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2018.04.05 (Thu)

問題マスコミの体質  実は終戦直後と変わっていない?

TBSの報道特集、私は見ないようにしている番組だが、司会者が、とんでもない発言をしたことで話題となっているそうだ。


―― 参考情報 ――――――――――

TBS「報道特集」で司会が『マスコミの傲慢な本音』を自白して視聴者騒然。嘘つくな!とツッコミ殺到
http://u1sokuhou.ldblog.jp/archives/50509504.html

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瀬戸弘幸は、かく論評している。

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http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/53274744.html

 いつも思うのですが、国民の為に報道しているならば、少なくとも一番国民の支持率が多い政党の主張を、より多く尊重して報道してしかるべきです。

 ところが、それと全く逆なのがTBSの報道姿勢です。一番国民の支持が少ない社民党や共産党のような反日政党の主張ばかりを流す。公平な報道をしているとはとても思えない。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||



実は、戦前・戦中の言論人で、瀬戸弘幸と同様の見解を示している言論人がいる。
なんと、あの徳富蘇峰である。

徳富蘇峰の「終戦後日記ー『頑蘇夢物語』歴史編」から当該箇所を転載させていただく。



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徳富蘇峰 終戦後日記ー「頑蘇夢物語」歴史編


25頁

しかるに最近我国の操觚界(言論界)は、如何なる状態であるか。予はこれに対して、全く幻滅を感ぜざるを得ない。何を失うても、新聞界だけは、我が牙城として立て籠もらんと考えていた。しかるに何よりも先に、この新聞界が、土崩瓦解した。すなわち日本に於ては、何よりも、将た誰よりも、利巧に、上手に、手際よく、無条件降伏の実を示したのがこの新聞界である。これには二本現代人の中で、恐らくは何人よりも、時間に於ては長く、何人よりも間断なく、新聞人としての生涯を送った予に於ては、茫然自失せざるを得ないものがある。


27頁
予は戦争当時、新聞の記事が当てにならぬから、第一線より帰還したる陸軍専属、海軍専属の、記者諸君について、その真相を質す所があった。しかし彼等は、予の質問に応じて、千語万語するも、予が知り得る限り、すなわち当局者が発表したる範囲以外の事については、何等聴く所がなかった。つまり予は、軍人から欺まされたばかりでなく、予の同業者から、一杯も二杯も、喰わされたのである。而して戦争後になっては、彼等の総てとはいわぬが、そのある者は、実はここ迄黙っていたが、真相はこの通りなどと、我らが聴かんと欲する所を、臆面もなく書きたてている者もあった。しかしそれを書きたてたとで、国民の好奇心を挑発する以外には、何等の効果はなかったのである。病人が死んでからは、如何なる妙薬も良剤も、役にたつべき筈はない。かくの如く、我が操觚

28頁
者は、全部といわざるまでも、軍と肚を合わせて、国民を欺き来った。而して今日に於いては、軍その者のみに罪を嫁して、自分等は全く知らぬ顔をしているばかりでなく、何人よりも手酷しく、その鉾先を軍に向かって加えている。軍ばかりでなく、併せて戦争そのもの迄も、世界制覇の戦争、不義不正の戦争、切取強盗の戦争という風に、罵っている。軽薄もここに至って、また極まれりと言わねばならぬ。(昭和二十一年六月十八日午前、晩晴草堂にて)


31頁
もしマッカーサーの一喝微りせば、日本の新聞は、日本を何処まで引っ張って行いたか判らない。少なくとも彼等の一般の動向は、その中に、濃淡、冷熱、軽重、厚薄はあったとしても、つまり日本を共産化し、同時に日本を無政府国化し、国家を挙げて無秩序、無節制、我が物勝ちに血みどろになって、相争う修羅の世界を、現出せずんば已まざる形勢であった。しかるにマッカーサーの一喝によって、その傾向がピタリと止まった。

中略

極限すれば、若しマッカーサー微りせば、日本の新聞人と新聞は、日本を全く土崩瓦解せしむる、責任者となるべきであった。彼等をこの罪より救い、日本をこの危険より済うたのは、まったくマッカーサーの力である。日本政府の力では、彼らが仕組みたるメーデーの、宮城前に於ける芝居は、あれで終わるべきではなかった。天皇陛下に向かって、米出せ催促の運動は、いわば序幕に過ぎなかった。この先きは、如何なる事に立ち行くかも知れなかった。流石にマッカーサーも、その傾向に気づき、これではいかぬと、断乎としてその停まる所を示した。

32頁
「マンチェスター・ガーデイヤン」のスコットは曰く、議論は君等の意見通りに書くがよい。但し事実は有りのままに書いて貰いたいと。ところが日本の新聞及び新聞人は、事実と議論とを混同するばかりでなく、己れ等の欲せざる事実は、如何なる重大なる事実でも、これを黙殺し、己れ等の流儀に来たる事実ならば、如何なる微小なる事でも、針小棒大に書き立て、その為めに新聞によって、社会の真相を知らんと欲する者派、飛んでもな見当違いをせねばならぬ事となった。例えば日本国民の百分の九十までは、共産党というものを、心から嫌っているにも拘らず、その百分の九十の国民の意思を無視して、僅かに百分の十に足るか足らぬか、それさえ分からない者共の申し分を、さも国民の要求、大衆の興論でもあるかの如く、書き立て来ったのである。

33頁
最も驚くべき一事は、各新聞社に戦争責任論の、捲き起こったる一事である。マッカーサー風が、戦争責任論を振り回して、軍閥、財閥、官僚閥、政党閥、あらゆる閥を一掃するの、方便としたるに便乗して、彼等は所謂る新聞責任論を、真っ向に翳して、その社の新聞の首脳部ともいうべき者を、何れの社も殆んど一掃し去った。


109頁
それに付けても油断の出来ぬは、我が日本である。日本の新聞や、日本の言論界や、また日本の国民や、随分共産党の肩を持つ者がおり、殊に日本の放送局などは、今尚お共産党分子が、乗取っているのではないかと思われる程であるが、彼等は果たして、日本の共産党の背後に、何者があるかを、知っているか。世界の何処の里にも、共産党の背後にソ聯の手が動いて居ると見れば、日本のみが除外例であると思うのは、余りにも非常識である。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||


徳富蘇峰の、「例えば日本国民の百分の九十までは、共産党というものを、心から嫌っているにも拘らず、その百分の九十の国民の意思を無視して、僅かに百分の十に足るか足らぬか、それさえ分からない者共の申し分を、さも国民の要求、大衆の興論でもあるかの如く、書き立て来ったのである。」という指摘は、前述の報道特集でのアナウンサーの見解にそっくり当てはまる。

アナウンサーの国籍、帰化の有無はどうなっているのであろうか?
もし、外国籍なら、非常事態時において、スパイとして………………処置する必要はあるだろう。
また、徳富蘇峰が指摘していること、朝日、毎日、中日、東京、信濃毎日、北海道など、問題社説のルーツは、終戦直後から続いていると考えなくてはなるまい。

新聞社の報道姿勢はGHQ占領時代と変わりないとすれば、マッカーサーの如く新聞社に喝を入れる統治者、ないし法規制が必要となるだろう。

以上
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07:14  |  マスコミ  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)
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