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2017.10.17 (Tue)

ベルギーという国  彼ら支配層にとって都合が良いシナリオとは?

本稿、ベルギーという国に係わる、私の印象を書いたもの。


一度、ベルギーを旅行したことがある。
風景は、中世そのもの。人々は穏和なクリスチャン。田舎は牧歌的。
老人たちは、旅行者にやさしい。料理はフランス的、ビールは世界で一番旨い。そういう国である。
そういうベルギーの郊外に、パリでテロを起こしたイスラム人活動家が潜伏していたことが表面化した。

そのベルギー。今も王国。伝統ある国だった。

しかし、それは昔のイメージだ。今は、見る影もない状態となったようだ。
ベルギーのブリュッセル界隈、人口の半分がイスラム系移民だそうだ。
もう旅行したい国ではない。

なぜ、ベルギーの支配層がそんな劣化状態を放置するのか?私は、不思議でしょうがなかった。が、支配層たちは国家の枠組みを越えて、この地で君臨することを選択・指向したのではないかとの結論に達した。

支配層は、アフリカのコンゴを支配する感覚で、ベルギー本国を支配しているのではないか……………
ベルギー支配層は、世界を一つの市場とみなした結果、かつての王族と元々の自国民が同じ種族である必要を認めなくなった……………

実際に起きたことを振り返りたい。
世界を一つにするために!まず、近隣諸国とEUを設立。EU議会は、そういう素性の人たちで構成されているはずだ。

なぜ、ブリュッセルにNATOやEU議会があるのか?
確かに、ブリュッセルは地理的な中心にはある。言語的に国内はフラマン語圏、フランス語圏、ドイツ語圏の三つの言語の地域が存在する。
スイスの場合はドイツ語圏、フランス語圏、イタリア語圏が存在し、支配層たちが多く、預金していると言われている。
支配層たちは、EU議会の名士となっている感がある。

つまり、金はスイスに預け、住居は世界各地に確保した状態で、企業誘致感覚で、NATOやEU議会を招致した。私はそう見ている。

歴史的に、地理的な中心地は商業的に栄える。つまり、ヨーロッパの途方もない大金持ちがそこに居る、そこの支配層である。それゆえ、ベルギーの王族は、相当な富を蓄積していると私はみる。その存在は広く知られていなくても!スイス銀行の預金残高が情報公開されていなくても!

ところが、外国人の視点からベルギーという国を眺めると、ベルギーの支配層は、自分の国の国境を壊すべく、元々いた自国民が少数化しそうなくらい、難民と称する人たちをどんどん引き入れた。
そのベルギー人たちは、総じて、穏和で敬虔な人たちである。
彼ら支配層からみて羊のような存在である。
彼ら支配層は、当然のことながら、かなり時間をかけて、キリスト教界の乗っ取りに成功し、今や羊のような人々の上に君臨している。

彼ら支配層は、一般のベルギー人たちの生活環境破壊を喜んでいるかのようだ。
一言で言うと、彼らは、羊のようなキリスト教徒の自国民と暴力的なイスラム難民を自国に同居させたがっているようだ。

いったい何がしたいのか?
自国をいったいどうしたいのか?

ベルギー王家の血筋を引く方々は、今もおられ、おそらく途方もない大金持ちになられているはずである。そういう一族の方たちが、もしユダヤ国際資本と血縁関係となった場合、支配層としてどういう選択をするか。


その国の国民、文化、伝統を守ろうとするのか?
それとも、最終目標と言われる、世界を一つにするために行動するのか?


その国の国民、文化、伝統を守りたいなら、移民受入れを拒否するはずだ。
が、実際は、その逆である。その国における移民のウエートが多いこと、それは、国境を壊すために!支配層がなした結果と見ることができる。

彼らはEUという支配層にとって都合が良いシステムをつくり、難民と称する人たちを国家の中にどんどん入れた。今や、もともといたベルギー国民は少数派となり、職を奪われ、更なる低賃金化を余儀なくされていると推定する。
そして、彼ら元々いたベルギー人たちは、移民たちの攻撃対象となりつつある。一般のベルギー国民たちは、穏和でおとなしすぎたために、支配層と同一種族としてでなく、より支配しやすく奴隷化しやすい、混乱状態に陥れられた、可能性がある。

金持ち王族たちの血筋を維持することは簡単だ。なぜなら金持ちは金持ち同士、縁組するのだ。穏和でおとなしいベルギー国民たちは、資産的に王族レベルに達することはない。なぜなら、王族たちには、混乱から隔離された屋敷、世界各地の快適な別荘、代々受け継いだスイスの隠し銀行口座があるのだ。

もし、彼らの悪巧みすべてを知っている、正義のベルギー人がいて、国内のこれ以上の混乱を阻止すべく活動開始すると、どうなるか?

ヒトラー並の極右とレッテル貼りされるだけでなく、ポピュリストと扱われ、言い方を間違えるととヘイト法で処罰される。いや暗殺されるかもしれない。それがヨーロッパの現状であろう。

ヨーロッパ各国で相次ぐ極右の台頭、それは支配層との最終決戦を覚悟した人々が現れた証左ではないのか?

支配層にとっては、都合が悪い人たちを極右とレッテル貼りすることは、彼らの活動の本質を穏和で従順な人々に気づかせないために、機能する手段となっているのではないか?

彼ら支配層は、そうやって(国境を越えた)市場を支配し、(国境を越えた)情報を支配し、(国境を越え)世論を支配しているのではないか?

現代においては、最初にボブ・デイラン、続いて、ビートルズ旋風が国境を越えて起きた。
英語が媒体となった。ボブ・デイランはアメリカ文化の伝道師みたいなものだ。
続いて、小説の世界において、似たようなことが起きた。昨年は、ボブ・デイランがノーベル文学賞を受賞、今年は、カズオ・イシグロが受賞した。

どちらも国境を越えた≒壊した!ことが評価されたのかもしれない。

ひょっとすると、言論空間の国境破壊に特に貢献した人たちに与えられるもの、それがノーベル文学賞ではないのか?


以上

テーマ : 移民問題 - ジャンル : 政治・経済

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2017.10.06 (Fri)

カズオ・イシグロのノーベル文学賞受賞  懸念・警戒すべき三つのこと

ノーベル文学賞、数々の反日言動があった村上春樹が受賞を逃したのは、目先国益的にまずは良かったという評価ができる。

―― 参考情報 ――――――――――

村上春樹がノーベル賞落選!良かった!反日言動の数々・「騎士団長殺し」では悪質な南京ステマ宣伝
http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/blog-entry-6823.html

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論争になっている歴史認識事案での、村上春樹の筆致について、世界支配層は内心喜びつつも、危うさを感じたことだろう。

しかし、一方で、カズオ・イシグロのノーベル賞受賞、日本人として喜んでいいのかそうでないのか、私はいささか戸惑っている。

―― 参考情報 ――――――――――

「世界観に日本が影響」 カズオ・イシグロ氏が喜びの会見
http://www.sankei.com/life/news/171005/lif1710050064-n1.html

―――――――――――――――――

こう発言すれば、日本で爆発的に売れる。私はそう確信する。

しかし、その一方で、カズオ・イシグロが、村上春樹のような反日的な言動が目立つ小説家でなかったにしても、その及ぼす影響などから、三つのことを懸念・警戒している。

本稿では、その三つが何であるのか、指摘することを目的としている。


本題に入りたい。

あるジャーナリストが、カズオ・イシグロに2006年に取材した。

―― 参考情報 ――――――――――

カズオ・イシグロ/Kazuo Ishiguro
『わたしを離さないで』 そして村上春樹のこと
http://www.kaz-ohno.com/special/kazuoishiguro.html

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小説手法論の視点から、カズオ・イシグロは卓説した見解を述べている。
カズオ・イシグロは、思想哲学並の独自かつ明確なイメージを構築、自身が編み出した卓越した表現手法?を駆使し、小説を書いていることがわかる。

ここで、カズオ・イシグロが、デビュー後に、小説家として一定の評価を受けた理由を考えたい。

はっきり言えそうなことは、カズオ・イシグロは、グローバリストにとって都合が良い存在であったことである。

カズオ・イシグロは、2006年の時点で、こう語っている。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

http://www.kaz-ohno.com/special/kazuoishiguro.html

- 小説家の話になりますが、好きな作家は誰ですか。

イシグロ 伝統的な作家、つまり偉大な作家では、今でもロシアの作家が好きです。チェーホフ、トルストイやドストエフスキーです。ある意味では私が20代の頃に気に入っていた作家と同じです。年を取るにつれて、ジェイン・オースティンのような、若いときあまり好きでなかった作家が好きになってきました。オースティンは学生のときに読まされたのですが、とても退屈な小説でした。3年前にオースティンのすべての6冊の小説を立て続けに読んだのですが、本当に卓越した作家であると認識しました。ですから、ときには再読する必要があります。現代作家の中では、好きな作家はたくさんいますが、村上春樹がもっとも興味ある作家の一人ですね。とても興味があります。もちろん彼は日本人ですが、世界中の人が彼のことを日本人と考えることができません。国を超えた作家です。現時点で、村上春樹は現代文学の中で非常に関心を引く何かを象徴しています。人は、日本文化に必ずしも関心がなくても、村上春樹に通じるものを感じるのです。


- 村上春樹はそれを意図的にやっていると思いますね。

イシグロ その通りです。私もそう思います。そういう世代の作家がいます。ある程度は、私もイギリスやアメリカの読者だけではなく、国を越えた読者に訴えようとしています。多くの作家がそうしようとしていると思います。彼らは意識的に世界中の読者に訴えようとして小説を書いているのです。文化の壁がないように、そういう壁になりそうな要素をすべて作品から排除するのです。もちろんそれには一長一短がありますが、私も確かにそうしようとしています。

- イシグロさんは英語で書くので、アドバンテージが大きいですね。

イシグロ その通りですね。私の、翻訳されていない作品の方がノルウェー語や日本語で書いている作家よりも読者が多いと思います。それは英語がますます国際語になっているからです。ずっと書き続けてきた間も、ドイツやオランダでも状況はどんどん変わってきています。私の初期の作品は、ほとんどの人が翻訳で読んでいます。でも今は、若い読者のほとんどは、ドイツでも他の国でも、英語のまま読んでいますね。状況が急速に変わってきています。これには危険もあると思います。というのもあまりにも英語が支配的になってきているからです。それに比例して、英語で書く作家が注目されますから、他の言語で書く、非常に貴重な作家が無視されているという危険がすでにありますね。従来は、例えば、ラテンアメリカもそうですが、世界のいろいろな国から頭角を現してくる、非常に興味深いスタイルを持った作家がたくさんいたのです。少なくとも日本は、孤立した状態で成長したので、そこで作られた映画は非常に興味深いと言えます。英語の覇権で、世界が文化的にあまりにも均一化されてしまうと、こういう多様性を見逃してしまうと思います、料理にたとえると、みんな同じ料理を食べたら、おもしろくないということです。インド料理、日本料理などいろいろあるからおもしろいのです。ですから、私は世界中の作家が同じような方向で書いている時代に急速に向かっていることに、いささか当惑しています。

- 英語で書いていても、そう思われますか。

イシグロ どの言語で書いていても、その当惑する気持ちは同じです。英語はあまりにも支配的な言語になっています。さらに文化的にみると、こうなったのはアメリカ文化の力です。我々が英語で書いていても、イギリス的な文化を排除したくなるのです。それはイギリス文化が世界の中で、アメリカ文化のような地位を築いていないからです。アメリカ文化は確固たる地位を築いています。

- もし村上春樹が最初から英語で書いていれば、さらに読者は増えるでしょうか。

イシグロ そうは思いません。村上春樹は興味あるケースだと思います、確かに、勇気づけられるケースだと思います。私は彼を非常に才能のある作家だと思いますが、十分に才能があれば、英語で書かなくても、英語に翻訳されればいいということです。彼のもう一つ特異なところは、国を超えたスタイルで書くだけでなく、リアリズムの外側で書いているということです。現時点で、世界中の作家をみても、所謂リアリズムのモードの外で書いてうまくいっている作家はそれほど多くいません。もし、村上春樹ほど洗練された書き手がいれば、人はすぐに気づきます、コロンビアの作家である、ガブリエル・ガルシア=マルケスのような作家がそうです。このような作家は非常に稀有です。リアリズムの外で、人が理解できるように書けるということは非常に稀なことです。この百年間をみても、この書き方で成功している作家で思いつく作家はそれほど多くありません。フランツ・カフカとかサミュエル・ベケットとか、ガルシア=マルケスとか。本当に稀有なことですよ。だから村上春樹が世界中で人気があるのだと思います。イギリスでは確かに人気があります。恐らくイギリスで、もっともたくさん読まれている、外国語で書く作家でしょう。英語で書かない作家で、これほどこの国でも読まれている作家を今思いつくことはできないほどです。アメリカでも同じかもしれません。アメリカにはスペイン語を話す人口がかなり多いですから、わかりませんが、興味深いのは、村上春樹はそれほど世界中を旅するわけではないのに彼のスタイルがインターナショナルだということ、そして世界で受け入れられているという面です。リアリズム・モードをうまく破ることができる人には、言わばこういう国を超えたいという渇望があるかもしれません。作家がそうすることに成功すれば、ガルシア=マルケスのように国際的に評価されますね。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

同時に、カズオ・イシグロは、国境を越えて書く、言い換えると、その国の文化を排除し、国境の壁を壊して書く、小説家の存在を指摘している。
村上春樹は、カズオ・イシグロからみてそういうスタイルの小説家であるとしている。

すなわち、ノーベル文学賞はグローバリストだから受賞できる?ことを暗示している。
これが一つ目の懸念である。


TPP反対の方、村上春樹は反日言動だけでなく、小説作法的に、国境の壁を壊すスタイルなので、主張していることと、やっていることが矛盾することに気づかなくてはならないことになる。

TPP反対論者は、ゆめゆめ、国境破壊する作法を採用する小説家の本を読んではならない、と言いたいのである。


実は、私は、カズオ・イシグロの存在を30年前から知っている。外国人から、こういう日本人がいると教えられた。その外国人は、カズオ・イシグロを通じて日本を知ったようで、私に多くの質問をした。質問の中で特に印象に残ったのは、日本人でもあまり詳しくない、「神仏習合」についてである。(神仏習合に興味のある方、中世キリスト教の異端審判と比較して参照されることをおすすめする。神仏習合的なキリスト教徒は異端であることは周知の事実?)

カズオ・イシグロ、村上春樹、どちらも私は読まない。名前を知っていても!仮に有名であっても!である。
もちろん、大江健三郎は一冊も所蔵していないし、読んだこともない。あんな難解で理解しがたい日本語、読む気もしない。なぜ、受賞となったのか、選考委員の常識を疑っている。

私のDNAには合わないのである。

私は、学生時代、カズオ・イシグロが若い頃そうであったように、トルストイや川端康成中心に読んでいた。求めるイメージに近い短編小説も読んでいた。学生時代の最後の期間、大学4年の頃は、クローニン全集を読んでいた。

https://ja.wikipedia.org/wiki/A%E3%83%BBJ%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%8B%E3%83%B3

クローニンの世界観は、英国の伝統的かつ健全なキリスト教的社会観に近い。そういう認識である。トルストイを読んでいたなら、カズオ・イシグロはクローニンも読んでいたはずである。


しかし、カズオ・イシグロはその後、国境の壁を越える小説スタイルを模索。小説手法的に村上春樹との接点を見出したようである。

私はというと、村上春樹の小説をまったく読んでいない。有名な本であるということで、立ち読みしたことがあるが、読む気がしなかった。従って一冊も読んでいない。ノンポリ時代であっても国家の垣根や常識的価値観など、伝統保持したものを選んでいたからである。

また、30年前、書店でカズオ・イシグロの小説を手にしたことがある。流通していたのが全文英語で書いてあったため、読むのを諦めた。そういう感じである。仕事で忙しく、じっくり読む暇はなかった。


ここで、カズオ・イシグロの国籍が英国人であることを指摘したい。成人した後、日本が二重国籍であることを認めない制度である関係で、英国籍を選んだそうだ。
この事実を以て、国内の左翼勢力は、二重国籍者の存在を正当化しようとするだろう。これが二つ目の懸念である。


しかし、うろたえてはならない。国が大事なのか?民族が大事なのか?それとも、国を越えて流浪するユダヤ人みたいなライフスタイルの方がいいのか?ということである。

極論すると、国家の存在を肯定するのか?否定するのか?ということである。

当然の事ながら、ノーベル賞は、ユダヤ人たちが選考に深く係わっている。彼らは、世界を一つにしたいようだ。世界を一つにできれば、自分たちが支配層となり、市場を独占し、人々を奴隷化しやすくなるのだ。

今から50年近く前、解散したビートルズのメンバーの1人、ジョン・レノンの「イマジン」が大ヒットした。詩はわかりやすく、歌いやすく、多くの国の人が英語で歌うことを躊躇しないように作詞・作曲された曲である。

その後、ジョン・レノンは、(彼らにとって都合が悪い)真実を語り始め、暗殺?されたようである。

私には、ジョン・レノンのイマジンの小説バージョンが村上春樹なのではないか、そういう村上春樹もビートルズやジョン・レノンに熱狂した世代ではなかったか?

そして、昨年のノーベル文学賞の受賞者は、ロックブームの先駆けとなった、思想家的ミュージシャン、あのボブ・デイランである。
考え様によっては、ボブ・デイランは、英語を媒体とする、アメリカ文化の伝道師的存在として、ユダヤ人たちにとって都合が良い存在だったはずだ。

それゆえ、グローバリスト批判の急先鋒である、馬淵睦夫は、カズオ・イシグロ、村上春樹、ボブ・デイランについて、自身の青春時代どういう関係にあったのか?今現在、この3人をどう見ているのか、興味がある。

同時に、私は、グローバリスト受けする小説家、それも二重国籍禁止のため英国籍を選らばざるを得なかったということなどから、日本人のDNAを有する小説家のノーベル文学賞(ユダヤ人グローバリストが表彰を左右する?)を素直に喜べないのである。


また、こういう見方もできる。
日本は世界の音楽市場でアメリカに次ぐ世界第二の市場と言われている。
カズオ・イシグロは、日本ではまだマイナーな存在である。出版業的に拡販の余地がある。
日本で売れれば、アジア諸国でも売れることになるだろう。

カズオ・イシグロの小説の版元は、おそらく…………………

彼らは、カズオ・イシグロの小説を多くの日本人に英語で読ませようとするだろう。そして、気を良くして、カズオ・イシグロは、受賞後、ジョン・レノンのイマジンのように、わかりやすい英語で日本人向けに小説を書くかもしれない。
触発された、日本人小説家の中で、最初から英語で小説を書く人が現われるかもしれない。

結果、何が起きるか?
日本人が英語を使わなくなるのである。
日本の中で英語が常用化のきっかけとなりはしまいか。
カズオ・イシグロは、仮に、日本の出版社に頼まれても、日本人向けにわかりやすい英語で小説を書くべきではないのである!
これが、三つ目の懸念である。


彼らは、日本人に日本語を捨てさせようと考えている、日本語のバリアを破壊しようと目論んでいる可能性はないのか?

成功すれば、英語小説市場は拡大し、市場を独占できるのである。
ビートルズが成功したように!である。


皆様は、どう思われたであろうか?

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