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2018.07.07 (Sat)

田母神裁判の実相  起訴前から有罪シナリオは用意されていた?

田母神俊雄は、公職選挙法の一審、二審の判決について、不服なようだ。


「公明党・創価学会の真実 「自・創」野合政権を撃つⅡ」を読むと、乙骨正生は公明党という組織は、批判的な言論を抑え込むための法的な手段を駆使すると指摘している。


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225~226頁

そうした攻撃の一環として創価学会がもっとも力を入れているのが、司法制度を悪用しての批判的言論の封じ込めである。具体的には、創価学会に批判的な言論の片言隻句をとらえて名誉毀損訴訟を濫発し、批判的言論を封じ込めるというものである。
これと連動して創価学会・公明党は「報道による人権侵害を許すな」などのキャンペーンを張り、名誉毀損訴訟の早期成立や損害賠償額の高額化、人権やプライバシーの保護に名を借りた言論弾圧法である個人情報保護法や人権救済法の制定に全力を傾注。創価学会に批判的な言論を抑え込むための法的な環境整備に血道をあげている。

筆者も、そうした創価学会の司法的救済に名を借りた名誉毀損訴訟を、四件提起(他に公明
党からの刑事告訴一件)されるとともに、機関紙誌等において「ガセネタ屋」「詐欺的売文屋」「ブラックジャーナリスト」「妄想狂」「言論の殺人者」などと、あらんかぎりの罵詈雑言を浴びせられている。
自らは批判的立場にある人物や団体に対して、人権も名誉も無視した悪罵の限りをつくす一方、自らに対する批判的言論は名誉毀損にあたるとして提訴する。実に狡猾かつ欺瞞的なやり方である。
しかも問題なのは、こうした創価学会の司法制度の悪用に対して、裁判所が歯止めとして機能していないことである。

中略

かくいう筆者も、創価学会から提訴されている四件の訴訟中、一件(週刊新潮との共同被告事件)は、最高裁で敗訴確定。残る三件のうち一件(和歌山講演事件)も、まともな審理もないままに東京地方裁判所で五○万円の損害賠償を命じるとの敗訴判決を受けている。


||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||



これを読むと、「復讐のための、司法組織体制」がかなり以前から整っていた気がする。
田母神俊雄は、裁判官はまともに審理しないと主張している様だが、その主張は、上記の事例にも当てはまる。悪しき慣習は続いていると見なくてはなるまい。

田母神俊雄は、そういう悪しき慣習が続く、司法組織体制であることを知っていて、「衆議院選挙で、公明党を潰せ、自公分断」と語ったのであろうか?

知らなかったのではないかと推定する。

知らずに、怖いもの知らずでああいう風に言ってしまったのではないかと。

検察官、裁判官の帰化の有無、出自、支持政党が気になるところだ。



「公明党=創価学会の深層 「自・創」野合政権を撃つⅢ」では、乙骨正生は、池田大作が、復讐戦に検事を動員する方針を示した?と主張している。

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160~161頁
検事や学生に「復讐」を扇動

さらに池田氏は創価学会の活動の基軸をなすのは、「復讐」であると、「復讐」教あるいは「怨念」教さながらの言説も繰り返している。例えば76年8月22日、池田氏は神崎武法氏ら、「自然友の会」と呼ばれていた学界員検事のグループと面談した際、次のように発言している。
「私が戦ったのは、戸田先生の復讐のためだけだ。革命とは復讐戦だよ。戸田先生は、牧口先生の復讐のために戦った。私の復讐は弟子たちがやるんだ」
動揺に96年11月3日に創価大学で開催された「創価同窓の集い」の席上、次のように話している。
「師である私が迫害を受けている。仇を討て。言われたら言い返す。打ち返す。切り返す。叫ばなければ負けである。戸田先生も、牧口先生も仇をとると立ち上がった。私も戸田先生の仇を取るために立った。私の仇を討つのは、創価同窓の諸君だ」
これに先立つ66年9月号の「前進」(幹部用テキスト)にもこうある。
「戸田先生や牧口先生の仇をうつために、(私は)会長になり、立ち上がったのである。あとなにもない。これが師弟の道です。これが同志の契りです」
学会員の検事や創価大学のOB・OGに「復讐戦」「仇討ち」を命じる池田氏。こうした指導を受けている学会員検事が、仮に創価学会が新潮社や筆者を名誉毀損罪で刑事告訴し、その担当となった場合、公正・公平な司法行政が担保されるのだろうか。
自・自・公連立政権以来からだけでも、すでに4年余にわたって創価学会と対立する立場の人物や団体を口汚く罵り、激しい攻撃を加え続けている創価学会だが、そのすさまじいばかりの「怨念」は、すべて「永遠の指導者」である池田氏が発生源なのである。
乙骨正生

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||



復讐のために、検察官を動員することが可能な体制にあるということは、起訴は、その組織にとって「復讐」実現のための最初の手段ということになる。



ちなみに、朝木明代元東村山市議の事件の担当検事は創価系だったそうだ。

―― 参考情報 ――――――――――

朝木明代元東村山市議殺害事件の真相が明らかになってきた!
https://blogs.yahoo.co.jp/posutoman21/44237415.html

―――――――――――――――――



公明党は批判する人を積極的に起訴するための法的整備、組織体制を整えていると気づくべきだったのだ。



田母神裁判の審理もまともだったかについては、「検証 検察庁の近現代史」にて、倉山満は裁判官と検察官の癒着の可能性を指摘している。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

53~54頁
なぜ検察の勝率は高いのか

要するに、裁判官はまじめに裁判をしているのかという批判である。まともに事件と向き合っていれば、ここまでの高い有罪率になるはずがない。むしろ、裁判官は「検察官が起訴したということは、有罪なのではないか」と決めてかかって裁判をしているのではないか、との声もある。
裁判官が検察官の起訴状を頭から信じるのであれば、それは文明国の刑事裁判ではない。逆に、検察官が優秀であり、絶対に間違いのない犯罪者(と思われる被疑者)のみを起訴していたとしよう。ということは、言い換えれば検察官は絶対に勝てる事件のみを起訴していることになる。そして、少しでも勝ち目がなければ凶悪犯かもしれない被疑者であっても不起訴にし、事件の真犯人を野に洟っているということになる。裁判官の怠慢と検察官の卑怯。ではその両者が結びついていたとしたら?

判検交流
実際、裁判官(判事)と検察官の癒着を指摘する声もある。ここでは一事だけあげておく。なんと、平成二四年に廃止されるまで、「判検交流」と称される判事と検事の人事交流が存在したのだ。司法権の独立など、どこ吹く荒らしの制度である。
私はかつて、「日本の真の三権分立とは、内閣法制局が立法権を、財務省主計局が行政権を、司法権を検察庁が握っていることである」と書いたことがある。(総理の実力 官僚の支配)

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||



裁判官も検察官も創価系だった場合、どういう結末になるのであろうか?

説明するまでもない。



創価・公明は、田母神裁判については、シッポは出さなかったようだ。

皆様は、田母神事件、田母神裁判の真の黒幕が何であるか、お気づきであろう。



過去の事件・裁判等の事例、創価・公明と対立関係にあった方が書いた文書情報を整理すると、田母神事件については、起訴に至るシナリオ、裁判の見通し、一連のシナリオを揃えられ、「復讐戦」がシナリオ通り実行された可能性を私は否定しない。

確かに、告発状は提出された。が、告発状を書かざるを得ない状況にするためのシナリオの一部だったと見ていいだろう。

彼らは、田母神事件、田母神裁判については、その存在を気づかれぬ様、うまく立ち回ったとしか言いようがない。


改めて、裁判の経過を参照したい。

―― 参考情報 ――――――――――

田母神氏陣営の元事務局長に有罪判決 東京地裁、無罪主張退ける
https://www.sankei.com/affairs/news/170724/afr1707240005-n1.html


◆田母神俊雄の2年間闘争
https://igaramu.com/2018/06/15/2018-6-15-%E6%AD%A6%E7%94%B0%E9%82%A6%E5%BD%A6%E3%80%81%E9%A0%88%E7%94%B0%E6%85%8E%E4%B8%80%E9%83%8E%E3%80%81%E7%94%B0%E6%AF%8D%E7%A5%9E%E4%BF%8A%E9%9B%84%E3%80%90%E8%99%8E%E3%83%8E%E9%96%80%E3%83%8B/

―――――――――――――――――



田母神俊雄は、自身は無罪であると主張するだろう。

悲観的見方をすると、事件は、事件化する前に、復讐のための組織体制が出来上がり、起訴前段階で有罪とするシナリオが用意され、裁判官はそのシナリオに沿った判決を出したということになる。



復讐戦のシナリオを大まかに書くと

①起訴に至るまでのシナリオを検察が準備
②裁判においては検察官と裁判官のなれ合いでの判決を想定(悪しき慣例)

ということになる。

①のシナリオについては、以下にて示した。

―― 参考情報 ――――――――――

田母神事件発生の必然性  なぜ田母神が狙われたのか?
http://sokokuwanihon.blog.fc2.com/blog-entry-1038.html

―――――――――――――――――

すなわち、起訴に至るシナリオが用意された段階で、有罪となることは十中八九確定していたのだ。



罠から逃れるためには、あの選挙区から出馬すべきではなかったし、公明党を潰せ、自公分断発言はすべきではなかった。

また、それ以前に、都知事選挙当時の選対幹部に、警察OBを入れ、公職選挙法摘発対策を強化し、選挙資金管理を厳格にしなかったから、起訴に至るシナリオが整わなかった可能性がある。

すべては、選挙責任者が公職選挙法摘発対策に無知過ぎた?ことに帰結するのである。

この種のシナリオは、現役の検察官なら瞬時に思いつくはずである。

なお、「検証 検察庁の近現代史」は、田母神を起訴し有罪に導いた、検察、おそらく創価系の?検察官の存在を皮肉る目的で出版化された、名著と位置づけるべきだろう。



以上

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