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2017.08.18 (Fri)

対米協調路線  フリー●ーソンが暗躍している?

田母神俊雄は、「サルでもわかる 日本核武装論」にて、対アメリカ外交のあり方について述べている。

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74~75頁
アメリカとは決然とした意志を持って交渉せよ

最もやっかいなのは対アメリカかもしれません。もともと、アメリカには「日本に核を持たせない」という方針がありましたし、現在の民主党政権内には、親中嫌日の議員が数多く存在します。
ただ一方で、チェイニー元副大統領ほか共和党のリーダーの何人かは、日本の核武装を容認、あるいは促すかのようなシグナルを送ってきています。
インド・パキスタン等の登場により、「核不拡散政策」が崩壊の危機を迎えるなかで、アメリカの意識も確実に変わりつつあると見ていいと思います。

この機を逃さず日本は、アメリカに対して「日本は信頼に足る同盟国であり、今後も世界の平和維持のためにアメリカと行動を共にする」ということを深く理解させることです。とくに、核の多極化という中で、同盟国日本の核は、何よりもアメリカの国益にかなうということを理解してもらう必要があります。
そのためには、何よりも政治家と外交エリートたちの、真摯で根気強い対米交渉が必要となります。
アメリカと対立することは嫌だ、自分の現在の地位を脅かすような行動は取りたくないという姿勢では、国を本当に護ることはできません。
そもそも、総理にしろ、防衛大臣にしろ、自衛隊の統合幕僚長にしろ、組織のトップに立ったということは、いわば窓際になったということなのです。
そこで問われているのは、無借金南に長く務めるということではなく、「何事をなすか」ということです。自分の仕事で、後代に何が残せるのかを十分意識して、不退転の決意で挑めば、必ず道は開けると私は思います。

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この本は、自称保守言論人の発言のいい加減さも指摘している。

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16~17頁

自称「保守」論陣を疑う
ただし、北朝鮮という国は、侵略的無法体質を持ち、日本を最大の仮想敵国とする国です。日本にとって、北の核保有は、由々しき事態であり、危機であることに変わりはありません。
今回の北の核実験は、日本が核武装の準備を始める絶好のチャンスでした。しかし、政治家も、外交評論家や軍事評論家と称する人たちも、保守系メデイアですら、議論さえ始めなかったのです。
元総理大臣大臣補佐官の岡本行夫氏や拓殖大学大学院教授の森本敏氏、同志社大学教授の村田晃嗣氏等、保守派の論客といわれる人たちですら「日米関係を緊密にすることが何より重要で、NPT(核拡散防止条約)を脱退するような議論や行動をしたら世界で孤立する」と主張します。
しかし、これも変な話です。
国際条約というものは、国家が主体的に約束し、加盟したもので、不都合だと主体的に判断すれば、いつでも抜けられるものなのです。
実際、NPTには、その第一〇条に、「異常な事態が自国の至高の利益を危うくしていると認められる場合は、その主権を行使して脱退する権利を有する」と定められています。絶対に抜けられない条約など、どこの国も加盟しません。
そして、北朝鮮の核保有は、日本の「至高の利益を危うくしている」事態であることは間違いないのです。
そのことを、日本の政治家や、外交を担当する官僚、評論家、メデイアは、強く世界にアピールし、すみやかに核議論を始めるべきだったのです。
しかし、そうした姿勢はいっさい見せず、せっかくのチャンスをみすみす逃してしまった。とくに政治家の責任は重いと考えます。

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対米協調無条件容認派は疑ってかかるべきだろうという指摘に注目したい。

岡崎久彦にもその傾向は強かったと記憶する。

ブログ「正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現」では、岡本行夫について売国奴であるとして、実例をあげて紹介している。

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http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/blog-entry-6761.html

▼岡本行夫は、超反日売国奴▼

岡本行夫は、超反日組織である「女性のためのアジア平和国民基金」 (アジア女性基金、1995年)呼びかけ人だ!

いわば、岡本行夫は、慰安婦強制を捏造した当事者の一人だ!
外交評論家 岡本行夫
http://megalodon.jp/2014-1002-2238-07/www.awf.or.jp/2/foundation-01.html
アジア女性基金への拠金を呼びかける呼びかけ文

 戦争が終わってから、50年の歳月が流れました。
 この戦争は、日本国民にも諸外国、とくにアジア諸国の人々にも、甚大な惨禍をもたらしました。なかでも、十代の少女までも含む多くの女性を強制的に「慰安婦」として軍に従わせたことは、女性の根源的な尊厳を踏みにじる残酷な行為でした。こうした女性の方々が心身に負った深い傷は、いかに私たちがお詫びしても癒すことができるものではないでしょう。
(中略)
「従軍慰安婦」をつくりだしたのは過去の日本の国家です。
(略)
この国民基金を通して、一人でも多くの日本の方々が償いの気持ちを示してくださるよう、切に参加と協力をお願い申し上げる次第です。

1995年7月18日

「女性のためのアジア平和国民基金」呼びかけ人
赤松良子  大沼保昭  須之部量三  荻原延壽
芦田甚之助  岡本行夫  高橋祥起  三木睦子
衞藤瀋吉  加藤タキ  鶴見俊輔   宮崎勇
大来寿子 下村満子 野田愛子  山本正
大鷹淑子   鈴木健二 野中邦子  和田春樹


http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/blog-entry-6761.html

■動画
日本のこれから  ~岡本行夫の妄言
http://www.youtube.com/watch?v=RFnW6rfhT9s

勿論、岡本行夫の上記の発言内容は大嘘であり、日本は朝鮮人に名前や言葉や文化などを捨てさせた事実は無いし、それどころか逆に朝鮮語の読み書きが出来るように尽力したりしたのが事実だ。(詳細記事1、詳細記事2)

平成26年(2014年)4月、米大統領のオバマは、「歴史を振り返った時、例えば韓国の慰安婦の女性に起きたことは恐ろしくておぞましい人権侵害だと認識されなければならない」、「例え戦争中であっても驚くべきことであり、慰安婦の声を聞き、尊重されなければならない」、「何が起きたのか正確な事実を見極める必要がある」と発言した。(詳細記事)


http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/blog-entry-6761.html

サンモニ姜尚中と岡本行夫が嘘出鱈目・米国の違法行為や悪事を肯定し日本を批判・司馬遼太郎は国賊

岡本行夫
酷い戦争でした。
不戦の誓いは絶対必要ですね。
誰が、あの戦争に我々を引きずり込んでいったのか?
鉄鋼量の生産が日本の20倍もある国へ無謀な戦争に引きずり込んでいったのは、東条英機らの軍部ですよ。
そして、結局日本国民にあれだけ大きな被害が出た1945年、もう最初の頃は和平の機会がいつもあったのに、国体護持を叫んで有条件降伏にこだわった。
その人たちはA級戦犯が今でも靖国神社に合祀されているように、あれ東京裁判では断罪されたけども、我々は直言してきてないんですね。
その辺がもう一度見つめ直されないと、日本の健全な防衛論議というのはできないと思います。

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「東京裁判で断罪…………」と語っていることで、化けの皮が剥がれた感じである。開戦時の経緯についても、山本五十六が真珠湾攻撃、ミッドウエー海戦を主導したことを知らずに発言しているようだ。

馬淵睦夫は、岡本行夫と外務省同期だそうだ。馬淵睦夫による岡本行夫評がどのようなものか聞いておきたいところである。

岡本行夫が外務省退官したのは、冷戦終結直後である。退官後に内閣総理大臣補佐官に登用される一方で、三菱系企業の取締役になれる理由を考えてみたいところである。
同時期、C●A東京支局は、日本企業の情報を収集、経済活動にウエートを置き始めた形跡がある。

―― 参考情報 ――――――――――

CIA東京支局 公開されている情報から読み解くと…
http://nihonnococoro.at.webry.info/201508/article_6.html

・C●A東京支局がはたしてきた歴史的役割に関する考察
http://sokokuwanihon.blog.fc2.com/blog-entry-203.html

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岡本行夫は、何らかの組織のエージェントとして日本政府、日本企業(三菱グループ向け)に活動した可能性はある。

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https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%A1%E6%9C%AC%E8%A1%8C%E5%A4%AB

岡本行夫の経歴

1978年 北米局北米第一課首席事務官
1981年 在エジプト日本国大使館一等書記官(中東和平担当)
1983年 在アメリカ合衆国日本国大使館参事官(政務担当)
1985年8月 北米局安全保障課長
1988年7月 北米局北米第一課長
1991年1月 退官
同年 株式会社岡本アソシエイツ設立、同代表取締役就任
1991年 - 国際交流基金参与
1996年11月 - 1998年3月10日 内閣総理大臣補佐官(非常勤・沖縄担当)
1998年7月 - 2000年6月 科学技術庁参与
2000年3月30日 - 2008年3月26日 アサヒビール株式会社取締役
2000年6月 三菱マテリアル株式会社取締役
2000年7月 パシフィカ・ネオ・ベンチャーズ・エル・エル・シー設立、同共同代表就任
2001年9月 - 2003年 内閣官房参与
2002年9月 立命館大学客員教授(国際社会で活躍する人材養成特別プログラム)
2003年4月 - 2004年4月 内閣総理大臣補佐官(非常勤・イラク担当)
2004年4月 内閣総理大臣外交顧問
2007年6月 - 三菱自動車工業株式会社社外監査役
2008年6月 - 日本郵船株式会社取締役

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退官後の最初の公職が、国際交流基金参与であることに注目したい。

1991年は、国際交流基金日米センターが設置された年である。

http://www.jpf.go.jp/cgp/about/history.html

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http://www.jpf.go.jp/cgp/about/advisors.html
国際交流基金日米センター

顧問
藤井 宏昭 元国際交流基金理事長
ディヴィッド・ロックフェラー 元チェース・マンハッタン銀行会長
ジョージ・P・シュルツ 元米国国務長官

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1970年、山本正は日本国際交流センターを設置。

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http://www.jcie.or.jp/japan/history/

- 民間の日米知的交流のさきがけ -
1967  第1回下田会議(~1994、2011)
1968  日米議員交流プログラム開始
1970  日本国際交流センター設立(理事長山本正、1973年 財団法人認可)
1973  日米青年政治指導者交流プログラム開始
1975  米国法人日本国際交流センター設立

1967年 第1回下田会議
1968年 日米議員交流プログラム
1973年 日米青年政治指導者交流
- 政策対話の輪をヨーロッパ、アジアへも拡大 -
1973  日米欧委員会(現 三極委員会)設立
1975  日欧会議(~1999)
1977  日韓知的交流会議(~1992)
       ASEAN・日本ダイアローグ(~1986)

1973年 日米欧委員会
- 日米交流の深化とともに、フィランソロピーの概念を日本へ -
1974  国際フィランソロピー・プロジェクト:米国・カナダ主要財団・企業調査ミッション
1977  公益信託アジア・コミュニティ・トラスト設立
1979  日米経済関係グループ(第一次日米賢人会議)設立(~1982)
1982  米国連邦議会スタッフ交流プログラム開始
1983  日米諮問委員会(第二次日米賢人会議)設立(~1984)
1986  企業の社会貢献欧州調査ミッション(経団連共催)
- 継続的な二国間の政策対話がスタート -
1985  第1回日英2000年委員会(現 日英21世紀委員会)
1988  第1回日韓21世紀委員会(~1991)
1993  第1回日独フォーラム
       第1回日韓フォーラム

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その山本正は、日本弱体化を図るフリーメーソンの日本総支配人、ロックフェラーの日本代理人と言われた。

―― 参考情報 ――――――――――

グローバルな悪事とその使者たち(年次改革要望書の場合)
http://nihonnococoro.at.webry.info/201601/article_10.html

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山本正を通じて、岡本行夫とその言動を眺めると、ロックフェラー、フリーメーソン、特に「日本弱体化シナリオ」に沿った人物であることがわかる。
ちなみに、三菱系企業は、歴史的にフリーメーソンと言われている。

岡本行夫は、「スパイ防止法」がないことに安住、いつもどおり上手く立ち回っているつもりかもしれない。
が、かように、過去の発言の経緯等、情報配信活動が続けられる結果、語れば語るほど怪しげな外務省官僚出身の言論人(フリー●ーソン、C●Aエージェント)という評価にしかならないことを指摘し、本稿を終える。

以上


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2017.08.13 (Sun)

外務官僚は日米同盟の核心を隠しているのでないか?

外務官僚と聞いて、私は5人の名を同時に思い浮かべる。

馬淵睦夫
村田良平
岡崎久彦
孫崎亨
佐藤優

である。

なぜ、この順番とするか?

信用できそうな順番という意味である。



馬淵睦夫は、直近の内閣改造について、かく指摘している。

―― 参考情報 ――――――――――

【馬渕睦夫】内閣改造に思う
https://blogs.yahoo.co.jp/tatsuya11147/57982076.html

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概ね妥当な見解と言えるだろう。
ロシアのプーチンに肩入れし過ぎることを除けば!



村田良平については、私は、外務官僚の中では、実力者であり、愛国者と分類されるべきだろうとみている。

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https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%91%E7%94%B0%E8%89%AF%E5%B9%B3


村田 良平(むらた りょうへい、1929年(昭和4年)11月2日 - 2010年(平成22年)3月18日)は、日本の外交官。外務事務次官、駐アメリカ合衆国大使、駐ドイツ連邦共和国大使などを歴任した。退官後、日米核持ち込み問題について、日米核密約の存在を実名で証言した。

村田は、北朝鮮が核実験を行ったことにより日本の核武装をアメリカが拒否できない日が来ると予測しており、それでもアメリカが日本の核武装を拒否するなら、在日米軍基地の全廃を実行し、かつSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)を日本は持つことになる、と主張している[3]。また、村田は、外務省があまりにも対米従属的であると述べている[4]。

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村田良平の本は、熱意と良心に満ち溢れている。政治について、国家について語るならこうあるべきだ。

その村田良平でも日米核密約の実在を証言、外務省が対米従属的であると述べたそうだが、以下のブログ記事を読むと、驚愕に変わる。

―― 参考情報 ――――――――――

なぜ日本の政治家が米国との密約を公開できないのか。アメリカは霞ヶ関が実権を握っていることを知っており、霞ヶ関が米と密約を結んでいる。
http://blog.goo.ne.jp/2005tora/e/b42d0d62d157ea15592a3c84150d7c0c

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村田良平が、立場上、言いたくても言えなかったことは、このことかもしれない、と同情する。




一方、広範囲な密約の存在について、アバウトな筆致が目立つのが、岡崎久彦だった。

元々分析畑だから知らなかった?
そうではないだろう。分析畑であるがゆえに、知っていても隠そうとした……………

ここで、二冊の本を同じ視点で読み比べたい。

「知ってはいけない――隠された日本支配の構造」(矢部宏治)
「吉田茂とその時代」(岡崎久彦)

矢部宏治の説どおりであるならば、岡崎久彦の本には、歴史書として読むとところどころアバウトな箇所があり、何か肝心な点に関心を持たせたくないような配慮が随所になされている、そんな印象を抱いてしまう。
なぜなら、密約が広範囲に存在し、がんじがらめにアメリカに支配されているならば、戦後政治的に吉田茂が掌握しているはずのものであるが、そういう記述がほとんど見当たらないのだ。

岡崎久彦については、こういう人物評がある。

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岡崎久彦

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%A1%E5%B4%8E%E4%B9%85%E5%BD%A6

歴史認識

靖国神社

遊就館

2006年8月24日の産経新聞朝刊「正論」欄に「遊就館から未熟な反米史観を廃せ」と題した記事を掲載[14]。この記事で、遊就館の展示説明の論理性を求めている。主張の内容は遊就館の展示中にある、「アメリカが不況の脱却のために資源の乏しい日本を経済制裁により戦争に追い込み、これによりアメリカ経済は回復した」という旨の主張が不適切だというものである。また、この発言の影響から靖国神社は反米的な展示物の多数を一掃し、日本兵の手紙などに展示物を置き換えた。アメリカに関する記述以外(日中戦争・韓国・台湾植民地支配等)については記述内容を訂正しなかった(ただし、2012年の著書「二十一世紀をいかに生き抜くか」P162では、「支那事変の原因としてコミンテルンの反日工作しか記述がなかったので日本の北支工作を追加した」「たった四文字の追加ではあったが歴史の正しい認識に寄与したとひそかに自負している」と述べている)。
2006年8月25日の産経新聞記事によると、遊就館は同年4月より展示の当該部分の修正を検討し、7月から内容の見直し作業に入ったとしている[15]。この動きについて岡崎は、「早急に良心的な対応をしていただき感動している」とコメントしている[15]。
アメリカ下院国際関係委員会委員長であるヘンリー・ハイド(英語版)共和党議員も2006年9月14日の同委員会公聴会で遊就館の展示内容を日本を西洋帝国主義からの解放者のように教えるものとして批判している[16]。ラントス筆頭委員は、日本国首相による靖国神社参拝の中止を求めた[17]。同下院委員会(ハイド委員長)は前日の2006年9月13日にも、慰安婦問題対日決議を採択している[18]。

西尾幹二は、委員長発言を「岡崎久彦が「正論」コラムで先走って書いたテーマとぴったり一致している。やっぱりアメリカの悪意ある対日非難に彼が口裏を合わせ、同一歩調をとっていたというのはただの憶測ではなく、ほぼ事実であったことがあらためて確認されたといってよいだろう[19]」と「媚米反日[20]」として批判している。

「富田メモ」

富田メモについて、「本物であるはずがない」「昭和史の基礎的な知識があれば(富田メモに)信憑性があると考えるはずがない」と主張している。[21]死後に出版された回顧録では、1.昭和天皇は「ですます」調の言葉は使わない、2.昭和63年頃の証言だけで、その前の証言が何十年、一切ないのも不自然、3.千代の富士が連勝を続けていた昭和63年の七月場所か九月場所の頃、(相撲が大好きな昭和天皇が)「もう相撲はご覧になっていない」と宮内庁の人間に聞いたことから、あの頃の証言の記録は少し怪しい、ことを根拠として挙げている。[22]

慰安婦
慰安婦問題に関するアメリカ下院での決議案に異を唱えている。慰安婦は売春婦であったが、性奴隷・性的搾取などは事実でないと考え、歴史事実委員会名義でワシントン・ポストに掲載された反論の為の全面広告「THE FACTS」にも賛同者として名を連ねた。
2007年5月14日の産経新聞朝刊「正論」欄への寄稿において、「慰安婦制度が女性の尊厳を傷つける人権違反の行為であったことに謝罪するのが正しいというのが昨今の道徳的基準である」と述べた[23]。

歴史教科書

西尾幹二が『新しい歴史教科書』に記したアメリカ批判の文章を当人に無断で削り、親米色に替えたことはつとに知られる。『中央公論』『Voice』で岡崎は第二版で完成の域に達したのは自分の削除のおかげだ、というような自画自賛のことばを、海外にまで伝わるように列ねた[24]。

小林よしのりは、岡崎の第二版『新しい歴史教科書』書きかえを厳しく批判し、その中でも、原爆投下が「日本のせい」というアメリカの言い分に近づけた内容に変質していることを指摘している[25]。

西尾幹二は初版と第二版を対照し、岡崎の記述が「不自然なまでにアメリカの立場に立っている」という[要出典]。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

西尾幹二は、岡崎久彦は、C●Aエージェントだったと言いたいのであろう。

しかし、岡崎久彦の本のみからそれを見破るのは難しい。保守派の人が読んだら、騙された思いだろう。「知ってはいけない――隠された日本支配の構造」にて、矢部宏治が指摘する「ダレスの悪知恵」について、どう反論するのか?

―― 参考情報 ――――――――――

なぜ日本はアメリカの「いいなり」なのか?知ってはいけないウラの掟 内閣改造でも絶対に変わらないこと 矢部宏治の漫画
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52466?page=4

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岡崎久彦の「吉田茂とその時代」では、矢部宏治の漫画ほど、核心を突いた箇所は多くはない。

孫崎亨の本、話題作?「戦後史の正体」をご存じであろうか?

―― 参考情報 ――――――――――

戦後史 米国からの最初の「圧力」の存在をどう見るか
http://nihonshitanbou.blog.fc2.com/blog-entry-287.html

「自分に都合良い説」中心に話を組み立てる習性がある元大物外交官
http://nihonshitanbou.blog.fc2.com/blog-entry-298.html

戦艦ミズーリ号上で調印された「降伏文書」 解釈の違いはどうして生まれるのか?
http://nihonshitanbou.blog.fc2.com/blog-entry-288.html

―――――――――――――――――

矢部宏治の漫画的解釈に近いのは、孫﨑亨の『日本政府は「連合国最高司令官からの要求にすべてしたがう」こと、これが降伏文書の中身でした』という解釈である。
孫﨑亨が示す、公式文書的解釈ではそう解釈するのは無理筋なのに、実態的にそうなっている。
それは、広範囲に密約が存在していることを暗示している?

孫﨑亨流の解釈は、文章的に論理の飛躍はあるものの、「連合国最高司令官からの要求にすべてしたがう」という考え方は日米安保条約締結以降も引き継がれた、矢部宏治の漫画的解釈ではそうなる。

岡崎久彦は、「吉田茂とその時代」にて、サンフランシスコ講和条約締結の当事者だった吉田茂について、かく指摘している。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

382頁

九月八日、サンフランシスコのオペラハウスでの調印式での調印式で吉田茂は、講和の受諾演説を読みあげた。これもアメリカ側との事前の協議を経たものであり、「この条約は公正にして史上かつて見ざる寛大なもの」と述べている。
しかし、じつは吉田は全部読んでいない、吉田はのちに「いやいや我慢しながら読みつづけた」と述懐している。演説の途中で早口になり、ついに一節をとばした。吉田は「初めは真面目に読んでいたけどね。途中、議場に並んでいる者は誰も日本語が分からないと思ったらつまらなくなってとばした」と答えたという。
自分が日本の将来を思って心血を注いで書きあげた演説ならば、とばし読みなどはとうてい考えられないことです。
これが歴史を終わらせるための、最後の屈辱的なパファーマンスであった。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

不自然かつ意味ありげな書きぶりである。「吉田茂とその時代」は、「後遺症の払拭にはまだ五十年はかかる」(同415~420頁)と次世代の人に戦後の最終処理を期待する内容で締めくくられている。

岡崎久彦は、肝心なシナリオはボカシつつ、次世代の人に向けて必要な情勢分析は行ったようである。

最後に、外交官出身の1人の言論人、佐藤優について述べたい。

雑誌記事を眺めると、もはや工作員であることを隠そうとしなくなったようである。

―― 参考情報 ――――――――――

【SAPIO】沖縄が日本から独立する可能性は十分にありえる
http://hosyusokuhou.jp/archives/48798536.html

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佐藤優は、月に一度中国大使館に招集される言論人ではないか?という疑問が湧く。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

サルでもわかる 日本核武装論 田母神俊雄

72~73頁

七十数名の”文化工作員”

日本社会には、大学教授とか評論家、ジャーナリストに名を変えた確信犯的な中国の工作員が七十数名浸透していて、この人たちは月に一度、中国大使館に招集され、知識人という立場で自分がなした成果を報告するそうです。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

この方、鳩山由紀夫首相ヨイショ時代から変だった。私は、その時点からロシアのス●イであろうと見ていた。

―― 参考情報 ――――――――――

鳩山一族以外にソ連のエージェントだった自民党の大物がいる?
http://sokokuwanihon.blog.fc2.com/blog-entry-452.html

―――――――――――――――――

民進党にも、佐藤優のお仲間がいるようだ。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

http://www.nikaidou.com/archives/93321

モナ党結成?

 2017/08/04 23:01
お金はどこが出すのかなー?
ロシア?まさかロシア?通行証持たせてたロシア?

ロシアなんだろうなあ。
あと、とある静岡の学校法人ね(笑)
調べてみんしゃい。ふふふふふ

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

本稿では、

馬淵睦夫
村田良平
岡崎久彦
孫崎亨
佐藤優

5人の外務官僚に係わる人物評価について述べさせていただいた。
馬淵睦夫、村田良平については、読むに値する内容だと思っている。岡崎久彦については、これまで愛国国益派に見えたが、本稿での分析をきっかけにエージェントだったのではないか、という評価に変わりつつある。

尊敬したいと思っていた人が実はそうではなかったことは残念なことである。
これも敗戦国民が味わう、屈辱の一つとして受け入れるしかあるまい。

以上

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