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2018.05.05 (Sat)

持ち場を離れていいものか?

百田尚樹氏のツイッター、私はあまり見る事はないが、個性的で面白い。

https://twitter.com/hyakutanaoki

立場や責務を伴っていないなら、有名人でもこういうスタンスでもいいだろう。

百田尚樹氏の新刊書の新聞広告が出たので、一言申しあげることにしたい。

―― 参考情報 ――――――――――

逃げる力 (PHP新書) 新書  – 2018/3/17
https://www.amazon.co.jp/%E9%80%83%E3%81%92%E3%82%8B%E5%8A%9B-PHP%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E7%99%BE%E7%94%B0-%E5%B0%9A%E6%A8%B9/dp/4569837743

―――――――――――――――――

予想したとおり、書評的には今一つ。
立ち読みする気にもならない。
国益が増すテーマ、愛国議員が力を得るようなテーマ、反日勢力を追い詰めるような施策について扱って欲しい。


理由は二つある。
百田尚樹氏が、森友加計騒動などを追及する、「放送法遵守を求める視聴者の会」の代表理事であることだ。
http://housouhou.com/about-us/

反日マスコミと連携した野党の動きについて、「放送法遵守を求める視聴者の会」の動きが今一つはっきりしない。期待すべき団体であるので、立ち場的には、放送法遵守を求める視聴者の会の代表理事として、やるべきことがもっとたくさんあるような気がする。

もう一つは、美しい日本の憲法をつくる国民の会DVDの総指揮者であることだ。


美しい日本の憲法をつくる国民の会DVD


実は、このDVD、そんなに出来がいい訳ではない。理由は、史実的な出典を示さず状況証拠的なシナリオで制作されている箇所、言い換えるとシナリオ的に強調され過ぎている箇所(素人GHQスタッフの発言等)があると思われることだ。百地章先生の方が安心して眺められそうな気がしている。

政治的に気を抜けないタイミングで、自身の評価が落ちる?結果となるかもしれない処世術本を売れるからという理由で、発刊することに賛同しない。


もう少し、社会的立ち位置の重要さを考えていただきたい。


駄本を出せば、自身が役員を務める団体等の評価や権威?に影響すると、なぜ考えないのか?

百田尚樹氏は、放送作家、フィクション小説家である。シナリオ構築力はズバ抜けてある。が、シナリオ構築力だけなら朝日新聞も負けてはいない。本多勝一の文章作法本は、そういう視点で書かれている駄本である。

両者に欠けているもの、改めて書くまでもない。
総論を語る時だけ威勢が良く、各論の次元になるとさっぱり、、、そういう言論人が日本の言論界を支配している。

我々は、戦後を確実に終わらせるべきタイミングに来ている。
敗戦利得者の巣窟である反日マスコミ、そしてGHQ憲法である。

確実に一歩前に進めるためには、各論の裏づけがきちんとある言論人を多数確保する必要がある。
が、保守派はこれができていない。左翼は、ずっと精緻に事を進めてきたのと比較すると対照的だ。

「●●を許さないぞー」みたいなシュプレヒコール、街宣活動では結果は出ないことを知るべきだ。

そういう視点で、百田尚樹氏が係わる二大事案。(放送法遵守、憲法改正)
森友加計事案で揺れる国会、内閣支持率低下の状況で、マスコミ追及を強化しなくてはならないタイミングで、我先に持ち場に出たり入ったりして大丈夫なのか?
櫻井よしこが先頭に立ち、憲法改正を推進している中で、啓蒙DVDの総指揮者の立場として、本来なら石にかじりついても憲法改正に係わる意見表明を継続して発信すべき立場ではないのか?有力な国会議員による憲法改正に関する後ろ向きの言動に対し、言論界の一人として、反論なりを各論で示すべき立場にあるのではないのか?

百田尚樹氏が、係わる組織の代表のけじめとして、係わったDVD作品の総指揮者のけじめとして、徹底的にやるべきことがある、と私は書いている。

百田尚樹氏は、持ち場に出たり入ったりしているように見える。



著名人として立場や責務を考えた言動になっているのかどうか?という意味である。櫻井よしこのようにやるべきだとは言わないが、少なくとも櫻井よしこは、状況、自身の立場を考え、言葉を選んでいる。

自ら代表として新聞広告出稿するにふさわしい言動を日頃から心がけている。

https://jinf.jp/news/archives/22690
意見広告20180420

百田尚樹氏は、そうは見えない。

特に憲法改正問題、世の中には、総論を語る時だけ威勢が良く、自民党内の動きに呼応し各論を語らない、言論人が多い。
百田尚樹氏も同類なのだろうか、社会的に期待されている役割とかけ離れた言論活動に熱心な時があるようで、ついつい、糞真面目に書き綴ってしまう習性がある市井のブロガーとして、しかるべき立場にある方としての、本来的な活動がなおざりにされているのではないかと、心配になってしまうのである。

以上

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05:51  |  言論人  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2018.02.26 (Mon)

保守言論界のオピニオン・リーダー層の総数 

普通は、「保守のオピニオンリーダー」と書くところであるが、本稿では、敢えて「保守言論界のオピニオンリーダー」と表記させていただく。

私は、ある事案をきっかけに、(抗議文書を自前で作成できるという点において)保守言論界のオピニオン・リーダー層は大凡2000人であろうと見立てている。

が、その数は増えない。
なぜか?
自分で分析、自分で考え、自己責任で判断・行動できる方は極めて上質な層であり、そう簡単には増えないとみている。

さて、ケネデイ駐日大使時代、ケネデイ大使による日本侮蔑発言に抗議する電話、手紙、メールの件数が、どれくらいだったか。ご存じであろうか。

アメリカ大使館発表の数字だったと記憶するが、大体1600件だった。

自らの意志で抗議文書を作成し、抗議の意志を表明された方が1600人いたということである。

もちろん、公務員、大企業の社員は、立場的にそういう抗議活動はしない。密告された場合、人事処遇的に干される覚悟が必要となる。

正論、WILLなどの読者、政治ブログの読者、日本会議会員の中で1600人が日本人として自分の判断にて抗議文書を書き、提出したと私はみている。

実は、もう一つ、興味を以て事態の推移を眺めているケースがある。
保守速報で拡散がなされた、日本学術会議への要請文書への賛同表明事案である。

―― 参考情報 ――――――――――

日本学術会議は、一部大学による「北朝鮮兵器開発幇助問題」について、全ての大学に調査追求し、再発防止に努めるよう勧告してください
https://www.change.org/p/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%AD%A6%E8%A1%93%E4%BC%9A%E8%AD%B0%E3%81%AF-%E4%B8%80%E9%83%A8%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B-%E5%8C%97%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E5%85%B5%E5%99%A8%E9%96%8B%E7%99%BA%E5%B9%87%E5%8A%A9%E5%95%8F%E9%A1%8C-%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6-%E5%85%A8%E3%81%A6%E3%81%AE%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E3%81%AB%E8%AA%BF%E6%9F%BB%E8%BF%BD%E6%B1%82%E3%81%97-%E5%86%8D%E7%99%BA%E9%98%B2%E6%AD%A2%E3%81%AB%E5%8A%AA%E3%82%81%E3%82%8B%E3%82%88%E3%81%86%E5%8B%A7%E5%91%8A%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%8F%E3%81%A0%E3%81%95%E3%81%84

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これもオピニオン層なら賛同表明するであろう事案である。

保守速報呼びかけ前は300くらいだったものが、2月22日7時の時点で2000近くに賛同者が増えた。
2月23日0時前で2500近くに達した。
2月26日7時時点で2671である。

数字的には、アメリカ大使館への抗議活動実施者以上ではあるが、日本学術会議の存在について問題認識できる方が、賛同表明したように思う。

よって、現時点での、保守言論界のオピニオンリーダー層は、この賛同表明に参加された方2000人であり、この2000人の動向が保守言論界(政界ではない)をリードしていると思いたい。

以上


参考
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https://www.change.org/p/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%AD%A6%E8%A1%93%E4%BC%9A%E8%AD%B0%E3%81%AF-%E4%B8%80%E9%83%A8%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B-%E5%8C%97%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E5%85%B5%E5%99%A8%E9%96%8B%E7%99%BA%E5%B9%87%E5%8A%A9%E5%95%8F%E9%A1%8C-%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6-%E5%85%A8%E3%81%A6%E3%81%AE%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E3%81%AB%E8%AA%BF%E6%9F%BB%E8%BF%BD%E6%B1%82%E3%81%97-%E5%86%8D%E7%99%BA%E9%98%B2%E6%AD%A2%E3%81%AB%E5%8A%AA%E3%82%81%E3%82%8B%E3%82%88%E3%81%86%E5%8B%A7%E5%91%8A%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%8F%E3%81%A0%E3%81%95%E3%81%84

防衛研究推進を求める自由市民の会 代表
日本

2018年2月21日 — ご賛同くださった皆様方。

「北朝鮮署名」が保守速報様に転載していただき、昨日まで300筆少々だったのが、一日で1100筆超になりました。
保守速報管理人様、ご署名くださった方々、また寄付を頂いた方もいると伺っております。本当にありがとうございます。
日本学術界の闇を暴き、正義を求める活動にご参加くださり心より感謝申し上げます。
長い戦いになりますが、お付き合いの程よろしくお願いいたします。
適宜署名簿は印刷して、日本学術会議や大学、官公庁などに送付する予定です。
http://hosyusokuhou.jp/archives/48811439.html

今日初めて、弊会の署名サイトにご署名くださった方もいると思います。
初めまして。私は「防衛研究推進を求める自由市民の会」の代表です。
弊会は、昨年1月より活動を開始し、国公立大学と日本学術会議宛に、防衛研究(軍事研究)の自由を求める署名活動をしてきました。
その際にも保守速報様に転載していただき、国公立大学で3600筆超、日本学術会議宛で4000筆超の方々にご署名くださいました。
北朝鮮署名は今年1月末に開始しましたが、この度保守速報様に取り上げていただき、急激に伸びました。
また、日本学術会議宛の次の署名を準備中です。

今後ともよろしくお願いいたします。

代表

*********************************

署名活動続々ラインナップ!

①「すべての国公立大学は、防衛研究(軍事研究)の自由を保障してください」
  https://goo.gl/BJEqSf

②「日本学術会議は全大学に防衛研究の自由を保証するよう勧告してください」
  https://goo.gl/bu1aXd

③「日本学術会議は、一部大学による「北朝鮮兵器開発幇助問題」について、全ての大学に調査追求し、再発防止に努めるよう勧告してください」
  https://goo.gl/1KS9rv

④(日本学術会議宛・近日中に開始予定)

他の署名への署名・拡散のご協力もお願いいたします。

Twitter https://mobile.twitter.com/YesDefenseStudy
ブログ http://blogs.yahoo.co.jp/yes_defense_research

ご意見・アイデアなどは、お気軽に下記のアドレスまでメールください。
メール yes_defense_research★yahoo.co.jp (★を@に変えてください)

07:45  |  言論人  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2018.02.24 (Sat)

東大卒の文系学者の劣化について

東大卒の文系学者はもっと出来が良いと思ってきたが、どうやら幻想だったようなので、読者の皆様と共有化すべく、出稿することとした。

政治的発言機会が多い中で、東大卒の文系学者で知っている人がいないかと聞かれれば、

山口二郎
西部邁
西尾幹二

の名が浮かぶ。

これまで、文系学者が抱える問題について、いろいろ指摘してきたが、日本の文系学者が抱える問題は、過去の分析などから、次の七項目に絞り込まれつつある。(私見)

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

①売名行為指向、ビジネス保守指向
②批判文しか書けず、現実の問題について提言するスキルがない
③国際的視野がない
④専門分野の研究が学術的でない
⑤職責上求められるレベルの、学術論文を書かない
⑥教官室にて私的政治活動したがる
⑦有するスキルを社会(保守陣営)のために使うという使命感が足りない

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

たとえば、現時点で最も劣化していると思われる、山口二郎については、②、③、④、⑤、⑥が該当していると考える。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

http://nihonnococoro.at.webry.info/201506/article_22.html

山口二郎は、今から20年くらい前のマスコミデビュー当時、加藤寛という名物教授とNHK番組にてテレビ討論したことがある。この番組での山口二郎は変だった。変だというより、加藤寛に対する質問攻めが目立った。討論番組なのだから、自説を言えばいいのに言わず加藤寛のあら探しをする意図が、視聴者の目から見ても明らかだった。

加藤寛の事を知らない方、こちらの動画をご覧いただきたい。

加藤寛先生: Take Off Rallyのスピーチ
https://www.youtube.com/watch?v=axhCdim2njc

学生にも政財界にも人気ある名物学者だったようである。

その加藤寛、山口二郎の意図がわかり堪忍袋の紐が切れたのか、茶目っ気たっぷりの雰囲気で、山口二郎に対し、質問返しを何度かするようになった。

すると、山口二郎の顔色、目つきが険しくなった。今まで、質問攻めにしてきた相手から質問され、逆上したのか、自分は加藤寛に質問される立場ではない、質問される謂れはない、という目つき、態度なのである。

何分、古い時代のことで、動画にて、ご紹介できないことは誠に残念であるが、私は、その時代から、山口二郎は、態度に問題があると、感じていた。
態度に問題があるのに、テレビに出演する機会が多いので、余計、気に障るのである。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||


山口二郎は、講義の劣化、専門性も疑われるレベルである。

―― 参考情報 ――――――――――

「譲歩」と「リスペクト」を混同して安倍総理を断罪する、哀れな政治学者について
http://yukokulog.blog129.fc2.com/blog-entry-2997.html

山口二郎教授の授業「アベ化する世界」の内容が明るみになり炎上!法政大学は学問と認めるのか?!
http://deliciousicecoffee.jp/blog-entry-6955.html

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政治学者は、高卒でもなれそうな気がしてきた。

次は、西部邁。

この方は、政治に、社会に、日本に、そして自分に絶望して自裁を選んだ気がする。

人生に勝手に絶望した人に、「国民の道徳」を説く資格はあるのだろうか?啓蒙書を書く資格がこの人にそもそもあったのか?

西部邁は、団塊世代の保守層にとっては保守思想の精神的支柱みたいな存在だったが、中川八洋の「保守主義の哲学」、「正統の哲学、異端の思想」などの政治思想本を読むと、西部邁はやるべきだったことをせずに、生涯を終えた気がする。
中川八洋は、その著書にて、西欧保守主義思想に係わる重要文献について、未翻訳なものが結構あり、学問的に見落されているものがあるとしている。中川八洋のこの見解は、保守政治思想・哲学本を何冊も出してきた、保守系言論人への挑戦と私は解する。
たとえば、私は、保守主義者だと思ってはいない。その理由は、中川八洋の「保守主義の哲学」、「正統の哲学、異端の思想」に書かれている、保守主義政治思想の系譜とその概要について、学問的かつ体系的に完全に理解していないからである。
すなわち、中川八洋的論法に従うと、日本には、西洋的な学問的系譜を押さえている保守主義思想家も政治学者も厳密にはいないと解釈しうるのである。

なぜなら、中川八洋は、西欧社会をルーツとする保守主義思想について、学術的アプローチで体系的に把握、重要な未翻訳文献の存在を表明したからである。よって、「保守主義のー」、「保守のー」の類の本の大半が、学問的でなく、体系的でもなく、駄本の類だらけであるという見解に至るのである。(特に、中島岳志の本)

一方で、西部邁は、安倍首相を保守ではない、とかジャップとか罵ったことがある。

―― 参考情報 ――――――――――

西部邁氏「安倍は保守じゃない。私は保守という言葉を理解しようとしない人々に憤りを込めて『ジャップ』と呼んでます」
http://hosyusokuhou.jp/archives/48802360.html

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中川八洋の本をきちんと読まれている人なら、学問的に体系的に保守政治思想を押さえていない?学者が安倍首相を保守ではない、保守という言葉を理解しない人々をジャップだと呼ぶ意味に気づいているはずだ。

少なくとも、私は、西部邁が学問的かつ体系的に「保守」政治思想について述べた方とは思っていない。学問の自由という立場に安住し、簡単に書けば済むことを、敢えて気取って難しく書いた人という印象である。こういう人こそ、ビジネス文書形式で文章を書く訓練を義務づけるべきだった。

よって、西部邁に欠けているものは、②、③、⑦となる。この中で、有するスキルを社会(保守陣営)のために使うという使命感が足りなかった点は問題視されるべきである。

勝手に自説を述べ、勝手に絶望し、勝手に……………………ということである。
西部邁が若い頃、有能な師に出会え、その師が渡部昇一の如く万人にわかりやすく、あるいはビジネス文書形式にて文章作成する訓練を受けていたら、その人生は違ったものになる気がしている。

続いて、西尾幹二。

西尾幹二については、①、②、⑦が該当しそうな気がしている。

―― 参考情報 ――――――――――

つくる会発足時点で起きたこと  「渡部昇一の少年日本史」刊行の意味
http://nihonshitanbou.blog.fc2.com/blog-entry-412.html

―――――――――――――――――

④と⑦の疑いもある。「国民の歴史」のあとがきを読んで、専門領域でも、思いついたことを思いついた順番で書きなぐっているとの疑いを持っている。

さて、中川八洋が、つい最近、古代史分野にも進出した。

―― 参考情報 ――――――――――

古代史に真実と日本を取り戻す 中川八洋
http://nakagawayatsuhiro.hatenablog.com/archive/category/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E5%8F%B2%E3%81%AB%E7%9C%9F%E5%AE%9F%E3%81%A8%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%82%92%E5%8F%96%E3%82%8A%E6%88%BB%E3%81%99

―――――――――――――――――

中川八洋は、大東亜戦争時代の本を書いたこともあるが、仮説的には面白いのだが、歴史検証的には今一つという印象があったが、古代史については、学術的スタンスで古代史学界に挑戦状を出した感じである。

さて、一般論的な見方となるが、いわゆる歴史学会と対峙、問題ある通説と対決する使命を担い、実行するのが、つくる会に係わった言論人だとばかり思ってきた。が、彼らはそうはせず、「国民のー」シリーズの刊行と歴史検定講座ビジネスの方が優先順位が高そうな感じである。

活動するのであるから、安定的な資金源が必要なことは言うまでもない。
ただ、西部邁のように、言論活動で儲けた金で息子にイタリアンレストランをまかせる?やり方は、いかがなものかと思う。文系学界における左翼支配が完成している状態で、勝ち目がない戦よりも、保守層をターゲットとした初心者ビジネスの方が旨みがあると判断してそうなった可能性もある。
むしろ、そのエネルギーを結集して、後世のために歴史学(研究スキル、史料検証、歴史論文の書き方)の本を編纂いただきたかったところである。

中川八洋が取り組んでいる、古代史問題の取り組みは、本来的には?つくる会関係者、特に「国民の歴史」の著者が取り組むべきテーマではないかと言いたくなるのである。

ちなみに、中川八洋の西尾幹二批判は止むことがない。

―― 参考情報 ――――――――――

西尾幹二の妄言狂史
http://nakagawayatsuhiro.hatenablog.com/archive/category/%E8%A5%BF%E5%B0%BE%E5%B9%B9%E4%BA%8C%E3%81%AE%E5%A6%84%E8%A8%80%E7%8B%82%E5%8F%B2

―――――――――――――――――

古代史の歴史学上の諸問題は、大平裕の著作を読めば大凡把握できる。本来は、つくる会発足時点で、役割を決めて取り組むべきだったテーマの一つだったような気がする。

共産主義国家の啓蒙本みたいなタイトルである、「国民のー」シリーズの刊行は、本当に必要なことだったのか?
有するスキルを社会(保守陣営)のために使うという使命感?がなさそうに見えることが、いささか気になるのである。

理系出身の中川八洋が、保守政治思想、皇室問題に続き、古代史の世界までも席捲しそうな状況で、東大出の保守系文系学者たちが、理系出身の中川八洋の後塵を拝し、束になってもかなわない?のは変だとしか言いようがない。

中川八洋が、西尾幹二をこてんぱんに批判する動機、それは、専門分野であるはずの政治思想において日本の政治学界として保守政治思想に係わる海外文献探索が不十分な点(中川八洋の見解)、(渡部昇一ほどの歴史書を書いていない人が、いきなり未完成レベルの)通史の歴史書を書いた行為に対し…………………………はと思った結果ではないか?

彼らには必要なスキルが………そして彼らはその立場においてそのスキルを………いささか疑問を持たざるを得ない。

最後に、文系学者の「国際通用性」について、拙ブログコメント常連の西さんの見解が参考となると考え、以下に全文転載させていただき、本稿を終える。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

http://sokokuwanihon.blog.fc2.com/blog-entry-879.html#comment1074

文系学問の「国際通用性」の問題

理系の学問は、元々「国際性」が強い為(個々の学者が独自に研究するものもあるとはいえ、西欧系に限らず、アラビア系、インド系の研究者が研究したものであっても、研究自体は理解はできるものが多いです)、優秀な「学者」が居れば、我が国の「国際競争力」の維持は出来るはずですが(明治、帝大時代に比べると水準は落ちているとはいえ、一定水準は保っています)、文系の学問は、一応、幾つか研究対象になりそうなものは存在していると言えども、国際通用性がありそうなものがほとんどないのではないか、と思います。

学問と言えば、江戸時代以前から、我が国にも「和算(算数)」、「語学(オランダ語など)」、「医学」、「宗教学(思想学)」などはあったのではないか、と思いますが、その時代に、いくつか「国際的に通用しそうな学問」を研究していた者はいたはずですが、明治以降の大学の研究活動や教育活動等を見ていると、理系と文系の一部(語学系など)を除いて、国際的な研究を行っている者が少なすぎるのは何故なのか?と思います。

学術書の蔵書量等を見ても、欧米圏の「キリスト教学(聖書)」や「ルネッサンス期の文化活動論」、「王政」などに比べると、我が国で相当する同分野の研究を行っている者が妙に少なく(平安(国風)、鎌倉(仏教、武家)、室町(東山)、江戸(化政、元禄)など、色々あるみたいですが、文化研究は、よく分からない所が多い)、西欧の文化を研究するのも構わないが、我が国の文化を発信していく必要も、これからの時代では必要になるはずなのに、それらの研究基盤すら無いようでは「絶望的状況」ではないか、と思います。

本来、学者の仕事は、「研究活動」を「社会」や「国際社会」に反映させることだと思うのですが、文系の場合、実績や業績の実態把握が不明(国内、国外含めて)で、どういう基準で研究活動を行っているのか(教員を雇っているのか)すらもよく分からず、どう考えても客観的な「データ」に現れるレベルでは無いという事です。

文系学問の国際通用性と見た場合で、「論文」以外にも、研究活動を行っている国際的学者の少なさの問題もある為、「スパイ防止学(軍事学)」を導入するにしても、「文系学問の基盤の脆弱さ」を改善しなければ、「国際的に通用するレベル」に持って行くのは難しいと思っています。

西 |  2018.02.19(月) 02:33 | URL |

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

以上

テーマ : 保守主義 - ジャンル : 政治・経済

09:00  |  言論人  |  トラックバック(0)  |  コメント(2)

2018.02.02 (Fri)

国民を幸福にする政治思想  不幸にする政治思想 

本稿では、西部邁と中川八洋の比較を通じて、国民を幸福にする政治思想、国民を不幸にする政治思想の存在について述べたい。



西部邁流の価値観、政治思想だけで人物評価する発想からすれば、安倍首相は、真の保守でないように映るかもしれない。ジャップと罵るべき政治屋かもしれない。

―― 参考情報 ――――――――――

西部邁氏「安倍は保守じゃない。私は保守という言葉を理解しようとしない人々に憤りを込めて『ジャップ』と呼んでます」
http://hosyusokuhou.jp/archives/48802360.html

安倍首相は「真の保守」ではない!西部邁氏が迷走政治を一刀両断
http://diamond.jp/articles/-/144344

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これは、昨年10月時点での西部邁の見解である。


ちなみに、私は、政治思想的にはノンポリ。これでも高校1年の時から哲学書は読んでいる。大学4年の時、就職内定後、大学図書館にて、マルクス、エンゲルス、レーニン、毛沢東など、左翼団塊世代が崇める全集ものは読んだが染まらなかった。

従って、西部邁流の評価に従えば、政治を知らない愚か者という評価になるだろう。なぜなら、私は政治思想的にノンポリなのだ。

何を言いたいか。我々世代の多くは、まともな政治哲学が何であるか知らずに育った。
西部邁は、首相は真の保守になるべきだとという。ならば、まともな政治哲学の先駆者が誰で、どういう系譜になっているのか、学者なのだから図示、解説すべきだった。
中川八洋の政治哲学の本の方が数段まともだという見解である。
中川八洋は学術的に調べ、本を書き、保守思想の系譜を紹介している。
中川八洋の「保守主義の哲学」から引用させていただく。

日本を益する自由擁護の保守主義系の思想家たち 保守主義の哲学 

日本を害する人間憎悪・伝統否定・自由破壊の思想家たち 保守主義の哲学

これに対し、西部邁の代表作「思想の英雄たち―保守の源流をたずねて 」(角川春樹事務所 ハルキ文庫)を読んだが、観念論的な印象がある。言い廻しも学術的なスタンスではない。

中川八洋の本の方が学術的、体系的、論理的で数段読みやすい。(難しい部分もあるが)

一般論として言えることだが、物事について理解できている人が書いた文章は、総じて、すっきりした書きぶりで、読んでわかりやすい。図の解説も多い。
学習参考書で「親切な物理」という本があったが、私はこれで物理を学んだ経験からそういえる。
西部邁は、文章が延々と続き、どこに結論が書いてあるのか、まるではっきりしない。とらえどころがない筆致である。引用紹介したくとも、その箇所を見つけるのに難儀する。



中川八洋と西部邁、どちらが、政治思想史的に真の保守を学術的に説明しているか、これまでの説明で一目瞭然であろう。真の保守かどうかを見定める際に、言葉としての「保守」の定義以外に、政治思想史の流れをわかりやすく紹介するのは当然であろう。



そのうえで、西部邁が安倍首相をかく批判するなら、安倍首相など歴代自民党政権に圧力をかけ続けてきたであろう、キッシンジャーやクリントンの存在について言及しないのは不可解である。西部邁は、「キッシンジャーを悪党と批判した倉前盛通の本」(当時のベストセラー)のことを知らないはずはない。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

「悪の論理」(倉前盛通)

164頁

ニクソン、キッシンジャー路線で米中の接近がはかられたとき、キッシンジャーは、まさに敝履のようにチベット難民を見捨てた。その反面パレスチナ・ゲリラのように、アラブ産油国が背後に控え、手段をえらばぬテロを行使するグループへは、もみ手戦法に出ていた。キッシンジャーは、おとなしい仏教とには一片の同情も示さなかった、彼こそ、まさに力と策略の信者であり、悪党の見本である。

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西部邁は、幕末の攘夷論者の如く、できもしないことをやるべきだと言っている面はないのか?

―― 参考情報 ――――――――――

攘夷論者が、実行できないことがわかっていながら「攘夷」を唱え続けた理由
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-545.html

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言論人たちは、責任をとることはない。戦前も、そして戦後も。
しかし、西部邁は、ああいう形で人生を終えたことで、責任だけはとろうとしたかもしれない。



理由は、中川八洋との比較で考えればわかることである。本来、西部邁がその立ち位置でやるべきだったことは、中川八洋が書いたような、建設的かつ学術的な性格を有する、「正統の哲学、異端の思想」、「保守主義の哲学」、「正統の憲法 バークの哲学」を刊行することではなかったか。ちなみに中川八洋は、驚くなかれ、理系出身である。

(理系出身の)中川八洋の本を読んで気がつくことだが、文系学者たちは、真正の保守云々と語る以前に、国家に対し為すべきことをしてきたのであろうか?



松尾一郎という在野の歴史研究者が、ここに来て、保守系の学者を批判するのはなぜなのか?

―― 参考情報 ――――――――――

保守系の歴史学者たちは大丈夫なのか? 
http://nihonshitanbou.blog.fc2.com/blog-entry-494.html

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松尾一郎は、マイク・ホンダの来日の際、ユダヤ組織が随行していることを突き止めた方である。

http://www.history.gr.jp/nanking/honda.html

また、史料発掘に熱心に取り組んでいる。

http://blog.livedoor.jp/ichiromatsuo/archives/74747469.html

嘘をついているとは思えない。

また、(渡部昇一と仲が良かった)谷沢永一の西尾幹二批判も参考となるだろう。

―― 参考情報 ――――――――――

つくる会発足時点で起きたこと  「渡部昇一の少年日本史」刊行の意味 
http://nihonshitanbou.blog.fc2.com/blog-entry-412.html

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彼らは、つくる会の創設に関わっている。

―― 参考情報 ――――――――――

【資料】「つくる会」の内部抗争の歴史と今回の内紛
http://www.ne.jp/asahi/kyokasho/net21/siryou20060314.htm

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ひょっとすると、かつての内部抗争はターゲットを変えて続いていると見なくてはなるまい。少なくとも、谷沢永一、松尾一郎は、すべきこと、すべきでないことについて区別はついていたようだ。



では、そういう性格?を有する組織に係わった、西部邁はどういう評価となるか。



中川八洋と対比すると、政治哲学を語る言論人として完全に行き詰った………………ということになる。

代表作の一つ、「思想の英雄たち―保守の源流をたずねて 」(角川春樹事務所 ハルキ文庫)の書評を参照したい。

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https://www.amazon.co.jp/%E6%80%9D%E6%83%B3%E3%81%AE%E8%8B%B1%E9%9B%84%E3%81%9F%E3%81%A1%E2%80%95%E4%BF%9D%E5%AE%88%E3%81%AE%E6%BA%90%E6%B5%81%E3%82%92%E3%81%9F%E3%81%9A%E3%81%AD%E3%81%A6-%E8%A7%92%E5%B7%9D%E6%98%A5%E6%A8%B9%E4%BA%8B%E5%8B%99%E6%89%80-%E3%83%8F%E3%83%AB%E3%82%AD%E6%96%87%E5%BA%AB-%E8%A5%BF%E9%83%A8-%E9%82%81/dp/4758436290/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1517517419&sr=8-1&keywords=%E6%80%9D%E6%83%B3%E3%81%AE%E8%8B%B1%E9%9B%84%E3%81%9F%E3%81%A1+%E4%BF%9D%E5%AE%88%E3%81%AE%E6%BA%90%E6%B5%81%E3%82%92%E3%81%9F%E3%81%9A%E3%81%AD%E3%81%A6

hiroyasu fujiwara

5つ星のうち2.0
建設的な内容ではない大衆批判に始まり民主主義否定に入り、本では触れていないがおそらく身分制度回帰。
西部さんの保守思想に出口がなくただ滅びを待つだけ。
人生を絶望により閉じる人が読むにふさわしい本だという印象を受けました。
 投稿日: 2015年3月6日

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ここで、西部邁のように、観念論的に国家指導者が真の保守であろうことをストレートに模索すると、日本がどうなるか考えたい。



私の見解はこうなる。

アメリカを操る支配層が、やろうと思えば安倍政権を打倒すること(第一次安倍政権打倒の黒幕はユダヤ?)、欧米マスコミを通じて日本を貶め、外交的に孤立させ、経済的に追い詰めることは簡単なのだ。戦前の日本は、彼らにさんざんしてやられたのだ。
従って、一人の政治家として真の保守であろうとし過ぎて、国家国民を不幸のどん底に落とすことは、政治家として妥当な判断とは言えまい。

ここで二つの考え方があることを示す。



①西部邁流に考えれば、反米保守の視点で国益を追求することになるが、現実には世界支配層に潰される可能性大(日本が経済制裁の対象とされ、国家経済的に不幸な事態に突入する)
②第二次安倍政権流の外交姿勢などから、各国の国益に配慮しつつ、アベノミクスによって各国経済に好循環をもたし、同時に日本経済を回復に導く


私は②を支持する。実際そうなりつつある。



過去数年間、政権の外交分析した視点から、安倍首相は、憲法9条の完全改正は難しいと判断?、「日本の経済力あるいは日本が有する技術」と相手国の軍事力を交換するという切り口での外交活動だったように見える。この外交手法は、日英、日印など友好国に特に目立っている。



西部邁は、政治思想という視点だけで安倍首相を評価したに過ぎないのである。また、西部邁は、倉前盛通のように、キッシンジャー批判した訳ではないようだ。
言論活動的に批判しやすい安倍首相だけを批判し、批判しにくい存在について論評を避けてきた傾向にあるかもしれない。その点において、幕末の攘夷論者のようである。

安倍首相は、アベノミクスを掲げ日本経済を回復させ、国民を豊かにする政治政策を選択している。(と私は評価する。)

それゆえ、国際情勢の変化、外交活動について分析らしい分析(文章化したもの)をせず、真の保守ではないと評価する行為は、教条主義的であるばかりか、視野狭窄という評価となる。東大出の学者がそんなレベルだから世界大学ランキングでの日本の地位が低下している面はないのか?

従って、本稿の結論は

真の保守であるかどうか以前に
アメリカを操る支配層とどう渡り合うか、彼らからどう信任を得、日本経済を豊かにし、日本国民の生命財産安全を守ることの方が重要ではないかと安倍首相は考え、その路線を選択し、世界支配層の信任を今のところは得ている
となる。

真正保守追及というイデオロギー最優先の発想では、世界統一を目指す支配層が存在する限り、国家も国民も不幸になる。

渡部昇一が、清廉潔白な政治家は国家国民を不幸にすると書いていた記憶があるが、それは西部邁のようなイデオロギー最優先の政治思想のリスクを間接的に指摘していたと考えるのである。

以上

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2018.01.21 (Sun)

人生のけじめ

西部邁が自殺したらしいとのこと。

―― 参考情報 ――――――――――

「俺は本当に死ぬつもりなんだぞ」 妻の死から思索深め…
http://www.sankei.com/life/news/180121/lif1801210036-n1.html

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私は、読者の皆様に西部邁ついて紹介したい本はない。たくさんの本を出した批判精神旺盛な方(提言ものがほとんどない)という印象しかない。

仮に、私が、「局面局面にて政策判断することに伴う、官房長官決裁文書を想定した在野のブロガー」だとすると、西部邁は、政府機関という組織にて決裁文書が存在することを想定したことがない人に見えた。

実務に係わるというのは、局面局面で、決裁文書の内容等をイメージできることを言うのだ。



西部邁は高校卒業まではノンポリだったそうだ。


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https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E9%83%A8%E9%82%81

高校卒業まではマルクスもレーニンもスターリンも毛沢東も知らぬノンポリであった

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私も実は、10年前まではノンポリ。それでも新聞の政治記事などはしっかり読んでいたし、マスコミの偏向報道については、高校時代に気づいていた。また、高校時代、哲学書は一応30冊くらいは読んでいた。大学の図書館にて、共産主義者ではないが、マルクス、レーニン、毛沢東の本を開いたが、染まらなかった。

ノンポリの定義が随分違うようだ。



話を人生のけじめにもどしたい。西部邁は『国民の道徳』(新しい歴史教科書をつくる会 編)を2000年10月に出している。こういう類の本を出版したからには、言論人として最後のけじめだけはしっかりしていただきたかった。

納得できないことはまだある。息子さんのレストランの実質オーナーみたいな存在だったことだ。言論活動で儲けた金の再投資先の妥当性として皆様はどう思われるか?



対照的なのは平泉澄先生一族である。
息子さん、お孫さんは平泉澄先生の著作の再編集、復刊に取り組んでおられる。

錦正社は、平泉澄先生の復刊ものが多い。

http://kinseisha.jp/bookcate/hiraizumi/

私は、このうち数冊を所蔵。中でも、「先哲を仰ぐ」、「平泉澄博士神道論抄」、「山河あり(全)」を読むと、分野別にけじめをつけるべく、日々行動し書き綴っていたのではないかと改めて思う。戦後において、戦前・戦中と変わらず、立派な言論人だったと尊敬している。もちろん、「少年日本史」は最後のけじめであったことは疑うべくもない。

同様に、渡部昇一先生の晩年の本もけじめとして書かれたと思っている。
逝去されて半年ちょっと経過したが、「渡部昇一の少年日本史」、「朝日新聞と私の40年戦争」は、澄み切った境地の本であることは、読んでいて伝わってくる。渡部昇一先生は、決して言いっ放しの人ではなかった。

日本会議の会報にちょくちょく出てくる田下昌明氏の「もう子育てでは悩まない この一冊で育児は完結する」という本も、晩年のけじめを意識し書かれたものであるようだ。



私は、本を出版するほどのレベルにはないが、9年間、ほとんど休まず書き続けた。評価されるされないに関係なく、いずれどこかで、自分のためにけじめをつけたいと思っている。



そう考えるので、西部邁は、晩年、自殺を仄めかすのではなく、日本人をジャップと呼ぶ前に(産経記事参照)、「国民の道徳」を書いた行為にけじめをつけていただきたかった。

―― 参考情報 ――――――――――

西部邁氏「安倍は保守じゃない。私は保守という言葉を理解しようとしない人々に憤りを込めて『ジャップ』と呼んでます」
http://hosyusokuhou.jp/archives/48802360.html

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私はこういうモノの言い方に腹が立っている。学者なのだから、学術的、体系的、論理的であって欲しかった。まして、東大教官ならそうあってほしかった。

批判だけして言論人として仕事した気にならないでいただきたかったのである。
そして
批判だけして「人生が完成した」などと思わないでいただきたかったのである。



以上

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21:24  |  言論人  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)
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