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2018.02.15 (Thu)

議論を成立させるための「手法」について

本稿は、ビジネススキル的視点から、政治の世界において議論を成立させるための手法、現実的には、国会での与野党の質疑、ネット上で議論する場合に起きている、「議論がなかなか成立しない事象」を想定し対応策としてまとめたもの。

時々であるが、質問を受けたり、見解を求められることがある。

回答や見解を求められた場合、私は、事実、推測、意見を区別して書くようにしている。
が、相手はそんなことにお構いなく、事実、推測、意見の区別が付きにくい文章を書いて議論を進めようとすることがある。

これを「荒らし」と認定することは簡単だ。

野党の国会議員の中に、事実、推測、意見の区別がついていない議員もいるようだ。閣僚の皆さんは、「文章作法すら身についていない、断定調、指図調、けんか腰、強圧的な野党議員」への対応に苦慮しているかもしれない。
同様に、菅官房長官も、「同じ趣旨の質問を何度も繰り返す、東京新聞の馬鹿女記者」の扱いに手を焼いているかもしれない。

断定調、指図調、けんか腰、強圧的な言論手法を多用する輩には、ある共通した傾向がある。

それは、たった一文にてすべてを表現しようとする傾向があることだ。

ただ、事実、推測、意見を区別することなく、たった一文で分析結果だとすることについて、はなはだ違和感を覚えている。

理科の実験レポートを思い出していただきたい。

たとえば、ある素材の物性等を分析するために行われる実験という行為において

どういう前提条件で(室温など)
どういう素材について
どういう実験機材を揃え
どういう風に配置し
どういう手法で(科学的に再現性ある手法として確認されている方法)
いつ
誰が
どこで
実験を行い
どういう数値、傾向、ないし数値予測が得られたか
あるいは何も結果が得られなかったか
その結果を記述することになる。

これは理科系的発想に基づく、(実験上の)分析結果の要件定義である。

ここに、感情とか意見が入る余地はほとんどない。

ただ、世の中には、こうした実験計画なしに、手当たり次第に実験を続行、データを収集、その中の「都合の良いデータ」だけを選び、営業行為する輩がいる。

実験計画書も実験レポートを示さず、口頭にて、こういう数値が得られた、こういう傾向があると熱心に力説される方が、社内の研究所の管理職の中におられた。

しかし、私は、職責上すべて却下した。文書としてのエビデンスが示されていなかったからだ。
彼らが口頭で力説する目的は何か、社外であれば顧客獲得、社内であれば予算獲得するためである。

一種の「騙しの手法」に似ている。

では、まともに実験し、まともな文書エビデンスを準備する場合はどうなるか?

分析データと見解を区別して扱う。
文章的には、こういう分析結果が得られたので、こういう見解となる。あるいは、こういう分析結果が得られたが傾向がはっきりしないので引き続き実験を行う……………
つまり、分析結果としての意見表明(いわゆる所見)は、「分析結果についての客観的な情報の所在」が確認されて初めて可能となるのである。

つまり、分析した結果として、それが分析結果に基づく「意見」だというのではあれば、分析結果単独の「客観的記述」がなくてはならない。

手当たり次第に実験を行い、都合の良いデータのみで営業活動する人は、この逆である。

従って、文科系の人たちが、たった一文だけ書いて、それが分析だと主張するのは、はなはだ説明不足ということになる。理科系の世界で言うところの、実験レポート省略したか、実験で得られたデータの中の都合の良いデータだけを選んだ場合であろうと経験的に認識する。

その悪しき代表例は、朝日の社説である。一言で言うと読むに耐えない悪文。文章作法的にも悪文である。客観表現が少なく、あるいは、合理的根拠に基づかない論説を論説と言うのであろうか。

従って、こういうやり方で政治的主張をする人を相手にする必要はない。
言論界全体の「荒らし」と扱ってもいいくらいなのである。

なぜなら、理科系の世界でいう、実験による分析レポートがほとんど見当たらないからである。


しかしながら、それでも、たった一文でそれが「分析」だと主張する場合の議論において、無理やり議論を成立させる方法はある。
それは、書かれていることについて書き足して、元の文章の2~3倍程度の文章量に膨らませ、この意味で間違いないかと相手に確認する行為を経ることである。

一種の翻訳行為に近い。英語の世界でいう、英英辞典を使う行為と似ている。そこにある日本語を別のわかりやすい日本語に置き換えて、ほとんどの日本人が同じ理解となるよう翻訳し直すことになる。

実は、業界団体出向時に、同じ業界人相手に同じ言葉を使って、さっぱり意味が通じない経験をしたことがある。おそらくであるが、彼らの会社ではその用語(辞書に載っている日本語として)を社内で使用することがなくどう反応していいかわからなかったのではないかと推測する。
関東に本社がある企業と関西に本社がある企業で、方針伝達、意志決定手順において微妙に異なるケースもあるようだ。
方言の違いでそうなるのではない。企業文化が異なるからそうなると私は解している。同じ会社で、技術系と事務系で同じ言葉なのに、意味が微妙に一致しないケースもあった。中でも労務系の人たちは、労使交渉取り纏め経験などからファジーな言葉の意味を理解・共有化する能力に優れていたように思う。
よって、わかりやすく書く意味、わかりやすく書き直すことは実務的に経験してきた。

ただし、一般的には、説明不足の相手、説明不足の文章に付き合う必要はもちろんないし、その義務もない。

まして、主義主張が異なる相手に対し、「書いてあることについて理解不能なので、文章を膨らませて同じ意味になるように書き足したが、これで間違いないか」と確認する義務は私にはない。

私は、そんな議論に付き合うほど暇ではない。


以上

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2018.02.04 (Sun)

老人が社会に対して為すべきこと  たった一人の言論の力

読売の読者投稿欄の記事(2月1日)をまず紹介する。
20180201読売1


私もこの方の意見に賛同する。

実は、私も年齢的には老人の部類に入る。

が、行動力、体力、気力、頭脳においては、働き盛りの世代に負けているとは思っていない。スポーツだけなら、40歳台のつもりでやっている。
旅先ではそう思われるように振る舞っている。最近、買った眼鏡は思いっきり、ちょい悪風のものにした。

思考力だけなら、年々パワーアップしている気がしている。読書は、確かに思考の肥やしになりつつある。渡部昇一を通じて、それなりの本に出会えたこと、これはと思う文章をテキスト入力することを通じて得たことは大きい。

世の中には、70歳過ぎても仕事する人もいる。私はしないが、チャンスのある方、やりがいある仕事なら、ずっと続けるべきだ。
しかし、私はそういうのは嫌だ。社内恋愛で結婚することも、社員食堂で食べることも、社畜感覚に染まることから避けた方である。上司にペコペコして出世、関係会社に天下って、現役にペコペコして職場廻りするのも嫌な方なのだ。理由もなく、ペコペコするのが性に合わないのだ。だから選挙に出馬して、見ず知らずの人に挨拶することもしたくない。
人によっては、75歳くらいまで働きづめの方もいるだろう。私は一生を会社に捧げるのは嫌だ。
高校1年の時に、哲学書を読み始め、これらの本を時間に束縛されることなく、読めたらどんなに幸せなことだろうと考えたところから、人生設計を考えるようになった。
いつ退職するか、何歳で退職できるか、若いころから思案、結婚予定の相手に、何歳で隠居したいと告げたこともある。


その一方、ある期間、生意気なようだが、会社だけでなく世の中を変えたいと思って仕事をした。人一倍そういう気持ちで仕事をした。やる時は、寝食を忘れて仕事をした。


さて、つい最近のことであるが、経営状態の逼迫が伝えられる、ある企業のために、いくつか提言書を準備、関係者に提出した。
提言書というものは、通常は出しっぱなし、回答を期待しない性格のものであるが、提出後、1ヵ月経過したある日、礼状が自宅に届いた。

予想外のことで正直驚いた。
企業宛てに提出した提言書に関して、礼状を頂戴したのはこれで二度目である。
日本を代表する輸出企業からも礼状を貰ったこともある。


本稿は、提言結果頂戴した礼状報告のつもりで書いている。

私は提言派なので、西部某のように、「安倍首相は真正保守ではない、安倍首相はジャップである」などのような言い方で政権批判することはしない。一応、保守に分類されるとは思っているが、政治思想的にそもそもノンポリなので、昨今の政治状況について絶望することもない。
むしろ、マスコミの偏向報道に染まらず、内閣支持率が高い若い次世代の方々のために、老後において希望が持てる未来であって欲しいと願い、自分の能力とスキルを生かせる提言分野はあるとの動機から、提言活動を思いついた都度、行っている。

保守のネット活動の世界では、官邸メール作戦が流行しているようだ。腕を磨くにはいいだろう。多くの人は、他人が作成した文章の一部を改変して提出すれば提言活動に参加したと思われているかもしれない。
が、提言活動として実現させるためには、究極的には、たった一人の文章の言葉で、当該組織を動かせるかどうかにかかっている、と考える。



言葉を疎かにはできない。抗議する場合も、提言する場合も同じである。
コピペだらけの文章に説得力が果たしてあるのだろうか?という意味である。

たとえば、官邸スタッフは切れ者揃いである。なぜか。馬鹿は配属されないからである。官僚出身の江田憲司、好きな政治家ではないが、何をするにもそつがなく隙がない。黒いものを白だというスキル、屁理屈をこねるスキルだけを競わせたら、政界NO.1ではないかと思うほどだ。そういう方々の思考レベルは把握しているつもりである。官邸スタッフから見て、その辺の言論人が産経等に寄稿した総論だらけの記事のレベルで偏差値でなんとか50くらいに見えると書いたら、理解いただけると思う。下手な陳情書が即ゴミ箱行きという噂があることはご存じのことと思う。

民主主義社会は、基本的に多数決で決まる。が、誰もが納得しうる、メインストリームの流れを見出すのは非常に骨がおれる。寝食を忘れ、胃に穴があきそうな状況で一定期間、仕事をした経験ある人ならわかっていただけると思う。



してやったりと思って書いているのではない。

提言の世界、結構ハードルが高い世界なのだ。



最後に、本稿のまとめを述べさせていただく。
提言活動によって、組織を動かす、社会を変えるために必要な決意レベルのことになるが、ポイントが五つあることを「告白」し本稿を終える。

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①若い人たちが、高齢者世代よりも安倍政権や次世代の党のような保守政党を支持している限り、政治に決して絶望しないこと(西部某は政治と人生に絶望して自裁を選んだが)
②愛国、保守、というイデオロギー的な側面だけで主張しないこと
③ありきたりの論理ではなく、独自のビジョンに基づくケースのみ、単独提言を実行すること
④たった一人の孤独な言論活動を通じて、組織全体を動かすことを日頃からイメージすること
⑤若い世代のことを考え、日本を普通の国に戻すべく、たとえ微力でもたとえ一人でも、後世に対し為し得ることを為すという意識を強く持つこと

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

以上


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2018.01.19 (Fri)

政治ブロガーとしてうれしかった四つのこと

ここ半年、気がついたことで、ブロガーとしてうれしかった四つの出来事を紹介する。

一つ目は、紹介した本が売れたことである。拙ブログはアフィリエイトはしない主義である。ブログで本を紹介した直後、その本が、アマゾンで数冊注文が入ったことがある。その本とは、福田恆存の「日本を思ふ」である。
ブログにて、本の内容紹介、できることは限られるが、保守言論人の巨頭、福田恆存の存在が復活、広まるのは自分のことのようにうれしい。

二つ目は、図書館で借りて読んでいた本で、たまたまブログで紹介した直後に、貸し出し予約が入ったことを何回か経験している。借りた本の貸し出し期間を延長しようとしたら予約が入っていたので、わかったことである。ひょっとするとブログを読まれた方ではないかと思うのだ。

三つ目にうれしかったのは、田母神俊雄裁判について瀬戸弘幸が書いた本の一節に、拙ブログの記述がそのまま引用・紹介されていたことだ。

―― 参考情報 ――――――――――

・田母神長期拘留  検察は権力を濫用(私物化)していないことを証明できるのか?
http://sokokuwanihon.blog.fc2.com/blog-entry-130.html

―――――――――――――――――

瀬戸弘幸については、参議院選挙出馬の時から名前を覚えている。
今は、関西生コン事案で関西にて街宣車を確保、活動を本格化させている。

―― 参考情報 ――――――――――

連帯ユニオン・関ナマ支部批判街宣
http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/53266098.html

瀬戸弘幸署名
―――――――――――――――――

田母神俊雄への支援、関西への進出、瀬戸弘幸は、拙ブログが予想したとおり、日本の保守活動の盟主の座を得つつあると思うし、是非そうなっていただきたいものだ。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

http://sokokuwanihon.blog.fc2.com/blog-entry-454.html

ここで、誰が一番手なのか考えたい。

私には、田母神訴訟への加勢を通じて、ある保守活動家が、保守陣営の扇の要のような役割を担うような気がする。

多くの人は、その役割として櫻井よしこが適任だと言うかもしれない。しかし、彼女は、選挙、陳情活動、ビジネス社会の経験がない。原稿料、出演料が確定した場面で発言する印象がある。ボランテイアを嫌う印象があるのだ。主張は、言葉尻はいつも流麗、内容的にはなるほどと思うが、概して大ざっぱである。

選挙、団体活動、ジャーナリスト、出版、各種ボランテイア、農業者、多くの実務的経験を有するがゆえに、瀬戸弘幸が、野球界における広岡達郎的存在に近い、その一番手にいるような気がするのである。
瀬戸弘幸のブログを見ている方なら気が付くことだが、多くの(無名の)人が、瀬戸弘幸を頼り、面会を求めている。最後の命綱として瀬戸弘幸を頼っている人が存在していることがその証左である。

広岡達郎と瀬戸弘幸、タイプが異なる指導者であることは言うまでもない。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||


四つ目に嬉しかったことは、鈴木信行が区議選でそれなりの順位で当選したことである。
これは、鈴木信行の人柄、そして地道な保守活動の成果だと思っているし、鈴木信行に続く、愛国候補が議席を得ることを願ってやまない。

その余地は十分あるはずだ。


私自身の立ち位置は、彼らの活動に共鳴しつつ、ロビイスト的活動に近い。政治塾関係者から選挙に出ることを薦められたこともあるが、性に合わないという理由で固辞した。餅は餅屋というたとえのとおり、得意とする分野、得意とする手法でできる範囲のことをコツコツ実行するのみである。

以上

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2018.01.18 (Thu)

陳情書  どう作成し提出にこぎつけるか?

最近、陳情書作成・提出にはまっている。

文書的には、かなりきつい指摘も含まれており、ブログでは詳細書けない。が、活動論的視点から意図するところはお伝えしたいと考え、出稿を決断した。

まず、陳情書提出案件の選定。思いついた都度、提出しているつもりはない。
過去数カ月間、日頃不満に思っていることについて、問題を見つけ、原因を見出し、対策立案する中で、これはという筋を見出せたもの、あるいは自分くらいしか陳情者がいないことを確信した案件について、陳情書を提出するようにしている。

陳情書といっても、地元の農業団体等が、自民党の都道府県連に提出するような、たいそうなものではない。
手紙文形式で、挨拶文から始まり、要件の概要を説明し、処置していただきたいことを書く。分量的には、A4で数頁くらいにはなる。それ以上となったケースもある。

案件によっては、事前に電話し、主旨説明してから、これは大丈夫そうだと思った事案について、FAX等で受け取っていただくこともある。

役所については、いきなり本省に出すよりは、地方の出先に電話、要望があることを説明し、地方の出先から本省に対し、こういう意見があることを、実態調査したうえで、上申いただけないかと要望説明し了解いただけたものについて、地方の出先にFAXすることもある。実は、役所向けには、この手法が最強ではないかと思っている。本省で仮に却下されても、地方の出先が納得しない限り、陳情の灯は暫く消えることがないと予想するのである。
この場合、地方の出先に対しては、既に本省に問合せ、法律ならびに当該政策の趣旨を理解したうえで問い合わせしている(実際そうしている)と説明すると、きちんと聞いていただける。
本来ならばは、陳情書を手交したいが、FAXでの提出でもいいかと聞くと、大抵の場合、受け付けていただける。

もちろん、自治体首長、別の選挙区の国会議員事務所や地方議員事務所に対応依頼することもある。が、その場合は、A4で2~3頁の文書にて、手紙でまとめたり、FAXの場合はしかるべき部署への転送をお願いする。
最高裁判事に手紙を書いたこともある。法律の素人が書いた作文を道理として筋道立てて説明することに細心の注意を払って書いた。緻密な文章でないと相手にされないと思ったのは、その時が最初である。
首相宛ての手紙はまだ出したことはない。3年近く前に官邸メール作戦が大流行したことがあったが、私は、10年近く前から時々であるがやっていた。官邸メール作戦は腕を磨きたい方はやるべきだろう。

ただ、一番難しいのは、その事案で、対応能力ありそうなところを身近に探すことである。いつもいつも同じ議員、団体に頼ってははならないという意味である。また、対応箇所すべて初対面である関係で、最初の20秒くらいの説明ですべてを語らなくてはならない難しさもある。

陳情→世の中を変える→国家に貢献する
と考えれば、その辺の街角での街宣活動よりは、ずっと充実感が味わえる。

もちろん、名前は名乗るし、議員事務所相手なら自民党支持者であることは伝える。従って、間違っても、どこかの保守系言論人のように安倍政権を全否定したりはしない。

ブログ活動での作業も結構な時間がかかるが、議員、役所向けの陳情書はもっと時間がかかる。許認可対応経験ある方ならおわかりいただけることと思う。

拙ブログが、陳情書の下書き感覚で作成していると述べるのは、ブログテーマとは別件の関連事案で、議員事務所または役所案件があることを意識してそう書いていると理解いただきたい。

振り返ってみて、陳情行為は自分自身が学び、納得した結果を確認する行為だったとのではないかと思うことが多い。

本稿の最後となるが、団体等の肩書などなくても、的確な内容の書類、対応戦略、そして実現シナリオとしての筋が見えている事案については、たった一人でも国家のために、地域社会のために、為すべきことを為せば、自ずと結果がついてくるような気がしているところである。

以上

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05:41  |  活動実践マニュアル  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2018.01.10 (Wed)

貴乃花親方解任問題  池坊保子氏に対する公開質問状作戦の目的

本稿は、池坊保子氏の言動に立腹されておられる方への提言。

池坊保子氏は、貴乃花親方が著しく礼を欠いているとしているので、池坊保子氏個人に公開質問状を何度も何通も提出し、質問に回答しない場合、「著しく礼を欠いている」と非難し、評議員会議長辞任を迫る作戦が考えられる。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

http://www.zakzak.co.jp/spo/news/180106/spo1801060002-n1.html?ownedref=not%20set_main_ranking

「貴乃花理事の多くの行為、言動は著しく礼を欠いていたのではないかと思う」

池坊議長が4日の記者会見で強調したのは、八角理事長が携帯電話に何度も連絡しても出ないといった“礼儀”の問題だった。

 理事を解任され、巡業部長からも外れた貴乃花親方の新職務は指導普及部副部長。加害者側の伊勢ケ浜親方(57)と同じ2階級降格となったことについて「協会の3番目の巡業部長という重い地位に就いているのに報告義務を怠った。危機管理委員会による調査への協力を拒否したということ」と説明したが、処分ありきの感は否めない。

||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

ネット界では、著しく礼を欠いているのが池坊氏本人であると知れ渡った場合、ブランドイメージ悪化に繋がる。

また、池坊保子氏は、白鵬の張り手にお墨付を与えている。

||||| ここから引用開始 |||||||||||||||||||||||||||||||||||

http://bunshun.jp/articles/-/5769

「張り手は問題なし」池坊保子氏が白鵬を擁護
source : 週刊文春 2018年1月18日号

華麗なる一族の池坊氏 ©共同通信社
 日本相撲協会の池坊保子・評議員会議長(75)が週刊文春の直撃取材に応じ、批判を受けている横綱白鵬を擁護した。池坊氏は日本相撲協会を監督する評議員会のトップとして、1月4日には、貴乃花親方の理事解任処分を承認し、記者会見で「著しく礼を欠いていた」と厳しく批判していた。週刊文春の直撃取材に応じた池坊氏は、白鵬について次のように語った。

――白鵬の「貴乃花巡業部長なら巡業に参加しない」との発言は、礼を欠いていない?

「私がこれを言うとひいきしてると言われそうだけど、規則を守らない人に対して、『自分はその下で働けません』というのはわかる気がします」

――1月5日の稽古総見では、白鵬の見せた張り手に批判が集まった。

「張り手っていうルールがあるんでしょ。それがいけないのなら、協会が(張り手を)禁止って言えばいい。(ルールが)ある以上は『張り手した』と、ガーガー(批判を)言わないで。理事会で取り上げてほしいです。(モンゴル人は)狩猟民族だからね。勝ってもダメ押ししないと殺されちゃう。良い悪いは別にして、DNAかもしれないわ」


||||| ここまで引用 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

張り手が禁止でないのだから、張り手は自由だと肯定した見解である。
この点について、相撲のルールについて、権威ある立場として発言しているのか、そうでないのか、しつこく質問することが追及手法として考えられる。

どちらにせよ、公開質問状作戦は池坊氏に対してはとても有効と考えるのである。

炎上した場合、池坊氏の速効辞任は避けられないと予想する。

別の見方をすると、東京新聞の●●記者が官房長官に繰り返したような手法で、ボロを出すまで公開質問を繰り返す手法が考えられる。


以上

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19:05  |  活動実践マニュアル  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)
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