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2017.06.19 (Mon)

共謀して違法看板を設置・放置している「民●党都道府県支部」を追い詰める?ネタ

本稿、違法な候補者看板の設置が突出して多い、民●党落選候補者の「捨て看板」について、(まだ法制化されていない)共謀罪事案との認識を以て、(テロ等準備罪について共謀罪であるとして)徹底抗戦した「民●党都道府県支部」への各種抗議に際し、参考になればとの思いから作成したもの。

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民●党は、違法看板設置すべく、資金集めし、購入・制作し、設置したことを共謀したのではないか?

民●党は、テロ等準備罪を共謀罪だとしているが、自分たちがやっていることは、果たして大丈夫なのか?当方の認識を説明させていただく。


① まず、民●党は、違法看板を設置すべく、余分にたくさんのカネを集めた。(一部は労組の使途不明金)

② そのカネで、違法な看板を設置する分を含めてポスターを発注した。

③ そのカネで、違法な分だけ設置するための看板資材を購入、制作した。

④ 違法と分かっていて、違法に設置するための場所を、共謀して地図を見て探し出し、その場所がふさわしいか、何度も下見した。

⑤ 違法と分かっていて、杭打ちが得意な人を雇い、車でその場所に看板を運び、杭打ちで人目につかない時間帯に設置した。

⑥ 違法だと分かっていて、民●党は、どの場所に設置したか、把握しているはずである。


①から⑥は、共謀して、違法看板について、資金集めし、購入・制作、設置していることを示している。

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これは、テロ等準備罪について、屁理屈をコネて共謀罪であるとレッテル貼りし、訳のわからない、反対運動を展開した、民●党の実相である。

そこで、上述の①から⑥の見解を示し、民●党都道府県支部等が、共謀して違法看板のために資金集めし、購入・制作し、設置していると論争を吹っ掛けるのである。

民●党が共謀罪に反対するなら、一切の違法看板を直ちに撤去すべきだと迫るのである!

一方、民●党が違法看板設置を続けるなら、民●党の共謀実態を拡散し、公職選挙法を共謀罪の適用範囲とすべく、陳情活動を全国規模で呼びかけるのである。

本件、よくよく考えると、民●党は、違法看板の設置状況から、共謀罪で訴追されたがっているように解釈できる。

特に、私の隣の国政選挙区において、民●党の違法看板設置が続出している。その数たるや呆れるほどである。自民党の看板は、後援会関係者私有地のものが大半なのに、民●党落選候補者のものは、公有地に堂々と設置している。その数たるや、100個単位ではないかと推定されるほどである?

これを見逃すことはできない!

我々は、民●党都道府県支部を追及すると同時に、
政府に対してはこのような違法状態を解消すべく、民●党候補者を狙いうちにした法規制強化のための陳情を呼びかける(今国会で、可決成立したテロ等準備罪は公職選挙法は対象外)という判断となるのである。

以上


(参考)
共謀罪の対象犯罪、政治家や警察は除外!公職選挙法違反などは無し!山本太郎氏「ズルくないですか」
http://saigaijyouhou.com/blog-entry-17037.html

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2017.06.19 (Mon)

批判のスキル 天と地の差がある!

中川八洋と聞いて、げんなりされている保守層の読者の方がいると思う。
私も、中川八洋の本を読んで、面食らった時期がある。

「近衛文麿の戦争責任」などは、極論の極致みたいな見解が述べられている。

が、皇室関係の本やコーク・バーク・ハミルトン・ハイエクなどの正統な保守主義思想を紹介する本を読み、その研究意欲、文章から滲み出る凄まじい熱意などを受け止め、かつ、どの本もその辺の言論人がやっているような、ゴーストライターが介在するような、どこかで読んだなぞったようないやらしい文体ではないことから、私は、中川八洋の本を読み、素直に評価し、引用する機会が増えた。

中川八洋の本は、読書を娯楽的な教養の手段と考える人、マスコミ報道に騙されやすい世代の人、初心者本で満足する人には不向きなのである。

中川八洋の凄さは、皇位継承、政治哲学・思想に係わる本を、その分野において、日本の学者、保守系言論人よりも読みこなしていることにあるとみている。
それは、保守主義にとどまらず、左翼政治思想について、である。

よって、批判する際に、駆使されるスキルが、他の言論人を圧倒する水準にあるのだ。

一般的にみた場合の批判の手法は、いろいろある。

・視野狭窄であると指摘する
・ロジックの間違いを指摘する
・実現不可能だと指摘する
・さしたる検証を行わず結論を急ぎ過ぎ、感情論で否定する
・時期尚早と否定する
・暴論だと否定する
・本筋ではないと否定する
・都合の良い論理だけ採用し批判する
・ダブルスタンダード
・字句の間違いを指摘する

しかし、これらの切り口で否定したところで、文章量的には、左程のものとはならない。仮にA4で5頁の作文に成功したところで、同じ言葉の繰り返し使用される結果になるであろうことは目に見えている。

残念なことだが、多くの言論人の批評スキルは、この次元にとどまっている。
また、批判文のスキルしか有しない方もおられる。戦後政治、種々の綻びが目立ってきているのに、提言一つできない方、どこかなぞったようなゴーストライターが書いたような、二番煎じの文章も多い。

中川八洋が他の言論人と比較して、批判の手法として決定的に異なるのは、以下の3点。

①政治哲学思想の原点に立ち返り、根本原理の間違いを指摘し、当該言論人の見解を粉砕する
②論文提出、出版等の著作実績の内容から、当該言論人を批判する
③自分の生命を棄てることができるか否か、という基準を示し、当該言論人を批判する(皇位継承に係わるもの)


①については、中川八洋の多くの著書に、その表現手法として採用されている。中川八洋は、政治哲学者ルソー批判の日本の第一任者みたいな印象がある。中川八洋は結構この手法を使っている。

読んだ中で、私がうなった名文の一つを紹介させていただく。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

皇統断絶 女性天皇は、皇室の終焉
中川八洋

213~214頁
皇位は光輝にして高貴な”法”、「男女平等」狂人カルト宗教上の教理

米国憲法が、「平等」のドグマも、「男女平等」という狂気も、完全に排除しているのは、国体(Constituition)という法(Law)の明文化である憲法の本性からして正統である。日本は、”憲法”に反する「男女平等」の第二四条を、その憲法から削除する必要がある。
また、日本の天皇も皇室も、古来からの”国体”(Constituition)であり、”法(Law)”である。この故に、十八世紀のフランスで「狂人ルソー」が妄想した「平等」のドグマや、十九世紀フランスがうんだもう一人の「狂人フーリエ」の妄想を源流とする、単に狂気にすぎないフェミニズムをもって、二千年近い光輝な伝統をもつ、高貴にして偉大なこの日本の”法”に対して、何らの働きもさせてはならない。つまり、皇位継承に関しては、憲法第二四条は、”憲法(国体)”違反である。顔を出すことも禁じられている。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

言葉的にはいささか過激な文体が散見されるが、これほど密度の濃い文章に私は感嘆する。

保守系言論人で、ルソーを読み込み、保守の正統な政治哲学思想を理解しているがゆえに、こう書けるのである。

中川八洋の絶対的な強みはこここにある。

導入部でマクロ的にこのような文章を示しつつ、ミクロの次元で左翼言論人の各説を否定されたらひとたまりもないのではなかろうか。


②、③については、「女性天皇は皇室廃絶 男系男子天皇を奉載せよ」にて、参照できる。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

「女性天皇は皇室廃絶 男系男子天皇を奉載せよ」

96~98頁

翻って今日、「有識者会議」のメンバーには、皇室の危機に際して、生命と財産を擲っても、自分の子孫ともども、皇統を護持せんと決意しているものなど一人もいない。王位継承に関する、上記の”英国臣民の誓約”を日本に敷衍すれば、「皇統の護持を害する天皇制廃止勢力に対して、生命と財産を打ち捨てても、日本から一人残らず排除するまで断固戦う精神をもつものだけが皇位継承を論じる資格がある」ことになろう。
しかし、吉川弘之ら「有識者会議」は、ほぼ天皇制廃止論者ばかりを集めて皇位継承を論じているように、反天皇制イデオロギーに立脚している革命集団であった。園部逸夫はむろん、吉川弘之本人も天皇制廃止論者である。イギリスの”憲法”ー(一六八九年と一七〇一年の)王位継承法ーに準拠すれば、健全な日本国民は、まずもって吉川弘之らを糾弾し辞任に追い込むだけでなく、殺害しなければならない、ということである。

今日では殺害は極端にすぎるが、それでも、正常に皇位継承問題を論じるには、和気清麻呂のような、皇室への至誠に命を惜しまない真正の日本国民だけが関与できるよう、その資格を厳格に検査する精度をつくる必要がある。吉川や園部などの天皇制廃止論者を完全に排除する法的整備の方が急務である。

この意味で、かつて小堀桂一郎が、吉川弘之らを「専門家ではない、素人の集団」と批判したが、いかに的外れであることか。専門家とか素人とかなど、どうでもよい問題である。もし「専門家か、素人か」が重要な指標ならば、皇統史にも法制史にも憲法学にも無縁な小堀桂一郎こそ、吉川弘之と同種の”ズブの素人”である。違いは、吉川は”危険で凶暴なズブの素人”、小堀桂一郎は”お粗末なズブの素人”である。

現に小堀桂一郎は、「天皇制廃止論者で、強度の虚言症」高森明勅の正体を見抜けず昵懇の仲である。小堀がもし本当の専門家ならば、とっくの昔に高森明勅を厳しく糾弾し絶交している。通常、「専門家」とはその専門分野の著作を一定以上出版しているものをいう。小堀は、皇位継承問題の本もゼロ、論文もゼロである。小堀桂一郎には、人間としての謙虚性を望むほかない。

もう一度言う。皇位継承を論じる資格は、あくまで、皇室の永遠のために、自分の生命を棄てることができるか否かで決定される。この点において、吉川弘之なる人物は、皇位継承問題に関わってはならない、最悪の最不適者であった。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||


言論人の中には、テーマを日替わり、内容的にしたり顔で書くケースが続出している。
ブロガーの場合、テーマが見つからない時にえてしてそういう傾向に陥る。そうした方が書き続けやすいからだ。
テーマを固定して書ける人は極めて珍しいのだ。

産経記事などにおいては、さして専門性のない方が、ご指名?を受けたことに気を良くして?、普段書かないテーマで書いているようなケースがあるような気がしている。
文章的にはまとまっているが、具体性がない、オリジナリテイがない記事が該当する。

我々が、日頃目にする言論人の大半の文章は、専門性を極めるつもりがない、つまみ食い指向の言論人によるものであると意味である。

これに対し、上述のように、中川八洋は酷評したのである。皇室の危機に気づいているなら、普段から論文、著作ベースの水準でものを書け!と。

一方、10年くらい前に続出したことなのであるが、事ある毎に、特攻散華を原稿の最後に書かれる、批判文しか書けない(書かない)、真正保守を自称する言論人がいた。その方、本は何冊か書かれていた。が、その方、中川八洋のように、自分の命と引き換えに、みたいな書きぶりでは決してなかった。
さすがに、そういう表現スタイルを採用することを通じた、自ら真正保守などと鼓舞する手法は、はやらなくなったようである。

中川八洋の心意気はそれだけにとどまらない。


「塾長としての心意気」も見上げたものだ。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

http://nakagawayatsuhiro.hatenablog.com/entry/2017/03/21/125124

【ゼミ当日持参すべき文献】  

 本特別ゼミに必要な重要文献30点ほどは、中川八洋先生が前もって宅急便で会場(ゼミ教室)に運び込んでいます。が、「できるだけ」、伊藤博文(井上毅)著『帝国憲法・皇室典範義解』(呉パス出版) を購入し持参されること。現憲法と現行皇室典範のコピーは、必ず持参のこと。

【中川先生からの希望】  

 これも「できたら」ですが、ゼミ開催日の朝、皇居・大手濠緑地(気象庁前)の和気清麻呂像に一分間の拝礼をしてから、ゼミ教場に向かって欲しいとのことです。

【応募要領】

1、当「特別ゼミ」の開催日時は、きたる4月15日(土)午前11時半から午後2時半、都心のホテル。  なお、昼食はホテル製の弁当。昼食中もゼミは続行。

2、ゼミ受講を希望する応募者は、A氏名、B現住所、C生年月日、D固定電話番号、E学歴(大学名、学部・学科名、卒業年月)、F現職歴、を明記の上、事務局長の吉田寿太郎にメールして下さい。応募締切は3月29日。吉田寿太郎のメールアドレスは、nakagawamagazine@gmail.com

3、応募者には、受講料その他の情報、並びに“入ゼミ手続き資料”を、直ちに自宅宛て郵送致します。この手続きの終了をもって、応募者は“正規の受講生”となります。

(追記) 皇統の悠久の安定と繁栄(弥栄)を図った井上毅の該博な知性・知識と、皇統護持に命も名前も棄てた和気清麻呂の燃える魂とを兼ね備えた“理想の日本国民(臣民)”を再生すべく、明治日本を代表する“稀代の碩学”井上毅を継承する中川八洋先生が、皇統の安定&皇統の護持に剣を抜く真正の日本国民を僅かな数であれ、精魂込めて育成したいとの情熱を傾け、本「特別ゼミ」を緊急に開催することに致しました。4月15日が明治皇室典範への回帰への情熱と慣性が日本列島 にうねりとなる濫觴の日となることを祈念しています。                

平成29年3月21日

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

これを読むと、その辺にうじゃうじゃいる?オリジナルでない内容での?(初心者講習会レベルの)塾なるものに、参加する意味があるのか、ふと思ってしまう。


それだけではない。
塾に参加する心構えを読んでいくうちに、あの三島由紀夫が、市ヶ谷駐屯地(今の防衛省)で自決した日のことを思い出してしまうのである。

三島由紀夫を語る言論人はたくさんいたのであるが、そのスキル、気概、覚悟、塾長としての行動において、中川八洋に勝る言論人はいたのであろうか?

そう語る、中川八洋は、著書で、三島由紀夫の文章を引用はしていないが、私は、中川八洋が三島由紀夫をどう思っているのか、気になっていることを指摘し、本稿を終える。

以上


参考

レベルの低い批判では話にならない
http://sokokuwanihon.blog.fc2.com/blog-entry-504.html










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