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2017.06.28 (Wed)

なぜ彼らは「キリスト教禁教と弾圧」について強調するのか?

キリスト教の歴史に係わるテレビ番組の内容、最近相次ぐ、キリスト教関係施設の世界遺産登録について、必要以上に、キリスト教禁教と弾圧ばかり強調されることについて、私は訝しく思っている。

私の見立てはこうである。

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① キリスト教がもともと「弱者の宗教」という性格を持っている

② 布教政策上、どうしても隠蔽したい事実がある(ザビエルの異端審問への関与、日本人奴隷貿易、宣教師が植民地支配の尖兵だった実態)

③ 布教政策上、弾圧されたくさんの殉教者が発生したことにした方が、日本人に受け入れられやすいと考えた

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①については、ニーチェの著書「アンチクリスト」(邦訳は「キリスト教は邪教です」)に書いてある。キリストの弟子たちが、教義を時間をかけて細工、そう変質させたと読み取れる。聖書を読まれる方、聖書と同様の熱意を以て、ニーチェのこの本をお読みいただきたい。
キリスト教は邪教です



②については、埋もれている歴史書を読んでいる人ならば、知っていることである。ネットでも検索可能である。世界史の歴史書を読むこと、それは極論すると、キリスト教の負の歴史を知ることに例外なく繋がる。精緻な理論を駆使する教義を以て、偽善や悪と紙一重の世界と歴史的経緯があったことを知るのである。
そういう私でも、偽善や悪と無縁な、キリスト教関係の偉大な教育者を知っている。当時、私は、幼児だったが、その方ならではの尊厳な眼差し、そして厳かなな言葉を信じている。その方ならば、倫理的間違いはなさそうだという意味である。

③については、仮に私が新興宗教の教祖だったとしたら、同じ決断をするであろう、という意味において、動機的にキリスト教だけに限った話ではない。

これら三つは、仮説に過ぎないことなのであるが、もし、キリスト教の世界に(教義ではない)、「偽善」的な要素があると考えたらどうであろうか?

拙ブログのコメント投稿者「西」さんは「偽善」について、かく言及している。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

http://sokokuwanihon.blog.fc2.com/blog-entry-523.html#comment567

「偽善」を見破るには

「男女平等」、「平和主義」など、一見すると「正しい」ように思える標語ですが、それらの「内容」をよく見てみると、物凄く「抽象的」な概念であり、「結論」が「先走り過ぎ」ている為、結果として「それを達成する為にどんな政策を打ち出せば良いか」という事を「提言」できないという問題がありますね。

そもそも、人類社会の歴史は、悠久の時を超えて太古の昔から存在していますが、古代、中世、近世と、様々な政治的、社会的動乱が数多くあれど、それを乗り越えてきた「猛者」達がいたわけです。

その「猛者」達が、その時代において「何をしなければならなかったのか」という事を「真剣に」考えて来なければ、今の我々は絶対に存在しておらず、仮に存在していたとしても、朝鮮半島のように、異民族によって征服され、隷属民としての精神から抜け出せない(すなわち、独立主体としての国家を築けず、別の大国の属国として生きていくしかない)状態になっているか、大陸内部のように、個々人がバラバラの存在として、親族以外の者とのつながりのない、ひいては「社会とのつながり」が無い、混沌とした暗黒の世界(国家というものが存在しない)が広がっていたでしょう。

朝鮮半島や支那大陸に文化や文明、芸術などが少ない(一応、京劇のようなものはあるにはありますが、古代支那帝国の話ですし、現代の支那人と同民族かどうかも不明で、彼らがその精神を理解しているかどうかも分かりません)のも、その為ではないかと思っています。国民がバラバラか、隷属精神しか持っていないのですから、独自性を持った文明や文化、技術、芸術を築く事など不可能であったわけです。

近現代になって出現した「男女平等」等の概念に「哲学性」を感じないのも、やはりその概念の「稚拙さ」を物語っているのではないかと思います。

うわべだけを取り繕った「偽善」などは、その中身を精細に問われれば、確実にボロが出るわけです。

少なくとも、「男女平等」などという「偽善(稚拙な哲学モドキ)」で、人間の様々な哲学が終結した結果出来上がった、「神道」、古代から存続し、そして高貴な存在である「皇室」を汚すのは、絶対にご法度です。

稚拙な発想に基づく「偽善」を唱えるのではなく、その思想の「歴史的経緯」および「堅実な思考」と「発想」に基づく、「人間の本質」から考える「哲学」が、こうした解決困難な問題を突破する力になるのだろうと思います。

明治から昭和辺りまでは、保守由来の思想を持つ碩学、知識人らがまだ存在していましたが(井上毅、福澤諭吉、三島由紀夫など)、近年では、戦後教育の所為もありますが、保守の劣化も激しく、そこまでできる人材がほとんど存在しない(いたとしても中川八洋氏程度)のは、相当に懸念しなければならない事だと思いますね。

西 | 2017.06.25(日) 16:17

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||


私が、初めて「偽善」という言葉と行為を知ったのは、高校1年生の時代である。当時、大量に販売された、文庫本化された哲学書の言葉の中に、「偽善」という言葉があった。私は興味を持った。
そして、私が身近な人に偽善者がいたことを理解した。最初の「偽善者」は、テストの成績が各科ともクラスの5番以下であるにもかかわらず、授業中の態度、挙手、教師受けする声などのいわゆる態度点によって、通知箋において、ほぼオール5を獲得し、その同級生が、その「5」の数を以てクラスの1番であると言い続けたことであった。
その同級生、受験校に進学、最下位ランク状態が続き、高校3年の春、精神病を患い、受験戦争から脱落。私は、この同級生を批判することはなかったが、この同級生は何かにつけて私を公然と批判、敵視した。もちろん、事情を知る女の子たちは私の味方だった。

二番目に偽善者と評価した人物は、人前で道徳を語ることが好きな、ある団体関係者だった。
会合の場にて、「相互リンクしましょう」というので同意、私の方からリンクしたことをその人のブログで二度ほど投稿したが、反応がない。コメントが公開されず、無視された。私は裏切られたのであった。その時点で、会合にて集められた数千円の会費は、その人物と取り巻きの宿泊費等に流用されたと理解した。後日、とあるブログ記事をその人に丸ごとパクられたこともあった。
ただ、世の中、被害を受けたのは私だけではなかったようで、ネットで検索すると、いろんなちょろまかしをやっていることがわかった。ネットで取り沙汰されるその人物の事案、概ねそのとおりであろうと思う。進んで道徳を語る人の偽善の深さを見たのであった。

では、歴史上、最大の偽善者は、誰かということになるのだが、たまたま読んだ本に、そう解釈しうる記述がある。

その人は、その世界で聖人と呼ばれている。
しかし、知れば知るほど、本当にそうなのか?という疑問が湧く。
それゆえ、布教政策上、そういう部分があったことを知られないために、彼らは、禁教された、弾圧されたと語るのではないか。

そう語る前に、彼らは彼らの世界で、異端審問を口実に(無実かもしれない人々を)弾圧し処刑したではないか?
自分たちがしたことを隠蔽する?一方で、自分たちがされたことのみを針小棒大に彼らは叫んでいるだけではないか?
私はそう見ていることを指摘し、本稿を終える。



以下は、参考文献からの転載

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「隠れユダヤ教徒と隠れキリシタン」小岸昭


67~78頁

ローマのペトロ・コダチオおよびイグナチオ・デ・ロヨラ宛の一五四〇年一〇二二日付書簡の中で、ザビエルは次のように書いている。
「私たちはこの国の宗教裁判所長官で、国王の兄弟であるドン・エンリケ王子から宗教裁判所に留置されている人たちの世話をするように幾度も頼まれました。それで刑務所を毎日訪れ、主なる神が彼らの救いのために留置して恩恵を与えてくださっているのだと、彼ら自身が納得できるように話しています。そこでは毎日全員を集めて説教をしていますし、第一週の霊操で、彼らは霊的に大いに進歩しつつあります。衆人たちの多くは、主なる神が自分たちの霊界を救うのに、必要な多くのことを学ぶ機会を与えるというおおきな恩恵を施してくださったと言っています。」

右の書簡は、一五四〇年九月二六日、リスボンで初めて挙行された「荘重な火炙りの刑(アウトダフェ)の後に書かれたものだった。ザビエルはしかし、人間が生きたまま焼き殺されるというこの野蛮な宗教ショーの主催者側に身を寄せていたにもかかわらず、囚人たちの「霊魂の救い」や主なる神の「恩恵」についてしか述べていないのである。

ところで、このジョルジュ・メンデスの告発者デイオゴ・デ・モンテネグロは、ザビエルが出会った囚人の中でも「極悪人」だったと言われている。スペインの異端審問所に異端者として収監されていたモンテネグロは、スペインを脱出してアフリカに逃げ、ついでリスボンに現れ、逮捕されたのはリスボンのマラーノの家を訪ねようとする矢先だった。この悪名高い「極悪人」は、「札つきの罪人」であり、「恥知らずな悪人」にして「嘘つき」であり。さらに、「魔術師」「手相見」「占い師」「予言者」であり、女性を恋に陥らせる「魔力の持ち主」であり、また「堕胎の術」をも心得ていたという。そしてモンテネグロは何よりもリスボンの隠れユダヤ教徒たちの「告発者」とされていた。もちろんイエズス会士ゲオルク・シュールハンマーの研究には、リズボンにおける「闘う教会イエズス会」の尖兵ザビエルの行動に不利なことは一切書かれていないのだが、このような「罪人」処刑に立ち会うザビエルがポルトガル・カトリックの残酷な恐怖政治に深くかかわっていたことは、疑いない。

一五四〇年九月二六日、ついにポルトガル異端審問所最初の火炙りの刑が執行される日がやってくる。「それは、この時代ポルトガルで挙行された最も荘重な行事だった」とシュールハンマーは記している。リスボン市やその近郊から大群衆が、この珍しい見せ物を見るために集まって来る。国王、高位聖職者、そして市の貴族たちのほとんどすべてが顔をそろえている。午前六時から七時にかけて、審問官および聖職者が、大勢の貴族と貴顕紳士に伴われて徒歩でやって来る。その行列の前に、十字架が掲げられているが、これは、アルファマ地区南西のミセリコルデイアから、すでに火刑台がしつらえられているリベイラ広場まで運ばれてきたものだった。ぎっしり詰まった群衆をかき分けて、行列がやって来る。市警察と神聖裁判所の役人に伴われて、囚人たちが到着。男性九名、女性一四名の計二三名である。これら囚人たちは全員手に火をともした蝋燭を持っている。その中には、二年の懲役刑を言い渡されたジョアン・ゴメスが、終身刑を宣告されたジョルジェ・メンデスが、懲役二年を求刑されたマラーノ女性イサベル・ヌネスとその二人の娘が、そしてその後に、火炙りの刑に処せられる二人の囚人、すなわちフランス人聖職者とかのデイオゴ・デ・モンテネグロがいた。

じつはこの時、フランシスコ・ザビエルと彼の同僚ロドリゲスは、大審問官ドン・エンリケに、最後の瞬間までこの二人の死刑囚につきそうように言われていた。したがって、ザビエルhじゃ、「極悪人」デイオゴ・デ・モンテネグロの死に至るまでこの哀れなユダヤ人の姿を、誰よりも近くから見つめていたのである。異端審問所の報告によれば、モンテネグロは、「国王の命令により、大いなる異端者として、また神聖なる信仰の敵として焼かれた」のだった。彼は目の前に突きつけられた十字架を見上げることを拒否したまま、やがて呪わしい炎の中に包まれていったという。

この忌まわしいショーの後、「モンテネグロは無実であり、虚偽の密告によって有罪にされたのだという新キリスト教徒『マラーノ』が多かった」と書いているシエールハンマーのさりげない注釈の一行を、私たちはどのように解釈すればよいのだろうか。

中略

漁夫海岸に赴いてから八か月後、ザビエルはどんなに勧めても、またどんな方法を使っても、主なる神の御もとへ行こうとはしないパラヴァスの頑迷さに気づき、業を煮やす。そして真珠採取民の新生児たちが受洗しないまま次々に死んでゆくのを見るにつけて、彼は「せめて洗礼を受けてから死んでゆく幼児たちだけでも、天国へ行ってもらいたいものです」」と願わずにはおわれない。

一五四四年八月一日付けブニカレのフランシスコ・マンシラス宛書簡に言われているように、ザビエルは今回もコモリン岬に至る漁夫海岸の心痛む道を歩く。その時彼は、「ある者は食べる物がなく、他の者は年老いて歩むことができず、ある者は死に、旅路で分娩する夫婦」などの哀れな情景を見て、「この世の最大の苦痛を感じ」ざるを得ない。しかも一五三六年に大改宗が政治的な取引によって行われた「信者の村」に行ってみれば、実際は信仰不在の惨憺たる状態だった。「ここはひどい不毛の地で、極貧そのものの状態なので、ポルトガル人は済んでいません。この地の信者たちは、信仰について彼らを教え導く人がいないために、信者であるというだけで何も知っていません」。

つまり、大改宗の際「キリスト教徒」になったはずのパラヴァスは相変わらず元のヒンドゥー教の生活を続けていたのである。こうしたインド各地の個々の体験は、一五四九年一月一二日付イグナチオ・デ・ロヨラ神父宛書簡に言われているように、「私が今までにあったこの地のインド人は、イスラム教徒に対しても異教徒にしても、きわめて無知です」という結論に至る。
こうした結論にも見られるように、ザビエルが布教対象にしている人々を彼らの立場に立って客観的に観察しようとする視点は、全く認められない。例えば、ザビエルの時代にもみられたはずの、コモリン岬の突端に立ち、荘厳な朝日に向かって合掌するヒンドゥー教徒たちの敬虔な祈りの光景といった、他民族独自の風俗や習慣に関する記述は一切ない。ザビエルのこのような他民族や異教徒に対する理解の欠落から、どのような制度的要求が出てくるだろうか。このような問いをもって書簡をひもといてゆけば、一般に「聖人」として仰がれているサビエルの裏側が見えてくるだろう。
とりわけ漁夫海岸における布教活動の厚い壁に突き当たったザビエルは、次のように自らの苦衷を漏らしている。

「信者たちに悪事をしようとする人びとは、私に対しても悪事をたくらむ者です。私にとって生きているのは苦痛であり、神の教えと信仰を証すために死ぬ方がましであると思います。」

「信者たちに悪事をしようとする人びと」が布教の障害になっているというザビエルの認識は、そうした人々を排斥すれば布教活動が円滑に行われるはずだという見通しに繋がってゆくだろう。したがって、「神の教えと信仰を証するために死ぬほうがましである」というザビエルにとってその絶望を救い得るのは、たとえ無意識的にではあれ、「信者たちに悪事をしようとする人びと」に死を、という原理をおいてほかなにない。このような恐怖政治と境を接した原理は、ザビエルがリスボン異端審問所での「聖務」を通して体得したものではなかっただろうか。

一五四六年五月一六日付ジョアン三世宛書簡の中で、ザビエルは布教の障害になっている「悪事をしようとする人びと」を次のように特定してゆく。
「インド地方では説教者が足りないために、私たちポルトガル人のあいだでさえも、キシルトの聖なる信仰が失われつつあります。……(その原因は要塞のポルトガル人が)未信者たちと絶えず商取引をしているために信仰が薄く、贖い主、救い主であるキリストへの信仰よりも、しばしば物質的な利益のみを念頭においているからでございます。」

ここで言われている「ポルトガル人」からは、信仰のために異教徒を拷問にかけ火炙りにすることに手を貸すカトリックの聖職者も、また祖国のために原住民や異教徒を虐殺する軍人も除外されている。
ザビエルは、カトリックのロゴス中心主義とほとんど無意識的な権威主義から、右の説教者派遣の要求に、次のような驚くべき要求を続けているのである。

このザビエルの提言から一四年後に、ゴアに異端審問所が活動を開始する。そして、一五七一年ゴア異端審問官に任命されたバルトルメウ・デ・フォンセカは、改宗ユダヤ人「マラーノ」を「神を殺す者」と呼び、狂信的なマラーノ摘発を行って、実際「ゴアを火で満たし、異端者と背教者の死体から出た灰でいっぱいにした」のである。

例えば、一五七八年だけでも、今は整地されて花咲き匂う公園になっているオールド・ゴアのス・カセドラル前にあった異端審問所の広場で(そこから道を一本隔てたボム・ジェズ教会には、聖フランシスコ・ザビエルの遺体が現在も安置されている)、一七人が生きたまま火炙りに処せられた。この時、全員が「ユダヤ教を信仰した異端者」として断罪されたのである。こうしたカトリック国ポルトガルの恐怖政治の歴史を振り返ってみれば、私たち日本人も現オールド・ゴア博物館館長P・Pシロトゥカーの次のような言葉をどう受け止めるべきかという態度決定を迫られているように思われる。
「今日、後年聖人として列聖されることになったザビエルは、いかに多くの人々の苦しみと残酷な死の原因となる非人間的な提言を行ったかは、想像を絶する。……ナチによる恐怖の蛮行を凌ぐ異端審問所の犯罪行為についてはもっと調査研究が行われてしかるべきである。」

キリスト教の教えを広めるため中国に向かおうとするザビエルの最晩年、ヴァスコ・ダ・ガマの息子でマラッカの海軍総司令官のアルヴァロ・デ・アタイデ・デ・ガマとの確執があった。アタイデは、胡椒貿易の権利にからんで、使節船の中国渡航に反対し、教皇使節ザビエルの中国布教という大計画の前にたちはだかったのである。アタイデとのあらゆる交渉に行き詰まったザビエルは、ついに伝家の宝刀を抜き、人格権の剥奪と同時に、あらゆるポルトガル領からの永久追放という重罰を意味する「破門制裁」をアタイデに突きつけた。絶筆となった一五五二年一一月一三付の書簡は、そうした激しいアタイデ攻撃の言葉で埋め尽くされている。ゴヤはザビエルのこのような絶望的な状況を知っていたかのように、「悲惨と憂愁にとざされた」臨終のザビエルを描いているのである。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

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2017.06.26 (Mon)

凶暴な女たち  豊田真由子はなぜああなったのか?

※「第一稿にて、石田ゆり、と表記した箇所について、コメント頂いた方から「石田ゆり子」の間違いではないかと指摘」があり、管理人の錯誤であったことを確認、6月26日15時50分当該箇所訂正しました。

※「助長する」という動詞について、コメント頂いた方からの指摘により、6月27日6時25分削除しました。



本稿、女性批判記事である関係で、いらぬ批判を受けることを回避すべく、男については男、女については女性と表記する。




自民党豊田議員のことがネット界で話題になっている。

―― 参考情報 ――――――――――

豊田真由子の最凶伝説がヤバすぎる…【音声あり】秘書が20人辞める 夫や子供
https://saisin-news.com/toyotamayuko-saikyoudennsetu/

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経歴的には素晴らしい、が言行は、とんでもない。そういう評価となった。
もはや公職を得ることは不可能だろう。

豊田真由子
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B1%8A%E7%94%B0%E7%9C%9F%E7%94%B1%E5%AD%90

小坪しんや議員は、他にもトンデモナイ事案があるとしている。

―― 参考情報 ――――――――――

【暴露ネタ】豊田真由子の、まだメディアに出ていない新情報【許せなかったらシェア】
https://samurai20.jp/2017/06/toyoda/

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森友、加計に続く、一騒動になりそうな気がする。


が、私は、弁護する気はない。起きるべくして起きたと解している。なぜそうなったか。
これまで咎められ、叱責され、素直に反省する機会がなかった、ということである。
ファーストレデイと言われる方の中にもそういう傾向のある人はいる。
彼女も、叱られたことがない、育ちはいいが………………

ただ、私は、彼女の眼の形をみて、やはりそうかと思った。
名前に、「真」という漢字もある。「真」は半島系の方に多い名だそうだ。


会社に、名前に「真」がついた、先輩がいた。パワハラ常習者だった。その先輩は、同じ大学で、馬鹿で酒癖が悪い、あんな馬鹿にどうして大学はあの会社に推薦状を出したのか。別の先輩から在学中に何度も聞かされたほど、学生時代から悪名高い人物だった。
この悪名高い先輩、頭の形、仕事への取り組み、上司に媚びへつらう一方部下には凶暴であった。特徴ある、名前の文字などから、血筋的に日本人ではなさそうだとみている。

さて、私の幼馴染に一人、凶暴な女の子がいた。突然ヒステリーをおこし、所構わず、ハサミやナイフを振り回すのである。私も一度被害を受け、それ以降その女の子には話かけることはなかった。兄弟もいたが、暴力主義的傾向があり、母親に暴力を振るい、小遣いをせびったと近所で噂されていた。その父親は酒癖が悪く、案の上、母親は早死に、良い人ほど薄命、という結果となった。彼女は、教師をやっている。私は、彼女の本性を知っているので、生徒たちが気の毒でならない。

こんな女学生もいた。
出身は女子高。成績はピカ一。学科は理系。容姿的には美人、スタイルもいい。育ちもいい。だが、同年代で交際相手に名乗り出る者はいない。彼女は暴力的では決してない。が、左程情報通でなかった私でさえ、あまりにキツ過ぎる言動があった、女子高時代の噂を聞いて知っていたのだ。彼女は結婚相手に対して、いつか、刺すような言葉を吐くであろうことを、それが言われる立場において致命的な一言となるであろうことを、世の男たちは予期していたはずだ。そんな彼女も一度だけ、ある男と交際していたが、長続きせず、彼女は、誰もが知る有名企業に就職、今は海外の研究所にいるはずだ。おそらく独身だろう。


話題を変えたい。

あまりテレビを見ることはないが、肉食系の女性ばかりが目立つ昨今、私は、石田ゆり子出演のCMを眺めてほっとする自分を発見している。

―― 参考情報 ――――――――――

パナソニックリフォーム 「あたらしい物語が、つづく。」
http://cm-watch.net/panasonic-reform2017/

おじさん心くすぐる… 石田ゆり子の「もっと、ゆるもぉ」にドキッとする
https://feely.jp/62733/

―――――――――――――――――

私は、石田ゆり子をまったく知らない。が、CMタレントとしての石田ゆり子は、素晴らしいと言わざるを得ない。女性の歳のことは話題にすべきではないかもしれないが、47歳だそうだ。妻には、そうあって欲しいと願っている。

決して派手さはないが、彼女は、世の男が女性に求める、あるいは、日本女性に失われつつある、何気ない親しさを示す、挙動を演技することに、誰よりも成功しているのではないか?(彼女の本性が本当にそうであるのか、そうでないのかはここでは問題ではない!)


さて、男の場合は、多少凶暴なのは、チンピラみたいな人生を送る人を除き、概ね是正される。極一部を除き、そういう社会である。

ところが、女性の場合は、それが容認されると本人が錯覚するようだ。
無作法、マナーの悪さ、約束を破ったことを指摘しても、なかなか認めようとしない頑固な人がいるが、概して、女性にその傾向が強い。
交通違反を検挙したパトカーの警官が、違反車両に近づき話かけようとする際、ドアをロックしてなかなか開けようとしない車両を何度か目撃したことがあるが、その種の車のドライバー、女性ドライバーが多かった印象がある。

私は、一部の女性が示す、ある傾向を書いている。
問いつめても返事がない。それでいて逆恨みする。困ったものだ。

最近、私は道を塞ぐような運転をする女性ドライバーに憤慨したことがある。
道路横断する車両が、意図して道路を塞ぎ、会釈一つしないで通過するのである。

一方通行道路を塞ぐように逆進してきても、過ちを認めなかった、女性ドライバーもいた。

男の中にも運転マナーの悪いのはいる。それは、車両の種類、色、ナンバーで一見してわかる。

しかし、女性の場合は、見分けがつかない。それゆえ、時に不快な気分になるのだ。
ただ、蓮舫のように襟にアクセントがある、カチっとしたファッションの女性には気をつけるようにしている。

運転免許更新の際に、無事故・無違反のドライバーは、女性のペーパードライバーたちが多いはずだ。
だが、彼女たちが、道を譲られた際に、会釈の一つもしないドライバーたちが過半であることに私は気づいている。実際そうなのだ。
男の場合は、9割方、会釈するか手を振るか、ハザードランプで示す。仕事上の礼儀みたいなものだ。

豊田議員は確かにおかしい。
しかし、おかしいのは、豊田議員だけではない、と言いたい。

が、一部女性ドライバーたちの、礼儀をわきまえないマナーの悪さ、男女共同企画だの、女性の活用など、十分過ぎる施策が執られてきているのに、女性たちは、それを既得権だと錯覚しているのであれば、残念でならない。

安倍首相は、女性活用拡大を言い過ぎた。また、安倍首相は昭恵夫人を放任し過ぎた。
そういう認識である。

女性軽視(蔑視)の視点から書いているのではない。
また、世の中には、見るからに(心やさしき)大和撫子がいることも、欧米社会において、格言みたいなレベルで「結婚するなら日本女性」という言伝えがあることも知っている。

が、身近な女性たちは、より肉食系で多分に草食系の私からみて、箍が外れたように映る、それが豊田議員の現象となって表面化した、という見立てとなるのである。

そして、そういう殺伐たる世相であるがゆえに、石田ゆり子が出演するCMを見ている瞬間だけ「癒されるオジサン」化した自分を発見するのである。

以上

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