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2017.10.02 (Mon)

安倍自民党が選挙で勝利するための5つの戦術  公約の差し替え・応援弁士強化を急げ!

拙ブログは、解散の大義はあるとした。野党各党は、解散の大義がないと主張したが、解散総選挙の準備ができていないことを、大義がないと言い換えたに過ぎないとみている。

しかし、ファジーでソフトランデイング路線を選択してきた安倍自民党は、解散の大義を国民各層に周知徹底するのを面倒臭がり、手間取るだろうと予想、問題提起するつもりでかく出稿した。

―― 参考情報 ――――――――――

安倍首相の解散決断に大義有り!  自民党は大規模周知活動の準備を急げ!
http://sokokuwanihon.blog.fc2.com/blog-entry-635.html

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菅官房長官の小池百合子「出馬を挑発する発言」もスパイスが効いていて面白い。これも大規模周知活動の一形態だろう。

―― 参考情報 ――――――――――

菅義偉官房長官「国を思うのであれば堂々と出馬宣言を」小池百合子知事を〝挑発〟
http://www.sankei.com/politics/news/171002/plt1710020063-n1.html

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いろいろ面倒みてきたが、これからは助けないが、それでもいいか、と言っているように聞こえる。

さて、本日、拙宅に、自民党公認予定の現職衆議院議員の活動報告が配布された。同日、「自由民主」の広報車が、二度、地域を「自由民主を読みましょう」と街宣した。この現職、以前はそういうことはなかった。ポステイングと街宣を一体化した広報活動、それは自民党として組織的にやっていることを意味する。

自民党本部に拙ブログの提言が受け入れられたどうかはわからない。が、ポステイングされたビラを一読して、自民党現職の公認予定候補は、危機感を以て、そして、地道に堅実に議員活動を続けていることを知り、納得した。これなら戦える、この候補は勝てる!、私はそう確信した。なぜなら、この時期、希望の党の候補者の演説もビラも存在していないからだ。

私の選挙区の自民党現職は、選挙戦に勝利するために必要な、先手有効打を放った。そう評価していいだろう。

さて、安倍首相の解散決断に続いて、安倍首相はNYタイムスに寄稿、国連演説を行った。

―― 参考情報 ――――――――――

総選挙の3つの争点  自民党広報活動はかく開始された!
http://sokokuwanihon.blog.fc2.com/blog-entry-638.html

安倍晋三首相の国連演説全文 北ミサイル「その運搬手段は早晩、大陸間弾道ミサイルになる」「必要なのは、対話ではない。圧力」「めぐみさんはじめ、多くの日本人が北朝鮮に拉致されたまま」
http://www.sankei.com/premium/news/170921/prm1709210011-n1.html

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これらは、国際的にスタンスを意志表示する点において意味がある。これも先手有効打である。

外圧に弱いとされる、日本政府が、このタイミングで、寄稿、演説しておくことは、外国の諸勢力から、選挙期間中に、余計な雑音による世論工作を予防することに繋がる。政権防衛目的の一手と評価しうる。

国連演説の方は、緊張感ある内容に仕上がっている。これによって、選挙期間中、北朝鮮を除いて各国は我が国(安倍政権)に対し、批判的な言動は差し控えるだろう。中共は、党内部の一大イベントがあって、日本のことまで手が廻らない。安倍首相はうまく選挙日程を選定したことは確かだ。

がしかし、国内対策を後回しにしているとの印象があり、この演説、国連内部向けのパフォーマンスではないかという見方もある。産経は全文報道したが、産経以外の各紙が全文報道しなかったのは、安倍首相が朝鮮総連を含む北朝鮮工作組織に対し、これまで本気で制裁を加えようとしてこなかったことと無関係ではない。

すなわち、安倍首相は、第二次安倍政権にて、「ファジーなソフトランデイング路線」を選択し過ぎ、ハードランデイング的な手法を選択すると言わない限り、国内的には、心構えを延々と語ったとしか受け止められない状況にある。

―― 参考情報 ――――――――――

安倍首相は「ファジーなソフトランデイング路線」をやめるべきだ
http://sokokuwanihon.blog.fc2.com/blog-entry-658.html

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一連の政治状況を一早く分析、国政進出の可能性を察知した小池百合子は、安倍自民党が壊滅させた「次世代の党」の政治領域に進出、訴求力ありわかりやすい公約を設定、「敢えて一発芸的なハードランデイング路線」で国民世論に訴え、民進党の議員を大量に迎え入れ、党首は自民党よりも右寄りながらも議員たちはリベラル保守であるというねじれ現象の中で、民進党支持層や無党派層の票を掘り起こし、野党第一党として次の国会で出現する可能性がある。

安倍首相は、確かに、地道にコツコツやっていた。国会対応も丁寧だった。それは確かである。

が、次世代の党に1議席も与えず選挙で勝利し、自民党よりも右派の領域に政治的隙間をつくってしまったこと
平和安全法制等、法整備を優先させたのは当然だが、全般的にファジーでソフトランデイング的な立法措置であり、スパイ防止法、外患罪改正など、反日勢力訴追を前提とした、わかりやすい立法措置が為されていないこと
などがあり、わかりやすい政治手法で、民進リベラル議員を排除すると宣言した小池百合子の政治手法の破壊力に、国民各層の関心が集中してしまったことは、認めざるを得ない。

要するに、安倍首相は、前の選挙で勝ち過ぎたのであり、前の選挙後あたりから、波風を立てずに丁寧にやろうとし過ぎた、そのことが、小池百合子の政治手法に付けこまれる隙を与え、小池百合子の言動に世論の関心が過度に集中、破壊力を生む状況をもたらした。


これに対する対抗策は、現時点で5つある。

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安倍自民党が選挙で勝利するための5つの戦術

①首相自身が、ファジーなソフトランデイング路線を放棄、ハードランデイング路線に転換すると宣言する

②ハードランデイング路線移行の証拠として、マスコミ問題について、可処分所得増に繋がるNHK民営化の検討を公約に入れる

③消費税増税凍結の可能性があることを示唆する一方、消費税増税の代替策を主要公約として位置づける(選挙戦終盤の隠し玉?)

④今まで活用してこなかった、応援弁士を確保する

⑤J-NSCを活用する(青山繁晴議員だけでなく、谷垣さんの出番をつくるべき、谷垣さんが何か言えばそれなりの年代の人たちは耳を傾ける)

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③については、後日出稿予定。
④の応援弁士候補者は以下。自民党は既に、杉田水脈を公認候補としたそうだが、これは非常に意味がある公認である。なぜなら、次世代の党時代の応援弁士を動員しやすくなり、希望の党に流れる票を食い止め、保守結束を促す効果が期待できるのだ。

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応援弁士候補者リスト

・百田尚樹
・谷垣元自民党総裁
・西村眞悟元衆議院議員
・鈴木宗男元衆議院議員(出馬しない場合)
・竹田恒泰

その他に、弁士となりえそうな人。ただし、水間政憲は経緯的に中山成彬に近い立ち位置なのであるが、日の丸の小旗を置いて語っていることに注目したい。

「豊洲」で迷走した小池都知事が、北朝鮮有事に対応できるハズがない
「希望」だけでは外交はできない  髙橋洋一
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/53059

安倍首相の本気度が試されるメディアへの対抗策Prime Minister Abe’s Comm.
ケント・ギルバート
https://ameblo.jp/workingkent/entry-12292334071.html

自民党の焦りを代弁する田崎氏 current topics(266)
http://blog.goo.ne.jp/akamine_2015

●緊急拡散希望【フリー動画 第52回《産経新聞南京報道にみる唖然呆然:小池都知事支持批判は是々非々で!》 水間政憲
http://mizumajyoukou.blog57.fc2.com/blog-entry-2586.html

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本稿では、とりあえず、安倍自民党が取り得る、戦術的な事項を5つ提案した。

幸いにして、希望の党については、ボロが出始めつつある。小池百合子はここに来て国政出馬を躊躇わざるを得ないと予想する。

しかし、ここで安倍自民党は手抜きしてはならない。安倍自民党は、本選挙戦において、保守結束を呼びかけ、一致団結、選挙後に予期されるハードランデイング路線転換を選挙戦にて有権者に示し国民各層に対応準備を呼びかける必要がある。
それは、4年後に国政選挙に出馬することが予想される小池百合子や、(選挙後に確実に制裁強化されることになる)北朝鮮そして北朝鮮寄りの工作組織への最大の牽制効果となるであろう。

テーマ : 衆議院解散・総選挙 - ジャンル : 政治・経済

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2017.10.02 (Mon)

「保守」という言葉の概念  中川八洋と西尾幹二の比較

本稿、西尾幹二の「保守の立場から保守政権を批判する勇気と見識が必要だ」
https://ssl.nishiokanji.jp/blog/?p=2218
からヒントを得て言論界に蔓延する、『「保守」という言葉を曖昧なものとして使用する』、あるいは『何度も使う「保守」という言葉を定義することを避ける現象』に着目し、その定義のあり方についての論考したもの。


私は、言葉を定義せずに使うことは、避けるべきとの立場である。
何度も使う言葉を、分類せず、定義せずに使う言論活動は、欠陥があると考えている。



本題に入りたい。



「保守」という概念が存在する。
言論人の著作の中で、この「保守」という言葉が何度も登場することがある。
それなりの定義が示されていれば、読む方としては、概念的に何を指しているのか、理解しやすい。

が、そうでない場合は、分類も定義もせず、何を言いたいのかという気持ちに読み手としてはなってしまう。



中島岳志という学者が書く本にその傾向が強い。「保守」という言葉をやたら使いたがる傾向にある。

「リベラル保守宣言」などを書いているが、小池百合子あたりはこの本を研究したかもしれない。
小池百合子は、自身は相当な保守主義者であるはずなのだが、政治活動的には、「次世代の党」が消滅した政治的な隙間を見つけ、有権者受けする公約を設定、わかりやすいキーワードを掲げ、リベラル的な保守政党のイメージで、選挙戦に臨もうとしている、そんな気がするのである。

私は読む気はまったくないが。理由は書かずともおわかり頂けるだろう。



ここで、二人の言論人について述べたい。

中川八洋と西尾幹二である。

中川八洋は、政治学の教科書レベルの名著を三冊出している。

・保守主義の哲学 知の巨星たちは何を語ったか
・正統の哲学 異端の思想 「人権」「平等」「民主」の禍毒
・正統の憲法 バークの哲学

これらの本、完全に読破、理解したレベルではないが、中川八洋は、本職の政治学者たちが、保守主義思想のルーツと系譜を押さえておらず、日本語翻訳も十分ではないと指摘している。

そういう前提で、中川八洋と西尾幹二の違いを比較したい。

中川八洋の本を読んでおられる方なら、「保守=保守主義思想の系譜の中に位置づけられるものの見方、考え方の総称」みたいな印象になると思う。
どういうことか?
中川八洋は、そもそも専門外だったのであるが、日本にそれを研究する政治学者がいないこと、保守主義思想の系譜を辿り、未だ日本語に翻訳されていない保守主義思想の本を読み、現代的な感覚で、保守主義思想の分類、定義、体系化を試みている。



これに対し、西尾幹二は、「保守の真贋」という新刊書でこう主張している。

―― 参考情報 ――――――――――

九月「保守の真贋」の出版(一)
https://ssl.nishiokanji.jp/blog/?p=2221

九月「保守の真贋」の出版(二)
https://ssl.nishiokanji.jp/blog/?p=2226

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あとがきでは、「私は、自分は保守主義者であると言ったこともなければ、保守派の一人であると名乗ったこともありません。保守という概念は私のなかで漠然としていて、自分の問題として理論武装したことがありません。ただ今回は少し違います。表題と副題に示したとおり、「保守」を積極的に使用しました。われながら大胆であるとびっくりしています。」としている。

西尾幹二は、二つのことを告白している。
一つ目は、「保守の概念」が漠然としているということ
二つ目は、自分は保守主義者だと思ったことはない

意外である。

定義せずに、現象面から漠然と語ったようなのである。

中川八洋が、保守主義思想のルーツと系譜を辿り、文献的に特定し、日本語翻訳されていない原書を読み、その思想を体言した政治家たち(サッチャーなど)を著書で紹介したことを思い出したい。
中川八洋は、座標軸を示し、その座標軸に、思想家と政治家をプロットして、著書にて紹介したと私は解している。

学問的次元で分類して定義したうえで語る人
現象面から(分類して?)語る人(未定義)

どちらの主張が学問的に説得力あるであろうか?
二人とも学者出身である。



次に、西尾幹二の「自分は保守主義者だと思ったことはない」という言葉について、私見を述べたい。
中川八洋が、専門外でありながら、保守主義思想を調べ直している作業を続けているのに、西尾幹二は、どういう調査作業をしているのかはっきりせず定義作業すらしようとしないに見える。
「保守」という言葉を概念的に漠然としたとする一方、「保守主義者」という言葉をあたかも定義済みであるかのように、「保守主義者」の意味を理解している如く(保守主義者でないと)書いている。
一方、西尾幹二は、つくる会の活動に参加し、「国民の歴史」、「GHQ焚書図書開封」の本を書いている。これらの活動は、歴史研究的に、保守の立場に属しているところから始まっていることは、本人が特段言わなくても自明であろう。あえて、この本で「保守主義者でない」と強調する意図と目的が理解できないのである。

中島岳志の本で起きたことと似たような現象を、西尾幹二の本に見出すのである。



また、中川八洋は、ブログにて西尾幹二を徹底批判している。

―― 参考情報 ――――――――――

西尾幹二の妄言狂史
http://nakagawayatsuhiro.hatenablog.com/archive/category/%E8%A5%BF%E5%B0%BE%E5%B9%B9%E4%BA%8C%E3%81%AE%E5%A6%84%E8%A8%80%E7%8B%82%E5%8F%B2

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いささか強烈な批判が並んでいる。

渡部昇一と共著が多い、谷沢永一の講演での西尾幹二批判も相当なものだ。

―― 参考情報 ――――――――――

つくる会発足時点で起きたこと  「渡部昇一の少年日本史」刊行の意味 
http://nihonshitanbou.blog.fc2.com/blog-entry-412.html

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私の評価はこうなる。

扱うものが保守であれ、歴史であれ、もともと学者なのだから、文献をそろえ、系譜を作成し、分類、体系化すべきだ。学者が行う研究はそういう性格のものだ。
分類も定義もせず、主張するのは、相対的な評価でしかなく、何を基準とした分析評価、主張なのか、定まらない可能性がある。
西尾幹二が唱える保守、私には、人事評価の世界における、相対評価手法のような気がする。

相対評価は、ともすれば根無し草になりやすい。
漠然とした主張は主義主張自体が根無し草であることを意味する。

一方で、「保守」という政治思想を扱った本は多い。しかし、それらのどれもが、分類、定義を省略しているような印象がある。
そもそも定義していない状況で、「保守」という言葉を使うのは、学問的には情報収集段階にある、という見方もできる。

つまり、中川八洋と西尾幹二の論争が行われていることを認識すると、私の見立てでは、現時点では中川八洋の一方的?な勝利と判定せざるを得ない。

理由は、中川八洋が、文献をそろえ、系譜を作成し、分類、体系化し、学術的に対応しているからだ。



それでも私は、西尾幹二は、いろんなことに気がつく博識な方であると思っている。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

https://ssl.nishiokanji.jp/blog/?p=2226#comments

1.保守が本物かどうかの基準を私は「愛国者かどうかの基準」と理解しますが、先生は皇室、国土、民族、反共、歴史の5つを挙げておられ、非常に分かり易く、使いやすいメルクマールと納得しました。私はさらにもう一つを加えたい。5つのどれかに含めることも可能かもしれませんが「軍備」を独立の基準にしたいと考えます。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

拙ブログは、西尾幹二の考え方を企業の教育マニュアルに当てはめ、真正保守の定義を導いた。

―― 参考情報 ――――――――――

「真正保守」の定義について
http://sokokuwanihon.blog.fc2.com/blog-entry-657.html

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西尾幹二の言いたいことはわからないではないが、中川八洋が、もともと専門外でありながら、保守主義思想のルーツを辿り、学術研究的スタンスでエネルギッシュに述べていることを知るならば、西尾幹二も同様の作業をすべきだった。西尾幹二が述べていることは中川八洋から見れば学問的アプローチではなく、どちらかと言うと主観的な観念論を振り回しているように見えるだろうと推定する。

かくいう私は、西尾幹二の「国民の歴史」について、ただ読むだけなら面白い本という評価なのであるが、ところどころ冗長な箇所があり、新しい歴史教科書の副読本にはなり得ない。そういう評価である。「渡部昇一の少年日本史」の方が、売れ続けるだろうと予想している。
同時に、この本に書いてあることをそのまま引用して大丈夫なのだろうか?そういう印象を持っている。が、GHQ焚書図書開封は読書案内本として活用させていただいている。


これに対し、中川八洋の本を読むとロジックの組み立てがしっかりしていることに驚かされる。
二人の間の論争が裁判沙汰になったそうだが、「学術的なアプローチで根源的に調べかつロジックを尊重する学者」が、「相対主義・観念論的の学者」を徹底批判したくなるのは、必然だったのではないか、そういう気がする。

皆様は、二人の言論人について、どう比較しつつ読まれたであろうか?


以上

テーマ : 保守主義 - ジャンル : 政治・経済

04:49  |  言論人  |  トラックバック(0)  |  コメント(6)
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