2017年07月 / 06月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫08月

2017.07.22 (Sat)

愛国である前に必要なこと

石破茂は、獣医師会との癒着を産経に報じられたことに、いらいらしているそうだ。

―― 参考情報 ――――――――――

【加計問題】石破茂さん、獣医師会との共謀を報じた産経記事を自民党内の全議員に配布され発狂w
http://hosyusokuhou.jp/archives/48797430.html

―――――――――――――――――

味方を味方を思わず、後ろから鉄砲を撃ってしまう癖が石破茂にはある。
そして、ああでもない、こうでもないと、難解な理屈を披露し、掌を返すようなことを行う政治家でもある。

蒋介石国民党軍にあった「督戦隊」、それが自民党内にある、石破茂は「督戦隊長」そう考えればいいのではないか?
結局は、石破茂は、中共・韓国・北朝鮮の傀儡政権で独裁者となることを目指す、そんなスタンスの政治屋である。

石破派はそういう思考の集団であると思った方がいいだろう。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E6%9C%88%E4%BC%9A

衆議院議員
石破茂
(10回、鳥取1区) 山本有二
(9回、高知2区) 鴨下一郎
(8回、東京13区) 田村憲久
(7回、三重4区) 伊藤達也
(7回、東京22区) 後藤田正純
(6回、徳島1区) 古川禎久
(5回、宮崎3区) 平将明
(4回、東京4区) 赤沢亮正
(4回、鳥取2区) 齋藤健
(3回、千葉7区)  田所嘉徳
(2回、茨城1区) 福山守
(2回、比例四国) 石崎徹
(2回、新潟1区) 神山佐市
(2回、埼玉7区) 八木哲也
(2回、比例東海) 冨樫博之
(2回、秋田1区) 門山宏哲
(2回、比例南関東) 山下貴司
(2回、岡山2区)
(計18名)

参議院議員
舞立昇治 (1回、鳥取県)
(計1名)

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||



では、最近、テレビなどで大臣離任が盛んに噂される、防衛大臣はどうか?

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

http://www.sankei.com/politics/news/170720/plt1707200045-n2.html

 稲田氏は8月中旬に自衛隊の部隊視察のため外遊し、自身が例年行ってきた終戦の日の靖国神社参拝を見送った。外遊の出発時に派手なサングラスと野球帽というリゾートルックで空港に現れ、周囲をあぜんとさせた。その後も奇抜な服装が目立ち、防衛省関係者は「服装を改めるよう進言しても聞き入れられなかった」とため息を漏らした。

弁護士としての自負が強く、報告では法的根拠の説明を求めた。多くの憲法学者が自衛隊を違憲と見なす中、法令解釈の実務も背広組に委ねてきた制服組幹部には、さらに不満が募った。「あなたたちは司法試験にも受かっていない」と言い放たれた幹部もいた。

 稲田氏も制服組に不信感を募らせていた形跡がある。制服組幹部のインタビューが新聞に掲載された際は「私の答弁は応答要領でがんじがらめにされているのに、なぜ制服組が自由に話せるのか。文民統制はどうなっているのか」と周囲に不満をぶつけたという。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

稲田議員は、安倍首相と仲が良い愛国議員として知られている。が、上記三つの情報を知ると、おそらく事実であろうという前提で考えると、愛国である前に、「人の上に立つ議員」として当たり前のことが理解できていない、そう考えざるを得ない。




・服装については、立場上、個人的趣味が制限される職種であることが理解できていない。
・部下を持つということは、部下の正統な主張に耳を傾ける必要が生じるが、自分の能力を部下に自慢している。
・自分と部下を同列視し過ぎる点において、子供っぽい。




要するに、精神的に子供っぽいのである。石原伸晃並なのである。
石原伸晃の父、石原慎太郎は、ある講演にて、愛国であることは自己犠牲を伴う、という趣旨のことを説いた。話は尤もなのであるが、それを聞いて感動した方もいたはずなのであるが、息子伸晃はそうではなかった。
田中角栄の娘、田中眞紀子もそうだった。田中眞紀子は、田中角栄にペコペコしていた政治家、官僚を眺めて育ったせいか、人を平気で小馬鹿にする癖がある。

似たようなことは、稲田議員にも起きた。
稲田議員の実父は、愛国議員だった三宅博議員の師匠だとされている。


||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

http://blog.goo.ne.jp/yaonomiyake/e/8d3451f4591fcaa38f82bd7897add40d

わが師、椿原先生を偲んで
2016年12月07日 | 政治

わが師、椿原先生を偲んで

椿原泰夫先生が亡くなられた。
稲田朋美防衛大臣のご尊父である。
11月27日、椿原泰夫先生を偲ぶ会が先生の故郷福井県で営まれた。
参列者を代表し加地伸行先生が在りし日の椿原先生の人柄を惜別の思いで語られた。
最後にご自身のことを「弟子 加地伸行」と紹介し追悼文を締められた。

 私は20年前に先生の知遇を得、教育問題に関する毎月の勉強会で教えを受けた。
その後私は政界に身を転じ、椿原先生の教えを胸に置いて教育正常化に向けて微力ではあるが邁進したのであった。
一回目の立候補から様々な形で先生の応援を受けたものである。 
先生には選挙活動の末端の作業も厭わず選挙運動にご協力を頂いた。
また教育行政に関し、わからないことのすべての疑問に明確なご指導を受けることができたのだ。
非力な私の活動に対し、常に暖かい目でご指導を頂いたのである。
私にとっても加治先生同様、最も尊敬すべき師であったのだ。
未熟な私に対する先生のご支援は感謝という言葉では表現できるようなものではない。
7月の参議院選挙の際も、余命幾許もない弱った体力の中で誠に大きなご支援を頂き、それが私の闘いの原動力となったものである。
しかしながら私に対するご支援によって体力を消耗され、先生のご寿命を縮めたのではないかと痛切な悔いを感じてしまうのだ。
誠に申し訳ない思いで一杯である。

選挙期間中に頂いたご激励の一部を紹介する。

『今や世界の情勢は将に混沌として、人類の最後を予感せしめるほどのものがあります。
その中にあって、わが祖国日本はどうでせうか。
辛うじて国家の体裁を取り繕ってはゐますものの、日本を敵視する国々に囲まれ、同胞を拉致されても救ひ出すことが出来ず、
日本固有の国土を奪はれてもこれを取り返す力もなく、加へて、国の内から国家の解体に手を貸す非国民が跡を絶ちません。

不治の病に冒され、「余命」を過ぎて一年余りになる私ですが、唯一、心にかかるのはわが祖国日本の将来です。
その切実な想ひを諸兄姉に訴へたい。』

椿原泰夫先生こそは偏向堕落した戦後教育立て直しの最大の中心人物であった。
遺された我々が椿原先生に対して果たすべき使命は、先生の足跡と願いを胸に刻みその御跡に続くべきである。

   「椿原泰夫先生、我々はあなたの死を決して無駄には致しません。   合掌 」
                                                前衆議院議員  三宅 博

【ご参考】 椿原泰夫先生が私三宅博にくださった激励全文  http://blog.goo.ne.jp/yaonomiyake/e/3d559f91f4e57d510bff2c60bdee1007


||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

あの三宅博先生がそう語るのであるから、間違いはないと思いたい。その娘さんが、ああいうことを語る。だが、それは、石原慎太郎の息子伸晃にも起きたことである。



では、小泉純一郎と小泉進次郎はどうなのか?というと、雑巾がけを苦にしない点において、その図式は当てはまらない。(C●Aエージェント臭い小泉進次郎を持ちあげるつもりはない)

田中眞紀子、石原伸晃、稲田朋美、3人の父親が、普段、格下の人たちをどう扱ってきたのか?それを観察すれば、その子供の行状が大凡予想がつくのではないか?

おそらく、世の中馬鹿ばかり、部下を怒鳴りつけている光景を眺めて育っててきたのではなかろうか?

保守活動の世界でも、似たようなことはある。外務省が反日官庁だとして、怒鳴り散らして対応される愛国活動家がいるそうだ。しかし、彼らにとっては、面従腹背、カエルの面に小便みたいなものであろう。




ここで、「ノブレス・オブリュージュ」というフランス語の言葉を参照したい。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%96%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%96%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%A5

ノブレス・オブリージュ(仏: noblesse oblige ノブレ(ッ)ソブリージュ[1][2])とは、直訳すると「高貴さは(義務を)強制する」を意味し、一般的に財産、権力、社会的地位の保持には責任が伴うことを指す。

貴族制度や階級社会が残るイギリスでは、上流階級にはノブレス・オブリージュの考えが求められている。第一次世界大戦では貴族や王族の子弟にも戦死者が多く、第二次世界大戦ではエリザベス2世がイギリス軍に従軍し、フォークランド紛争にもアンドルー王子などがイギリス軍に従軍している。現在でも、例えば高校卒業後のギャップ・イヤーに、ウィリアム王子がチリで、ヘンリー王子がレソトの孤児院でボランティア活動に従事している。またウィリアムはホームレス支援事業のパトロンでもあり、自ら路上生活体験をした。
アメリカ合衆国では、セレブリティや名士が、ボランティア活動や寄付をする事は一般的なことである。これは企業の社会的責任遂行(所謂CSR)にも通じる考え方でもある。第二次世界大戦においてはアイビー・リーグを始めとする、アメリカの大学生は徴兵制度が免除されていたが、志願して出征したものも多くいた。しかし2003年のイラク戦争において、政治家が対テロ戦争を煽り立てながら、イラク戦争でイラクでの戦闘に参加するため志願し、アメリカ軍に従軍した親族がいるアメリカ合衆国議会政治家の数は、極少数であったことが物議を醸した。
日本においても、第二次世界大戦前の皇族男子は、日本軍の軍務(近衛師団など)に就くことになっていた。但し、最前線に送られるケースは稀であるが、三笠宮崇仁親王が大日本帝国陸軍の「若杉参謀」として、中国戦線の支那派遣軍に送られた場合もあった。また皇族女子も、日本赤十字社等の機関において貢献することが求められた。日露戦争では、閑院宮載仁親王が騎兵第2旅団長として出征し、最前線でロシア帝国陸軍と戦っている。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

皇族男子もその対象とされて扱われた時代があったそうだ。

話はそれるが、大東亜戦争開戦前、伏見宮博恭王、閑院宮載仁親王が海軍、陸軍の要職に就いた。閑院宮載仁親王は終戦前に亡くなられ、陸軍の傀儡軍人であったとの記述がある。一方、伏見宮博恭王は、海軍軍令部の権限強化を実現、結果的に、山本五十六の真珠湾攻撃、ミッドウエー海戦のゴリ押しをもたらした。

戦後、伏見宮博恭王は戦犯指定を受けることを予期していたことが、「帝国海軍 軍令部総長の失敗」(生出寿)に書いてある。



ここで、読者の方にお考えいただきたいことがある。
なぜ、このテーマを選び、かく事例紹介したのかについてである。

私が、懸念するのは、「ノブレス・オブリュージュ」が死語になることである。



なぜなら、大東亜戦争の要職に就いた皇族が必ずしも「ノブレス・オブリュージュ」の実践者ではなく、戦後の名だたる首相や政治家の子供もそうではなく、次期政権を担うかもしれないと注目されてきた「愛国」議員がそうではなかった、からなのである。



愛国保守の世界から、「ノブレス・オブリュージュ」が消滅することは、何を意味するか?

私は暗澹たる気持ちになっている。



ここで、本稿を最後までお読みいただいたお礼のつもりで、「ノブレス・オブリュージュ」という言葉が出てくる一冊の良書を紹介する。

「武士道解題 ノブレス・オブリュージュとは」(李登輝)

この本を通じて、李登輝閣下の偉大さ、我々一人一人のDNAとして受け継がれているであろう伝統精神の根源を知るのである。

以上


テーマ : これからの日本 - ジャンル : 政治・経済

06:34  |  保守活動  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2017.07.21 (Fri)

民族の歴史  戦後日本人は情熱を持って歴史を語ってきたか?

まず、私の歴史に係わる基本的態度について述べたい。

近隣諸国とここ2~30年くらい、歴史論争になっている。それが、GHQの施策と結びついている関係上、いつまでも敗戦国の自虐史観で良い訳がない。
一度、敗戦国になったからと言って永遠に敗戦国であるはずはない。
安倍談話は、近隣諸国が語る、侵略、植民地支配論争に歯止めをかける役割を果たした。安倍首相のアメリカ議会演説や安倍談話は、戦後を終わらせた、そう私はみている。

先日、同級生と歴史について議論した。
彼は、私にこう言った。
「歴史は、過去の情報の集積に過ぎず、高学歴者が第一義的に社会的に担うべきは、その専門分野においてである。」


私の見解は異なる。
渡部昇一先生の本に書いてあるように、その国の歴史は、民族の歴史であり、近隣諸国が歴史論争を仕掛け、我が国政府を窮地に陥れようとしており、彼らの言い分を認めることは、民族の将来が消されることを意味する。
同時期、私を含め、戦後世代は、民族の歴史、そして皇室について総じて無関心だった。
それを良い事に、古代史歴史学者たちはすべき歴史研究をサボリ、一部皇族たちは宮中祭祀をサボリ出した。
もはや、歴史や皇族について無関心であることは、国家的危機、すなわち、世界に稀な民族国家の未来の危機を意味するのである。

私の言いたいことはこうだ。
「高学歴者が第一義的に社会的に担うべきは、国家的危機に対してである。」
私の世代、一番優秀な方々は、東大医学部、続いて帝大医学部に進学。今頃は、その地域の基幹病院の理事長となっているはずだ。私よりも偏差値的に優秀だった、同期生たちは、誰よりも国家の危機に対し、闘うべきだ。と考えている。
世の中には、本を読んだだけでわかった気になる人、読んだ本を見せびらかして自分は知っている!と知識をひけらかす御仁が多い。団体や議員に金を寄付しただけで、保守活動に参加したと王様気分になられている方もいるかもしれない。
国家において、最も優秀な人材がそんなことでいいのか!と私は言いたい。一番優秀な人材集団が、国家の危機に際して、率先して考え、行動すべきだ。私は、東大を含む帝大医学部卒業生に対して、そう言いたい。
そんなに頭脳明晰なら、自分で歴史書を書いて配ればいいではないか!当時の国立大文学部歴史学科は、東大医学部合格者からみて数ランクも下の学力で、彼らは内心、文学部進学者たちを馬鹿にしていたはずである。
しかし、そんなに優秀であるはずの、医学部出身の歴史研究者がなかなか現れないのは、彼らはその時点で優秀だったのは確かなのであるが、それ以降、頭脳の進化が止まった、そう判断せざるを得ない。
もちろん、受験で学んだことはテクニックに過ぎない。得た、他人の知識について、上手に記憶の引き出しに格納できた人が、最終的な勝者となる世界ではある。
そこには、オリジナルなものはない。従って、受験テクニック的に優秀なのであって、創造性が認められる優秀さではない。

かくいう私は、東大医学部合格レベルでは決してないが、特定の科目の受験マニアだった。大学進学以降、今日まで創造的な事にこだわり続けてきた。ブログの世界もそうだ。オリジナルでないと書く気が起きない。大学進学時点で、そういう生き方に変えたのだ。

従って、かく主張したところで、同級生は、おそらく私が主張する意味を根源的に理解し得まいと判断、私は、かく述べたい気持ちを抑え、議論を打ち切った。


話題を変えたい。

ユダヤ人組織に、「サイモン・ヴィーゼンタールセンター」がある。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%82%BC%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC

日本においては、雑誌「マルコ・ポーロ」を廃刊に追い詰め、慰安婦問題で対日急先鋒だったマイケル・ホンダ議員の来日に際し、手引き・同行したと言われる、闇の組織のように思われてきた。

が、私は、イスラエル首相の来日以降、どうもイスラエルと日本の友好関係が変わり、「サイモン・ヴィーゼンタールセンター」が慰安婦問題に言及することをやめたのではないかと推測している。

―― 参考情報 ――――――――――

慰安婦「記憶遺産」申請 ユダヤ系団体が批判「ホロコーストをねじ曲げ」
http://www.zakzak.co.jp/society/foreign/news/20161125/frn1611251530004-n1.htm

―――――――――――――――――

こういう動きを知ると、安倍首相は、外交的にうまく立ち回っている、という評価となるだろう。

さて、「サイモン・ヴィーゼンタール」の意味についてご存じであろうか?
「サイモン・ヴィーゼンタール」とは実在する人物名称である。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%82%BC%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%AB

業績的には、ナチス事案の追求に熱心な方である。

顔写真を見る限り、イスラム教徒みたいな風貌でもある。

この方が「希望の帆 コロンブスの夢、ユダヤ人の夢」と題する歴史書を書いている。内容を一言で要約するとこうなる。

「コロンブス時代に焦点を当て、その前後ユダヤ人が受けた受難・災禍について解説し、コロンブスの新大陸発見の民族的意味を歴史的に再定義する。これによって、全ユダヤ人、ユダヤ民族について書かれた民族の歴史書とする。」

「サイモン・ヴィーゼンタール」と「サイモン・ヴィーゼンタールセンタ」の関係についてはWikipediaにはこう書いてある。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%82%BC%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%AB

この博物館の運営団体としてマーヴィン・ハイヤー(英語版)によって設立された組織は、世界のユダヤ人の人権を守る運動を行う組織としても活動している。この組織はウィーゼンタールを顕彰して、「サイモン・ウィーゼンタール・センター」と名付けられた。ヴィーゼンタールは命名料などの支払を受けたが、組織の運営などにはほとんど関与できなかった。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

なぜ、「サイモン・ヴィーゼンタール」はかくも顕彰されるのか?

一つは、戦後、各地に隠棲したナチス残党を発掘したことであろう。もう一つは、「希望の帆 コロンブスの夢、ユダヤ人の夢」という本を書いた評価によるものではないかと私は推定する。

「希望の帆 コロンブスの夢、ユダヤ人の夢」という本、分類的には歴史書である。内容を吟味した結果、歴史書としてはそう出来がいいとは言えない。日本の歴史学者たちは、
論文ではなく読み物だと言うだろう。

が、この本には、他の歴史書にない、突出したものがある。それは、民族の歴史探求そして民族の知られざる歴史的側面についての、並々ならぬ情熱というか執念である。

この本は、翻訳書であるのだが、翻訳文であっても情熱というか執念が読み手に伝わってくる。

日本人が書いた、大和民族の歴史に係わる歴史書で、著者の情熱や執念が伝わってくる本は果たして何冊あるのか?

世の中、嫌韓本、笑韓本が大流行だが、彼ら嫌韓本の著者たちが本来的に書くべき本は、大和民族の歴史に係わる今日的視点での本となるはずではなかったのか?

「希望の帆 コロンブスの夢、ユダヤ人の夢」については、歴史書としての評価は今一つなのだが、著者の情熱、執念については、見習うべき点があるのだ。

そして、この本には、面白い記述がある。
ユダヤ民族は、歴史的に、イスラム教徒と仲良く暮らしていたという趣旨のことが、ところどころに書いてある。

キリスト教世界とイスラム教世界は、世界史的に、例外なく対立するか戦争の時代が続いたことは周知の事実である。

が、現代においては、EU諸国は、イスラム世界の難民受け入れにことのほか熱心である。

これは何を意味するのか?

つまり、EU諸国の指導者たちは、本当はキリスト教徒ではなく…………かつてののマラーノの如く振る舞っている?

歴史は繰り返すのだ!?

ユダヤ人が受けた迫害・災禍については、確かに同情すべき点はあるし、「希望の帆 コロンブスの夢、ユダヤ人の夢」には同情を誘うような表現も散見されるし、その表現も穏当なものだ。

そう評価するならば、彼らユダヤ人組織が民族の存亡を賭けて歴史を直視、その正当性等を主張したように、南京虐殺問題、慰安婦問題への抗議について我々日本人もユダヤ人並かそれ以上の情熱・執念を発揮して取り組むべきではないか?

そして、それは、国家においてもっとも優秀な人材集団が、何をさておき取り組むべきことではないのか!

それが本稿を書いた動機であること、そうすることで、国内に棲息する、歴史を改竄・敗戦史観を維持したい勢力を早期に消滅させることを可能ならしめると考えるのである。

以上

テーマ : 日本を正常な国に戻したい - ジャンル : 政治・経済

07:36  |  社会認識  |  トラックバック(0)  |  コメント(2)
 | HOME |  NEXT