果的に要員管理面での効率配置に逆行する)
②職務権限規定上の非効率(重要稟議書の押印者が、大臣クラスで一人増える)
③事務分掌的に、二重行政が同時多発する可能性(災害発生時の防災省事案とするか、平時の各省庁事案とするか)
という問題発生が懸念されるのである。

すなわち、要員管理、職務権限規定、二重行政という問題は、組織論的視点で見ると、防災省新設はすべきことではない、組織デザイン的に非常に不味いのである。


■結論

「外務省にODAを一本化すること」、「防災省新設」は同一視できない次元のものとして扱うべきである。
外務省が所管・集約する、ODA機能は、国家機能的視点でみて、現状ホッチキス止め以上の機能を持たせるべきではないし、
防災省は組織デザイン的にナンセンスである。

石破茂は、組織論的視点からきちんと調べ検討したうえで、政策発表したのであろうか?


以上

関連記事
スポンサーサイト

テーマ : 私の見解 - ジャンル : 政治・経済

06:27  |  保守政党  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

Comment

コメントを投稿する

Url
Comment
Pass  編集・削除するのに必要
Secret  管理者だけにコメントを表示  (現在非公開コメント投稿不可)
 

▲PageTop

Trackback

この記事のトラックバックURL

→http://sokokuwanihon.blog.fc2.com/tb.php/1112-59eb664c

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

この記事へのトラックバック

▲PageTop

 | HOME |